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第11章 妖精姫とデスホワイトの真実

 全長1キロメートルにも及ぶ宇宙戦艦に対して、277メートルの宝船が戦いを挑む。にも拘らず、ゴウの態度はいつもと変わらず堂々としたものだった。
「さあ、我が軍門に降るが良い」
 ゴウが無精髭を上下させ、無駄に良い声のバリトンボイスで演説している間、翔太は片手間で核融合誘導ミサイルの発射準備していた。
 本気で翔太が準備しているのは、宝船の鉱床探索用ロボットのコウゲイシであった。
 全長15メートル前後の様々な形のコウゲイシが7機、宝船の甲板に乗っている。
 そう、宝船の上にある七福神はコウゲイシである。
 複雑な動作をする人型ロボットなら、翔太よりアキトの方が巧みに操縦する。しかし、いくらアキトでも7機のロボットを操ることは不可能である。
 だが翔太には、7機のマシンをリモートコントロールする特異な才能がある。
 翔太の才能”マルチアジャスト”により、瞬時にマシンと適合する。そして、1機あたりコンマ数秒だけコントロールし、次の機体を操縦する。
 ただ、リモートコントロールで次々と機体を変更して操縦する為には、極限まで集中力を高めてる必要がある。いつもの軽薄な雰囲気が霧散し、翔太は真剣な眼差しを7つのディスプレイに向け、ルーラーリングに全神経を注いでいる。
「ゴウ兄、七福神のセミコントロールマルチアジャスト完了」
 ゴウはオープンチャネルを閉じ、翔太から宝船とミサイルのコントロールを引き継ぐ。
「ふむ、突っ込むぞ!」
 七福神ロボが一斉に動き出す。
 それぞれの特徴に相応しい装備を持っている。それを攻撃用として準備し、配置に展開する。
 アキトも知らない真の姿を顕わしたのだ。
「さあさあ、七福神たち。これで展開準備完了だよ。今がモーモーランド軍に、お宝屋の実力を見せつける時さ」
 ”毘沙門天”は宝塔を宝棒の横に取り付けライフル銃のように構える。
 ”恵比須”は釣り竿の先から出ている糸、ではなく鎖に鯛を取り付け、空へと飛び上がる。
 ”弁才天”は両手で琵琶を持っている座像姿から変化する。立ち上がるとともに6腕が生え、8臂となる。それぞれの手には琵琶が変形した弓、矢、刀、矛、斧、長杵、鉄輪、羂索が握られている。
 ”福禄寿”は他の七福神ロボより背が低く、長頭で長いひげを持ち、鶴を従えている。杖に結びついていた経巻の端を、鶴に咥えさせ、巻物を広げて防御壁とする。
 白髪長頭の老人”寿老人”は連れていた鹿の口に、団扇と巻物をつけた杖を突き刺す。そして鹿に乗るかのような動作で合体し、宝船の帆柱を両手で持つ。宝船の舳先まで駆け、対レーザービームコーティングを施した帆を防御用として使う。
 ”布袋”は背負っている堪忍袋とも云われる大きな袋の緒を切る。すると、にこやかな布袋の顔が鬼の形相に変わり、袋からは様々な武器が出てくる。それら武器は、布袋の体の決まった位置に装備された。
 ”大黒天”の乗った米俵が突然ジェット噴射を始めた。微笑の長者と呼ばれる大黒天が福袋と打出の小槌を持ち、宇宙戦艦”ブラックシープ”へと突っ込む。
「往くぞ、翔太。千沙とアキトに見せつけるぞ。俺たち正義の味方の活躍を!」
 そう言うとゴウは、大型核融合ミサイルを船底から降下させる。
「いやいや、ゴウ兄。ただの牛退治さ」
 いつもはゴウより口数の多い翔太が、短い台詞で話を終わらせた。
 七福神のセミコントロールマルチアジャストの影響で返事をするので精一杯なのだ。
「ふっはっはっははーーー。さあ、刮目せよ」
 翔太しかいないからか、ゴウの声には愉しさと軽薄さが複雑に混じりあっている。そして、命を燃やす戦いに身を投じるというのに、ゴウには一切の躊躇がない。
 一瞬でも躊躇したら宝船は落とされただろう。
 だからといって、ゴウが真剣に考えて回避している訳ではなかった。敵からはランダムに動作して、回避行動をとっているように映っているだろう。適当に気分で機動させていた。
