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修一さんの家の合鍵をもらってしまった。握った小さな金属が大切な宝物に感じる。
こんなにも幸せでいいのだろうか。

「シャワー浴びてきな」

「はい」

ベッドから下りて立ち上がると、修一さんと繋がった私の下腹部がじんじんと痛む。
先程までの行為を思い出して一人で照れてしまう。

シャワーを浴びて浴室から出ると、バスタオルがないことに気づいた。

「修一さん」

「何?」

大きめの声で呼ぶとベッドルームから修一さんの返事が聞こえた。

「タオルお借りしてもいいですか?」

「あ、ごめん。洗濯機に入ってるから、そっから出して使ってくれる?」

「はい……」

目の前のドラム式洗濯機の扉を開けてバスタオルを探した。
複数枚のタオルやスウェット、そして修一さんの下着も見てしまった。

バスタオルを出して洗濯機の扉を閉めたところで裸のままの修一さんが洗面所に来た。

「あった?」

「は、はい……」

「乾燥機かけたまま畳んでなくてごめんね」

「いえ……」

忙しい修一さんは洗濯をする時間もないのだろう。
それよりも目のやり場に困ってしまう。先程体を繋げた仲なのに、明るいところでは修一さんの裸が見れない。私もさりげなくバスタオルで体を隠した。

「どうしたの?」

「あの……」

修一さんの手が私の濡れた髪を撫でた。

「恥ずかしがってる?」

顔が赤くなってしまう。男の人に初めて裸を見せたのだから。

「はは、さっきはもっとすごいことしたのに」

修一さんは顔を私の耳元に寄せた。

「このままもう一回する?」

「っ……」

耳まで真っ赤に染まったのが分かった。
初めてのことで痛みがあるのに、すぐにもう一度なんて今度は違う理由で泣いてしまいそうだ。

「嘘だよ。夏帆に負担をかけることはしないよ。今はね」

修一さんは私の額にキスをした。

「俺も出たらそのタオル使うから置いといて。俺のシャツで悪いんだけど使って」

「はい。ありがとうございます」

修一さんが浴室に入ると、用意してくれた服に着替えた。
ふと見た足元の洗濯カゴには洗濯されるのを待つ衣類が山盛りに入っていた。





翌朝、修一さんより早く起きて朝食を作った。
パンがなかったから自然と和食になって、昨日スーパーで買った食材を使った。

「おはよう……あれ? 作ってくれたの?」

修一さんが食器をカチャカチャと並べる音に起きてきた。

「おはようございます。すみません勝手に」

「ううん。ありがとう」

二人で食べて、その後にシーツと溜まった衣類を洗濯した。私が修一さんに指示をして、彼はてきぱきと洗った服を干して乾いた洗濯物を畳んだ。

何だか一緒に住んでるみたい。
心の中で妄想を膨らませた。










土曜出勤日の食堂で食べるお昼休みが一番落ち着く。社員自体が少なくて食堂を使う人は数えるほどだ。
修一さんと食べているとどうしても視線が気になるけど今日は私一人だし、今は他に女子社員が一人と離れて二人が座っているだけだ。
みんな営業推進部の人ではないから、あからさまに睨まれたり笑われたりすることはない。

「ねえねえ、最近社内で植物増えたよね」

二人で座っている社員の会話が聞こえてきた。植物という言葉に反応してしまう。

「確かに。1階も明るくなった気がするし」

聞いていた通り営業推進部が観葉鉢を置きたいと言っていたけれど、結局関係ない1階のエントランスに新しく増やすことになった。なぜか便乗して秘書室まで増やすことになってしまったのは腑に落ちないけれど。

「あの植物を手入れしてくれてる人かっこいいよね」

「ねー! 爽やかでイケメン」

でも中身はチャラ男ですよー。
そう言ってやりたかった。
悪い人ではない。だけど苦手。私のためを思って言ってくれてるんだろうけど、あの人の言葉は自信のない私からさらに自信をなくす。
あんな風に自分がかっこいいことを自覚して自信を持って、怖いものなんて何もないって人には同じように自信に満ち溢れた女性が似合う。

