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夕食

家へと近づくにつれ、トマトの香りが俺の鼻をくすぐってきた。
 しかも嗅覚が鈍い俺でも分かるくらい、大量のトマトを煮詰めている匂いだ。でもなんでこんなにたくさん?

「お帰りラッシュ!」ドアを開けるやいなや、奥の台所からトガリが小走りでやってきた。
 愛用のオーバーオール兼エプロンが、まるで返り血を浴びたかのように真っ赤に染まっている。いや、血じゃない。これはトマトの汁だ。

 俺はトガリにこの大量のトマトの使い道を尋ねようとしたんだが、先に話しかけてきたのはあいつの方だった。

「やっぱりね、僕、こうなるんじゃないかって思ってたんだ」
 オイ待て、それって一体どういうことだ?俺は聞き返した。
「ラッシュがね、チビちゃんと一緒に帰ってきちゃったってこと」

 そんなことはねえ。俺はこいつさえ泣きわめかなけりゃ孤児院に預けてったぞ。そういい返した。でもトガリは笑みを浮かべながら、首を左右に振った。
「ううん、わかるんだ僕には。チビちゃんはラッシュを必要としているし、ラッシュはチビちゃんを手放したくなかったんだ、ってね」
 ンなことはねえ! といつも通り俺はトガリの頭をゴン! と一発殴った。

 その時だった、足元にいたチビが、ゴン!と思いっきり俺の足先を踏んづけてきやがったんだ!
「いでえ!」と思わず俺は反射的に飛び上がっちまった。トガリも同様に驚いてる、メガネの奥の目をまん丸くしているし。
「とがりぶっちゃだめ!」
 俺に向かって怒っているような……いや、今にも泣き出しそうな顔で、チビは俺の顔をキッと睨みつけていた。
 ってオイ、なんでチビが口出すんだよ、トガリを殴るのはいつものことだ。別にお前を殴ったわけじゃないのに、なんでそこまでして怒るんだ?
「チビちゃんにはわかるんだよ、やっちゃいけないってことがね」トガリが自分の頭をさすりながら、もう片方の手でチビの肩に優しく手を置いた。

 トガリは驚くくらい誰よりも長く鋭い手足の爪を持っているが、それ以上に驚くくらい誰よりも手先が器用だ。
 この手で肉や野菜を包丁で切ったり、盛り付けたり、普通の指を持つ人と変わりがないんじゃって思えるくらい、この長く太く鋭い爪を駆使している。

「とがりー!」そんな長い爪に、チビは笑顔で頬をすり寄せてきた。一転して、笑顔で。

「ほらね、チビちゃんはいいことと悪いことがすぐに分かるんだよ」
 そっかあ? 俺はトガリの頭を殴ることなんざ日常茶飯事だと常々思っている。別にトガリのやつも抵抗しないしな。
 そうそう、こいつの頭はめちゃくちゃ硬い、岩より硬い。正直殴っている俺の手のほうが痛いくらいだし。
「ラッシュにはまだわからないと思うけどさ、親の悪いことは絶対見逃すことができないんだよ、チビちゃんはとってもいい子なんだ」

「とがりだいすきー」チビのやつ、今度はトガリの方に懐きやがった。ふたりとも同じくらいの身長なんで、まるで兄弟のように見える。

「ぼくはきっとチビちゃんには友達のように見えるんじゃないかな」と、トガリは言った。
 どうなんだろうな、ルースに会わせてみたら、今度はどういう反応するんだか…

 なんて考えているうちに、俺の腹がぐぐうと轟音を立ててきた。そうだ、チビと一緒に食ったリンゴだけじゃねえか、昼に食ったの……めちゃくちゃ腹減った。

「ところでトガリ、このすっげえトマトの匂いはなんだ?」とりあえず俺は例のトマトのことを尋ねてみた。
「そうそう、ラッシュと入れ替わりでジールが来てね、お仕事紹介してくれたんだ!」

「仕事?」

「ううん、だってさ、#傭兵__ギルド__#の仕事なんてもうここのところさっぱりじゃない? たしかに蓄えはあるけどさ、一応これからのためにも手に職は持っていたほうがいいもん」
 手に職……か、そっか、以前親方に話してたな。トガリはいつか自分の食堂開きたいって……だからなのか。

「ここからちょっと離れたところにある酒場でね、今度からお昼に食堂をやることになったんだって。だからご飯作るの上手な人を募集してて、それをジールが見つけて僕に教えてくれたんだ、そしたら仮採用ってことでさ、明日団体さんが来ることになったから、まずはテストとして肉団子のトマトシチューを20人前作ってくれって言ってきたんだ」
 トガリはそう言って、俺専用の大きなスープ皿に、その肉団子シチューをこんもりと盛ってきた。
「さあ、食べてみてよ」めったに見せない自信に満ちた顔で、トガリは俺に皿を差し出してきた。

 チビは……というと、俺の半分にも満たない大きさの小皿に、ちょこんと同じシチューが盛ってある。

「大丈夫だよ、チビちゃん専用に肉団子は小さくしてあるから」
 準備周到だなトガリは。

 俺が一口目を口にする前に、チビのやつは昨日と同じように、皿を抱え込むようにがっつき始めていた。
 相変わらず汚い食いっぷりだけど……まあ、いいか。
「いつかチビちゃんにもテーブルマナーを教えないとね、これじゃラッシュが2人いるのと変わらないもん」

 トガリのその一言に、俺はもう一発殴ろうかと思ったが、さっきのチビの逆襲のことを思い出してやめた。

 今はまず、トガリの特製シチューを腹におさめるのが先だ 。

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