 翔太の操る福禄寿と寿老人が、宝船を護ると信じているからだ。
 毘沙門天が宝棒から荷電粒子砲を放つ。弁才天は弓矢と鉄輪で攻撃を加える。
 大黒天が米俵ジェットで敵宇宙戦艦”ブラックシープ”に取り付き、打出の小槌を振るい装甲に穴を穿ち福袋爆弾を押し込む。
 ブラックシープからは無数のレーザービームが宝船へと降り注ぐ。直撃コースのレーザービームは悉く福禄寿と寿老人が防ぐ。
 恵比須は勢いをつけた鯛を宇宙戦艦に何度も叩きつける。鯛の鱗が装甲を傷つけ、重量のある鯛の運動エネルギーがレーザービーム砲を徐々に変形させ、圧し潰す。
 武装を身に着けた布袋が、宇宙戦艦に乗り移り存分に暴れている。
 しかし、相手は宇宙戦艦。
 ゆっくりとだが宝船の被弾が増えてきていた。そして時間が経つごとに、七福神ロボが1機、また1機と破壊されていく。
 ブラックシープのレーザービームが宝船を護る寿老人の持つ帆をボロボロにしていた。そして福禄寿の巻物は既になく、彼の老人が身を挺して宝船を護っている。
「そろそろ千沙に、大きな花火のプレゼントの時間だ。後退して交代するぞ」
 言葉通りゴウは宝船を後退させる。
 宝船を一気に潰し、大気圏を突入して襲来するユキヒョウに備えようと、ブラックシープ艦内では兵が慌ただしい動きをみせていた。
 そうでなければ、お宝屋の打ち上げ花火は、こんなに巧くは行かなかったであろう。
 ゴウはミサイルをパラシュート付きで、地面に屹立させるよう降下させたのだ。今、制御権限をゴウから譲り受けた翔太は、大型核融合ミサイルをコムラサキ星系の大地から発射させた。
 爆炎を噴出しながら進むミサイルが、ブラックシープの艦底の中央に命中する。翔太の狙い通りだった。
 お宝屋は、巨大花火の打ち上げに成功したのだ。
 だが、ブラックシープは極秘任務用だといっても宇宙戦艦である。大型核融合ミサイルとはいえ、一発で沈むほど柔な艦ではない。
 逆に宝船は空中に止まり続けられず、凄い勢いで高度を落とす。
 傍からみると、宝船が撃墜されたようにしか見えない。この時、アキトと千沙はカミカゼから宝船と七福神が空を舞う様子を目撃したのだ。
 完全に不意打ちをくらったブラックシープは、混乱の極みに陥っていた。
 そしてジンが、この隙を見逃すはずはない。
 しかしユキヒョウは、大気圏突入中という船を安定させるのに難しい状況にある。その上ブラックシープは、幽谷レーザービームの有効射程範囲外にあった。
 それでもジンは、幽谷レーザービームを一斉射撃し、その全弾をブラックシープに命中させたのだった。
「これで、千沙たちに大きな花火は届けられか?」
「まあ、それは間違いないよ・・・。そうそう、これで戦争が勃発したら、僕たちだけでなくアキトにも責任がある。いやいや、コムラサキ星系にやってきたアキトにこそ責任がある。だから一蓮托生さ。そうなれば、僕たちが千沙とアキトを保護しなければならないよね。新生お宝屋の誕生さ」
 墜落中の大変な状況だったが、余裕のある2人だった。
 翔太が宝船の制御を完全に握った今、ゴウには絶対の安心感がある。翔太に無理だったら、どうしようもない。
 そう諦めもつくのだろう。
 ただ今回の場合、半分演技での墜落なので、無事は保障されていた。
 ユキヒョウはブラックシープが墜落し、宝船が溪谷に不時着した後、モーモーランドの基地と関連施設を強襲したのだった。
 これが、今から4時間ほど出来事であった。

 渓谷に不時着した宝船の処に、ジンが千沙を連れて戻ってきた。
 そこには、彩香とゴウ、翔太が手持ち無沙汰で待っていた。既に彩香が最低限ヒメシロに戻れるだけの部品を宝船へと提供し、ゴウと翔太はその部品の整頓を終えていた。
 アキトに修理を押し付ける気でいたらしい。彼の姿がないのを見て、ゴウと翔太は色々な意味で残念そうにしている。
「汝らは、これよりどうするのだ?」
「ふむ、部品の提供感謝するぞ。俺たちはトレジャーハンター”お宝屋”だ。ならばやる事は1つだけ、トレジャーハンティングだ!」
