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2.覚醒


 リートは一人、ウェルズリー家の邸宅を後にした。

 あてなどなかったが、まっすぐ進めば隣町があることは知っていた。
 ふらふらと力なく歩いていく。

 見慣れた街を抜けていく。
 周囲の目線が突き刺さる。

 領主の息子である――であったと言うべきか――リートは当然街では有名人だ。
 それゆえに、“無職”になった話も、あっという間に広まっていた。

「出た……! 無職の!」

「聖騎士様の息子がどんなクラスになるのかと思ったら、まさかの無職ってw」

「実は聖騎士様の息子じゃなかったんじゃね?」

 道をゆく人が、そんな陰口を叩く。
 リートは耳を塞ぎたくなるが、黙って淡々と進んだ。

 幼馴染のサラに事情を説明しようか一瞬迷ったが、結局家の前を素通りした。
 彼女は今や“聖騎士”だ。
 英雄として歴史に名を刻むような少女に、まさか家を追い出されました、などとは報告できない。

 そのまま街を通り抜けて、隣の街へと続く道をひたすら歩く。
 とりあえず隣町に向かう。
 父であるウェルズリー公爵家の領地を出て、新たな土地で仕事を見つけなければならなかった。

 果たして、18歳で“無職”を雇ってくれるところなどあるだろうか……
 リートの頭には不安しかなかった。

 †

 隣町につき、仕事を探したリートだったが、待っていたのは厳しい現実だった。

「クラスなし? スキルのねえガキが働けるっていったら、荷物持ちくれえだよ」

 クラスがないため、なんのスキルも持たないリートが就ける仕事はほとんどなかったのだ。
 一日仕事を探し回って、なんとか見つかったのが、行商人の荷物持ちの仕事だ。
 それも臨時の募集で、一日間限定の仕事だった。

「リートと申します。よろしくお願いします」

 それでも、リートは荷物持ちの仕事に応募した。
 一日間でも、雑用でもなんでもいい。とにかく目の前の数日を生きていくために、金を稼ぐのが急務だ。

 幸い、体は鍛えている。厳しく鍛えて来たのは剣を振るうためであって、荷物を持つためではなかったが、背に腹は変えられない。今のリートにとっては鍛えた体が唯一の立派な“スキル”だった。

 ――とにかく、ガムシャラに働こう。
 そう決意したリート。
 だが、現実は厳しい。

「リート……? どこかで聞いたことがあるが……」

「あれ、こいつ、もしかして、ウェルズリー公爵の息子じゃね?」

 リートという名前を聞くなり、商人たちがそう口にした。
 領地を出てしまえば悪い噂もなくなるかと思ったのだが、現実はそう甘くなかった。

 聖騎士は、国に数えるほどしかいない逸材。
 それゆえ、リートの父親であるウェルズリー公爵は超有名人で、その息子なのに“無職”のリートも、今や同じくらい有名人になっていた。

