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「なぁ、あの声はお前か?」
「キューッキューッ!」
そいつから手を離すと毛玉はぴょんぴょんと俺の周りを飛び跳ねた。
その様子が可愛いこと可愛いこと。
お持ち帰りしたい……

俺は跳ねてる毛玉をもう一度掴み、目線を合わせた。
何回見ても目に入れても痛くないくらい可愛い。
あ、ちなみに、別に本気でお持ち帰りしようとしてる訳じゃないから安心してください。ほんの、70%くらいだからさ。ほんとほんと。
……って、俺家ねぇじゃん。
毛玉は鳴き声を上げてて可愛らしいが、それでもさっきのバカにしたような行動は大人として注意してやらねば。
俺は真剣な表情で毛玉の目を見つめた。

「お前、可愛い顔してても大人をからかっちゃあ、ダメでちゅよ?」
訂正。心の中では真剣な表情で毛玉を見つめた。
実際には口元が緩みまくって赤ちゃん言葉になってる。でも、意識はしたんだよ。意識は。ただ、それが顔に出てくれなかっただけだ。

「キュッキューッ!」
「こら、暴れるなっ」
掴まれてるのが嫌なのか、もぞもぞと動いて手から逃れようとしている。その姿もまた可愛らしい。

「あ、あのぉ……」
「喋った!」
先程と同じ声がし、俺は興奮した感情を隠せずに毛玉と向き合った。
その様は初めて自分の子供が喋った時の親並みのテンションだと思う。

「あのぉ、物凄く言いづらいんですけど、声の正体それじゃないですよ」
「はえ!? じゃ、じゃあ、どこだよ!」
謎の声のおかげで我に返り、恥ずかしさのあまり、半ばムキになって辺りを見渡しながら聞いた。
確かにそうだな! この毛玉「キュー」しか言ってねぇし! はずっ! 死にたい!
顔に熱が集まり、悶絶しそうになっているとまた風がないのに木々が揺れだした。

「私はこの森そのものですよ」
「この森?」
「はい。そうです」
そう言うと、木々の揺れはおさまった。

この木が……
ふーん。そういう事。
じゃあ、バカにしてたのもこいつか。
俺は無言で指先から小さな青い炎を出した。
さっきまでのハイテンションの俺は完全に消え去っている。

「なぁ、知ってた? 赤い炎より青い炎の方が熱いらしいぜ?」
「なんで今それを!? も、燃やさないでくださいよ!?」
「お前のおかげでな……さっき無駄な体力使っちゃったんだよ……」
「えぇ!?」
「いくら飛んでも空には辿り着かないし……いくら歩いても森から出られないし……」
「まだ、そこまで歩いてませんよね!?」
俺は自分自身を嘲るような口調で語ると、すかさず森は俺の言葉に反論してくる。
木々の揺れがまた激しくなり、抵抗しようとしてるのがわかる。
何度か木々の揺れで風が来るがそんなやわな風じゃ、この青い炎は消せまい。

「燃やしてやる……跡形もなく消し炭にしてやる!!」
俺が大声を上げると指先の小さな青い炎が大きくなり、手のひらサイズになった。
これがどこかに引火すれば火事は免れないだろうな。

「燃えろっ!」
俺が腕を振り上げ、炎を撒こうとした。

その時ーー。

「キューッ!」
毛玉が俺の腕に飛びつき、思わず動きを止めてすぐに炎を消した。

「ど、どうした?」
「キュッ! キューッ!」
何かを必死に訴えようと俺の前を跳ねてる毛玉だが、俺にはさっぱりわからない。
毛玉語を勉強しときゃよかったな……くそぅ!