「ミルキーウェイギャラクシーの基地は私達で破壊しましたが、生き残りやグリーンスターがいます。危険と考えますが・・・」
「いやいや、トレジャーハンティングに危険は付き物だよ。僕たちは、この宇宙劇団の一員。君たちもそうなのさ。そして、このシナリオのない舞台で、僕たちは必ずハッピーエンドを迎える。もちろんアキトにもハッピーエンドになってもらう為、お宝屋に戻ってもらうつもりなんだよね」
 お宝屋が絡むと、悲劇でも喜劇にかわる。
 トレジャーハンターの中では有名な話だった。無論、ヒメシロ星系のトレジャーハンティング関連の仕事している者にも知れ渡っている。
 それを彩香たちは、重力元素開発機構ヒメシロ支部長の桜井に耳打ちされていた。
「あなた方は真面目に生きられないのですか?」
「なんだと? 俺たちはヒメシロ星系でも、屈指の高収益優良トレジャーハンティングユニットだぞ」
「まあまあ、ゴウ兄。彼女は、こう言いたいのさ。もっと私のことも真剣に考えて欲しいと、ね」
「なるほど! 流石は翔太だ。やはり女心の機微については、俺では敵わない。しかし、俺にも好みがあるぞ・・・」
 呆れ果て言葉もでませんね。兄弟揃って女心の”お”の字すら解っていないようです。
 そんな彩香に、ゴウが身体ごと向いて言い放つ。
「うむ、ごめんなさい!」
 頭を下げたゴウへと、彩香は全力で膝蹴りを飛ばしたいのを危うく抑えつける。
 そうじゃありません。口を開くのも面倒なぐらいに話が噛み合わない。それに、私が振られたような台詞には我慢がなりません。
 あなたは私のタイプでない、と断言するため、口を開こうとする。
「酷いよ、ゴウにぃ」
 彩香より早く千沙がゴウを非難した。
「もう少し、言いようがあるよ。お互いを良く知るところから始めましょうとか・・・」
 あなたは女性でしょう。
 理解しなさい。
「いやいや、ゴウ兄。真剣に考えるなら、もう少し時間が必要だよね」
 時間の問題ではないです。
 お宝屋は、バカばかりですか・・・?
 アキト君が随分と可愛く思えてきますね。
「汝ら、少し冗談がすぎる」
 ジン様が漸く纏めに入ってくれるらしい。
「いくら彩香が年上でも、レディーの扱いができねば一人前とは言えぬな。良いか、女性に恥かかせぬように振る舞う。もし、己が泥をかぶれば丸く収まるのならば、己の心を滅してでも行う。それが紳士というものだ。お宝屋として、トレジャーハンティング業界という狭い世界で認められても、汝は社会人として、業界で一流な人材としては認められない。解るな?」
 ・・・気の所為でした。
「ぐぬぅう。・・・認めようぞ。確かに貴様の言は正しい。俺はトレジャーハンターとして一流になり、人としても一流とならねばならない。うむ、話を聞こうではないか」
 ジンの刃のような雰囲気にも呑まれることなく、ゴウの偉そうな態度は変わらぬ。
「新開家とは、どんな繋がりがあるのだ?」
 お宝屋3人の表情が固まる。千沙などは、あからさまに視線を逸らした。
 流石のゴウも口を噤んでいる。
「まあまあ、そんなこと気にするようなことじゃないさ」
 軽薄を前面に出して、翔太が話を有耶無耶にしようとする。だがジンは揺るがない。
「汝らの船、装備。いずれも新技術開発研究グループの最新型だな」
「付け加えるなら、一介のトレジャーハンターに維持するのは不可能なほど、莫大な費用もかかるでしょう。たとえ、あなた達が超一流のトレジャーハンターであったとしても無理です」
「そうそう、だからアキトにはお宝屋に戻ってきてもらいたいのさ。あんなにも修理が得意なトレジャーハンターはいないからね」
「あたしは、アキトくんに戻ってきてもらいたいだけなの・・・。他には、何もいらないよ~」
 明るく可愛い笑顔を魅せ、恋する乙女の表情を浮かべる千沙を眺めて、彩香は心中で呟く。
 可愛いだけで通用するのは今の内だけですよ。それだけでは風姫様に勝てません。ライバルにすらなりえませんね。
