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 その後の放課後
 俺は昼に描いたスケッチの下書きをしていた。

 向かい側に座る神奈月遙は、印刷した俺の過去作を読んでいる。
 時折にやにやしているのは、弄るネタを見つけたからか、単純に面白かったからか。

「なあ…神奈月」
「なんですか先輩」
「なんでファンになったの?」

 前々から訊きたかった。普段は適当にからかわれてしまいそうで、なかなか訊けなかった。

 でも今日の神奈月遙はどことなく大人しめに思えたのでチャンスだと思った。
 しかし。

「うーん、色々ですねぇ」
「色々って…おい寝るな」

 ゴンッ

 素直に答えてくれることを期待していたが、神奈月遙は机におでこを貼り付けて、唸るように、言った。

「今日プールだったんですごく眠いんです」
「なら帰れよ」
「気分じゃないので嫌でーす」

 机に頬をぺっとりくっつけたまま、神奈月遙は死んだ魚のような目で俺を見る。

「それよりも先輩。私からも訊きたいことがあるんですけど、放課後どうやって帰ってます?」
「普通に一人で…」
「あぁ、やっぱり…」

 神奈月遙は心底残念そうな顔をした。

「お昼も一人で歩いてましたし、やっぱりボッチだったんですね…」
「いや一応、友達から飯の誘――」
「友達いたんですか!?」
「張り倒すぞ!」
「あ、ごめんなさい」

 ハッと口に当てながら謝罪された。

 こいつ、またからかって……無ぇな、………まじで驚いてる顔だこれ…。むしろ癪に障る。

「…まあ話戻しますけど、先輩の漫画読んでるとたまに物凄い描写が乏しいんですよね、たとえばこことか」

 渡されたページには、主人公たちが家へ行くシーンが描かれていた。

「なんか問題ある?」
「……これだから先輩はボッチなんですよ」

 やれやれ、神奈月遙は呆れ顔で言った。さっきから失礼極まりないなこいつ。ここがアメリカだったらぶっ放してるぞ?

「普通、友達と帰るときは雑談とか寄り道をします」
「それは知ってる」
「なんでそこ描かないんですか!読んでる漫画全部、冒頭が[学校→家]の直通なんて初めて見ましたよ!?」

 神奈月遙がドンドンドンと漫画を並べる。オーマイガー、全部同じ導入になってやがるぜHAHAHA。

 俺は天を仰いだ。

「……なんか遠い目してますけど」
「自分の愚かさに気づいてんだよほっといてくれ」

 まさか構図まで同じとはな…。
 呆れて声も出ない。

 神奈月遙も同じ心情らしい、何も言わなくなってしまった。

 しばらくの間、気まずい時間が漂う。

「…………」
「…………よし」

 沈黙を破ったのは神奈月遙だった。深く息を吐き、ググーっと伸びをして、俺を見た。

「………先輩、今から一緒に帰りましょう!」

 ♠♡♢♣♤♥♦♧

 歩くたびにメトロノームのように揺れるポニーテールを眺めながら俺は訊いた。

「で、どうやって帰るの?」
「普通ですよ、普通に話しながらファミレスに寄って駄弁ったり、お店とかで買い物したり」
「で、それを今日やると?」
「そうです」

 ポニーテールがぐるんと一周した。

「台風来てるのに?」


 びゅおおおおおお!


「………幸い雨は降ってません、ダッシュでファミレス行きましょう」

 しばらく走ったあと、繁華街にあるファミレスに入った。突如接近してきた台風のせいで店内はガラガラだ。

 とりあえずドリンクバーを頼んでそれぞれ食べたいものを注文した。
 ちょうどスイーツフェアだったので俺はいくつか甘いものを頼んだ。

(そういや普通は駄弁るんだよな、えーっと)

「今日はお日柄もよく」
「なんですか急に!?」
「神奈月さんのご家族はどんな方なんですか?」
「落ち着いてください!」

 一分後

「雑談のつもりだったんです…」
「お見合いかと思いましたよ…、もう少し普通の話題とか思いつかないんですか?」
「つかないですねぇ…」
「友達いるんですよね?その時はどんな話をしているんですか?」

 思いつくのは、その日の講義の内容とか、見たアニメの感想。そうか共通の話題か。

 しかしである。

 神奈月遙との共通の話題がほとんど思いつかない。漫画関連の話を抜いてしまうと、俺はこいつのことを何も知らなかった。

 しばらく黙っていると神奈月遙は諦めた。

「あーもういいです。ボッチで童貞でエクストリームコミュ障の先輩には難しかったですね」

 そう言って俺が頼んだショートケーキを半分持っていった。

「おい待て」
「シェアですよ、シェア。先輩も私の注文したやつ食べていいですから」

 その空っぽのドリアを?

「仕方ないので、放課後の話題を続けましょう。なんで私が先輩のファンなのかですよね」
「具体的にどういうところが好きなのかとか、そのあたりのことが知りたい」
「なかなか曖昧ですね…。うーんそうですね、先輩はたまにショートケーキみたいなんですよ」

 神奈月遙はパクパク食べながら続ける。

「そうそうこういうの!って思えるような王道をやってくれるのが好きです。他には……」

 今度はプリンパフェを器ごと持っていった。もちろん俺が頼んだやつだ。シェアすらせずそのまま食べ始める。

 俺はそっとソフトクリームをキープした。

「このパフェみたいに盛り付け上手です。たしかに無理な展開とか、冒頭の使い回しとかはありますけど、伏線とか上手く盛りこんでるのでラストの読後感がすごく爽快です。そう、このソフトクリームのように!」

 ばくんっ

 右腕が軽くなったような気がした。
 何事かと思い、確認する。

 ソフトクリームが、コーンだけになっていた。

「まあこんなところですね。ご褒美にそのホットケーキも食べていいですか?」
「お前どんだけ食うんだよ!」
「だって先輩が悪いんですよ、あのせいで私がお昼ご飯食べてないんですから〜」
「俺も食ってないわ…」
「それは自業自得では…。あ、どうせならこれも奢ってください!」
「シェアの概念はどこいった!?」

 結局のところ神奈月遙はホットケーキで我慢した。
 でもよく考えたらそれも俺が頼んだやつじゃん…。

 俺たちの帰り道はまだ続く。

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