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「僕に? 会いたかったの?」

「はい」

私も直矢さんに向かって笑いかける。直矢さんが突然止まった。

「僕は君のところに行ってもいいの?」

スマートフォンから聞こえる声は不安そうだ。数歩前にいる直矢さんの表情は硬い。

「はい。直矢さんに来てほしいです」

私が寂しいとき、必要としているときはそばに来てくれると言った。今私は直矢さんにそばにいてほしい。
直矢さんは電話を切るとゆっくりとこちらに足を踏み出した。目の前で立ち止まると私もスマートフォンをカバンにしまった。

「飾り、綺麗ですね」

「そうですね。これまでより1番綺麗だと自信を持っています」

街灯に反射する色とりどりの飾り。クリスマスのイルミネーションにも負けていない。今年はメディアからの取材の依頼が多い。間違いなく過去と比較にならないくらい銀翔街通り七夕祭りの中でも最高に綺麗で話題になるだろう。

「美優と見られてよかった」

まっすぐ私を見つめて直矢さんは言った。

「本当に? 私でいいんですか?」

「美優がいいんです」

「愛美さんの代わりじゃないですか? 私を選んでくれますか?」

吐き出した不安に直矢さんは眉間にシワを寄せる。

「美優は最初から勘違いしているんです。僕はもう愛美のことは本当になんとも思っていません」

「でも愛美さんは直矢さんが気持ちを全部聞いてくれたって言ったんです」

「それは言葉通りの意味じゃないかな。僕は愛美と電話で話して彼女の気持ちを聞いたけど、それを受け入れてはいませんから」

ほっと胸を撫で下ろす。愛美さんのアプローチで直矢さんの心が揺れてしまうのではと心配していたのだ。

「でも飾りが愛美さんに当たったときすごく心配していたじゃないですか」

「そんなの当たり前です。誰であろうとケガ人はいない方がいいんですから」

直矢さんは真顔で言い切った。

「それに、もっと大事になっていたらうちとの契約は今後なくなるかもしれない。会社にとって大ダメージです。僕はケガ人の心配と七夕祭りの心配と今後の仕事を心配しましたよ」

愛美さんを個人ではなく『取引先の人』として心配した直矢さんにほっとする。私だって愛美さんがケガをしたとき頭が真っ白になった。

「それにしても、まさか美優がここまで愛美に影響を受けるとは思わなかったです」

この言葉に私は怒りがじわじわと湧き上がる。

「すみませんね、影響されて」

声にも怒りがこもる。

「愛美さんみたいな元カノが現れたら誰だって焦ります」

頬を膨らませて直矢さんを睨む。そんな私を見た直矢さんは私の頬を両手で包んだ。

「今日愛美のところに行ってきました」

再び不安な顔になる私に直矢さんは頬をトントンと優しく叩く。

「七夕祭りの最終確認とうちわの納品でね。そして七夕祭りが終わればもう愛美と会うこともないってもう1度はっきり伝えました」

「本当ですか?」

「電話でもちゃんと言ったんだけどな。これじゃあ振り回されているのは僕じゃなくって、振り回しているのが僕なのかもしれませんね」

自惚れた発言に呆れたけれど笑ってしまう。本当に、直矢さんの側にいると勝手に振り回されてしまう。

「直矢さんの愛情は私だけのものですか?」

私は恐る恐る聞いた。直矢さんは真剣な顔で私を見つめる。

「僕の全部は美優のものです」

回りの雑音にも負けないくらい直矢さんの声ははっきり聞こえた。

「どんな女性ももう美優以上にはなれない。僕はずっと美優のそばにいる」

直矢さんの言葉を心の奥までしっかり受け入れた。何度も何度も言ってくれた言葉がやっと体に染み渡るようだ。

「私は自分のために直矢さんを利用しました。こんな私でもずっと愛してくれますか?」

目の前の直矢さんが涙で霞む。人前なのを気にしないかのように直矢さんは私を抱き締めた。

「美優の幸せのために存分に僕を利用してください。僕は決してあなたを裏切りません。あなたをもう1人にはしない」

直矢さんの腰に腕を回して抱き合った。周りを歩く人の視線が痛い。

「僕の愛がこれでもまだ足りないから美優は勘違いするのですね」

「直矢さんがこれ以上私を愛そうとしたら四六時中抱きつかれそうで困ります」

「重たい男上等と言ってくれたのにですか?」

直矢さんが拗ねた声を出すから私は笑う。
本当に、これ以上溺愛されたら中毒になってしまう。常に直矢さんの体温を求めてしまう気がして怖い。

「愛しています」

耳元で囁かれる想いに体が震え足に力が入らない。直矢さんは私を一層強く抱き締めた。

「私も……直矢さんを愛しています」

そう言った瞬間唇を塞がれた。
もう周りの目など気にならない。角度を変えて何度も何度もキスを交わした。
直矢さんの大きくて重たい愛が心地いい。私が愛情を注いだ分以上に直矢さんは愛情を返してくれる。

