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15話


「ミーくん、お利口さんで待っててね」と私。


「ミーくん、またね」と彼。


ミーくんは「ニャーオ」と悲しそうに鳴いた。


私たちはアパートを後にした。

出かける前に、帰りが夜になるかもしれないから、ミーくんには多めに餌を出しておいた。







映画を見に行く前に、私と楓さんはカフェに立ち寄って、タピオカミルクティーを飲んだ。


店にいたお客さんは、店員さんも含めて彼のことをチラ見していた。でも彼は気にしていなさそうだった。


「ねー、何の映画見たい?」

「何の映画でもいいよ」



タピオカをモグモグしながら答える彼。

「うーん、じゃあ、アニメ映画にする?」

本当はロマンス映画を彼と見て見たかったけど、やってなさそうだったから。

「カナの見たいのでいいよ」

彼って押しの強いタイプじゃないみたい。



「元カノといるときも、そんな感じだったんだ・・・・・・」

「ん、何?」

「ううん、何でもない」


結局、見る映画は決まらなかった。でも、美味しいドリンクが彼と飲めたので、私は満足だった。


私たちは店を出ると、並んで映画館まで歩き出した。


通りは人でいっぱいだった。日曜日だったからかもしれない。


映画館につくと、あるアニメ映画の劇場版の効果で、チケット売り場まで列ができていた。面白そうだったので、私たちもその映画を見ることにした。


ようやくチケットが買えると、私たちは席についた。

周りはみんなマスクをしていた。老若男女、様々な観客。この映画の人気に高さが伺える。


マスクをしながら映画を見るのは好きじゃなかった。

ウイルスを拡散するかもしれないから、ポップコーンもコーラも飲み食いできなかった。

ホント、コロナって最悪!

照明が暗くなり、みんなが話すのをやめて、静まり返る。

予告編が始まるのだ。

これこれ、やっぱ映画っていうのは暗い中、大スクリーンで見るもんだよね。

そういえば、コロナ禍で映画館に行かなくなくなったので、今から見る映画が久しぶりの映画だ、と気づいた。


コロナのおかげで、今映画館にいる。


コロナのおかげで、彼と出会えた。


私はコロナに感謝しないといけないのかもしれない。



予告編を見ながら、私は彼とこれらの映画を一緒に見に行けるのだろうか、とかこの映画コロナのせいで上映キャンセルされたりしないよね、と思ったりした。


映画が始まると、私はそっと自分の手を彼の手に重ねた。


彼はスクリーンに集中していて、気づいていないようだった。




2時間後、映画は終わった。


やはり映画館で見る映画は迫力満点で、映画館で映画を見ることの良さを気づかせてくれた。


照明が明るくなり、スタッフロールが流れ出すと、私は拍手していた。


他に拍手している人は誰もいなかった。

なんと恥ずかしい!

だけど、映画を作ってくれた人に向けて、そして映画自体の良さが、私にそうさせた。

すると、横に座っている彼がその後に拍手しだした。



やっぱり、彼ってやさしい! 


