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大工房

 星の大釜の眺望はほどなく過ぎ去り街道は縁を外れていく。これまでと変わらない景色に戻った。

 それから日の高さは頂点を過ぎ影の長さが伸び始めた夕方の入り、街道の様子に変化が現れる。街道との合流地点、交差点を過ぎるごとにユウト達のような荷馬車の数か一気に増えた。

 すでにここ数日の間にも街道の移動中に見る荷馬車は増えていたが今や渋滞を起こしだしそうなほどの数が街道の上をひしめき合っている。その異様な光景にユウトは日没までに大工房へ到着することができるのだろうかと一瞬不安を抱くほどだったケランに焦りの色は見えなかった。

 ユウトが心配するのに合わせたように込み合っていた荷馬車たちが急に速度を速める。突然渋滞が解消されるような急な変わりようだった。

「どうして急に進みがよくなったんだ?」

 ユウトはあまりに不自然な変化にケランに尋ねる。

「ああそれは大工房を出る馬車を規制して街道の全幅を大工房に入る馬車にしたからだな。日没までに街道にいる馬車を魔術柵の中に引き入れるためだ。
 そろそろ大工房を出た最後の馬車とすれ違うな」

 ケランの言った通りすぐに赤い旗をなびかせた荷馬車とすれ違う。それと同時に目の前の馬車が反対車線に飛び出した。

 道幅いっぱいの馬車たちが先を急ぐ。

 少し進むと街道沿いにたたずむ一対の柱を通り過ぎる。若干見上げるような高さの柱の先には何かが設置されておりユウトはどことなく灯台のようだと感じた。さらにその根元には兵士のような武装した人々がそれぞれの柱に待機しているのが見えた。

 さらに進み続けると街道は唐突にその幅を広げ道は広場に変わる。前方の馬車越しに左方向に振られる旗が見えた。すると馬車の隊列はその旗に誘導されるように左の方向へ蛇行する。振られる旗を通り過ぎる時にユウトがその方向を除くと男性が二人いて、うち一人が大きな旗を起用に回し振っていた。この二人は誘導員なのだろうとユウトは思う。

「見えてきたぞ。あれが大工房の象徴、崩壊塔だ」

 気を取られていたユウトはケランに声を掛けられて前方を見る。そこにあったのは台形をした建造物。左右対称に均整がとれ人工物であると推し量れるが不自然だった。

 ユウトはその不自然さを解明しようとじっと見つめてすぐに気づく。大きい。遠近感が狂うほどその建造物が大きいことが違和感の正体だった。

 だが違和感はそれだけではない。その大きな台形の傾斜は山の裾野のようにそっているにも関わらずあるはずのシルエットの先がすっぱりと綺麗に切り取られていた。

「なんだあれ。めちゃくちゃ大きいな。どうやって作ったんだ」
「さあな。作られたのはずっと昔のことでなんのためにどうやって作ったのかはっきりしたことはわからんらしい。ただ大工房にとっては最重要な資源だ」
「資源。あれが?観光資源とか?」

 突拍子もないケルンの言葉にユウトは驚く。

「まぁそれも間違いじゃない。ここまでに通ってきた大石橋、星の大釜、崩壊塔の三つは街道で結ばれた一大観光地でもあることも確かだ。
 ただ崩壊塔については事情が違う。あの建物からは魔術具の製造に欠かせない魔鉱石かなんかが大量にとれるって話だったかな。まぁ詳しいことはわからん。
 しかしただの廃墟が突然、宝の山に変わって魔術研究者の集まりだった小さな工房は大工房に成長できたわけだ」

 ケランはどこか誇らしげに語っているようにユウトには見える。大工房のおかげで生活できている者はかなりの人数におよぶのだろうということは想像がついた。ケランもそのうちの一人でこの崩壊塔は成長してきた大工房の象徴なのだろうとユウトは考える。

 ユウトがそんなことを考えいる間にも馬車の隊列は正面に見える崩壊塔に向かっては進み続ける。だんだんとあたりの様子も変わってきた。

 建造物の数がどんどんと増えてきて広場に面して大きな間口がいくつも並んでいる。隊列を組んでいた馬車は徐々に別れ、それぞれが目的の建物へと向かっていった。目的の間口に到着した馬車は荷を下ろしていたり反対に荷を積んでいたりしていて、その様子は活気であふれ景気のいい掛け声が響いている。

 広場は進行方向に長く突き当りは半円状になっておりその縁にそって大きな建築物がひさしを張り出している。その間口は半円にそって長く取られさながらホテルか空港の玄関口のような印象をユウトは持った。

 ユウト達の馬車もどうやらその最奥を目指して進んでいる。最奥の広場では馬車が半円に沿って右方向に並び人を下ろしては離れていく。ここにも旗振りを行っていた人と同じような服装の人々が複数人いて交通整理をしているようだった。そのおかげか若干込み合いもそれほど手間取らずユウト達の馬車の番が回ってくる。ついにケランの馬車は停車した。

「さぁ到着ですよみなさん」

 ケランは荷台に向けて声を掛ける。

「じゃあなユウト。次はいつ会えるかわからんが元気でな。その体、治ることを祈ってるぞ」
「ああ。ありがとうケラン。いろいろ世話になった。楽しい旅路だったよ。またいつか」

 ケランはユウトに別れの言葉をかけユウトと握手を交わす。そしてユウトは馬車を降りた。

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