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別離

胸に抱かれたチビは相変わらずにこにこしながら、俺の顔を見つめ続けている。
 そうだよな、これからお前の仲間がいっぱいいる場所に行けるんだよな。さっきみたいなオンボロの服じゃ周りの奴らにいじめられちまう。これでいいんだ。

 店を出て程なくして、俺の前に大きな建物と石造りの高い壁が見えてきた。
 これが教会兼孤児院か……壁の向こう側ではたくさんの子供達の笑い声が聞こえている。そうだ、ここならチビだって楽しく行きていける。

「じゃあなチビ、ここでお別れだ」
 そう言って俺はチビの服の胸元のポケットへ、手紙と一緒に包んだ残りの銀貨を突っ込んだ。もちろん俺が書いたやつじゃない。昨晩ジールが書いてくれたものだ。

 この手紙には、どこでこいつを拾っただとか、よろしくお願いしますだのの文章が書いてあるらしい。

「ラッシュは結構口下手だしね、おまけに口より手が早いし」ってジールは言ってたな。
 バカ言うな。理由もなく殴ることなんてするかよ。あと銀貨なんてどうするんだ、って聞いたら、やっぱりこういう時には、ある程度のお金がモノを言うんだってあいつは答えてくれたな。
 モノを言う……? お金ってしゃべるもんなのか? よく分からん。

 さて、入り口の大きなドアの前には門番……なんて立っているわけがないから、俺はチビを置いてノックしようとした…が、何故かその手が動かない。どうなってるんだ?

 このドアを軽く叩くだけでいいはずなのに、それだけなのに、なぜなんだよ!
 俺は自分の拳をグッと睨み、問いかけた。
「このチビのためだろ! 俺なんかと一緒にいるよりいいに決まってんだ! そうじゃないと、そうでないと、チビは、こいつは……」昨日、初めてチビを目に止め、胸に抱いた時と同じ鼓動が、そしてその奥をギュッと締め付けられるような奇妙な感覚が、また俺に襲ってきた。息までつまって来そうだ。

 なぜだ……ドアをノックして、そのまま後ろを振り向かずに帰るだけでいいだけなのに。大したことないだろうが、簡単だろうが、なのに手も足も動いてくれないんだ。石にでもされたかのように、全身まで動かなくなってきそうなんだ。

 まるで、チビから離れるなと俺の身体が言ってるみたいに。
 地面に足の裏がひっついちまったみたいに、寒さでヒザが凍りついたみたいに動いてくれない。
 いや平気だこんなの。初めて剣持って戦場に出た時の軽い緊張と変わりないじゃねえか。深呼吸して、ゆっくりと手足を動かしてみろ、そうだ、その調子だ。大したことないだろ。ただの緊張だ。それが長く続いただけなんだから。ゆっくり、ゆっくりと……

「おとうたん……」その緊張に追い打ちをかけるように、チビが話しかけてきた。今にも泣き出しそうな顔で。

 よせよそんな顔。頼むからもうそんな目で、声で俺を呼ばないでくれ。

「やだ……」
 え、何が嫌なんだ? 俺か? 俺と離れることがそんなに嫌なのか?
「やだ! おとうたんいっちゃやだ!」

 おい、お前そこまでしゃべれるのかよ、だったら大丈夫だ、お前がそのドアを叩いて、中にいる人にお願いしますって一言言えばいいだけだ。だからもう、俺といたことは全部忘れるんだ。それがお前のためでもあるし、俺のためでもあるんだから……

「やだーーっ!!! おどうだんといっしょじゃなぎゃやだ!!!」動かない俺の手をギュッと握りしめ、チビは大声で泣きだした。すげえ声だ。耳だけじゃなく、頭の中の中にまでギンギン響いてくる。
 なんで俺のことがそんなに好きなんだ。親でもないんだぞ、人間でもないんだぞ!?

 そして耳をふさぎようにも塞げないそんな中、俺はふと口にしちまったんだ。今はもういない人のことを。
「親方……俺、どうしたらいいんだよお…」

 親方……そうだ、そういや親方だって人間だったんだよな。それに俺が買われた時は、確かチビと同じくらいだったはず。

 そうだ、今、チビは俺で、俺は親方なんだ。
 忘れもしないあの日。親方が死んだあの時、俺はただ一人残されちまった、これからどうすりゃいいんだって、思い切り泣いたじゃねえか。叫んだじゃねえか。そうだ、今のチビと一緒だ。

 そう思い返してみると、俺の口から無意識にぷっと笑いがこぼれてきた。そうだったよな、俺だって親方がいなくちゃなんにもできなかったんだ、俺はずっと、この歳になるまで親方しか見えてなかったじゃねえか。そしてチビ。こいつは昔の俺そのものなんだ。考えを変えるんだ



 俺が、こいつの親方になるんだ。

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