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「……それで、私たちのことどうするのだ」

 敗軍の将となったルイーズは、膝をつき、自分を完膚なきまでに撃ち倒した軍師を見上げる。

 だが、キバは首をふった。

「別に、なにもしないですよ。そのまま帰ればいいです」

 そう言った瞬間、ルイーズは驚愕のあまり、言葉を失った。
 だが、それはキバにとっては当たり前の判断だった。

「下手に王女様を殺したり、人質にすれば、ラセックスの全軍と戦うことは免れないです。身代金を要求するというのもその瞬間は得をしたとしても、反発を食らって後々報復されるのがオチですからね」

 キバは、どこまでも軍師として冷静だった。
 彼にとって、勝利は当たり前のことだったから、浮かれるなどというのはありえないのだ。

「強いて言えば、これからは仲良くなくれると嬉しいかな。戦いは好きじゃないですから」

 と、キバがそう笑みを投げかけた。

 その瞬間、ルイーズは何か射抜かれたような、そんな感覚にとらわれる。

「……キバ……アトラス」

「なんですか?」

「敗軍の将が、何を言うと思うかもしれないが……」

「ええ」

「我が、ラセックス王家に……婿入りしないか!?」

「はぁっ!?」

 あまりの急展開にキバは、素っ頓狂な声を上げる。

「何をいきなりバカなことを言い出すんですか」

「冗談ではない。君は世界一の軍師だ。君のような男は、きっと二度も現れない! 君が私とラセックス王国を導けば、ラセックスは大陸最強の国家になれるはずだ!」

 そう言ってルイーズはキバの方にグイッと近づき肩をつかんだ。

「こうして戦場で出会ったのも、もはや神の意思だ!」

「いや、そんな急にいわれても……」

「お姉さま、何を言ってるですか!」

 と、傍で見ていたエリスが、二人の間に入って、ルイーズをキバから引っ剥がす。

「いきなり婿入りなんて、あまりに非常識すぎます!」

 だが、そんな妹の声に、姉は耳を傾けようとはしなかった。
 
「お前は黙っていろ! キバは私のものになるんだ!」

「バカなこと言わないでください! キバさんは、アルザスの軍師様になってもらうのです!」

「軍師などと言わず、女王の嫁として大公にしてやると言っているのだ! どうだ!」

 なるほど、第一王女の旦那となれば、大公の地位は確実だ。
 七王国の一つであるラセックスの大公……おそらく多くの人間が渇望する地位だ。

 ……だが、キバにはそれを受ける気はさらさらなかった。

「いや、ご好意は感謝するけど、俺、ラセックスに行く気は無いんだ」

「なぜだ!?」

 奇襲を受けた時以上の驚きの表情を浮かべるルイーズ。

「いや、だって、こないだまで敵だった国の軍師になんてなれない……」

「……なるほど、それは軍人として正しい考え方ではあるな」

 ルイーズは、一旦それで納得したようだった。

 だが、決してそれで諦めたわけではなかった。

「確かに今すぐに仰ぐ旗を替えるというのは軍人として好ましいことではない。だが、未来永劫をひとつの国に仕えければならないという掟はない。だから、すこし猶予をやろう」

 王女様の中では、キバが自分の婿になるということは、半ば決定事項になっているようだった。

「次会うときは、父上に紹介するぞ! 心しておいてくれ!」

 意気揚々と宣言するルイーズ。

 キバが妹たちの方を見ると、極めて複雑そうな顔をしていた。

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