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彼女の誇り

そして憔悴しきった俺たちはラザトに付き従いながら、結局は帰宅することとなった。

大女に後ろから斬られやしないかとビクビクしながら、とりあえずは俺の家に全員集まって話を聞くことにした
「え~っと、つまりあの店でラザトが一人で飲んでる最中にあたしがマティエ連れて入ってきて、意気投合してそんでまたずーっと飲んでたらラッシュが息子を二人連れてきたって……ワケにゃ?」
「ああ、ラッシュがここ行きたいっていうモンだから……」
「おいフィン、年上にはきちんとさん付けしろって習わなかったのか?」
「はぁ? だったらきちんと学校行かすくらいの金ぐらい残しとけよ、このクズ親父が!」
ラザトがまた拳を振るいそうになるのを押さえつける。しかしこうやって二人の口喧嘩を見てると、親父も結構子供みたいな性格なんだな。
そういったワケで、一番危険なフィンは柱に縛り付けて身動きとれないようにしておいたんだ。

そうそう、酔いが覚めたジールから聞いたんだが、この大女の名前はマティエっていうそうだ。

……って、以前この名前どっかで聞いたことあったような気がしたんだけど、うーん……イマイチ思い出せねえ。

ちなみにこいつは俺らと違って結構いい家の生まれらしく、苗字もあるそうだ。
まあそんなことはどうだっていい。要はなぜこいつは俺に対してここまで敵意をむき出しにしているかってことだ。
同胞である獣人を殺すだなんてことは俺は絶対にやらねえ。人間同士はいつも殺しあってるが、俺はこの戦争だろうとなんだろうとただの一度も獣人に刃を向けることはしなかった。
あ、ゲイルはまた別だけど……な。

「でもさあマティエぇ? なんでラッシュのこといきなり殺すだなんて物騒なことするン? おたがいお初同士じゃないの?」
まだ酒が残っているのか、ジールもいまいち呂律が回ってない。
そんなジールの言葉にぎりっと歯噛みしながら、この大女は小さい声で答えた。
「こっちは覚えている……その鼻の十字傷が証拠だ」
またこの傷跡が原因かよ。先日のロレンタの聖女の件といい、ここ最近これが原因でろくな目に遭ったためしがねえ。

「んでいつ頃だよお前と会ったのって。こっちにだって聞く権利くらいはあるだろう?」
「貴様、本当に覚えてないとでもいうのか!?」まーたこの調子だ。なんか殺される理由をいちいちはぐらかされているみたいで、聞いてるこっちもイラっとしてきた。
「だから理由をだな!」
「これは私の誇りの問題だ。口に出すのもはばかられる!」
「口に出さなきゃわかんねーだろうが!」
あーもうホントにわけわかんねえ。いっそのこと二人で外に出てどっちかが死ぬまで対決でもやりたいところだ。

「んー、そーいえばマティエ、なんかヘンだと思ったら、右の角無くなっちゃったの?」ジールはそう言って、硬めのカールの付いたマティエの髪を撫でつけようとした……のだが。
「触るな!」彼女はそれを嫌そうな、まるで腫れ物に触られるのを避けるかのように手で払った。
って、ツノ……?

そっか、こいつ羊族ってさっきジールが言ったっけ。となるとこいつらって頭の左右にぶっとくて丸まった角が生えてるはず
それが、この大女には付いてないんだ。しかも2本ともだ。

「シィレの角なし羊……それが彼女のもう一つの名前だ」
残り少なくなった酒瓶を手にしながら、奥にいたラザトがつぶやいた。
「お前はバカだから全然ほかの傭兵とか戦況のことなんて知らなかったと思うがな、その女……マティエはな、このリオネングで最初で最後の獣人の騎士として名を馳せていたんだ。そしてこの前までマシューネで腕利きの傭兵として暴れまわっていた……だろ?」
そういや、この前お城に行った時も獣人の騎士がなんとかっていうの聞いたな。それがこいつだったのか。

「そうらよね~、ソーンダイク家って由緒正しい獣人にして騎士の家系らし。あたしらなんて足元にも及ばないんだにゃ~」
全てを話されて辛かったのか、マティエはうつむいたまま小さくうなづいた。

「私の、騎士である印……それをこいつが奪ったんだ。失われたものは二度と帰ってこない。貴様を殺すことでしかこの無念は晴らすことができないのだ。ソーンダイク家の誇りにかけて!」
「え、ちょっと待て、つまり……俺がお前のその角を取っちまったってことか?」

おいおいなんてこった、理由は分かったけど俺にはそんな記憶は無い。こんな女と一緒に戦ったこと、ましてや角を折っちまったなんて!

「……これで分かったろう、ラッシュ……お前にはここで死んでもらう!」

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