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 素っ気なく俺は教え子に原稿を返した。数か所振った赤のチェックを見るなり「むう」と声に出してさも不満げだ。適当にあしらったら怒るし、ちゃんと指摘してもこれだ。研究なんかより乙女心の方がよほど複雑に思える。

 「ねえ、先生」

 教え子は俺の机に視線を落とした。机、というよりは机に立てているスタンドだ。まっくらな港に俺一人がハイテンションで写っている奇妙な一枚。何も知らない人間が見れば自分大好き人間だ。シンプルに気持ち悪い。

 「なんであのとき、先生は笑ったんですか」
 「写真は笑顔で映るもんやろ」
 「でもほら、この写真の先生、不自然なとこ多いんですよ。ひとりで写るなら、普通、ポーズをとってる腕に重心を乗せるのに、先生、逆側なんですよね。まるで誰かと左腕を組んでるように」

 六年前、スマートフォンに収めた一枚に御幸はいない。そもそもが俺以外に姿は見えていなかったはずなのに、この子ときたら妙に勘が良い。

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