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【婚約者を誘拐した犯人の正体】

【婚約者を誘拐した犯人の正体】





「シュレポフ師団長ーーー師団長殿···?」





 若い深緑色の軍服を着た男性が、書類を手にしながら何度かファリドの名前を呼ぶ。

 ファリドはハッとして、「はい」と小さく返事をした。彼はずっと机の上に頬杖をつき、このオーブルチェフ帝国の地図にメモをしていたのだ。本来の会議とは関係ない地図を、彼は腕全体で隠す。



「シュレポフ師団長、お疲れの様子ですね」



 長いひげを生やした財務大臣がねぎらうようにして言った。憐れみさえ含めた目で、ファリドを見る。



 ファリドが座るその円卓には、皇宮に務める者達が腰掛けていた。財務大臣や、陸軍や海軍の大将、警察長が座る席の中、ファリドは飛び抜けて若かった。



 皇帝の前で行われる、御前会議である。



 ちょうどファリドの向かい側にいる財務大臣の後ろには、ニコライ皇帝と、その脇に毅然と立っている宰相の姿があった。彼等2人は円卓を後ろから静かに眺めている。



「無理もないです。ご婚約者であるラザレフの令嬢が消えて、もう3日ですか」



 若い議事録係が、同情するように言った。年頃は20代の半ばほどの、灰色の髪の青年だ。



「ラザレフ侯爵も殺されていたというし、せめてご息女が無事だと良いが···。我が警察も必死にラザレフのご息女を探しています」

「警察長、ラザレフ様は子爵ですよ」

「ああーーすみません。そうか、18年前に、確か子爵に···」



 黒髪の海軍大将に訂正され、警察長はハッとして密かにニコライ皇帝を見た。皇帝の表情は変わらなかったが、「いや、ラザレフと私は若い頃よく一緒に晩餐会でも話した仲で···」と弱々しく言い訳をしていた。



「···すみません、公私混同をするのはいけませんね。会議に集中します」



 誰の目にも、ファリドが弱っていることは明らかだった。ろくに眠れていないのだろう。彼の目にはくまがあり、瞳は充血していた。

 婚約者の父が何者かに殺害され、婚約者も行方不明となり、ファリドは憔悴しきっている。



「皇帝陛下、会議を中断してしまい、失礼いたしました」



 ファリドは着席しながらも、ニコライ皇帝に頭を下げた。

 ニコライ皇帝は、かつてイワン前皇帝が殺害された際、犯人である宰相のシーシキンを捕らえた人物だ。



 逸話として、彼はシーシキンを追い詰める時、シーシキンに対してある贈り物をしている。その贈り物とは、シーシキンの娘の手であったそうだ。



 ニコライ皇帝は前皇帝の犯人を追い詰めた英雄でありながら、相手を追い詰めるためには手段を選ばない冷酷無比な皇帝として、部下達から恐れられていた。



 その皇帝が、隣に控えた宰相に何かを耳打ちしていた。円卓にいる人物たちは、ギクリとした。何を言われるのかと、円卓に座る者達は戦慄した。



「シュレポフ師団長」



 宰相が冷たくファリドに視線を寄越すと、ファリドは額から冷や汗を流した。



「はい」



 寡黙な皇帝が、何と言うのだろうかーー皆が宰相のことを注目した。



 ニコライ皇帝の言葉を、宰相が代弁する。





「皇帝陛下が申し上げています。ラザレフのご息女、無事に見つかるとよい、と」





 若き宰相、ルカ・マスロフスキーは、ひどく冷たく、大して興味がないように、ファリドに言い放った。

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