 だが、千沙は可愛いだけの少女ではない。彩香は、彼女の本質と実力を知らないだけなのだ。それだけに、どうしても身贔屓をしてしまっている。
「確かに新開家とお宝屋には関係がある。だが俺は言わんぞ。それと、アキトにも教えるな! 絶対にだ!」
 彼の雰囲気が危険な香りを放ち始めた。
 ゴウの体が一回り大きくなったように見える。それは、眼が離せなくなり大きくなったように錯覚しているだけだなのだが・・・。
 それを理解しながらも、彩香は強い圧力を感じた。
「ほう、良い度胸だ。我の前で口答えするばかりか、命令までするとは・・・」
 ジン様は、伊達や酔狂で命を賭けられる。
 以前に「生きる目的を既に達成した故、今は余生であり、この世に未練はない」と静かに語っていた。。
「他人が踏み込んではならない領域というものがある。助力には感謝するが、これ以上の関わり合いは止めてもらおうか」
 ゴウが戦闘態勢をとりつつ、獰猛な笑顔で凄んだ。
 ジンは自然体ながらも、隙がない。
 両者とも戦う準備は調っている。
「人でなければ踏み込んでも良かろう? ならば、我は踏み込んで良いな」
「・・・なに?」
 ゴウの気が逸れた刹那、彩香はジンの前に立ち、2人の間に割り込んだ。
 驚いたことに、彩香の前には翔太がいる。そして千沙はゴウの腕を掴んでいた。あの瞬間に翔太と千沙も動いていたのだ
「まあまあ。イイじゃないか、ゴウ兄。僕たちは新開家と契約しているのさ」
「翔太、待て!」
 ゴウは人一倍、契約について煩く細かい。彼は翔太の肩を手で掴む。
「もちろん契約内容は、言えないけどね」
 ジンの前にいた彩香は、一歩横へと移動した。
「・・・」
 口も体も固まったゴウを目に治めつつ、ジンに決断を促す。
「ジン様。この辺りで・・・」
 ジン様にとっては何よりも風姫様が大事である。いくら伊達と酔狂で生きていても、より重要な事を優先する。今が潮時でしょう。
 ジン様もそう考えているはずと、彩香は確信していた。
「そうよな・・・。お宝屋よ。もう問うまい、好きにせよ」
「わたくしからは、一つだけ忠告してあげます。風姫様に関わると命が幾つあっても足りません。と言うより、命がなくなります」
 彩香としては真摯な忠告だったのだが・・・。
「ルリタテハの破壊魔だろうが、俺とアキトの仲は破壊できんぞ」
「僕とアキトは親友だからね」
「あたしとアキトくんは、これからずっと一緒にいるよ~」
 全然意味がなかったようですね。
「アキト君に関わるのは、わたくし達との契約を終えてからにしなさい」
「彩香、良い。汝らは汝らの勝手にするが良い」
「忠告はしましたよ」
 お宝屋は彩香の捨て台詞に、三者三様の笑顔で返したのだった。

 ユキヒョウによって、コムラサキ星系に進撃していたミルキーウェイギャラクシー軍の宇宙戦艦は、全て撃沈していた。
 コスモナイト22機、コスモアタッカー8機が、今の彼らの全戦力である。
 小型の戦艦相手にだったら、充分すぎるほどの数である。相手がユキヒョウでなければだが・・・。
 ミルキーウェイギャラクシー軍が衛星軌道上に展開し、ユキヒョウを待ち受けていた。
 コンバットオペレーションルームで、ジンが敵の意図の推察と戦力分析を語った後、アキトと彩香の2人に指示をだす。
「アキト、汝はライデンで出撃せよ。我はラセンで出る。彩香は、ユキヒョウの防御に専念せよ。ミルキーウェイギャラクシー軍の戦力を殲滅し、1分1秒でも早くヒメシロ星系に帰還する」
「承知しました。ジン様」
 常と変わらぬ口調のジンと彩香だが、内心は焦燥感で一杯に違いない。
 風姫を1分1秒でも早く、ヒメシロの医療機関に運びたいはずだ。命の優先度は自分達より上だと、語ったぐらいだ。
「ああ、承知したぜ」
 風姫を救うためにも、風姫のケガの責任を取らせるためにも、ヤツらは殲滅してやるぜ。
 翻ってミルキーウェイギャラクシー軍としては、ユキヒョウによるルリタテハ軍への通報を、何としても阻止しなくてはならない。