「森を燃やさないでくれって言ってます」
「は? デタラメ言うなよ」
森が毛玉の言葉を代弁するかのように言ってくるが、毛玉を使って助かろうとしてるかもしれないから容易に信じられない。
もし、これがデタラメなら国ごと滅ぼしてやる。
※ 元大天使です。

「デタラメではありません! ほら!」
「ほらって言われても……」
森に促され毛玉を見ると毛玉が何度も飛び跳ね、それが心做しか頷いてるようにも見える。
か、かわっ……!

「……ったく、わぁった。今回だけは許してやる」
俺は森の言葉を信じて許してやることにした。
というのは10分の1くらいの理由で、ただこの森を燃やして毛玉に嫌われるのが嫌だったから燃やさなかった。

「キューッキューッ!」
喜んでくれてるのか分からないが、毛玉は俺の周りを飛び跳ねて回っている。
触りたい。掴みたい。撫でたい。これぞ毛玉三原則。

「ふふっ。この毛玉はあなたの仲間になりたいようですよ」
「仲間っ!?」
森の言葉に俺は木々を見上げながら素早く喰いついた。

「……さっき森を燃やそうとしてた者とは思えないほどの目の輝きですね……」
「なんか言ったか?」
嫌味が聞こえたため俺は圧をかけるつもりで笑顔で聞き返す。

「……ナンデモゴザイマセン」
わざとらしく答えた森に内心イラついたが、毛玉のために怒りを押さえ込んだ。
ここで燃やしたら毛玉に嫌われる……だけど、いつか燃やしてやる!

森火事計画は今後でいいとして……仲間、か。

俺が腕を組み考えていると、毛玉が飛び跳ねながら擦り寄ってきた。
本当に可愛い。だからこそ、俺の仲間でいいのか?

「何か悩まれてるようですが?」
俺の返事の遅さに森が聞いてくる。

「あー……うん。ちょっとな……」
「どうしました?」
「こいつの名前何にしようとか、食べ物は何与えようとか考えてたんだ」
俺が深刻そうな面持ちで言うと、大人しかった木々が一瞬だけ激しく揺れた。

「ペット感覚!? もう仲間にした気でいるんですね!?」
「おう! だが、ペットじゃない! 俺と同じ立場での仲間だ!」
なんて森には言ったけど、まだ仲間にすることすら悩んでる。
だって、俺悪魔だし。悪魔って、こういう世界だと敵だろ?
もしバレて逃げられたら耐えられなくなっちゃう。絶対ショック死すると思う。

「本当は自分の正体に悩まれてるんですよね」
再び考え込んでいたら察しがついたかのように確信的な口調で言ってきた。

「……っ!? なんで!?」
「それくらいわかりますよ。正体見ましたし」
「そっか……」
「大丈夫ですよ。その毛玉はこの森の精霊で、相手の本性を見極めて主人を決めます。おおかた、貴方はつい最近まで天使だったのでしょう?」
全て見通したかのように淡々と言う森にただただ呆気にとられた。
こいつすげぇな。ただの森じゃねぇ。
いつか俺の初恋相手とかバレそうだな。そしたらやだなぁ。はーずーかーしーいー!
俺が両手を頬に当てて照れていると、強い風が吹いて緑色の景色の中に黄色く輝く道が現れた。

「ここを辿ると街に出ます。私はしばらく寝ますので道中モンスターが出るかもしれませんが、お気をつけください」
「おぉ。お前、良い奴だったんだな」
「そんなことありませんよ。…………本当はただ結界を解除しただけだけど……この森そんな広くないし。結界さえなければすぐ出られるし」
森様が何か言ってるようですが、気にしたら負けだと思います。知らない方がいいこともあるし、気にしたら衝動的に燃やしちゃうかもしれねぇし。
俺は天使時代の時よりも清らかな心を持ち、ただハッキリと聞こえた言葉だけ耳に入れた。

「それじゃ、あんたいろいろとありがとな」
「キューッ!」
「どういたしまして。お気をつけて」
俺は森にお礼を言い、毛玉と共に黄色い道の上を歩いて行くことにした。
はぁ……まじ毛玉尊い。

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