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正直これほどまでにイメージが違うとは思わなかった。もっと……こう、ワシがエセリアじゃと頭を踏みつけながら言ってくるイメージがあっただけに。
しゃべり口が違うだけでここまで変わってくるのだろうか。まるで雪のようにそっと優しくて、そして消えそうで。
そうか……もうすぐ、このお姫様は消えちゃうんだっけ。

「どうか……されましたか?」
「あ、いや。なんかネネルのときとは全然変わって見えるなって」
ふふふっ、そうですね。って、雪の中に消え入りそうなほどの小さな声で笑った。
「最初は違いましたが、もうずっとネネルの意識が先行して毎日を生きているんです。今夜は無理を言って私が外に出たいってことで」
俺と付き合いたいからか? と話すと、そうです。とコクリとうなづく。

ああ、そこが疑問点なんだよ。なぜ俺なんかに惚れるんだか。もっと他に……そう、ちゃんとした人間がいるじゃねえか。そこをきちんと問いただしたい。

「話せば長くなります……」なんて言われてしまったが、今夜はそこを追求するために呼び出したんじゃないということを知り、あわてて俺も訂正した。
でも、俺なんて存在に好かれてしまっても……困るんだよな。

そのまま俺とエセリアは、もう誰もいない街中をいろいろと歩き回った。このドカ雪だ、店なんてどこも開いちゃいない。つまり……今ここは二人だけの世界ってことになる。

「あの……ラッシュさん、寒くないですか?」
ああ、正直寒い。エセリアが持ってきてくれた肩掛けをふたりで羽織ってはいるものの、俺と言えばいつもと変わらない服装だし。いや、年間を通して変わることがないかも知れない。
「獣人さんって、とても丈夫なのですね……」
「丈夫、なのかな……って、ぶへっくしょん!」
突然のくしゃみに、俺もエセリアもついつい笑ってしまった。

「ここじゃなんだし、俺の家に来るか?」
ええ、と彼女は快く答えてくれた。仕方ないこの大雪じゃ。もっと外へ出るのは次回以降ってことだな。
………………
…………
……
外に出てからどれくらい時間が経ったのかなんて全然分からないが、着くなり緊張感と身体のこわばりが解けて、一気に疲れが押し寄せてきた。

「ごめんなさいラッシュさん……」と、薪をくべる俺の元へきて、服の袖で俺の鼻水をぬぐってくれたりして。すごい健気な子だな、なんてネネルと比較しつつも感心してしまった。

暖炉に火が付き、彼女の顔を優しく照らし出す。
俺は俺で、すでに感覚が消え去った足先を火にかざす。とにかくもう寒いのはごめんだ……とはいってもまた帰らなきゃいけないんだけどな。

ふと、俺は無言で火を見つめ続けているエセリアの肩を抱きたい思いに駆られた。なぜって言われりゃそれまでだが、もうちょっと身を寄せ合っていないと、この隙間だらけの大食堂じゃまた凍えそうな気がして。
つーか、ここってこれほどまでに寒かったんだっけか。

おもむろに、彼女に小さな肩を抱き寄せる。
エセリアの身体が、その突然さにびくっと震えた。
「寒いだろ、ここ……」
ええ。って言葉に俺は「大丈夫だ、変なことしねえから」とそっとささやく。当然のことかも知れないが、俺もお姫様に変なことしたくないしな。
「ラッシュさんの身体、すごく……熱いです」
そっかと答えつつ、また無言の時間は続いた。
いや、ヤバいなこれ。早く打開策を見つけないと、何にも話さないまま時間が過ぎちまう。
そんな心の中での焦りをよそに、静けさを破ったのは……エセリアの方だった。

「私には母の記憶がありません」
たった一言が、ぐっと胸に刺さる。
「母はリオネングでも十指に数えられるほどの弓使いと言われてました。そこから腕を買われて近衛兵に任命されて、父である王の目に留まり、結ばれたそうです……。しかし私を身籠った年、その身体で父と共に向かったパデイラという地で、異形の襲撃を受け、母は父をかばって深い傷を負い、そして……」
エセリアは俺のまだ冷たいままの手を、ぎゅっと握りしめた。

「息のない私を産み、そのまま息絶えました」

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