 恒星間通信設備が整っていない星系から、星系間通信する方法はない。つまり、連絡をとりたい星系に直接赴き、星系外縁にある星系内通信設備を使用するか、惑星近くで通常通信するしかない。
 この時点でミルキーウェイギャラクシー軍の執り得る選択肢は2つある。コムラサキ星系を拠点化するか、撤退するかだ。ただ、どちらを選択するにしても本国と連絡するために恒星間宇宙船は必要になる。
 彼らは、コムラサキ星系からルリタテハ王国籍の宇宙船を脱出させてはならない。出来れば、無傷で、出来なければ恒星間エンジンだけでも入手したいと考えているのだろう。
 加速力で優るコスモアタッカーが先行しユキヒョウを混乱させ、コスモナイトがユキヒョウを包み込むように展開する。コスモナイトがユキヒョウをつかず離れず攻撃して動きを制約する。コスモアタッカーは突撃隊として、固定されたユキヒョウを蹂躙する戦法のようだ。
 ジンとアキトがユキヒョウより出撃する。
『アキト。汝はコスモアタッカーの下方に潜り込み狙撃せよ。宇宙空間では加速度より多方面への機動力と攻撃力が重要だ。汝のライデンなら全機倒せる。良いか敵コスモアタッカーを全滅させるがよい。我はコスモナイトを全て潰そう』
「簡単に言ってくれるぜ。オレは、軍人じゃねーんだぜ!」
 だが、アキトはミルキーウェイギャラクシー軍に立ち向かう。風姫に重傷を負わせ、生命の危機へと陥れたヤツらを生かしてはおけない。
『ならば我の特権で、アキト、汝をルリタテハ軍少尉に今この時点で任命する。詳細は後でだ。以上!!』
 感情と理性の両方がミルキーウェイギャラクシー軍の殲滅を訴えている。兵器の使用許可を得られるならば、軍人だろうが、何だろうが構わない。
「軽すぎるだぜ、ルリタテハ軍。そもそもジンに、そんな権限あんのか?」
 軽口で自分の緊張を解すように、そして平静を保つようにする。熱くなりすぎれば、周囲が見えなくなり、危険と仲良しになってしまう。
『口を動かすな。ルーラーリングに神経を集中させるのだ』
 ジンの言葉に従い、今は風姫のいるユキヒョウを護るため、ルーラーリングと敵に集中する。
 アキトは誘導ミサイルの有効射程に入る直前に、敵コスモアタッカー隊の中央より下方へ幽谷レーザービームライフル”轟雷”を連射した。
 誘導ミサイルより射程の短い轟雷では、敵機に有効な損害を与えることはできないが、牽制にはなる。ジンとの訓練で学んだ敵を誘導する手法だ。
 敵の陣形が崩れたところに、すでに射程範囲内となった誘導ミサイルをありったけ叩き込む。「必要な時に出し惜しみして逐次投入すると、結局成果は得られないのだ」
 そうジンにクギを刺されていた。
 敵機もミサイルとレーザービームで迎撃するが、ミサイルの出し惜しみをしているのか、それともライデンの攻撃性能が優れているのか、互角のようだった。敵機とライデンの中間でミサイルが次々と爆発する。
 爆炎を目隠しとし、ライデンの下方向へと機体を仰向けに倒しながら移動する。
 アキトは爆炎から出てきたコスモアタッカーを次々と狙い撃ちした。
 流石にライデンへと旋回する敵はいなかった。
 宇宙戦闘機は旋回中の数秒が絶好の狙撃ポイントになる。そのことを軍の習熟訓練で身をもって知っているのだろう。コスモアタッカー全機が、そのままユキヒョウに向かいながら回避運動をしている。
 そのため、アキトの腕では1機撃墜するのが精一杯だった。
 アキトは同時発射できなかった誘導ミサイルを、ここで全部吐きだす。
 4発の誘導ミサイルがコスモアタッカー1機を狙い撃墜した。最初の放った多数の誘導ミサイルでも1機撃墜できていたようで、合計3機を撃破していた。
 しかし5機に突破された。そのコスモアタッカーがユキヒョウに仕掛ける。
 ジンとコスモナイトの戦場では、色とりどりのレーザービームの輝線とミサイルの爆炎が、漆黒の宙に飛ぶ敵機と味方機を余さず照らし出している。
 ジンの操るラセンは鬼神の如きだった。
 いや死神”デスホワイト”と言うべきだろう。
 轟雷の銃口から闇光する漆黒の瞬きが迸るごとに、敵コスモナイトが撃破されていく。