「この間お花のパンフレットもらっちゃった」

「母の日のやつ?」

「ううん、開店祝いのスタンド花の写真が載ってるやつ」

私には花のカタログをくれなかったのに。人を見て対応を変えるんだから……。

ブーブーブー………

スマートフォンが震えたのを感じて見ると修一さんからLINEがきた。

『今日来る?』

合鍵をもらってから数日たつけれど一度も使っていない。

『修一さんの都合がよければ行きます』

『待ってる』

『何か食べたいものはありますか?』

『カレー』

『分かりました』

定時で帰って買い物して、煮込んだらちょうどいい時間かな。
もしも修一さんとこのまま長く続いたとして、一緒に住んだらこんな感じかな。何時に帰るか連絡して、食べたいものを聞いて作ってあげる。
想像してにやついた顔のままスマートフォンから目を離して前を向くと、私をじっと見る宇佐見さんと目が合った。テーブル三つ分先にいるけれど、ひたすら怖い顔で私を見ている。その顔に呼吸が止まりそうになる。いつの間にここに来ていたのだろう。
今日出勤してたんだ……。

私は急いでお弁当の残りを口に入れると、食堂から逃げるように出た。
宇佐見さんという存在がとにかく恐ろしかった。





修一さんの家に着いても本人はまだ帰ってきていなくて、初めて合鍵を使って中に入った。
この間来たときと変わらず部屋には段ボールがあって、新聞と郵便物がテーブルに無造作に置かれていた。シンクには食器がいくつか置きっぱなしで、脱衣場には洗濯カゴいっぱいに衣類が入っていた。二人で洗濯したときを最後に洗濯機は使われていないようだ。
修一さん、洗濯もできないほど忙しいのかな?
部屋をよく見ると所々ホコリも溜まっている。ベッドには脱ぎっぱなしの服が放り投げられていた。

修一さんのことをだらしないとか適当な性格だとか言われて不思議に思ったのだけど、納得してしまった。完璧だと思った修一さんにも欠点はある。

とりあえずカレーを作り始めた。煮込んでいる間に溜まっていた食器を洗って、軽く部屋の掃除をした。

「ただいま」

「おかえりなさい」

「あ、いいにおいする!」

修一さんは帰ってくるなり真っ先にキッチンに来て鍋を見た。

「あと少し煮たらできますから。先にお風呂入りますか?」

「うーん……あとでいいや。あれ? 掃除してくれたの?」

「はい。すみません勝手に」

「ありがとう。助かる」

「いえ」

掃除なんていつも家でしていることだもの。少し恋人の家をキレイにすることくらい嫌じゃないし。

カレーを食べてから修一さんと一緒に食器を洗った。

「今夜も泊まってく?」

「えっと……」

このまま泊まっていくということは、修一さんと同じベッドに入るわけで。そうするとこの間のような流れになるのかな? なんて予想してなかったわけじゃないけど。

「夏帆が嫌なら何もしないし」

修一さんが笑いながら言う。

「嫌じゃないですよ……」

痛いのだって我慢する。あなたが求めてくれるなら。

ご飯を作って掃除して恋人の家に泊まるなんて、私も人並みの恋愛ができてるじゃん。
なんて思ったらふいに宇佐見さんの怖い顔が浮かんでしまった。彼女と修一さんは一緒に住んでいた。
宇佐見さんも私のように修一さんのためにご飯を作って、掃除して、修一さんと同じベッドに寝てたんだよね……。
私が感じる幸せを宇佐見さんも感じていたはず。
なのに別れてしまって……。

もしかして修一さんを私が取ったと勘違いしてるのかな?

「修一さん」

「ん?」

テレビを見る修一さんは私を振り返った。

「どうして宇佐見さんと別れたんですか……?」

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