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ピリリリリリ

運転中に社用の携帯が鳴り響いた。車を道路の脇に止めると、携帯を手に取った。
登録名では表示されず携帯の番号だけが表示されていた。顧客からかと思い通話ボタンを押した。

「はい、アサカグリーン椎名です」

「もしもしー、宇佐見です」

宇佐見と名乗られてもどこの誰だかが思い出せなかった。

「えっと……」

「早峰フーズの宇佐見です。先日生花のカタログの件でお話しさせていただきました」

「ああ……」

思い出した。名刺の裏にプライベートの連絡先を書いて寄こした女だ。そして横山の元カノでもある。
その女がどうして俺の携帯の番号を知っているのだろう。宇佐見に名刺を渡した覚えはないのに。

「実は、御社からお借りしている植物が枯れてきちゃってるみたいで」

「そうですか。それは申し訳ございません」

俺の口から出た言葉には少しも申し訳なさを感じない。驚くほど感情がこもっていなかった。

「一度様子を見に来ていただけませんか?」

この女に不信感を抱いた。俺の番号を知っていることもそうだが、観葉鉢が枯れたなどの連絡は全て夏帆からアサカグリーンの本社を通してくるはずだ。総務部の他の社員からならまだ分かるが、宇佐見から直接携帯に連絡がくるなんて引っ掛かる。

「かしこまりました。場所はどこに置いてある鉢になりますか?」

「営業推進部です」

「は?」

営業推進部に観葉鉢は置いていない。そんな話になりかけて夏帆が怒っていたから覚えている。
早峰は広くて置かれている鉢の場所も複雑だけれど、俺はどこに何を置いているかを把握している。営業推進部には何も置いていないはず。

「実は社内で植物を移動しまして、今営業推進部にも置いてるんです」

「そうですか……」

勝手なことをしてくれたな。早峰に行けば夏帆から説明でもあるのだろうか。

「今日中にお願いできそうですか?」

「はい、夕方にはお伺い致します」

今日は古明橋に行く予定はなかった。もう1件定期顧客の所にメンテナンスに行ったら農場に帰るつもりだったが、枯れたとなればこちらの過失だ。すぐに行かなければならない。

「よかったー! お待ちしております」

「ご迷惑お掛けして申し訳ございません」

「いいえー、よろしくお願いします!」

通話が切れても宇佐見のテンションの高い声が耳に残って不快だった。

車の後ろに積んだ予備の観葉鉢と早峰のオフィスを思い出しながら車を再び走らせた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



罪悪感でいっぱいだ。頭に浮かぶのは椎名さんのことばかり。

一度修一さんの家に行こうと思ったけれど、忙しくて何時に帰れるか分からないと言われた。いつ帰ってくるのか分からない家主を待って掃除洗濯をするのは嫌だった。会社でも恋人の家でも雑用をするなんてまっぴらごめんだ。

それから修一さんとは距離を置いた。椎名さんのことばかり考えて修一さんに申し訳なくなってしまうから。
私から連絡を断ったら修一さんからくることもない。最近はご飯を作ってと言ってくることすらなくなってしまった。彼は新規事業を維持することと2号店の準備で忙しいのだ。家が汚くてどうしようもなくなった頃に連絡してくるのかもしれない。

椎名さんへの想いに対して、修一さんへの感情の変化に私は今戸惑っている。
修一さんと付き合っている意味はなんだろう……。生きる上での価値観が合わないのに私は修一さんに必要なのかな? 私にも修一さんは必要?





いつもと違うと感じたのは月曜の朝出社してエレベーターを降りたときだった。通路に置いてある観葉鉢がなくなっている。私の胸の高さくらいの、最近椎名さんが新しい種類に変えたやつだ。
何でなくなっているのだろう。誰かが動かしたのかな?
丹羽さんに聞いても、部長にも他の総務部の人に聞いても観葉鉢がなぜなくなっているのかは分からなかった。
先週末に退社するまではあったはず。この休みの間に消えてしまったようだ。

「どうしましょう……リースしているものなのに……」

「社内を探してみるしかないね」

けれど探しても付近のフロアには見つからない。丹羽さんと二人で困り果てた。あんなものが移動する理由がないのに。
結局見つからなくて取り敢えず探すのを断念した。もし不自然な場所にあれば誰かが内線してくるだろうと思った。



プルルルルルルル

総務部の電話が鳴った。電話を受けた同僚が私の方へ顔を向けた。

「北川さん、アサカグリーンの椎名さんから1番にお電話です」

「え?」

まだ鉢が見つかっていないこのタイミングで椎名さんから電話なんて色んな意味で覚悟ができていない。

「ど、どうしましょう……」

「夏帆ちゃん取り敢えず出てみな」

「はい……」

私は自分のデスクの受話器を取ると、1番を押した。

「はい、北川です……」

「椎名です」

「お世話になっております」

「こちらこそ」

椎名さんの声は先日のやり取りを一切感じさせない軽い口調だった。それはいつもの椎名さんの声だ。

「夏帆ちゃんさ、うちの観葉鉢が枯れたって報告は上がってる?」

「いいえ……」

他の部署からはそんな連絡はきていない。秘書室の宮野さんは頻繁に植物の様子を見ているが、最近は苦情を言ってこない。

「そうか……」

「何かありましたか?」

「あのさ、今俺の携帯に営業推進部の宇佐見さんから連絡がきたんだけど」

「え? 営業推進部?」

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