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準備

 野営地は慌ただしい。作業場用、倉庫用などのテントは解体されまとめられている。ほとんどの人員が何かしら片付けに励んでいた。

 ユウトも片付けの雑用人として常人よりより少し小さい体ながら屈強な隊員と変わりない荷物を担ぎ運んでいる。一度意識を取り戻し食事をとって一晩寝ると体の調子に問題はなくヨーレンからのお墨付きもあり野営地の撤収作業を手伝っていた。

 以前と変わったことの一つにユウトはフード付きのマントを身に着けている。縁に黒い毛皮があしらわれたフードを眼深くかぶって大きな麻袋を運んでいた。

「ようユウト。体の調子はもういいのか?」

 筋骨隆々の隊員の一人がユウトに話しかける。

「ああ。ありがとう。もう体は大丈夫だ。少しは働かないとタダ飯じゃ申し訳ないからな」

 フードを少しずらし見上げるように話しかけてきた隊員に返事をする。

「それもそうだな。しかししばらく寝込んでたんだ。無理すんじゃねぇぞ!」

 そうして二人はすれ違いお互い目的の場所へ向かっていった。

 魔獣との一件以来、数人の隊員はユウトに対しての認識に変化が現れ、雰囲気が良くなっているとユウトは感じていた。こうして気軽に話しかけてくる者もあらわれている。これがこの野営地内で変化が現れた二つ目だった。

「ユウトさん結構人気者ですね」

 フードに着いた黒い毛皮がユウトに話しかけてくる。

「囮をかってでたのが良かったのかもな。あとはセブルのおかげだろ。みんなメロメロに喜んでたぞ」

 セブルと名付けたその夜。幻のクロネコテンがユウトに懐いているということが野営地内で噂になり救護テントに人が殺到し、皆ちょっとでいいから触らせて欲しいとユウトへ懇願する事態になる。セブルは嫌がったがユウトに頼まれ全員の希望にこたえたことでユウトへ野営地支援隊員の好感度を上げる結果となった。その相乗効果もあり、完全ではないにせよ野営地内でのユウトの評価は上がっている。

「ユウトさんの頼みなら全力でこなすのは当然です!」

 ふんすとフードの毛皮から鼻息が漏れる。現在セブルは形を変えてフードの縁につかまっており常にユウトの装飾品のようについて回っていた。

 ユウトは荷物を持って野営地の中央に向かう。そこには脚の太い長毛の馬と馬車がいくつも停められていた。その一台に近づき持っていた大きな麻袋を荷台に置く。

「これ頼まれて持ってきたんだけど、あとはお願いしていいか?」

 荷台の中で荷物の配置を行っている隊員に声を掛ける。隊員は軽快に返事を返した。

 ユウトはもう一往復するかと振り返ったとき二人が近づいてくるのに気づく。一人はレナでもう一人はユウトは初めて見る女性だった。

 瞬く間にユウトに緊張が走る。

「おつかれ、ユウト。紹介したいんだけどこの子メルっていってね。今回の遠征で支援隊員をしてたあたしの親友なんだ。それでメルからちょっとお願いがあってね」

 ユウトはマントで前をきっちりと隠し、顔には冷や汗が一筋流れながれるが必死に平静を装うとした。

「ああ。こんな見た目だけどよろしくメルさん。お願いって何?」

 メルはレナの少し隠れるようにしてもじもじしている。レナよりも身長は低くふくよかな体型は大きめな革製のエプロンでも隠し切れない。首にはチョーカーが見えた。

「あっああ、あのわたし洋裁の支援隊員として参加させてもらってるんですけど。そ、そのクロネコテンにとても興味があって、一生に一度あるかないかのことで、ぜひさわらせてもらえないでしょうか!」

 最後の方は大声になりながら大きく頭を下げる。勢いの強さに栗色のゆるい三つ編みが跳ねた。

「昨日は忙して見に行けなかったんだって。どうユウトたのめないかな。メルは織物にも興味あるから触り心地を経験しておきたいんだって。あ、あとガラルド隊長から・・・」
「わかった!ちょっとセブル預かっててくれ。オレは厠にいってくるから!セブルもよろしくな!」

 レナの言葉を遮るようにユウトは答え、四つ足のネコクロテンの形に戻ったセブルをメルに手渡すとユウトは俊足で森へむけ駆け出す。

「もう!伝言あるから早くもどってよー食事場にいるからねー」

 すでに遠くなったユウトへレナは声を掛けていた。


 人の出入りが自由にできるあけ放たれたテントの下でレナとメルはテーブルをはさんで座りテーブルの上でセブルはメルの相手をしている。メルは非常に高揚としてセブルを撫でているがセブルもまんざらでもない様子で毛質を変えたり体型を変えたりしてサービスをしていた。

 ただセブルに触ろうとしたレナに対してはそっけない態度で触らせないというやり取りを繰り返している。

「待たせてしまって申し訳ない。レナ、伝言を聞こうか」

 小走りでやってきたユウトはかすかに疲労が見えるがどこか清々しい様相だった。

「大丈夫なのユウト?あたしと話す前に必ず一度消えてるけど」
「大丈夫だ。女性と話す緊張をほぐすためのちょっとした儀式みたいなもんだから」
「え、あっそう。大丈夫ならいいんだけど」

 少しレナの声が上ずったようにユウトには聞こえたが気にしなかった。レナは伝言を伝える。

「それでガラルド隊長から伝言。今夜ガラルド隊長、レイノス副隊長、ヨーレンさん、あたし、ユウトで現状の確認と今後の行動予定について話があるから救護テントへ呼びに来るって」

 ついに来たかとユウトは思った。

「わかった」

 短く了解の意志を示した。

 この野営地の活動は今日を最後に帰還を開始する。微々たるものかもしれないがここで積み上げた信用は一旦ゼロになると考えた方がよさそうだった。少なからず次につながる一歩を踏み出せたと確信できるが、どこかさみしさもある。

「まだまだ、これからなんだな」

 ユウトは小さくつぶやき、これから起こる状況へ心の準備を固めた。

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