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苦いお薬

「さあマティエ、このお薬飲んで」
「やだこれ。すごく苦いんだもん」
「ガマンして、これ飲まないと身体が良くなれないのよ、外へ出てルースと遊びたいんでしょ?」
「う……うん」

そんな会話がしばらく続いたあと、無事マティエは煎じ薬を飲んでくれた……すっげ嫌そうな顔で。

「うえっ……よく飲めましたねあれ。私には絶対無理です」
監視用の覗き穴から、エッザールが同様に苦そうな顔をして話している。
無理もない。トガリが偶然持っていたあのクラグレの乾燥粉末。お湯で煎じた瞬間に台所……いや食堂の中がなんともいえない苦い匂いに包まれたのだし。あの匂い……いや臭いはしばらく頭の中に刻み込まれそうだ。思い出すだけでメシも食えなくなっちまうくらいだ。

「そういや、なんでトガリはあんな希少なものを持っていたの?」と、ジールが聞いてきた。
「なんでも先週、働いてる酒場に来た行商の婆さんから買ったんだとか。あいつも料理の研究に余念がないからな、珍しいスパイスはすぐに飛びついちゃうんだそうだ。でもって手に入れたって」

「偶然ってホント怖いわね……」
全くジールの言う通りだ。トガリが持っていなければ、俺たちははるか北の地までクラグレ採集の旅に出なければいけなかっただろう。

「けど、私はそのスーレイってところに行ってみたいです……薬草園の子はみんなラッシュさんに踏まれちゃいましたし」
マティエの元から帰ってきたタージアが皮肉を込めて俺に言う。ええ分かってますよ。悪いのはすべて俺だよ。
それと……
「煎じ薬は結構できました。一気に治るとはいかないでしょうし、数日飲み続けていればだんだん良くなっていくだろうと思います」
「けど、もし治らなかったりでもしたら……」
「デュノ様、それ私の一番嫌いな言葉です」
慌ててルースは謝った。タージアの嫌いな言葉……なるほどな、でも、もし。最悪につながるものは口にしたくないってことか。

そうだ、マティエは治るんだきっと。
しかし、またあの高飛車にして性悪で酒乱で誰彼かまわず喧嘩を吹っ掛けるあの最低な気質もまた戻るのだろうか……と思うと、ため息しか出ねえ。
だけど……ルースの笑顔のためだ。そしていつもの毎日に戻るんだ。それだけでいい。

……とは思ったんだが、タージアの言ったスーレイってところにも行ってみたい気もする。妙に心の隅に引っかかるんだ。ここから出て、いろんな国をめぐってみるのもいいかなって。

「スーレイか、私もこの体質だから極度に寒い地には行ったことがありません。けどきっちりとした耐寒装備をすれば行けないこともないですしね」
おいおいエッザールも乗り気かよ。
「もちっと外が平和になれば、みんなで旅に出るのもいいかもね。でしょラッシュ」ジールもそう思っているのか。
そうか……俺もいつかは……
………………
…………
……
「なんか、すげえ密度のある二週間だったな……」
「ええ、まだ私とラッシュさんが知り合ってそれだけしか経ってないというのに、私ももう何年も一緒に暮らしてきたような感じがします」
家に戻った俺は、ごろんと長椅子に寝ころびながらエッザールと二人で話していた。
長いようで短いようで、メシ食いに行った矢先にマティエに喧嘩を吹っ掛けられてからというものの、マシューネの援軍の護衛で大量の人獣と戦って、俺の忘れてた過去と向き合って、そして……

ネネルという存在を知って。

そうだ、あのお転婆お姫様ともお付き合いしなきゃいけないんだよな。まだまだやることはいっぱいある。けども、今は……

「なあ、エッザール」
「なんですか、ラッシュさん」
テーブルの向かいのあいつと、いろいろ話したいこと。

「初めて会った時【旅陣】の話してくれたろ、あれ……もっと教えてくれねえか?」
「ええ、喜んで!」

いつか俺もチビたちを連れて……

そう、まだ見ぬ外の世界へ。

行ければいいなぁ……なんて。

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