悪への誘いとショタっ子
「それでは今日の居残りはこれまでとします」
「有難う御座いました、メアラ先生、アメリア様」
「こちらこそ楽しかったわ。私、一人っ子だから、妹が出来たみたいで嬉しいわ」
(アメリア様滅茶天使!)
惜しむらくは自分より少し大きい妹だってことだな。
「アメリア嬢も今日は有難う御座いました。目から鱗が落ちるとはこのことですわね」
「お役に立てたなら何よりですわ」
「「では失礼します」」
メアラ先生の部屋を辞すると、外で待っていたらしいアーチボルドと合流すると、彼を前に女子二人並んで歩く。送られる間、主にフローラの日常を面白可笑しく語ってみせただけだが、アメリア嬢には新鮮に映ったらしいく気に入ってくれたようだ。
「ねえフローラ様? これから少しお時間頂けます?」
「あ、はい、構いませんよ。アメリア様のおかげで居残りも短縮できましたし……」
「ではサロンを予約してありますので、是非ご一緒に!」
(うん? ……予約ですと? 時間も分からないのに?)
あらかじめ貸し切ってたとかな。
(なーるほど。納得)
「アーチボルド様? 女子二人の内緒のお茶会ですの。1時間後にまた来て下さる?」
「おう、良いぜ。じゃ、ちょっくら走り込んでくる!」
冗談かと思ったが、アーチボルドは二人をサロンまで送ると、全力疾走して行ってしまった。え? 時間まで全力疾走する気か? バテるぞ……。
「ではお茶会、始めましょ」
「はい、アメリア様。……えっともしかしてあの作戦、上手く行ったんですか?」
「分かります!? そうなんですの! いつもなら私の小言にアーチボルド様は困ったような顔されるのですが、フローラ様の助言通りにしました所、最初は気付かれなかったのですが、何度目かにふと気付いたらしく……笑顔を向けて頂きましたわ」
またしてもアメリアは両手を頬に当てて頭を振る。今度はやんやん、じゃなくて(ブンブン)きゃー! って感じだな。喉の奥ってか、口の中にハートが見える図だなぁこれ。
(うへへ、何この生き物。鼻血出そう)
おまわりさん! こいつです!
(ちがっ! 何も……ってこらぁ。うへへ)
怒りが湧く前に目の前の映像に鎮火されたのか、俺へのツッコミが雑になっとる。
「フローラ様!」
「なんれしょうっ! はっ(ジュル)、あいえ。何でしょう?」
「もっと色々教えて頂きたいですわ!」
「その前にこちらからも質問よろしいでしょうか?」
「? なんですの?」
「アーチボルド様とは何時から?」
ぽんっ! という音が聞こえそうな位に真っ赤になったアメリアは、
「ひ、一目惚れ……だったの、ですぅ」
もじもじする天使。天国かな?
「うへへぇ……あ、じゃない。えっと、何時頃からのお知り合いだったのですか? と、聞きたかったのです」
「ひゃああ……(ぶんぶん)あのあの、えっと……5歳、の頃ですわ」
あらあらおしゃまさんねー。
(ほんとねーって)
「その頃からずっと付き合いがあるのですよね? 小さい頃はなんて?」
「えっ、えとえと……あー、君って」
あー君キタコレ。
「アメリア様(キリッ)」
「はいっ!?」
「もしアメリア様がアーチボルド様に褒めてもらいたい、褒められると思う成果を得た時、アーチボルド様にお願いをしてみて下さい」
「な……何と?」
「『甘えさせて欲しい』と(キリキリッッ)」
「ひ、ひああぁあぁ……ハレンチ、ハレンチですわぁ!」
「いーえ! 正当な報酬ですわ、アメリア様! 誰彼構うわけではなく、ただ一人アーチボルド様にのみ甘えるのですから!(ドヤァ)」
「よよよ、よろしいんでしょうか?」
「アメリア様になら大丈夫です!」
その後の脳内シミュレーションがリアル過ぎたのか、真っ赤になって動かなくなったアメリアを、迎えに来たアーチボルドが抱えることで再沸騰したのは言うまでもない。
………
……
…
「では今日はよろしくお願いしますね、サイモン君」
「こちらこそよろしくお願い致します。ジュール先生」
「……よろしくお願いします」
(わー……不安しか無い)
元々不安だらけだろうに。性格込みで。
サイモンには少し大きい椅子に深く腰掛け、フローラの中の人の頭の出来を見守る。
(何故中を強調した……?)
