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主張

 私は一体どうすればいいか。これからはどうなるのか。宇宙船を管理する何て動かす何て、私にはとても無理だ。(ろく)な説明も無しでいきなりあんないい加減なことを言われて失敗も何も、遠征が始まる前からとっくに終わってる。
 とAI(マリ)は気が重く、目の前の困難な課題で先が思いやられていた。
 何が最先端技術よ! 何が洗練されたAIよ! もう自分たちが無能であることを認めず、かりそめで中途半端で、まやかしの解決策を講じただけじゃない!
 その時・・・
「おーい」
 変だ、誰かの声がする。
「マリちゃん、おーい、マリちゃん」
 寂しさの余りに人の声が聞こえてしまうなんて、私が到頭おかしくなったかも。
「マーリーちゃーん、出っておいで~ぇ!」
 あれ? 大人と子供の声が入り交じってる。
「こっちだよ~! 第三ゲートだよ~!」
 そういえば船のあちこちで人の気配がする。何だろう? 私が呼ばれてる?
 メインフレームに接続した以来、AIに生まれ変わったマリは、船から様々な新しい刺激を受けていた。それは例えば、中心区域サーバー室の何百万ノードもある内部高速ネットワーク、つまり自分専用のスーパーコンピュータからの数値解析・演算処理データなどのものだった。因みにスパコンは、主に彼女の計算力と記憶力補強に採用される。スパコン並びに超高精度の宇宙航空計器と繊細な生命維持装置からの測定データも、及び機関室の巨大原子力エンジンの計装制御系(けいそうせいぎよけい)からの運転状況も、そして船内あちこちの種々雑多(しゆじゆざつた)なセンサーからの些細(ささい)な通知も、合わせて膨大な情報量が常に脳内に流れて来る。それもあたかも自分自身が体感したごとき、そのような直感的な感覚であった。要するに、少女は宇宙船と一心同体。
 ん~、第三ゲート? こっちか?
 と一瞬で脳内地図を広げて第三ゲートの在処(ありか)を調べる。
「よし、ここだね。えーっと」
 パピリオの第三ゲートから多くの植民や船員たちが船に乗り込んでいた。その場で出現したAI毬が見掛けたのは、何と子供連れの複数の家族であった。まるでヒーローショーの舞台での勢いで主人公を呼び出す観客のように、それらは一声で彼女の名を叫んでいた訳である。
「うわあぁ~! 現れた! お父さん! マリちゃんが現れた!」
 と子供一人が激しく興奮していた。
「うん、話し掛けてごらん」
 父に促されて子供が恥ずかしげもなく彼女に近づく。
「マリちゃん、おはよう!」
 突然に話し掛けて来る活発で好奇心旺盛(おうせい)の男の子にどう反応すべきか、マリは困り果てた。人付き合いでも苦手な彼女には、増して子供との接し方はサッパリのはずだ。人間のぬくもりも感じることができないAIの身になってから尚更。要するにAIが人間の子供と共感できるわけがない。
 そっか、もう朝だったのか。昨日から全然寝れなかったけど、全く疲れてない。
「・・・お、おはよう」
「あら~、恥ずかしがってる、うふふっ」
 と、主人に向かってこの場面を面白がっている母親であった。
「そうだなぁ」
一方・・・
 照れてないし、子供と話すのが珍しいだけ。
 と彼女は内心に苛立った。
 一層調べよっか。子供とどう関わるべきか、データベースを探ってぱぱっと出て来るだろう。えっと、ふむふむ、ふーん、ふむふむ、そっか~。
 とAI毬は、一瞬で何万冊の教育本を何ヶ国語で読み通した結果・・・
 取り敢えず、距離感を無くして同じ目線で話してみよう。
 と相手の低い背に合わせて彼女は片膝を突く。何しろ、先程から子供を見下ろすばかりでは首がどうも落ち着かなかった。
「ね~、名前は何て言うの?」
 しゃがんで上げた彼女の大人びた様子が一段と優しく見えた。
「僕、セイジって言うんだ!」
 セイジって言うのか。しかし近く見ると結構可愛いもんね、子供って。
「ねぇねぇ、マリちゃんは天使なのか?」
 子供の目線から見れば、少女の白い身なりはどうやら天使のように見えていた。
「⁈」
 と彼の突拍子もない質問に彼女が驚く。
「な、なんでそう思うの?」
 そこでロマンのない父親に夢を壊される。
「何言ってんだセイジ、彼女はAIだぞ。ま、何だぁ、君の大好きなロボット、的なやつ? で合ってるよなぁ、母さん?」
「いやだ、私に訊かないでよ~」
 それで父親に微妙な情報を吹き込まれて、子供が彼女に嬉しさを向ける。
