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悲運の再会

ジールに嫌われるわなにわで散々だった俺のことを察してくれたのかは分からないが、トガリが俺にお使いをお願いしてきた。
 あいつの方も結構仕事がいい感じらしく、働き先の狭い厨房より、こっちのの広い台所で仕込んでいった方が効率がいいんだとか。
 頼まれた仕事は簡単。事前に仕入れ先の店に注文しておいたジャガイモを買ってきてくれとのこと。
 だけど量がハンパないらしいっていうんで。要は俺の出番ってワケだ。
 ついでにチビも一緒に連れて行った。この前ほったらかしにした罪滅ぼしってわけじゃないけど。やっぱりこいつは俺と一緒の方が楽しいみたいだし。
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 久しぶりに街中へ出た感じがする。最近は裏で畑仕事とか屋根の修繕を一日がかりでやったりと、買い物とかは出なかったしな。

 それはそうと、チビを肩車していると街の連中がジロジロ見てくる。いつもと変りないんだが、やっぱり戦争が一段落したということで、ここの連中にも余裕ができたっていうのかな。みんな笑顔で俺たちのこと見てくれてるんだ。
 以前は変な目で俺らのことを見ていたし。まるで誘拐でもしてきたかのような……まあ実際似たようなものなんだが。
 今は全然違う。通りすがりの人がチビをあやしてくれたり、手を振ってくれる人もいれば、砂糖でできた菓子をくれたりとか、チビはすっかりここの人気者になっているような気すらする。

「おとうたん、きょうはなにかうの?」頭の上からチビが俺に聞いてきた。
 ルースの勉強のおかげでこいつの話す言葉も色々増えた。しかしそのおかげで、ワケの分からない質問もたくさん増えてきたんだけどな。

「なんでおとうたんとトガリは毛がいっぱいあるの?」とかならまだ適当にごまかして切り抜けられたけど「おとうたんのおしりにくっついてるのなに?」とかって思いっきり尻尾を引っ張られたときはマジで痛かった……
 そういうときはきちんと叱った方がいいよってトガリは言うんだが、それにしたってどうやってこいつを叱ればいいのか。
 いつのときだったか……メシのときにカリフラワー嫌いだからって全部残した時だ。親方のときみたいに怒鳴っちまった時は、泣きわめいて一日中俺のところに近付きもしなかったし。ほんと難しい。

 さてさて、店の親父からは巨大な編みカゴいっぱいのジャガイモを渡された。こりゃ確かにトガリには無理な量だ。
おまけに背負いカゴ。ぎっしりジャガイモの詰まったそれは、もちろんチビよりはるかに重い。

「これたべれるの?」
「バカ、リンゴじゃねえんだ、そのまま食べるな」

 両手と背中に負ったカゴからはあふれんばかりのジャガイモ。俺からしてみればこれくらい鍛錬の足しにもならないくらいだ。
 チビは俺の隣を歩きながら、泥だらけのジャガイモを手に取ってあれこれチェックしている。
 食べるなよ、食べたら腹壊すくらいじゃ済まされねえし。

 そんなこんなでチビと会話にならない会話をしながら家に向かっていた、そんな時だった。
 家の近くにかかっている大きな橋……そこにやたら大勢の人だかりが。
 なんだなんだ、珍しい魚の群れでも泳いでいるのか、なんて最初は全然気にもしなかった……が、近づいてみると、それは魚じゃなかったんだ。
「ちょ、ちょっとラッシュの旦那、あそこ! あそこ見てみなって!」近くにいたババアが、俺の尻尾を引っ張りつつ呼んできた。
 いや、だから尻尾を引っ張るのはよしてくれって。尻尾とくすぐられるのだけは大の苦手なんだ。あと水に入るのは。

 ってなワケでしぶしぶ橋のてっぺんから下をのぞいてみる……と。
 そこにいたのは魚じゃなかった。人間の死体だ。それもまだそれほど年のいってない身体つきの人間がうつぶせに浮いていた。
 でも、なんかこれどっかで見たことのあるような……なんて思っている矢先。「ラッシュの旦那、ついでだから拾ってきてくれねえか」と周りから声が。

 おいおいよせよ、なんで俺がこんなとこで水死体取ってこなきゃいけねえんだ。
 と、それに昨日もそうだが、俺は身体が濡れるのが大嫌いなんだし。二日連続は勘弁してもらいたい、俺の方が逆におぼれ死んじまう!

