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危険な聖女

ほとんど焼け焦げたボロボロの馬車に乗り、俺とアスティ、そしてロレンタはどうにか街の姿を遠目で見とめることができた。
 そうだ、捕虜がいるんだったか、とすると一応4人……か。
 俺の方からこの人間もどきの捕虜に何か聞き出せるかなと思っていたんだが、結局こいつはクソリオネングとかくたばれ獣人以外の口汚い言葉以外何も口から出ることはなかった。そのつどムカついたから、もう何回こいつを殴ったかわからないほどに。
「こいつは僕が連行していきますから、ラッシュさんは早く帰って休んでください」とアスティは気遣ってくれた。
 普段なら大丈夫だと返すところなんだが……ダメだ今日は。いろいろありすぎて疲れた。とは言っても身体の方じゃなく精神的に、だ。
 それに俺はリオネングの城なんて生まれてこのかた入ったことがない。傭兵という、いわゆる正規の剣士とかじゃないから……って意味合いもあるにはあるが、今はもう天国だか地獄に行ってる俺の親方が、若い時に城の中でお偉い方どもとケンカして、あわや死刑になる寸前まで行ったらしい。
「あア? 騎士団長が直々に呼んでるだァ? ざけんな、てめえらの方からこっちに来い!」って息巻いてたのを俺は見たことあるし。
 きっと俺も親方同様目をつけられてるだろうな。前にも話したが、いやがらせ受けて逆に鼻っ柱ぶち折ってうっかり殺しちまったってことなんてしょっちゅうだったし。味方殺し……うん。手足の指じゃもう数えられないほどだ。

 さてさて、話が思いっきりわき道にそれちまった。

 アスティは手綱を握っている。つまりはこの焦げた馬車の中にいるのは俺とロレンタだけだ。
 俺のことを聖女だディナレの生まれ変わりだなんだと散々妄言ぬかしておいて、それについて謝ることなんて微塵もないときやがる。
 意図的に俺と目を合わさずに景色ばかりずっと見ている彼女に、俺はあえて聞いてみた。
「ロレンタ、つまりは俺にどうしてもらいてえんだ?」って。単刀直入に。
ようやく俺の方から聞いてきたのがうれしかったのか知らねえが、あいつはくすっと微笑みながら答えてくれた。
「近いうちに、またこの世界に暗い影が満ちてくる時代がやってきます。ラッシュ様……あなたは我々の前に立って、リオネングを……いいえ、この世界を一つにして導いてもらいたいのです」
 それがディナレ様の生まれ変わりである貴方様の役割なのです。と。
 半ばあきれつつ、俺も彼女の無謀な言い分に応えた。
「俺はオコニドとの戦いの中で、何百……いや、何千人もやつらをぶっ殺してきた男なんだぜ?  聖女っていうのは、その……虫一匹殺さないような存在なんだろ? 俺にそれが務まると本気で思ってるのか?」
「あなたの血塗られた過去はもはや関係ありません。大切なのは……そう、これからなのです」
 認めてくれるのならば私がすべてをお手伝いします。聖女としての意識、立ち振る舞い、そして導きの力を。と彼女は付け加えた。
「俺にも、お前みたいな……その……アレだ、馬と話せたり、手をかざすだけでケガが治ったりする力が手に入るわけなのか?」

 突然、ロレンタはぎゅっと俺の拳を両の手のひらで包んできた。
 俺のゴツい手と比べて半分くらいの大きさしかない、小さな、白い肌をした手で。
 その柔らかさとほのかなぬくもりに、つい俺の胸はドクン! と大きく高鳴ってしまった。

 彼女の瞳が、朝日を反射してキラキラと輝いていた。
「ええ、ディナレ様の聖なる力は、すべてのあなたの悩みを無に帰すでしょう」

 ヤべえこいつ、マジだ、どうにかしないと!

 おちつけ、おちつけ……俺!

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