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パデイラの廃墟で

そうしてまた一日ちょい。だいたいそれくらい経った頃だと思う。行きかう人なんて皆無で、例の場所へと行く連中なんてほんとにいないんだなってことをつくづく感じた。



「例の一件以来、周りからはパデイラは死の街だって言われてますからね、ラッシュが以前行ったマルデと同じですよ。そこに住む人もいませんし」だいぶ調子が良くなったルースがそう話してくれた。

そうだよな、得体のしれないバケモンが一夜で住民を喰いつくしたんだし、いくら出現報告がないとは言っても、誰もそんな危険な場所に住みたいだなんて思わないはず。



「だからこそ調べる価値はあるんですよね。だって、何年もの間手つかずなんですから」と、タージア。

あいつも心なしか嬉しそうだ。しかし証拠とはいっても十年以上経ってるし、大丈夫なのかな、と若干俺も気にはなったりしているんだが。

「盗賊連中の棲み処になってるんじゃねえだろうな……」

「それもある、だから私とラッシュが必要なんだ」なるほどな、マティエと俺は護衛ってことか。

でもって、さしずめジールはタージアとチビの護衛……?



「だいじょーぶ、いざとなったらラッシュよりあたしの方が役に立つっしょ」床に所狭しと並べた投げナイフを全部チェックしながら、ジールは余裕の笑みを浮かべた。ある意味こいつが最後の砦なんだよな……



もうすぐパデイラに着く、とマティエが言った直後だろうか、なんか嗅ぎなれない……というか、生まれて初めて感じる匂いがした。

「潮の匂いじゃないかな、それほど離れてないところに海があるしね」

「うみ……」ルースが口にした、それは俺にとって初めて聞く言葉だった。

「あ……そっか、リオネングは内陸ですしね。ラッシュは今まで海を見たことなかったんでしたっけ」

「ああ、全然知らねえ」

「んじゃこの一件調べ終えたら行ってみましょうか。確か近くに港町バクアがありましたし」



海……か。いったいどんなモンなのかな。

「簡単に言っちゃえばずーっと広がる湖かな。けどめっちゃ塩辛いの」ジールはそうフォローしてくれてはいるのだが、全然イメージが湧いてこない。



「わ、わたしもラッシュ様とおなじで海ってみたことないです。だからすごく気になります」

ルースはふふっと笑うと、だったらなおさら行かないとね。勉強の一環でもあるし。って自慢気に応えてくれた。いつものあいつに戻ってくれたようだな。



やがて、マルデで感じたような、ひんやりと静まり返った空気に包まれた。感覚で分かる。ここが目的地なんだってことが。

ときおり朽ち果てた石造りの住居の間を風が吹き抜けていく……傍から聞いてたら気味の悪い音しかしない。

「相変わらず薄気味悪い場所だ。たった十年前は首都に次ぐくらい栄えていたっていうのに」

マルデのように霧すら漂ってはいないが……確かに。人だけが急にいなくなった街って感じがする。



危険性はないとは言っても、盗賊や終戦で職にあぶれたゴロつき共がここをねぐらとしている可能性も十分ある。ここの地理に詳しいマティエとルースが先頭、そしてタージアをはさんでジールと俺が後ろを守って付いていくことにした。

