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(9)「あなたは今も、」①

 お聴きいただいたのは、小曽根真(おぞねまこと)ザ・トリオで「タイム・スレッド」でした。
 
 ピアノ、ベース、ドラム。それぞれの吐息が絡み合うようで、大好きな演奏です。
 息を合わせるって言葉がありますけど、まさに三つの楽器、三人の演奏者が、ひとつの生き物のように呼吸をしている——そんな思いを抱かせてくれますね。

 さて。

 今夜、この番組が始まる前に少し時間があったので、窓の外を眺めていたら、窓ガラスに小さな雨粒が、見ている間にひとつ、またひとつ、ゆっくりと増えていくんです。

 降り始めたなぁと思って、そのままぼうっと眺めていただけなんですけど、日付が変わって今日は全国的に雨模様みたいですね。
 もう、しっかり降り始めているところもあると思います。

 特に今、運転しながら聴いてくださっているあなた。
 大丈夫ですか。疲れてませんか。
 雨の夜はまた一段と運転にも神経を使うと思います。

 何を運んでらっしゃるのか分かりませんけど、待ってる人のところまでちゃんと無事に届けて、また待っている人のところまで無事に帰ってくださいね。

 そう。雨といえば、わたしって雨女なのかなあって思ったことがあります。
 みなさんはどうでしょう。そもそも雨男とか雨女とか、信じます?

 俳優の大泉洋さんって、自他ともに認める雨男なんだそうですよ。
 何の作品だったか。自分の出番でもないのに撮影現場に顔を出したときに、急に雨雲がもくもくと広がって、監督だった三谷幸喜さんに罵倒されたっていうお話を聞いたことがあります。
 
 まあ、そうは言っても、大泉さんの出演シーンが雨ばかりっていうわけでもないから、たまたま印象に残っているだけなんでしょうけどね。

 わたしもそうかな。
 隣の学校は運動会やってるのに、わたしの学校だけ雨で中止だったりしたら、それは正真正銘の雨女なんでしょうけど、実際にはみんなが晴れてたらわたしも晴れですからね。

 ただ、なんとなく思い返せば、人生の節目節目というか、ターニングポイントみたいなときには雨が降っていることが多い。そんな気がしないこともない。そんな感じです。

 今宵の雨も、またもしかしたら何か節目の雨でしょうか。
 何か、良いことをもたらしてくれる雨だったらいいんですけど。
 さあ、どうでしょう?

 さて。

 メールをいただきました。
 ラジオネーム、三日目のカレーさん。
 ありがとうございます。
 ちゃんと冷蔵庫で保存しておいてくださいよ。

——ハナエさん、こんばんは。夜勤のときにはいつも聴きながら仕事をしています。

 ありがとうございます。
 何のお仕事でしょう?
 夜勤、お疲れさまです。
 わたしもいわば夜勤ですから、一緒に頑張りましょう。

——気がつけば、ずいぶんと日が長くなってきましたね。先日、この番組が終わってしばらくしてから、空が白々と明けていくのを見ていました。その空を眺めながら何故か、夜が明けるというよりも、夜が朝に侵食されているような気がしたんです。このままどんどんと夜が侵食されて、無くなってしまったら、世界はどうなるんだろう。この番組はどうなってしまうんだろうなんて、そんなあり得ない、どうでもいいことを考えてしまいました。

 あら。三日目のカレーさん、男性みたいですけど、ずいぶんメルヘンチックなことを考えるんですね。

 メルヘンって一般的には女の子の方が好むイメージですけど、実際には女性の方が男性よりも現実主義な気がしますね。だからこそ余計にメルヘンぽいものに惹かれるのかもしれませんけど。

 わたしも御多分に漏れず、本当はメルヘンなことを言うようなかわいい女じゃないんですけどね、嫌いじゃないですよ、メルヘン。

 ふとしたときにね、あり得ないようなことを考えたりしちゃうこともあります。

 じゃあ、せっかくだから、お聴きのみなさんも3日目のカレーさんと一緒に考えてみましょうか。
 想像してみましょう。

 日毎に昼が長くなって、夜は短くなる一方の世界です。季節的な要因じゃないですよ。秋になろうが冬が来ようが、夜は短くなるばかり。どんどん昼に支配されていって、もうあとほんの短い時間しか残っていない——そんな夜を思い浮かべてください。

 大丈夫です?
 着いて来てます?
 太陽と地球の物理的な関係なんて、考えちゃだめですよ。

 そして、いよいよ最後の一瞬だけ残っていた夜までもが昼になってしまったとき——。

 何が起こると思いますか?

 どうもならない?
 ただ一日中昼間の世界になる?
 それじゃあつまらないじゃないですか。
 つまんないし、そうしたらどこまでが今日で、どこからが明日なのかも分からなくなりそう。

 そうですね。
 どうなるかなあ……。

 昼が夜を侵食して、夜はあとほんの短い時間だけしか残っていない。そして、とうとう最後の夜——。

 二十三時間五十九分を超える長い昼が終わって、束の間、最後の夜が来て、そのわずかに残されていた夜までもが昼に侵食されてしまったとき——。

 わたしはね、夜は無くならないと思うんだよね。

 ……無くならないで、欲しいから。

 最後の一瞬だけの夜が昼に侵食されたその直後は、昼だけの世界なんだけど、ああ、とうとう昼だけの世界になっちまったなぁなんて思ってると、やおら陽が傾いて、夕焼けになって、そのまま陽が沈んで、夜が来る。

 かつてのように、また昼と夜を繰り返す世界が戻って来る。

 なんか身も蓋もないこと言ってるような気がしなくもないけど。妄想ですからね。結論に意味はない。だって妄想なんだもん。考えている、今、この時間が面白ければいいわけで。

 ずっと昼なのも情緒がないけど、ずっと夜っていうのもね。何か足りないじゃないですか。
 昼あってこその夜じゃありません?

 ずっと夜ってのも、どこからが深夜ラジオなのか分からなくなっちゃいますしね。

 夜になっても陽が沈まないのは単なる白夜だとか、言わないでくださいよ。
 理屈は抜きのお話なんだから。
 理屈の話をし始めたら、こんな妄想ははじめからごみ箱行きです。

 何でも許される、どんなことでも起こり得る時間と空間——。
 昼と夜——というよりも、深夜から明け方——夜と朝の境には、そんなものがあるって考えるのも、それこそなんだかメルヘンチックでいいじゃないですか。

 この番組は、そんな時間にあなたを(いざな)う番組です——とか言ったりして。

 3日目のカレーさん、どうもありがとうございました。

 では、ここで次の曲。

 さきほどとはがらっと雰囲気を変えて、雨の夜にこんな曲もいいんじゃないでしょうか。
 八代亜紀さんって、ジャズもおうたいになられますよね。とっても素敵な歌声。
 さびばかりが耳に残りがちですけど、実は阿久悠さんの詞がこんな味わい深かったんだって、大人になってから気がついた曲かもしれません。

 では、お聴きください。
 八代亜紀さんで「雨の慕情」——

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