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(2) 雨宿りから2

 男が途中で進路を変えて、レジの方へ行くのが分かった。

 早とちりの考え過ぎだったのか。
 それとも向こうが考え直してくれたのか。

 安堵のため息が漏れたけれど、男が店を出て行くまでは油断するまいと、勝ったわけでもないのに兜の緒を締めた。
 そのまま立ち読みするふりを続けながら、レジと出入口付近の様子をうかがう。

 残念ながら、やはり安心するのは早かった。レジを終えた男は外には出ず、こちらに向かって来たではないか。

 何で?

 再び目尻に力を込める。
 来るな来るなと念を送った。
 目の前にある雑誌など、脳は全く認識していない。

 まずいまずいまずい。
 男の手には、正式に彼が所有権を取得したのであろうビニール傘。
 傘はもちろん凶器にもなる。

 一瞬だけ目を向けた外は雨。先ほどよりもいくぶん強くなったようにも見える。
 こんなことなら、男がレジに向かった隙に逃げ出しておけばよかった。

 いやいや。それは今だからいえること。結果論や後付けであれこれ言うのは嫌いだ。
 でも――。
 これまでの人生は後悔ばかり。後悔とは結果論そのものではないか。
 傘一本のことで自分の人生にまで後悔が及んで、無用な自己嫌悪に(おちい)るはめになった。

 その間にも男はすぐ(そば)までやって来て、立ち止まった。
 雑誌越しに足元が見える。
 その履き古されたスニーカーが、男がこちらに身体を向けていることを示していた。

 気づかぬふりと雑誌を読み続けるふりを続けるか。
 それとも機を見てダッシュで逃げ出すか。
 悩みながら、とりあえずはふりを続けていると、男が声を発した。
 それは想像とはかけ離れた、穏やかな口調だった。

「あの」

「はいいぃぃぃぃっ?」

 緊張のあまり()頓狂(とんきょう)な声をあげてしまった。
 その自分の声に驚いて、危うく雑誌を落としそうにもなったけれど、何とか(こら)えた。
 
 雑誌を閉じて、そのまま胸の前に抱えるようにして男に向き直る。
 こうしておけば、万が一傘で胸を突かれても大丈夫だろうという計算もあった。

 背が高いので、上目遣いに見上げる形になる。
 ラフな格好なので学生かと思ったのだけれど、第一印象よりも年齢は上に見えた。短髪で日に焼けた顔がチャラそうだった。

「同じビルの人ですよね」

「は?」

 男は首からぶら下げていたIDカードを示した。
 神堂慧太朗(しんどうけいたろう)
 漢字だけなら読み方が分からなかったけれど、ローマ字表記も並んでいたので正しく読み取れた。会社名まで読み取る余裕はなかった。

「よかったら、もし、その、雨宿りなら、その」

 男は急に挙動不審になった。ややどもり気味ですらある。

「あの、一緒にビルまで、どうですか。傘、半分なら貸しますよ」

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