遭遇
つい今まで俺の足元にぴったり付いて離れなかったチビが、いない。
どこか気になるところへ行ってしまったのか? いやそれともジールかマティエのところに……
タージアに隠れるよう促し、俺はひとりチビを呼び続けたんだが……いつもならそれで走って来るはずなのだが、やっぱり反応はない。
「え、ずっとラッシュにくっついてたのに?」
「いや、見てないよ」
「なんであの子が……」うん。三者三様。
その後ルースがやっぱりとかなんとか話してたような気がするが今の俺には関係ない。とにかくチビだ。
あまり声を張り上げると振動で崩れる可能性があるからってルースから忠告を受けて、俺は神殿の隅から隅まで走って探し回った。
だが……中にも外にもいない。ヤバい。
まさか住み着いてた盗賊連中がさらったか……いや、気配なんて一切なかったのにそんなバカな。
ますます焦りが募ってきた。どこ行ったんだチビ……!
「わぁ〜ん!」
と、突然俺の尻尾に泣き声と共に抱きついてきた!
「バカやろ! どこうろついてた! あれほど離れるなって……」
「おとうたんがいきなり消えちゃったんだもん!」
バカなこと言うな。俺の方から消えることなんてあるワケねえだ……!?
………………
いや、なんだここ? さっきまで俺が血まなこになって探していた場所じゃないぞ!
崩れそうな瓦礫だらけの神殿とはまた違う場所に、チビと俺はいた。
それはまるで個室にも似たような、手を左右に広げただけで、立ち上がったらもう頭をぶつけそうなくらいの小さな部屋。しかも壁から床まで磨き抜かれたかのようにつるつる。そして……きらきらまばゆく光る金の文字らしきものがびっしり書かれている。
いや、そんなことより……いつ俺はこんなとこに迷い込んだんだ。どこを見回しても、入り口はおろかドアすら見当たらない。
つまりは罠か……? いやそんなものには到底思えない。まるで金銀財宝が納められていそうなほどの豪華極まりない部屋だ。残念ながら見たことのない文字だから解読なんて出来ないけどな。
「ずっとここにいたのか?」と聞くとチビは泣きべそ顔でうんと答えた。
なるほど、要は罠か。そいつにチビと俺がかかっちまったってことか。
しかし頑丈な壁だ。殴ろうが蹴ろうがびくともしない。
斧で崩そうかなと思ったんだが、逆に刃こぼれしそうでやめた。しかもよく見ると、この文字……左から右へとゆっくり流れているし!
「なんだこれ……何がどうなってるんだ!」
どこでもいい、チビ一人くらい通れる穴でもあれば……と這いずって探していると、ついにチビの泣きべそ声も聞こえなくなった。
肝心のチビは……というと、部屋の中心でぼうっと突っ立ったまま。なんなんだ、泣き疲れたのか? なんて思ったんで抱き抱えようとした時だった。
「触るな、黒衣のケモノビトよ」
うすぼんやりと、まるですぐにでも眠りにつきそうな目。だが眠ってはいない。そしてチビのようでチビじゃない……男とも女ともつかない不思議な声。
「なんだぁ? 黒衣のケモノビトって」
だが恍惚とした顔のまま、チビは答えようともしない。
「なるほど。御子が二人もな……確かにこれは偶然とも言い難い」
ワケの分からない独り言がまた。
「おい、お前一体誰なんだ? チビをどこへやった!」
「ふむ、黒衣のケモノビトよ……そなたもまた背負いし者か」
「あのな……質問に答えてくれねえかな?」
謎の会話でイライラも頂点にきそうな、その時だった。
「そなたの血が鍵となる、さあ」
突然、チビの足元に小さな渦巻きが映し出された。
黒い穴を中心に、さっきの金の文字がくるくると吸い込まれて行ってる……つまりは、うん。ある程度答えならわかる。
一昨日マティエに殴られた目の上の傷。そこはまだ完全に塞がってはいない。
湿布を強引に剥がし、にじみ出た血をその穴に一滴たらした。
そういうことか。血が鍵となるってワケだな。
すると、いきなりだった、部屋の床が消えたんだ。つまり……
慌ててチビをつかんで落ちた先。そこは神殿の真ん中だった。
危ねえ……ちょっとでもズレてたら、建っている塔にお尻貫かれてたかも。
「うえっ! なんでいきなり!?」
「ラッシュ、今まで……えっ?」驚くルースたち。
んでもってチビはというと……うん大丈夫だ。しっかり目を見開いて俺の身体をつかんでる。
いやそれよりまず、たった今体験した事をだな。
壁の文字が流れる謎の小部屋に閉じ込められたこと、行方不明だったチビが何者かに取り憑かれていたこと。まあとにかく分からねえことだらけだ。
半信半疑だったルース達だが……俺が何もない場所から突然落ちてきたんだ、理解してくれるだろ。
「つまりは、この神殿にはまだ謎が残されている……ワケだね。しかしなぜチビとラッシュだけが入れたのか……」
問題となったさっきの場所で、ルース達は頭を抱えていた。
「うちらがやっても全然ダメ……か。ラッシュとチビにしか反応しないってこと……まさか?」
ジールが周りの壁やら床やらコツコツ叩いて調べてみても、空洞の音すら聞こえない。なんだったんだあれは。
「やっぱり僕が思っていたとおりだったか……」疲れたのか、ルースが瓦礫にへたり込んで、そうつぶやいた。
「先ほどマティエが話した、我々とは違う文明の人……それがチビちゃんを選んだってことでしょうかね。身体を借りて」
「でも、その相手がラッシュだったのが誤算だった……ってことね」ジールお前もか。
「だけどそいつ、俺のことを知ってるみたいな口ぶりだったぞ、黒衣のケモノビトって言ってたし」
その聞き慣れぬ言葉に、ルースの耳がピクッと動いた。
「ラッシュのことを、黒衣と呼んだのですか!?」
ああ、けどそれが一体名の意味なのか俺にはてんでさっぱりだ。まあ若干俺の毛並みが黒っぽいこと。それくらいしか言われる筋合いはないのにな。
となると……と、ルースは軽く咳払いし、確信に満ちた声で俺に話した。
「ここに二人を連れてきて正解だったのかも知れない。大した物的証拠は得られなかったけどね、けどこの場所にはそれ以上の成果があったってことです!」
「つまり、俺とチビになにか秘密が……?」
「ええ、二人はこの地……いや、我々の知らない文明となにか関係が……!」
突然、ルースの口が止まった。
まるで何かヤバいものを見つけたみたいな、けど見つめていたのは俺じゃない。その背後に何かいるみたいな。
同様にマティエも。驚き、いや畏れにも似た、カッと見開いた目で、俺の背後を見ている。
「ラッシュ、う、後ろ……」
ジールの震える言葉に、恐る恐るゆっくりと振り向いた。
え……
そこには、今まで見たことのない姿かたちをした、巨大な生き物が立っていた。
ウソだろ。このでかい地下神殿の天井にまで届くほどの巨大な身体だっていうのに、足音も地響きも立てずに、いつのまにか気づかれずに来たっていうのか!?
さらには、そいつの右手にはタージアがしっかりと握られている。
「に、逃げ……て、みんな」
まるでどこかの彫像のように、その異形のデカブツはピクリとも動かない。
ただタージアの振り絞った声だけが、神殿に静かに響いていた。