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「あれが我がアルザスの誇るライル塩湖です!」

 そう言って、エリスはキバに説明した。

 正式にアルザス国の軍師となったキバに、エリスは国の名所を案内していた。
 いくらかの寺院や大きな遺跡を回った後、最後に来たのがが赤色に輝く塩湖だった。

「すごい、これは……」

 林を抜けたところに、広大な塩湖が広がっている。その色は、普通のそれではなく、全体的に赤みがかっている。キバがこれまで見たこともない景色だった。

「ここの塩は食用になりますか?」

「ええ、もちろん」

 それを聞いて、キバは湖に近づいていき、指先に水につけて、舌にのせた。

「しょっぱい。当たり前だけど……」

「ライル塩湖は、美しいだけではなく私たちの生活に密接しています。なんといっても良質な塩が取れますからね」

 塩は人間が生きていくのに必要不可欠なものの一つだ。
 アルザスは何もない小国だと思っていたが、これは思いがけない資源が眠っていたようだ。

 ……最も、今の世界の情勢を考えるとこの塩湖の価値は、相対的にあまり高くないという事実を、キバは知っていたのだが。

「ランジーがなければ、アルザスは今よりもはるかに栄えていたことでしょうね」
 
 キバは思わずそう言った。

「その通りですね」

 塩は貴重な資源だ。特に内陸の国にとって、塩の確保は、国の存亡にかかわる。

 だが、現在、どこの国も塩の確保にはさほど困っていない。それはノーザンアングルやジュートのような内陸の国であってもそうだった。

 その理由は、中立国のランジーの存在だ。
 ランジーは七王国には属さない中立国である。決して大きな国家ではないが、沿岸に領土をもち、塩の名産地として知られている。その塩は各国へと輸出されており、それがゆえに中立国として独立を維持してきたのだ。

 もちろん、各七王国からすれば、ランジーを自国の領土に取り込めば、塩の供給を独占でき、他の国に差をつけることができる。他の国は、存亡の危機に瀕すると言っても過言ではない。
 なにせ、塩が手に入らなければ、どんなに屈強な魔法使いだって、生き残ることはできないのだから。

 すなわち、もし仮にランジーをどこかの七王国が征服すれば、死に物狂いで他の国がそれを奪い返そうとする。つまり、ランジーを征服した国は、他の七王国から、一斉に攻撃を受けるリスクがあるのだ。
 だから、七王国は暗黙の了解で、あえてランジーの独立を認めている。
 
 七王国がお互いに牽制しあった結果、ランジーは長らく中立の貿易大国として、繁栄してきたわけである。

 だが、その結果、アルザスはせっかくの塩を輸出できず、貿易で国を富ませることができないでいるのだ。

「アルザスには、ランジーほど大規模な生産能力も、高度な魔法技術もありませんからね。競っても競り負けてしまいます」


 これだけ広大な塩湖を持つ国は他にない。これを活用しないのは勿体無い。

「……惜しいですね」

 だが、その湖を長年見てきた地元の民からすれば、意外とそうでもないのかもしれない。

「いいんですよ。みんなに知れてしまったら、この美しい光景がなくなってしまうかも知れませんからね。こうしてひっそりしているのも、悪いことばかりではないです」

 なるほど、そういう考え方もあるかも知れないな。とキバは思い直す。

 ――だが、エリスの平和への願いはあえなく散ってしまう。

 塩湖から王宮に帰ってきたところで、エリスの元に大臣がやってくる。

「エリス様、キバ様……悪いニュースです」

「……どうしたのですか?」

 エリスが聞くと、大臣は言いにくそうに言った。
 
「ランジーが、ジュートに攻め込まれました」

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