 ユキヒョウを包囲するべく四方に散開したコスモナイトのうち、左方向6機の集団に眼をつけ、ジンはラセンを疾走させる。その動きは螺旋を描き、敵に的を絞らせない。
 コスモナイトは射程距離外から一斉に威嚇射撃が放つ。しかし、ジンは機体に最小限の楕円運動を加えるだけで掠らせもしなかった。
 轟雷の銃口が6回瞬き、漆黒の幽谷レーザービームが6機のコスモナイトの機体の胸部中央を精確に命中した。その場所は操縦席であるため、装甲の厚い箇所なのだが、幽黒レーザービームは押し開くように貫いていったのだった。
 ジンの次の獲物は、下方向の5機のコスモナイトに移る。
 ミサイルとレーザービームを乱射する。今度のコスモナイトは誘導ミサイルも装備していたのだ。速度の異なる兵器は、何もせずとも時間差攻撃となり、回避しづらい。
 しかしジンのラセンはヒラヒラと舞うように、リズミカルに踊るように、危なげなく避けきった。
 その機動と白いラセンから、ジンがデスホワイトだと気付いたのだろう。何機かが恐慌をきたし、秩序だった攻撃が不可能になっていた。
 そして、その隙を見逃すほどジンはお人好しでなく、急所を外して戦闘力だけを奪うほど優しくない。ジンの攻撃は、容赦なくコスモナイトの胸部中央を貫いていった。
 残りのコスモナイトは反転してターゲットをユキヒョウから、ジンのラセンに変更した。11機で押し包めば撃破できると踏んだのだろう。
 戦術的には間違っていなかったが、ジン相手に乱戦は間違っている。
 ジンの機体を前後上下左右から誘導ミサイルとレーザーが狙う。しかし、発射した瞬間にはジンのラセンは、その場にいなく。またコスモナイトの数も減る。
 レーザービームと爆発光の織りなす鮮やかな光の乱舞に、ラセンの白い機体が輝く。その宙のレーザーショウも終わりが近づいていた。コスモナイトが全機撃墜されたからだった。
 残るは5機のコスモアタッカーのみだ。
 コスモアタッカーは編隊を組んで何度もユキヒョウに攻撃を仕掛けていた。しかしユキヒョウの防御システム”舞姫”の手打鉦が攻撃を完全に防いでいた。
 ただ、アキトと彩香はコスモアタッカーを撃墜できないでいた。
『彩香。そろそろ良い頃合いだ!』
『承知しました。ジン様』
 ユキヒョウの下方向から上方向へと抜けていったコスモアタッカーが、大回りで旋回し、左上方向から再度を突っ込んでくる。
『アキト君、ユキヒョウの右側面に避難しなさい。それと全索表シスを確認しながら機動してないと危ないですよ』
 緊張感のない声だったが、もちろんアキトは彩香の指示に従った。
 そして、ユキヒョウを越えて右側面に現れるコスモアタッカーをライデンで迎撃する準備を調える。
 4機のコスモアタッカーは、彩香が展開をしていた見えない手打鉦に自ら突っ込み、潰れ爆発したのだった。
 最後のコスモアタッカー1機は、手打鉦に掠り中破していた。それを迎撃準備していたアキトが撃墜したのだった。
 戦闘開始から約2時間。この戦闘で、ユキヒョウの斥力装甲には破片すら届かなかった。斥力による防御機能が有効に働いたおかげだった。
 ルリタテハ王家の最新技術とデスホワイトが、短時間でミルキーウェイギャラクシー軍のコスモアタッカー8機、コスモナイト22機を全滅させた。
 これでミルキーウェイギャラクシー軍は、惑星コムラサキの衛星基地から撤退する方策がなくなった。彼らはルリタテハ正規軍の捕虜となるしかないだろう。

 ジンとアキトによるモーモーランドの殲滅戦から丸1日が経ち、既にコムラサキ星系を脱出していた。
 アキトはユキヒョウの展望室「スターライトルーム」で、リクライニングシートに座って星を眺めている。
 オレはまだ風姫の容体さえ教えてもらえていない。
 自分に差し出せるものがあれば、なんでも差し出そう。それで彼女が生きてくれるなら・・・。
 今までの人生の中で、これほど切実に願ったことはなかった。これほど殊勝な気持ちになったこともなかった。
 どうすればいい? もう一度ルリタテハ神にでも誓えばいいのか?