もうずっと私の手を離してくれなそうなこの人に、私も変わらない愛を注いでいきたい。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「これが直矢さんの新居ですか……」

「もう少し広い部屋でもよかったかな?」

「いや……ここで十分だと思います」

直矢さんが引っ越し先の契約を済ませたというので新居を見に行くと、そこはオフィス街にそびえ建つタワーマンションだった。

「本当はもっと高い階の部屋にしたかったんだけど、僕の予算では無理だったよ」

「ここに住めるだけでもすごいと思います……」

3LDKで、リビングの面積だけでも私のマンションの部屋よりも広い。直矢さんの1人暮らしにはあまりにも広すぎる。
外観からエントランスホール、各階の廊下も綺麗で品があり、この部屋もいるだけで場違いな気がしてしまう。まるで日本ではないようだ。

契約をしてすぐに大型の家具を運び入れた直矢さんの休日は引っ越しの準備で忙しくしている。このリビングにも新調したソファーとテレビ台、ダイニングテーブルが置いてある。

「少しずつ家具も揃えないと」

直矢さんは恐ろしいほど早く身の回りのものを揃えていく。その財力が羨ましくもあり呆れもする。
私はソファーに座った。フカフカで座り心地がいいソファーはこのままここで寝てしまえそうなほどだ。
直矢さんはソファーの端に腰かけた。

「ペットも飼えるそうです。近くに大きな公園もありますし、申し分ないですね」

「ついに犬嫌いを克服したんですか?」

「美優が大型犬を飼いたいと言っていたでしょう?」

「え……」

「この部屋は美優と住むことを考えて契約したんですから、美優の好きな犬種をお迎えしましょう」

直矢さんは当たり前だと言わんばかりに微笑む。私は驚きのあまり言葉が出ない。

「ここは会社からも近いし大型スーパーも病院もあります。もちろん動物病院も」

「あの……直矢さん……」

「はい」

私は横に座る直矢さんを見た。

「私、一緒に住んでもいいんですか?」

この言葉に直矢さんはキョトンとした。

「何を言ってるんですか。当たり前ですよ。美優は僕のそばにいないとだめなんです」

そう言うと直矢さんは立ち上がりソファーに座る私の前に立つと、その場で膝をついて私の両手を取った。

「美優、僕は美優がいない人生は考えられない」

「私と一緒に住むことを考えてくれるんですか?」

「その先の未来も考えています。僕と美優と犬と、今後増えるかもしれない家族を」

嬉しすぎて目を閉じた。大型犬と遊ぶ子供を2人で眺める未来の想像をするのは容易だ。直矢さんとなら明るい家族が作れるだろう。

直矢さんは片手を離してジーンズの後ろに手をやった。後ろのポケットから取り出した何かを手に握り締める。

「この先の人生を君と生きていきたい。だから僕と結婚してください」

握った手を開くと驚くほど小さな箱が手のひらに載っている。ジーンズのポケットに入っていたなんて思わないほどの。私からもう片方の手を離して箱を開けた。私に向けて開けられた箱の中にはダイヤが嵌め込まれた指輪が入っている。

「っ……」

息を呑んだ。そしてすぐにダイヤが霞む。溢れる涙で指輪どころか直矢さんの顔も見られない。
直矢さんは私の左手を取り、指輪をそっと薬指にはめた。指輪はなんの引っ掛かりもなく私の指にぴったりはまる。

「サイズ……どうして?」

指のサイズを教えたことはなかった。どうして直矢さんが知っているのだろう。

「銀翔街通りの宝石店で指輪を見ていたでしょう」

そういえば七夕祭りの作業の合間に立ち寄った宝石店で指輪をはめたことがあった。

「美優がはめたのを見ていたので、あとでこっそりお店の人にどのサイズをつけたのか聞きました。1番気に入っていたというこの指輪を美優にと買いました」

そんなことをしていたのかと感激した。

宝石店前の飾りつけ中に窓の向こうから見て一目で気に入った指輪があった。買うつもりもお金もなかったけれど、1度だけでも指にはめてみたかった。あのときの指輪は1度だけのものではなくなった。

「美優、返事は?」

私の前にひざまずいた直矢さんは私をまっすぐ見つめる。

夢のようだけれどこれは嬉しい現実だ。何度も何度も夢見てきた直矢さんとの未来が叶う。

「美優、結婚してください」

最高の愛の言葉を最愛の恋人は繰り返し伝えてくれる。だから私は最上の愛を込めて直矢さんにキスをした。





END

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