街中を歩くと確かに。かなり傷んでいるとはいえまだ立派に人の住めそうな住居や店が整然と並んでいる。

そしてそれらの道は、中央にある噴水広場へとつながっている。なるほど放射線状にここから伸びているわけだ。ごっちゃに道の入り組んだ俺らの街とはえらい違いだな。



「海が近いからね、貿易で金持ちになった富俗層とかがここには住んでいたんですよ。道が整っていたのもその影響です」

まるで当時住んでいたかのようにルースはいろいろと説明を始めた。金持ち連中なんて俺の知ったこっちゃねえが、聞いていて面白い。



「見られてる感覚はあるか?」

「いや、ない。……だがそれなりに気は張り巡らしておかねえとな」

「ああ、同感だ」マティエも俺と同様の歴戦の強者だ。言わんでも分かってるし。



しばらく歩き、ようやく目的地である噴水広場へと到着した。

風雨にさらされ完全に色の抜けた石造りの巨大な噴水。説明するまでもなく、水なんてとっくの昔に枯れている。



「当時は街の人たちの憩いの広場だった。たくさんの家族や恋人たちがここで遊んでてね」

「つーか、やけに詳しいなルース」

「一時期、ここで暮らしてたことあったからね……」と、あいつは寂しげな顔を空へと向けた。



「だからこそここを一夜にして滅ぼした魔獣が憎いのさ。さて……いよいよ神殿へ潜るよ」

「え、潜るってどこに入り口が?」

ルースはちょいちょいと手招きをすると、噴水の水場にある崩れかけた小さな穴に手を突っ込んだ。

本来なら深い水の底だ。容易に手が届くところじゃない……が。



「僕もこんなカラクリがあるだなんて知らなかった。それに……」穴の奥から、小さくカチッと音が聞こえたかと思うと、はるか先に立っていた建物から、ゴゴっと地響きに似た感じの音が。

「実に巧妙に隠していたのさ。限られた人しか入ることのできない神殿への入り口をね」



音のした建物へ向かうと、そこには巨大な階段が、真っ暗な地面の底へと続いていた。

そこからはひんやりとした冷気が昇ってきている。

「誰が作ったんだ、これ」

「分からない。ただ一つだけ言えることは、今から行くこの神殿は……」マティエが壁に備え付けられた松明に火をともすと、続けて階段から、そして瞬く間に地下全体を明るく照らし出した。

「今の時代の人が作ったものではない。ということだけだ」



今の時代……? ってことははるか昔に誰かが建造したモノの上に、パデイラが造られたってことなのか。

「そういうこと、だけどその時点でこのパデイラ神殿が存在していることは、何者かが知っていたってことになる……だってそうでしょ? 知らなきゃ噴水に隠しスイッチなんて仕込んでおかないもんね」

「それを調べたいんだ。今日、我々がな。あの異形のバケモノを誰が召喚したのか、そしてどのような目的で……をな」



先頭を行くマティエの眼前に、突如として……それは噴水広場の大きさをゆうに超えているほどの、いわゆる超巨大な円形の広場が姿を現した。

それを取り囲むように、まるで地面という天井を支えるかのような無数の石造りの円柱。

緩やかなすり鉢状の大地の中心には、半分ほど崩れかかった塔のようなものも建っている。



「久しぶりだな……」マティエの息が荒い。そうだ、ここは因縁の場所なんだっけか。

「大丈夫かいマティエ、気分が悪かったら出て……」ルースの言葉に、彼女は気丈に大丈夫だと答えた。



「とはいっても、一体なにを調べりゃいいんだ?」

「奴を召還した書物か、もしくはそれに付随するものさえあれば……とは思っているんだが、いかんせん十年もの前のことだし、きれいに残っているかどうか」

と言った矢先、今度はタージアの方が、息苦しそうに柱にもたれかかっていた。

「大丈夫か、息が苦しいのか?」

近寄ってみると、冷たい脂汗が滝のように流れている。

「か、感じるんです……あの、変な、気持ち悪くて、ぞわぞわして」



すっかり冷え切った彼女の腕を取る……と。



ぼんやりと光っていた。

ずっと傷跡だとばかり思っていた、彼女の手首から、足からすべてが。

まるで夏の暑い盛りに川辺で見かけるような、虫たちが出している淡く青い光のようなものが。

「タージア、お前……」

「みんなには、このこと言わないでください……今はラッシュさんとだけの秘密で」



なんなんだこりゃ、この謎の場所といい、タージアにも何か秘密があるとでもいうのだろうか。



とりあえずルースに彼女の体調だけ言っておこうかと振り向くと、今度は……



チビが、消えた。

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