「映画、よかったね」と彼。


「うん。すっごく!」と答える。



普段は買わない、映画のパンフレットまで買ってしまう。



映画館を出ると、日光がまぶしかった。


まだ3時過ぎくらい。まだまだ時間がある。




「これから、どうする? どこか行きたいとこある?」と彼は言った。


実は、私には考えがあった。




着いたところは、東京タワー。

前回彼と来た時は、夜だったから。

明るい時はどうなのか、彼と見て見たかった。


「トップデッキ専用エレベーターツアー」というチケットを買う。

2人で乗るエレベーターはぐんぐん頂上に登って行く。

その間、2人で写真をとったり、外を眺めたり。



景色はすでに最高。

メインデッキで乗り換え。

そこでは、彼に待っていてもらって、小さな神社に。

「タワー大神宮」と名前がついている。

実は東京タワーに来たのも、彼との思い出作りもあるが、ここに来るのも理由の一つだった。

そこで、私は手を合わせてあるお願いごとをした。

神様が本当にいるかどうかわからないけれど・・・・・・



神様、どうか私の願いが、あなたに届きますように。



ずっと手を合わせていた。


もしかしたら長過ぎたかもしれない。自分では30秒くらいかなと思っていたけれど。


後ろで立っている彼にその後言われた。



「何をお願いしたの?」



「んー。 秘密!」


彼は何も願い事をしなかった。趣味じゃないという。





トップデッキに着くと、東京の景色が一望できて、夜来た時とはまた違った風景を楽しむことができた。

「うおー。めっちゃ綺麗!」


思わず、大きな声を出してしまった。

「うん、綺麗」と彼。

数え切れないほどのビルが立ち並んでいるのが見える。

ここに1300万人以上の人が住んでいるのか。信じられない。

そして、私たちは1300万人分の2。


コロナがなければ、私はただの一人だった・・・・・・。


トップデッキではかなり長いこと過ごしたあらゆる角度から東京を眺めたかった。

そして、彼と顔を合わせてツーショットの写真を多く撮った。


彼が少し照れていたのが可愛かった。


あまり写真を撮られるのが好きじゃないみたい。

彼の顔、芸能人の誰かに似てるなあとも思ったけど、思い出せなった。


あまりのも多くの時間をトップデッキで過ごしたので、私たちは夕陽を眺めることができた。


「すごい美しい。こんなに綺麗な夕陽、見たことない」と私。

「僕も、見たことない」

「私たち、こんなすごいところに住んでるんだ」

「こういう高いところにいないと、気づかないよね。やっぱり」




2人でずっとここにいたいと感じた。できれば夜までも。彼との前回来た時のように。


私たちは少しの間見つめ合うと、マスクとマスクを合わせて、チュっとお互いの口に口づけした。



周りにいた人は私たちをバカップルと思ったことだろう。でもやってみたかったんだ。


あまりにもその行為がおかしかったので、私たちは二人して笑ってしまった。


多くの人が振り返って私たちを見る。


夕陽も沈んで、あたりも暗くなって来た。


ミーくん、元気にしてるかな。十分餌は置いて行ったから、大丈夫なはずだ。


「なんかお腹すいちゃった・・・・・・」


「ずっと歩き回ったからね。なんか食べに行こうか?」


私は、少し考えた。この前のデートでは私の行きたいところを選んだから、今度は彼の好きなところを選ばしてあげよう!


「楓さんが決めていいよ」

「本当に?」

「うん!」

「そうだな・・・・・・」



彼は腕を組んで真剣に考えているようだった。


そして、「ラーメン!」と叫んだ。


「ラーメン!?」

てっきり私は彼が「フランス料理」とか「イタリアン」とか言うと思っていたのだ。

「前、カナが連れていってくれたラーメン屋さんのおかげで、ラーメンの美味しさがわかった。また食べてみたいんだ」


ラーメンの美味しさが分かったって・・・今までなに食べてきたの? 私なんて、超小さい時からラーメンとは友達だよ!


「そっか、じゃあ今からいいとこ探そう!」


それで私たちは東京タワーを降りて、ラーメン屋さんを探した。


最初は有名店に行ってみたけど、日曜ということもあって満席、行列ができていて無理。

だから食べログを駆使して、彼と東京を歩き回っていろんなラーメン屋を回ってみた。


でもどこも行列。

ほんと、東京って人が多いなあ! 子供の時にいた関西はこんなに人多くなかったよ!


「しょうがない、ラーメンは諦めて、どこか他のとこにする?」

「こことか、どうかな?」

彼がスマホの画面を指差す。

それは、とんこつラーメンが美味しいと評判のお店。お客さんが撮ったラーメンの写真もすごく美味しそうで、


「ダメ元で行ってみよっか!」


また10分ほど歩く。もう足も限界。

彼だって、スーツ着て革靴で歩き回るのキツイんじゃないかな・・・・・・


そうしてやってきたお店は、あいていた!


もうお腹はペコペコ!


しばらく待つと、ホカホカのとんこつラーメンが出てくる。すごくいい香り。

まず、スープを飲んでみる。

「美味しい!」

彼の横顔も私と同じ気持ちだということを物語っている。

バリカタにした麺を一気に2人ですする。

超うまい!

麺は歯ごたえがよく、スープは濃厚で絶品。

2人であっという間にたいらげてしまう。

ミカコと来てたら、餃子も頼んでいたかも。


彼は替え玉を頼んでいた。よっぽどお腹が空いていたんだね。

「満足した?」

「うん、超満足。美味しかった」幸せそうな彼の顔。

「そ。そりょよかった」

また彼と来たいな。そう思わせてくれるお店だった。

彼がラーメンを気に入ってくれたことが嬉しかった。




店を出ると、あたりはもう真っ暗。




駅まで歩いて、今日のデートは終わりにすることになった。

彼はタクシー呼んでくれるって言うけど、私は歩きたいと言った。


本当は、彼ともっと長いこといたかったから。


彼と一緒に歩いている間、いろんなことを話した。

「夕陽きれいだったね」

「うん」

「あのとんこつラーメン、今まで食べた中で一番うまかったよ」

「僕もそう思う」




そんな会話をしながら、駅についた。


彼はおもむろにマスクをとった。

あ・・・・・・またキスしてくれるんだ・・・・・・


私も急いで、マスクをとる。


私の唇が彼の唇によって塞がれた。


おやすみのキス・・・・・・


キスが終わると、私のこころは切なくなった。

もっと欲しかった。


彼はまだ私を見つめてくれている。

彼も同じ気持ちなのだろうか?

気づくと、私の口から、言葉が溢れていた。


「ねえ・・・・・・私の・・・・・・私のことどう思ってる?」


「君のこと、好きだよ」


「好きってどのくらい?」


「地球くらいかな。とても大切に思ってる」


嬉しい言葉。もっと聞きたい。


今夜をまだ終わりにしたくなかった。


軽い女と思って欲しくない。

でも・・・・・・




「私に・・・・・・帰ってほしい?」



ついに言ってしまった。聞いてしまった。

こういうことは女の自分から言い出すことではないことはわかっている。



普通は男が誘うべきだ。

遊びと思われるのもイヤ。



でも、そんなことはもはや関係なかった。私にとって。

数回しかデートをしたことないのに。早すぎただろうか?