 ……なんてコトをここの連中にいうなんてできずに、結局俺が回収するハメになっちまった。
こっちは慣れているが、チビにはこんな死体なんて見せたくない……とりあえず顔見知りを見つけた俺はそいつにジャガイモとチビを預けた。大丈夫。この前みたいなヘマはしない。

 さてさて、例の死体だが、ちょうど橋の真下の脚のところに引っかかっているところで運良くつかむことができた。確かにここだけはちょっとした深みだ。俺じゃなきゃ逆に溺れちまうところかも。

 身体じゅうの毛に水が浸みてくるのがジワジワ感じられる、それと寒気。これだ、この感覚が大嫌いなんだっていうのを頭の中でごまかしながら俺は岸辺に戻った。
 しかし、どういう理由で川に落ちたんだろうな、事故か、はたまたどっかの戦いで流れ着いた……なんて思いながらこいつの顔を見てみた……ら!

「アスティ……?」
 それは紛れもなく、昨晩まで俺と一緒に行動を共にしたリオネング軍の若い弓兵、そして自称俺のファンであるアスティだった。
 しかしこの前のリオネングの兵の服とは違う、そう、私服だ。
「アスティ、お前……なんでこんな」目を硬く閉じたままの奴の死体に俺は問いかけた。
 やめろよオイ、お前は俺のファンなんだろ? まだ一回しか会ってないのに! 仕事終わったら俺の家に行きたいって喜んでただろオイ!
 無意識に俺は、アスティの胸をぐいぐい押していた。
 それは親方から教わった、なんたらっていう目を覚まさせる方法だ。こうすると人間は止まった心臓がまた動く可能性があるって聞いた。だけどバカだな俺、こいつ死んじまっているのに、なんで起きろだなんて言って目を覚まさせようとしているんだか。

 そうだ、親方だ。
 目の前で大事な奴が死んじまうってこと自体がもうイヤだったんだ。

「起きろ! 起きろ! クソっ! 目を開けろ!」

 目を固く閉じたままのアスティに向かって、大丈夫だ、大丈夫だ! と俺は俺に言い聞かせた。懸命に胸を押し、水のたまった腹を押し、そしてなんども顔を叩いてショックを与え、揺り動かす。起きろ、起きろと何度も叫びながら。
 やめろよ、俺と友達になりたいって言ってただろ。親方みたいに俺より先に死んじまうだなんて……

 と、口に出した瞬間、アスティの頬 がピクリと動いた。
 錯覚じゃねえ、こいつ……生き返った! じゃない、まだ命が残ってたんだ。
 ほどなくすると胸の鼓動はどっどっどっと激しく動き出し、うげえと飲んでいた大量の水も吐き出してくれた。
 橋の上から拍手が巻き起こっているのが聞こえたが関係ねえ。俺は生き返ったアスティを抱きかかえてすぐに近くの医者の元へと走っていった。
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 野盗か暴漢に袋叩きにされて川に投げ込まれたか、それでも生き返ったのは奇跡だな、なんて医者のジジイが話していた。

 治安はそこそこよくなったにしても、夜になるとまだまだ危険な奴らがうろついているのは今も昔も変わらない。例えば酒場の周りとか。こいつもそれに巻き込まれたってことかな。
 いずれにせよ、ケガはかなりのものだったが、命に別状はないと言ってくれた。よかった……

……って、ケガ⁉ 袋叩きぃ⁉ ウソ言うな。俺がこいつを引き上げたときにはそんなケガなんてしてなかったぞ!

「ところで治療代はどうする? この若ぇ奴に払わすか、それとも……」
 俺はポケットにいつも入れてた金貨を一枚手渡した。やっぱりこのジジイもそうか。驚いた顔で金貨をじっと見つめていた。
 まあ、とりあえずアスティのことはここに任せておいて……なんか肝心なことを忘れていた気がする。

「あ、チビとジャガイモ……」

 案の定トガリからは大目玉を食らったが、いつも通り一発殴って黙らせた。

 だってそうだろ? チビもジャガイモもアスティも何事もなく無事だったんだ。それでいいんだ。

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