「そうだ。“ニートのリート”じゃねぇか」

 ガハハと笑う商人たち。

 リートは、そんな周囲の反応を、黙って受け入れるしかなかった。

「じゃ、リート公爵殿。早速隣町にいくぞ」

 リートは荷物持ちとして、行商の列に加わる。
 隊の先頭には――剣を持った男たちの姿があった。
 ――剣士だ。

 キャラバンで護衛として働いているのだ。

 ――聖騎士になるため毎日剣を振るってきたリートは、それを複雑な気持ちで見た。

 剣ではなく荷物を持っている自分がとにかく情けなく見えた。

 だが、現実は変わらない。リートは黙々と歩き続ける。

 †

 それから数時間歩き、道程も半ばに差し掛かる。

 キャラバンは林の中を進んでいく。ここを抜ければ目的地だ。

「盗賊だ!!」

 現れた覆面の男たちは、三人。全員が剣を片手にしていた。

 それを見てキャラバンの護衛の剣士たちが剣を抜く。

「やっちまえ!」

 護衛と盗賊たちが剣を交える。

 人数は互角。
 だが、実力は盗賊たちの方がはるかに上だった。
 護衛の剣士たちは防戦一方で、わずかな剣戟ののち一人があっという間に斬り伏せられる。

「つ、強いッ!!」

 さらに続けてもう一人もやられる。
 残る一人の剣士は、三人の盗賊に追い詰められて、ジリジリと後退する。

 そして次の瞬間、腰が引けた最後の護衛もいとも簡単に斬り伏せられる。

 ――周囲の商人たちが、恐怖で青ざめていく。
 護衛の剣士以外のメンバーは全員非戦闘要員だ。

 護衛が全員倒された今、非力な商人たちにはどうしようもない。

 座して死を待つのみ。

 ――いや。

「クソッ!」

 リートは、全力で地面を蹴って、倒れた護衛の剣士の元へと飛び込む。
 そして地面に落ちた剣を拾い上げて、盗賊たちに向き直った。

 ヤケクソだった。

 確かにリートはずっと剣の稽古を重ねてきた。
 だが、剣士のクラスを持つ護衛でも勝てなかった相手に、無職のリートが勝てるはずがない。

 十年間剣技を磨いてきたが、そんなものスキルによる能力の強化がなければゴミ同然だ。
 スキルもちの盗賊に勝てるわけがない。

 ――それでも剣をとったのは、何もせずに黙っているくらいなら少しでもあがいた方がマシだと思ったからだ。

「なんだ、お前。荷物持ちが、剣なんか持ってどうするつもりだ?」

 盗賊たちは、ゲラゲラと下品な笑い声を響かせた。
 だが、リートが剣を構える姿がそれなりにサマになっていたからだろうか、剣を握り直して、その切っ先を彼に向けた。

「ほら、速攻で殺ってやんよ!」

 盗賊の一人が剣を振りかぶってくる。
 上段の大振り。全くもって粗雑な動きだったが、剣士クラスの肉体強化スキルによって、その動きは俊敏で、破壊力を持っていた。

 リートは、無駄のない斬撃でその剣を迎え撃つ。 
 しかし、スキルを持つ者と、持たない者では、その力の差は一目瞭然だった。

 盗賊の一振りの重たさが、剣を通じてリートの全身を襲う。
 脳天を殴りつけられたように、全身に響く。

「ッ――!!」

 耐えがたい衝撃に身がすくむ。

 かろうじて剣で受け止めることはできたが、反撃などできるはずもなかった。

「おらよ!」

 剣ごと吹き飛ばされるリート。
 腕力の差は歴然。それは鍛え上げた体によるものではなく、“剣士”のクラスが持つスキルの力によるものだ。
 無職で、なんのスキルもないリートが、剣士に勝てるわけがなかった。 

