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魔王……掌握!?

 新たに加わった魔族がこちらを見る。……え? こんなタイミング?

「何をバカな事を言っておるのやら。タイミングも何も無かろうが」

「「「「………………?」」」」

(ちょ……え?)

<あーあ、こんなタイミングかぁ>

 はー……仕方ねえな。

「今肉体をくれてやろう。ほれっ」

 じゃあな、可憐。<じゃあね、可憐ちゃん>

(えっ? えっっ?)


 ――ここよりノーコンではないナレーションでお送りします。


 新たにやってきた魔族の内、初老に見える男性が放り投げた小さな塊は、見る間に執事姿の男性と女性の形へと大きく変化した。

「どうだ、コルコニアにインジェルタ? 久し振りの肉体は」

「……悪いけどネイザラン、感慨は全く無いね」

「同じく」

 コルコニアと呼ばれた見目の良い黒い長髪の若い男性……恐らくそれがノーコンであろう。そしてインジェルタと呼ばれた同じ位の歳の女はナビか。こちらは毛先が細かくカールした黒い長髪の美女だ。

(うそ……)

「嘘じゃないんだなぁ喪女さん。俺達情報思念体になった魔族は、こちらの世界にある器へと連れてこれる情報、つまり魂を求めて世界を渡ったんだよ」

「殆どの仲間はねぇ、その途中、こちらに送り届ける事だけで力尽きちゃった。今でも残り香の様なものは感じられるけどね」

(ずっと……騙して?)

「……それはどうだろうな。誘導したつもりもなければ加担した覚えもないよ。大体何時も言ってたじゃん? 喪女さんの知らない情報を教える気はないってさ。ま、俺としてはどっちが勝っても良かったんだけどな」

「それはどういう意味だコルコニア」

 初老の男性が不快感を顕にしてノーコン……コルコニアに詰め寄る。

「言葉通りだよ、爺様。……俺の出した案に勝手に乗っかっておいて、危険度の高い任務へと無理矢理送り出したのは誰だったけか? なぁ? ミズハズニッズ?」

「さあな」

 初老の魔族と共に来た、年齢不詳の小さな魔族が肩を竦める。二人の間に何らかの確執があるのは見て取れるものの、ザナキアは初老の魔族に計画を進めるように促す。

「ネイザラン、今はそれよりもやる事があろう?」

「……そうだな。ならばミズハズニッズ、お前が魔王を起こせ」

「おや? せっかく譲ったのに良いのかい?」

「お前が世界を渡る案を出してきた時、らしくない斬新なアイデアだと思ったものだが、それがコルコニアの発案だったと聞けば合点も行く。お前の思惑で発案者であるはずのコルコニア達の一派が向こうへ渡ったというのなら、魔王を起こす大役を儂に譲ったお前の思惑が読み取れぬ。故にお前が起こすのだ」

「へいへーい」

 仕方ないといった感じで、ミズハズニッズが魔力に物を言わせて大量の魔法陣を浮かび上がらせる。それが魔王の器の方へ動くのを見た可憐が意識を覚醒させる。

(あ、こんなこと、してる、場合じゃ……りっ、く……)

 意識が朦朧としながらも魔王を注視するフローラを、ノーコンことコルコニアが横目で見る。

「アレが心配か?」

「アレ、じゃねえよ、フローラ……いや可憐、もしくは喪女さんだ。お前達よりはずっと気になってるわな」

「……本気か?」

 ザナキアの言葉に、コルコニアは面倒臭そうに髪を掻き上げ、忌々しそうに吐き捨てる。

「はぁ……俺達の間に感情の機微なんぞ期待するのか? そんな事を期待するのが間違いだろう? 俺はなぁ、とっても楽しかったんだよ。喪女さんの生活を見てるのが、話を交わすのが、とーってもな。……お前だってさっき言ってたろう? 思い通りにならないのは面白かったと」

「……そう、だな」

「魔族は……なんつーか、な。退屈なんだよ」

「そうよねぇ、可憐ちゃんってば面白い子だったもんねぇ。乙女ちゃんとの生活も楽しかったし。魔族なんてクッソ詰まんないわ……」

「だから放っといてくれりゃ良かったのさ……」

「そろそろ口を閉じていろ。ミズハズニッズが魔王を起こすぞ」

「「「………………」」」

 ミズハズニッズは先程大量に作ってあった巨大な魔法陣を、幾つも立体的に組み合わせたその中心に魔王の器を立たせていた。意識はなくとも自立はできているようだ。

「じゃあいきまーす」

 大役を仰せつかった割には軽いノリで、そして……その口元は大きく釣り上がっていた。

「はっ。爺さん、担がれたみたいなぁ?」

「かも知れぬ。だが、アレが魔王となった所で、この世に災いをもたらすのは確定しておる。下等生物共に虐げられてきた我等の怒り、憎しみ、それら全てを人間共へ厄災として放てるのなら、それはそれで一向に構わん」