外身の人物は元々そこまでひどくないと思ったからだが? とにかくこうして2日目の居残りが始まったのだが……。
「何故覚えてもらえないのでしょうか……」
「それはフローラ嬢が全ての原因でしょうね」
「ぐふっ」
ド直球である。何と遠慮の欠片も無いお言葉か。
「ふむ? 言い方がおかしかったか……。フローラ嬢、貴女は頭が悪いのではないぞ?」
違ったらしい。
「ふぇ?」
「恐らく何かしら自分の確固たる知識のようなものがあるのだろう。しかしどうもそれが一般常識やジュール先生の教えから乖離している。一度その概念を捨てて、普段の生活になぞらえてみると良い」
「知識……常識……概念……普段の生活」
(魔法か! つまり物理法則を頑なに信じてた?? 普段の生活……ってことは……)
何やらブツブツ言い始めたフローラをじっと見守るサイモン。ジュール先生は何やら得心が行ったとばかりにうんうん頷いている。
暫くして授業を再開すると、今までのは何だったのかという位、スルスル問題が解けていく。そしてあっという間に平均点レベルには底上げできたのだ。正直落第点を逃れる程度には、位に思って期待していなかったジュール先生やサイモンまでもが目を瞠る結果となる。
「おっしゃー! よくやった私ぃ!」
「……慎みを持ち給えと言っている」
「す、すみません! ……あ、お二人にお土産です。最近女子寮で流行ってるお菓子なんですよー」
「 !! ……い、頂こう」
「おやおや、これは嬉しい。女子受けのするような甘いものは中々買いに行き辛くてね……。特に市井のお菓子は」
「そうなんですね。高位貴族の方は色々難しいんですねぇ。……!!」
相槌を打ちつつ、ふとサイモンに視線を移すと……。
(何あの小動物……テラカワユス)
口の中いっぱいに頬張った、さながらハムスターの様になった幸せそうな表情のサイモンの姿が……。
(もんもんはむすたぁやぁ〜)
おい、顔。ちょっとジュール先生が引くレベルだぞ……。
(はっ!?)
キリッ! っとした顔に戻すも、サイモンが視界に入った途端やばい顔に戻るを繰り返すので、正直不審者マーックス! でしか無いのだが、気付かないもんかねこの変態さんは。
(誰が変態だ! こん……でへへ……)
サイモンが名残惜しそうに咀嚼し尽くすまで、カオスな状況は続いた。ビビりまくった哀れなジュール先生に幸多からんことを……。
「とても美味しかったです。ありがとう」
「ぇへへ〜〜。はっ!? いえいえ、お気に召しましたら幸いにございますわ! おほほほほ……」
「では先生、我々はそろそろお暇します」
そう言うとサイモン椅子から立ち上がり、何もない所で
ツルンッ! ベチャッ
綺麗にすっ転んで、顔から着地した。
「「………………」」
「あいや、呆けてる場合じゃない! サイモン様大丈夫ですか!?」
慌てて助け起こすが……超涙目である! 泣くの堪えてます! お子様か!
(いやん! キュンと来たぁー!)
うわぁ、犯罪者ェ……
(ちゃ、ちゃうねん! ちょっと魔が差しただけなんや!)
「……もん」
「はい?」
「……痛くないもん。絶対……泣かないもん」
と言いつつ、頬を膨らませてすげー泣きそうだ!
(はぁん、かわゆ……じゃねえ! 泣き止ませるためには……そうだ!)
「サイモン様! また今度お菓子! 持ってきますから!」
ピクッ
「それにサイモン様には大変お世話になりました。さすが時期宰相と呼ばれるだけはありますわ!」
ピクピクッ
「と、当然です。僕は『できる』宰相を目指しているのですから」
眼鏡をクイッとあげつつドヤ顔で立ち直ったサイモン。簡単におだてられたのであった。
(はふう萌え萌えやぁん♪)
キモッ。
(なんとでもゆーてー)
もう多少の悪口では堪えないフローラはさておき、今度こそサイモンを伴ってジュールの下を辞し、見送るという名目の下、サイモンを見守り帰ったのだった。
(しゃーわせー)