「くそッ……!!」

 勝ち目はない。
 だが、それでもリートは立ち上がった。

「なんだ? そんな元気があるならさっさと逃げればいいのに。バカなやつだな」

 盗賊はゲラゲラ笑う。
 それを隙と見たリートは、もう一度踏み込んでいく。

 力の限りの突撃。
 完全に隙をついた一撃。同じ実力の者同士の戦いであれば、これで決着がついていた。

 だが悲しいことに、相手は”剣士”クラスの”肉体強化”スキル持ち。
 リートは無職でスキルなんて持っていない。

 その差は、剣術の腕前や、ちょっとした初動の遅れなんて、簡単に覆す。

「目障りだな!」

 いらだちを込めた一撃は、リートの鈍い斬撃を粉砕する。

 剣もろとも弾き飛ばされて、リートの身体は宙を舞った。
 剣は手から滑り落ち、次の瞬間背中から地面に叩きつけられた。

 リートの声にならないうめき声。

「もうやめろ! 無職の小僧が勝てっこねえ!」

 商人の一人がそう言った。勝ち目がないのに立ち向かうリートが、あまりに哀れだったのだろう。

 だが、リートはそれでも立ち上がる。

「なんだよ、まだやるのか? いい加減うざいよ」

 先ほどまで下賎な笑みを浮かべていた盗賊も、リートのしつこさにいらだちを覚えていた。

「オラよ!」

 容赦のない上段の一振り。リートはとっさに斬撃を受け止めるが、勢いを殺せず剣は勢いよく弾き飛ばされる。勢いに負けてリートは地面に膝をついた。

「おめえとんでもなく弱いと思ったら、剣士じゃねぇのかよ」 

 ――盗賊はリートを見下す。
 武器(えもの)を失ったリートは――しかしそれでも諦めず、握りしめた拳を男の腹に向かって叩き込む。

「いてッ!」

 だが、スキルで強化された肉体に、素人の拳の攻撃なんて効くわけがなく。
 盗賊はわずかな痛みを覚えたがそれだけ。

 盗賊は反射的に蚊を叩くように、リートに蹴りを入れた。
 たいして力も入っていない蹴りだったが、生身のリートには致命的な一撃だった。

 さすがのリートももう立ち上がることができなかった。

 ここまでなのかよ……
 リートは悔しさのあまり涙が出てきた。

 それを見下す盗賊の表情に、もはや笑みはなかった。
 
「雑魚はさっさと死ね!」
 盗賊はもう一度剣を振り上げる。

 迫り来る死。
 リートの世界はスローモションになる。

 報われない人生だったと後悔の念に駆られる。

 ――だがその時だった。

【――スキル“肉体強化”を手に入れました】

 突然、そんな声が頭の中に響いた。

 女性の声。
 幻聴じゃない。絶対違う。
 確かにハッキリ聞こえた。

【――スキル“剣戟強化”を手に入れました】

 続けざまにもう一つ。

 それはそう。神様がスキルを与えてくれる時に聞こえる声だ。

 リートは何が起きているのか理解できなかったが、身体が急に軽くなったのを感じた。

 ――盗賊の攻撃が迫る。

 だが次の瞬間、リートは咄嗟にありえない速度で後方へと飛び退いた。

「何ッ!?」

 さらに、そのまま地面に落ちていた剣を拾い上げ、その勢いのまま盗賊へ一直線に斬撃を繰り出した。

 盗賊の男は咄嗟にリートの攻撃を防ごうとしたが、無理だった。

 一瞬で斬り伏せられる盗賊。

 ――リートの反撃は反射的なものだった。身体が勝手に動いたのだ。
 だから、自分でも驚いていた。

 ――あいつを一発殴ってから、力がみなぎってくる。

 それは、これまでの人生で感じたことがない感覚だった。

 急に筋肉の量が倍になって、体力があり余るほど湧き出てくるような。
 それでいて、五感から得られる情報量が多く、精緻だ。
 
「なんだこいつ!?」

 外野で見ていた残りの盗賊二人が驚きの表情を浮かべる。

 リート自身も何が起きているのかわからない。
 だが、剣士として鍛えた勘が、体を突き動かす。

 盗賊に向かって一直線。
 リートの鋭い一撃は、いとも簡単に盗賊の持っていた剣を叩き切った。

「ば、バカなッ!?」

 剣が叩き斬られるという現実を見て、盗賊は一気に怖気付く。

「ば、バケモノだ!!」

 得物を失った盗賊の男は、そのまま背を向けて全力で逃げていく。
 それを見たもう一人も、大慌てでその場から駆け出した。

 ――無職のリートが、剣士クラスの盗賊三人に打ち勝ったのだ。

「あ、ありがとう……」

「おかげで、命が助かった」

「ああ、命恩人だ」

 キャラバンのメンバーが、口々にリートに感謝の言葉をかけた。

「お前さん、実は戦闘系のクラスだったのか」

 一人の商人がリートに聞いてくる。

「あ、いや……そんなことはないんですが」

 リートは自分でも、なぜ盗賊を倒せたのかのか、わからなかった。

 だが、一つだけわかることがある。

 男を殴った瞬間に、にスキルを得たという感覚があった。
 実際スキル獲得を告げる”女神様の声”もその時に聞こえたのだ。

 何が起きているのかわからないが――
 ――いずれにせよ一つ言えることがある。

 剣士クラスの持つスキルを手に入れた今、リートは諦め掛けていた夢をまたもう一度追いかけることができるのだ。

 
 

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