「あの子だと、得た力の大きさに酔って好き勝手に無茶しそうよねぇ……。ヤダわぁ、あんなのに従うのなんて」

「そう言うな。魔族があの僻地より開放されたら……我等も縛られること無く好きに振る舞えば良かろう」


 ………
 ……
 …


 ――魔王の器内


「はっはっはー!! あの天才面してスカしたコルコニアも、疑り深いネイザランの爺様も! 出し抜ききってやったぞ! ザマーミロヒャッハー!! これまでも懐いている振りをして色んな奴の懐に入ってきたが、コルコニアだけは隙が無かったからなぁ。結局死んで魔王の中に封じられてからようやく、もう上も下も無いってんで隙ができたんだよな。くっくっく……」

 死んだ魔族の殆どは、当代魔王の元にただの力として吸収されていた。その中でも恨み辛みといった怨念の深い者は、尚自我を持ち続けていた。ザナキア達はそう言った魔族、即ち魔王に取り込まれその一部となった者達であった。
 魔王に取り込まれる前の話、ミズハズニッズは比較的若い内から力もあった上にそれなりに頭も良く、魔族の中ではエリートと言えた。しかし、余り力を持たないが非常に頭の良かったコルコニアより地位が低かった。その事はいつもミズハズニッズに劣等感を抱かせていた。
 当時の勇者との戦いで死んだ後、コルコニアも吸収されていたと知ってミズハズニッズは愕然とした。まだこいつの下に居なければならないのか? と。しかし死んだのに上も下もクソもねえ、というコルコニアの言葉通り、当時は雲の上の存在だった魔王補佐であったネイザランも、武官筆頭の肩書を持つザナキアも皆が平等の下、魔王の中にただ存在していた。しかし勇者が魔王になるという異常事態に陥ってから、勇者に反発する魔王の欠片達は何とか主導権を握らんとしてきたのだった。その際、何時も頼られていたのは何故かどっちつかずの一派の筆頭、コルコニアであった。当然、コルコニアに良い感情を抱いていなかったミズハズニッズの心は荒れたのだが……

「これで俺が魔王になったら……ひっひ! コルコニアは勿論! どいつもこいつも顎でこき使ってやるさ! ああっはっはっはー!」

 もはやミズハズニッズの頭の中は、魔王になってからやりたいことでいっぱいだった。自分よりコルコニアを頼っていた者達も気に入らない者達も、気位の高い連中だって誰だって、自分が魔王になったら言いなりだ! こんな感じでミズハズニッズはとにかく上機嫌であった。

「さーて、器の制御は……っと、ここだな。んー? 勇者にしろ何にしろ、誰かはここに居ると思ったんだが何で居ないんだ? 居たらサクッと殺してやろうと思ってたんだがなぁ? ……まぁ居ないなら居ないで構わないか。掌握してしまえば追い出せるしな!」

 器の中心、脳や心といった部分に当たる場所だろうか? そこまでやってきたミズハズニッズは首を傾げたが、後で何とでもできると頭を切り替え、器の支配に取り掛かる。


 ………
 ……
 …


 ――現実の花ラプの世界


「少し掛かりすぎては居らぬか?」

「……どうなんだコルコニア」

 ネイザランの疑問に答えを持たないザナキアが、思わずコルコニアに丸投げする。

「幾ら俺でも、触れた事無い事象の推測まではできねえよ」

「あのねぇ? 流石にノーコン……じゃなかった、コルコニアを便利に使い過ぎよ? 本当、貴方達って……あ、見て、変化が現れたわよ」

 ナビことインジェルタの声に、魔族達やその場に居る人間達も魔王に注視する。

(りっ……く)

 可憐もなんとか意識を繋いでいたが、何時切れるかも知れない状態だった。

「(ピクッ)……ああ、あ……これが魔王、か」

「「おお……!!」」「「………………」」

 魔王の器がミズハズニッズの言葉を紡ぐと、とたんに大気を震わして黒い魔力が辺りを埋め尽くすように広がっていく。人間達は帝国国民ならずとも本能的に脅威を、恐怖を感じて震え上がる。魔力の規模はフローレンシアの全力の魔力を優に超え、まだまだ底知れない様子を見せていた。

「むう、あ奴、あそこまで魔力を高めてどうするつもりか?」

「案外、何処までの事ができるか試すつもりかも知れんな」

「有り得る」「有り得るわね」

「そうなればここらは消し飛ぶな」

「国ごと消えちゃうわね」

「ベルタエルとレアム、あと数カ国に及ぶかな」

 魔族達のとんでもない会話を背景に、絶望も飛び越えて、ただただ成り行きを見守るしか無い人間達。

「ひひっ! 凄いな……まだまだ限界じゃっ………………」

「「………………??」」

 突然動きを止めた魔王の様子に魔族二人は首を傾げ、ノーコンとナビだった二人は感慨無くただ魔王を見続けていた。

「ぶるげぶびゃあぁっっ!?」

「「 !? 」」

 突然情けない悲鳴を上げながら、見るも無残な姿のミズハズニッズが魔王から蹴り出されてきた!! 見れば、まだ魔王の器からは、ミズハズニッズを蹴り出したと思われる脚が突き出ている。……腹の辺りから。

「「はあああぁぁぁああああっっ!?」」

 魔族の二人、見事なハモリの大絶叫である。

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