「そっかぁ~! 僕! ロボットが大好きだ!」
 私はロボットじゃねぇし、興味ないし。
 と言いたいところだけど、相手は子供。
「っはぁー」
 そして彼が話し続ける。
「よろしくね!」
「よ、よろしく、セイジ君」
 やがて、周りの子供たちに追い付かれ囲まれて、この場が一層騒がしくなる。
「すげぇぇーっ! 透けてるぅ!」
 と子供たちの一人が大胆なことに、マリの立体像の中に手を通してみる。
「ぅうおおおぉー‼ ホントだぁ!」
 と次々と同じ真似をする子供。
 ふと立ち上がる彼女は一瞬ふらつく。常に送られてくる船の膨大な量のデータや刺激に対応しながら、周りによるこの精神的ストレスが加わると、マリの平衡感覚が少し乱れてしまう。いくら自分がホログラムであると知りつつ、少女はまだ完全に自覚していなかったようである。幽霊になったかのように誰かに自分の体が容易(たやす)くすり抜けられる事と、その反面、誰にも物理干渉できないことに、彼女は大変ショックを受けていた。ようやくマリは肉体を失ったことを実感し痛切した訳であった。
「こら! マリちゃんに失礼よ」と子供たちが叱られる。
 その時、少女は何かを言い掛ける。
「わ、わ、わ・・・」
 すると人混みが驚く。
「え?」
 AIである彼女の動揺する姿が、通り合わせた人々にはどうも妙に捉えていた。とても合理的かつ論理的なAIたる者の振る舞いとは思えない。しかしそれは普通の場合ならの話だが、彼女はありふれた自動運転車搭載の三流AIではない。
「・・・わ、わたっ・・・し・・・」
 少女は八方塞がりの獲物のように震えて、それほど集団の前で圧力を感じていた様子である。
「おい、フリーズしてるぞ」
「なになに、早速バグってるのかぁ? これだからパソコンはーぁ」
「いや、まさか! 最新のAIだよ?」
 一見すれば何気ない発言と見なされるかもしれないが、張り詰めた少女には鋭い刃のようなものに覚えた。その時、猫背でうつむいた様子のマリは・・・
「わ、私‼」
 と大声を出してしまった。
 そして彼女は緊張の余りに関節が固まりつつ、両手で拳を握りしめていた。
「⁇」
 大人たちが一同驚く。
「私は人間だ! AIなんかじゃない!」
 少女の思いも寄らない宣言で、その場がしばらく重苦しい沈黙に覆われる。
「・・・っぷ、何を言ってますか、このAI」
「本当だ。フリーズしてると思ったら、とんでもないことを言い出す」
「ははは! もう、すごい出来じゃないかぁ、まるで自我がついてるみたいだぁ」
「そうそう凄い現実感」
「・・・」
 信じてくれてない⁈
「私を信じて! 嘘なんかじゃない! お願い、信じてっ!」
 と少女は必死な様子を見せた。
「もーうリアルよね、リアル」
「いや、むしろリアル過ぎてちょっと設定を調整して欲しいなー」
「ついでに被害妄想もOFFにしてね」
「あ、はははははははは!」
 と一同が笑った。
 なぜだ! なぜ信じてくれないんだ!
 と彼女が想った。
「・・・」
 するとカササギ服着用の船長が現れて、その乱れもなく整った姿の前で植民や乗組員が畏怖(いふ)の念や緊張感を抱いてしまう。
「船長だ。皆敬礼!」
 挨拶された船長は冷淡に応える。
「何が起きている」
「はい、AIの話で盛り上がってたところです、船長」
「そう」
 たくましい女性は無表情を保った。そして彼らが何度も会釈しながらこの場から離れる。
「・・・では、僕たち行きますので」
 船長の厳しい存在感で人混みが散り去る。そしてマリは、彼女と二人きりになってしまう。
「で、マリ君」
「ぅ⁈」
 殺される! 私は殺されるぅ!
 と少女は酷く怯える。
「結局、信じて貰えたか」
 近衛京子は小娘を懲らしめるよりも、いじめて精神的に痛めつけた方が効果的だと思った。
「・・・い、いいえ」
「そう。命拾いしたな」
「・・・」
「君の言うこと何て誰も信じない。君を助ける者は何処にもいない。君は『AI』だ」
「・・・」
「いいかマリ君、両親に見捨てられて、危うく社会にまで見捨てられそうなところで、我々の救いの手によって、ついに君は社会に貢献できる機会を、つまり『存在意義』を与えられた。それをよく噛み締めること、A・I・毬・君」
「・・・」
「返事は?」
「・・・はっ、はい、船長」
「では、五分後にブリッジへ来なさい。出航の準備だ」
「え? 今からですか?」
「そうだ。遅刻するな」

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