 憂鬱な気分が体を重くしアキトの活力を奪っていた。
 不意に体の重みがなくなる。いや、軽くなった。
 重力制御が狂った? 非常事態か?
 ここ1年のトレジャーハンター暮らしで身に着けた危機対処能力が、アキトの自然と気持ちを切り替えさせた。即座に立ち上がり、スターライトルームのドアに急ごうとした時、ドアが開く。
 そこには、ノースリーブのピンクのワンピースを身に着けた風姫が立っていた。
 腕と脚がある。しかも傷痕が見当たらない。あんなに大ケガをしていたのに・・・。
「アキト」
 声も風姫だった。それに元気そうだ。
 アキトは口を開け閉めしたが、音声にならなかった。音声にすべき言葉を選べなかった。
 数秒間のフリーズの後、ようやくアキトは言葉が口から出た。適切ではない言葉だったが・・・。
「死んで・・・ない。なんでだ?」
「当たり前だわ。なんで私が死ななければならないのかしら?」
「ジン。ヒメシロに急いでたじゃないか?」
「我は、風姫の命が危ないから急ぐとは一言も発してない。ミルキーウェイギャラクシー軍の残党が逃げ出さぬうちに、ルリタテハ軍を派遣したいから、急いでいるだけだ」
「そうですよ、アキト君。ユキヒョウには再生医療の最新設備もあります。それに風姫様の腕や脚、内臓などは常にストックしてあります」
 風姫たちと出会ってから何度目だろうか、アキトは二の句が継げない状態に陥っていた。それに追い打ちをかけるように風姫がアキトに宣言する。
「約束覚えているかしら? アキトは私の家来だわ」
「ざけんな。家来になる約束なんてしてねーぜ」
「命の貸しは、命で返してもらえないかしら?」
「死ぬ気なんてなかったんだろ」
「当たり前でしょ。でも、私がああしなかったら、アキトは死んでたわ」
「いいや、そんなことはない」
 そんなことはある、と思いながら反撃を試みたが・・・。
「それにルリタテハ神に誓ったわ。命を懸けるって。ねぇ、神(ジン)様」
「そうじゃな、汝は確かに我に誓った。命を懸けるとな。もし、違えるのなら、我が神罰をくださねばならんな」
「な、なに言ってんだよ、ジン」
 苦笑いしつつ、アキトはジンの肩を両手で叩いた。
「そのような無礼は許せんな。汝は今、伝説にして、神となった我と話しているのだ」
 風姫と彩香は笑っていた。
 楽しく気ではなく、ニヤニヤとだ。
 嫌な感じだった。自分一人が何も理解出来ていない雰囲気で、非常に居心地が悪い。
 風姫が優雅に右腕を伸ばすと、彩香は片膝をつき頭を垂れ、1メートル四方の金色の箱を差し出した。彼女は箱を受け取り、戸惑っているアキトに透き通った声で宣言した。
「新開空人をルリタテハ王国王家守護職五位に任命する。任命者ルリタテハ王位継承順位第八位、一条風姫。なお見届人は一条隼人とする」
 風姫から気品に満ち溢れた姿にアキトは声が出せずいた。
「これを」
 金色に輝く箱をアキトに授与すべく風姫は相対していた。普段の活力に満ちた可愛いらしい美少女の風姫も魅力的だが、今の彼女は近づきがたい美を体現している。
「さあ」
 そう風姫に促されても、意味がわからない。
 唖然としていると、ジンに膝裏に蹴りを入れられ、頭は掌底で押さえつけられた。そして頭を下げた状態で、両手で箱を受け取らされる。
 アキトの耳元で「謹んでお受けいたします、だ」とジンが囁く。
 音量は囁きだったが、有無を言わさぬ圧力でだった。
 仕方なく、アキトは言われるがままにジンの言葉を復唱する。
「謹んでお受けいたします」
「よし、これで貴君は正式にルリタテハ王国王家守護職五位となった。詳細は彩香に任せるが、今訊きたいことはあるか?」
「風姫って、お姫様ぁあぁ?」
 アキトは驚愕し、叫んでいた。
「アキト君、言葉遣いは徐々に覚えてもらいます。覚悟するように?」