しかし、そんな考えは私の脳裏にはこの時なかった。

母にもよくいわれた。軽い女になったらダメだって。でも私の何を知ってるの?

ホテルに1回目のデートで行ったらダメとか、すぐ体を許しちゃいけないとかいう女子のルール。

男にリードさせるとか。

お会計は男に払わせるとか。

いろいろな交際のルール。

もう、そんなこと関係ない。




私は彼のことが好き。


私は彼が欲しい。


私の思いはそれだけだった。




私は私のやりたいようにする。

私は私のやりたいように生きる。


コロナが私を変えてくれた。

コロナが人生の大切さを教えてくれた。


人はいつ死ぬかわからない。

この一瞬を大事にしたかった。




だから彼に聞いた。


長い沈黙。




彼は何を考えているのだろうか?

彼の返答次第で、私のことをどう思っているのかがわかる。




そして・・・・・・



「いや・・・・・・帰ってほしくない」と彼は答えた。


「本当に?」


なぜか私は泣きそうになっていた。


「本当に」






私たちはタクシーに乗って、駅から離れた。



タクシーの中では一言も口を聞かなかった。


でも手は握り合っていって、彼の手のぬくもりが彼の気持ちを伝えてくれた。



私はこれから起こることへの期待と緊張で胸がいっぱいだった。

あまりにも自分の心臓がドクドクいっているので、彼に聞こえるのではないかと思った。


彼も緊張しているのだろうか?

車内は暗くて、よく彼の顔は見えない。

彼の手は汗ばんでいる。

いや、私の汗だろうか。 もうわからない。


彼に自分から聞いてみてよかったと思った。聞いていなかったら、今頃自分は家でミーくんにオヤツをあげていたか。テレビを見ていたかもしれない。

タクシーが目的地のホテルについた。

無言で降りる。


彼が料金を払う。


エレベーターに乗り込む。


部屋の前に着く。


手は繋いでいたけど、ずっと無言だった。 


彼がカードキーを使って、ドアを開ける。


2人、中に入る。


ドアが閉まるまもなく、彼が壁に手をついて、私に向かって顔を近づけた。

「え・・・・・・」



いわゆる、壁ドンというやつだ。

私の顎に手を持って来て、つかみ、彼の方に引き寄せられる。


私の唇と、彼の唇が近づく。



そして、キス。


しかも深いキスだった。

彼のキスは上手だった。


「あっ」と声が漏れてしまったけど、すぐに声は彼の唇で塞がれた。

嬉しかった。

彼の舌が入ってくる。

少し怖気付いてしまったけど、すぐに彼の舌を私ので絡めとった。


どれだけ長い間キスをしていただろう。


それすらわからないほど、彼との甘いキスに没頭していた。


私の足は震えた。緊張からか、彼のキスのうまさによってからかもしれない。

「ああん・・・・・・」と切ない声が漏れてしまう。

恥ずかしかったが、しょうがなかった。


彼の唇が離れた。


もっとキスをしていたいと思った。


彼が電気をつけた。


彼の顔はいつもより、赤くなっていた。

息遣いも荒い。彼も緊張しているのだ。

私だってそうだった。


事を始める前に、どうしても聞いておかなければいけないことがあった。


「楓さん・・・・・・あなたの本名を教えて・・・・・・ほしいの」




「うん・・・・・・教えるよ。ずっと言ってなかったね」



「本名じゃないんでしょ」



「源氏名。前にいたお店で、店長がつけてくれた名前・・・・・・」



そして彼はスーツの上を脱いで、ベッドの上に投げた。


「カナ・・・・・・」


「何?」


「僕の本当の名前を聞いても驚かないでほしい」


「どういう意味? どんな名前でも、驚かないよ」


キラキラネームで恥ずかしいのだろうか?

それとも誰か有名人の名前?

いったいなんで勿体振るのだろうか?



どうしても教えてほしかった。


「僕の本名は・・・・・・・」


「うん・・・・・・」と私は彼を促すために言った。


「私の名前は・・・・・・」



今、自分のことを”わたし”って・・・・・・?




「朝比奈アヤカっていうの」


女性の名前だった。


私の知っている芸能人の名前だった。正確にいうと、映画に出ている女優の名前だった。


「朝比奈アヤカ・・・・・?」


「うん、それが私の本当の名前」


頭の処理のスピードが追いつかなかった。


「ウソ・・・・・・でしょ・・・・・・?」


「本当。今まで隠してて、ごめん」



なんと返したらいいかわからなかった。



私の頭が真っ白になった。


細くて、かっこいい男性と思っていたから。


嘘であってほしかった。


「本当にごめん」


そう言うと、彼女はワイヤシャツを脱ぎ出した。


ワイシャツもベッドに投げると、私に向き直る。




「カナには、本当の私を見て欲しいから」




朝比奈アヤカと名乗った楓さんの胸には白い晒がキツく巻かれていた。





彼は彼女だったのだ。


しおり