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(3) 天井のアイドル

 日坂幸人と秋庭真冬。実は、この二人の組み合わせは初めてではなかった。

 学生時代の日坂は熱烈な真冬推しだったのだ。彼の部屋には写真集やネーム入りタオル、団扇(うちわ)など多くの真冬グッズがあった。アルバイトと奨学金でかつかつの貧乏学生だったくせに、彼女には相当な投資をしているようだった。

 最も存在感を放つお宝は天井にあった。何かのキャンペーンの抽選で当たったという特大ポスターだ。ファンの間ではプレミアものの貴重品らしかったが、それを大事に仕舞い込んでしまうのではなく、ちゃんと毎日眺められるように天井に貼り出すあたりが日坂らしいところだ。

 ろくなつまみもないまま安酒を呑むだけ呑んで、床に散らかったものを押し退けて仰向けに寝転ぶと、目の前に秋庭真冬の顔が広がっていた。
 両手を組み、人差し指と親指を伸ばすと拳銃の形になる。それを頬の横に構え、絶妙な角度で首を(かし)げてウインクをしている。見るもの全てがハートをずっきゅんと撃ち抜かれてしまう、彼女の必殺のポーズだ。

「たしかに真冬も可愛いし、元気でいいと思うけどさあ」

「文句あんのか?」

青花(せいか)の可憐でか弱い感じ、あの俺が守ってやらなきゃ感をどう思うよ?」

「いや。分かる。お前の言いたいことはよく分かる。でもな。青花はおまえが守れ。俺は真冬に打ちのめされる」

「じゃあ、涼子はどうだ? あの痛々しいまでに真っ直ぐな純粋さ。いつまで経っても抜けない(なま)り」

「いや。分かる。お前の言いたいことは痛いほど分かる。涼子には俺だって何度ももらい泣きをしたぞ。訛っている女の子も可愛いよ。でもな。あの子は純粋過ぎる。真っ白過ぎる。真っ直ぐ過ぎる。俺には荷が重い。涼子には悪いが、俺は真冬の(てのひら)の上で転がされることを選ぶ」

 そんな馬鹿馬鹿しい会話を、大真面目な顔で何度も交わした。
 熱烈なファンの間では、推しメンを一人に絞り切れないファンはDDなどと呼ばれ(さげす)まれていた。

「各務、おまえのよくないところは推しメンがはっきりしないところだ。青花なのか、涼子なのか。はっきりさせろ」

 酔った日坂にもそんなことをよく言われた。そこを無理矢理一人に絞り込むことに何の意義も見い出せなかったので、はいはいと適当に流していたが。

 日坂はのちにお笑い芸人となった。その頃に秋庭真冬との接点を持ったのだろうか。記憶にはないが、二人がテレビ番組などで共演したこともあったかのもしれない。

 いずれにせよ、学生時代にはそんなこと夢にも思わない。テレビの中できらきらと輝くトップアイドルの彼女らは住む世界が違う、手など届くはずもない存在だった。

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