「良いわ、彩香。アキトには今まで通りしてもらうから。船の中と外で言葉を使い分けるような器用さを求めても無駄だだわ」
 確かにそんな器用さはない。いつもなら即座に反発するが、今は思考が現実に追いつかない。納得が半分、驚愕が半分で、思考がまったく追いつかない。
 とりあえず疑問を口から出ていた。
「なん・・・で、こんな辺境に?」
「私たちはダークマターを求めて3年間の予定で、身分を隠して旅しているわ・・・。やはり0.2Gでも、まだ疲れるようね。後は任せるわ、彩香。それとアキト・・・。明日からは、また惑星ヒメシロで出会った風の妖精姫よ。それで良いわ」
 風の妖精姫とは言わせるのか・・・。
 優美な脚線をふわりと動かし、黄金色の髪が光輝くさまを残し、風姫は部屋を後にした。
 その風姫を見守るようにして、ジンも退出していった。
「その箱を開けてみなさい」
 残されたアキトに彩香が話しかけてきた。
「ルーラーリング?」
「そう、ルーラーリングよ。ただしルリタテハ王家特製のね。ルリタテハ王家では、ロイヤルリングと呼んでいます」
「ロイヤルリング?」
「オリハルコン合金ではなく、ほぼ100パーセントのオリハルコンを加工して作成したルーラーリングです。高性能ルーラーリングの適合範囲の5倍以上はあります。ロイヤルリングには電子制御装置はありません。つまりロイヤルリングは、ルーラーリング内のタイムロスがなくなります。ただし、オリハルコン通信コネクションを確立できる装置とだけになりますが。それと水龍カンパニー製品は全てオリハルコン通信可能です」
「風姫が風を操れてんのは・・・、もしかして」
「アキト君には無理ですよ」
「何でだ?」
「一般にいわれているオリハルコンとは、精神感応性”オリハルコン”と重力”ミスリル”が使われているという話をしたと思います」
「覚えてるぜ。オリハルコンは元々ダークマターを含んだ合金だって・・・。ダークマターにも沢山の種類があると分かってきていて、一般にオリハルコン合金といわれているはダークマター”オリハルコン”と”ミスリル”を含んでいるだろ」
「ロイヤルリングだけでは無理ですね。重力を操るにはミスリルが必要です。お嬢様のロイヤルリングは王族の中でも特別製で、ミスリルを含んでいます。しかし、それだけでは、風をおこせません。お嬢様はオリハルコンと高純度ミスリルを体に埋め込んでいます。両手両足にロイヤルリングを装着しただけでは、微風すらおこせてませんね」
「宙に浮くぐらいは出来るのか?」
「無理です」
「ジンだって宙に浮いてたぜ。じゃあ、オリハルコンとミスリルを埋め込んでるのか?」
「いいえ、わたくしとジン様はアンドロイドですので・・・」
 ここで、そんな告白をぶち込んでくるか・・・。
「良いですか・・・」
 そう枕詞から彩香はジンについて語り始めた。
 ジン様はルリタテハ唯一神にしてルリタテハ王族の始祖。本名”一条隼人”様です。現在ルリタテハ王国軍でジン様は、元帥にして戦略最高顧問、サムライ宇宙戦技特別顧問、その他たくさんの肩書がありますよ
 ルリタテハ王家の始祖たる一条隼人は死んだことになっていたので、以前は神隼人を名乗られていました。そして、自分の記憶を完全人型ロボットに移動させた後は、主にジンのみで名乗られています。
 ロボットになったことにより、反応速度が格段に上がりました。それにクールメットと全索表シスの情報をロボットの頭脳へと直接送信させ処理している、と。
 デスホワイトの異名はロボットになってからのものだったとのことだ。
「・・・理解出来ましたか?」
「突っ込みどころがありすぎるぜ・・・」
 アキトは自らの現状と、彼女らの状況を完全に飲み込めむまで、数時間の時を必要としたのだった。

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