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第10章 VS ミルキーウェイギャラクシー軍

 ゴウの威勢の良い啖呵が、オープンチャネルを通じてアキトと千沙に届く。
 カミカゼ水龍カスタムモデルを空中に急停止させ、フロントを後ろへと反転させる。アキトと千沙から遥か先の空中で、突然大爆発が発生した。宝船にしては巨大な爆発だ。アキトはクールグラスで映像を最大倍率する。
 映像には、お宝屋のトレードマークである船に乗った七福神が空を舞っていた。
 凍りついたかのように、アキトは体を動かせない。
「ゴウにぃ・・・。翔太・・・」
 いつの間にか、アキトの腰に巻かれていた千沙の腕が離れていた。
 視線を向けると、千沙は両手を口許に添え、両肩を震わせている。眼には今にも溢れ出そうなほど透明な液体を湛えていた。
 オレが動揺すると千沙は更に動揺し、不安が重なるに違いない。
 しかし七福神の破片から眼が離せなく、動揺せずにはいられない。
 それに16年しか生きていない自分には、兄2人を一度に亡くした少女に何といって言葉をかければ良いのか?
 ゴウと翔太の肉親でもない自分ですら、動揺を隠し切れないのだ。
「オレがいる。ゴウと翔太がいないのなら、オレが傍にいる・・・。だから・・・。だから・・・、泣くな」
 アキトは千沙を強く抱きしめた。
 自分が涙を零し、千沙の細い肩を濡らしているのだから、説得力が乏しいことこの上ない。
 しかし、アキトの気持ちは全身で千沙に伝わっていた。
 千沙は囁くような声で返事をし、アキトの背中に腕を廻した。
 2人はお互いのぬくもりで、自分の涙が乾くまで、抱き合っていた。

 アキトはゴウが指示していた合流地点近くの洞窟にカミカゼを隠し、千沙と二人して肩を寄せ合うよう地面に座っていた。
 合流地点に着いてから4時間ほどが経とうとしているが、未だ宝船の影も形もない。
 一縷の望みを胸に、ゴウと翔太の到着を待っていた。
 ダメだ。
 もう我慢できない。
 アキトの性格は、待つより行動が基本だ。
 危険を冒してでも2人の安否を確認することを決意し、アキトは千沙に告げる。
「偵察にいってくる。ついでに、ゴウと翔太を連れてくるぜ。千沙はここで待ってるんだ。いいな」
 生きていると言うには楽観的すぎるが、2人が死んでいるとは口にしたくはない。口にした瞬間、それがホントになる気がする。
 それに千沙を危険な目に遭わせるのは、ゴウと翔太が許しはしないだろう。
「やめて・・・。行かないで。アキトくんまでいなくなったら・・・、あたし・・・、あたし・・・」
 縋りつくように泣く千沙に、アキトはどうしてイイか分からない。
 今の千沙を残していくのは不安だ。だが、ゴウと翔太が生きていて、助けを待っている可能性だってある。
 いや、重体だったとしても生きている。
 たとえ爆発四散しても、ゴウなら生身で宝船が飛び出しても生きていてる気がする。
 翔太なら、爽やかな表情と天性の操縦センスで、全壊している宝船でも無事に切り抜けられる気がする。
 だから・・・、可能性は極僅かでも生存しているとの前提で行動すべきだ。
 一旦優しく抱きしめてから体を離し、千沙の顔をみて話す。
「千沙、オレは・・・」
 言葉が続かなかった。
 それは、千沙にかけるべき言葉が思いつかなかった訳ではない。
 千沙のすぐ後ろに風姫とジンが立っていたからだ。
 風姫の視線が冷気を漂わせている・・・気がする。
「ど、どうやって・・・、ここを?」
 乾いた声しか出せなかった。
 風姫の碧眼がアキトを睨み、険しい口調で尋ねる。
「それよりも、私との契約中に何をしているのかしら?」
 千沙が振り向き風姫を一瞥してから、アキトに困惑の視線を固定し尋ねる。
「契約? もしかして結婚? まさか夫婦・・・」
 なんで、そうなる?
「いや、仕事だ」
「そうよ、あなたは今、仕事中だわ。それなのに、雇い主の目が行き届かないことをいいことに、何をしているかしら? アウトドアデート?」
「しゃーねーだろ。はぐれちまったんだぜ」
「迷子になったら、全力で雇い主と連絡を取るべきじゃないかしら?」
「アキトくんを責めないで! あたしがいけないの」
 千沙の台詞に、アキトは頭を抱えたくなった。そういう台詞の場面じゃない。
 ジンが風姫の後ろからゆっくりと登場し、淡々と述べる。
「叱責を受けるのは当然だな。女性から誘われたからとはいえ、仕事中にアウトドアデートをするのは職業倫理に著しく反する行いだな」
「ちがーう。デートじゃねーぜ。逃走してたんだ! それより良くこの場所がわかったな」
 アキトは早口で、強引に話題転換をはかった。
「幽黒のレーザーガンには発信機がついているわ」
 アキトは”どうして、オレの周りには、オレのことをコッソリとモニタリングする奴らばっかなんだ”と不本意な己の現状を残念に思いながら、風姫に理由を訊いてみる。
「なんでそんなことすんだ?」
「理由を言ったら逃げなかったかしら?」
「理由次第だな」
「そうねぇ。まあ、いいわ。教えてあげる。端的にいうと戦争だわ」
「はえ?!」
 アキトは”はい”と”ええ?”が雑じった間の抜けた返事をしてしまった。
「まさか、とは思ったいたけど・・・。このコムラサキ星系に、ミルキーウェイギャラクシーの軍が進軍しているという噂を聞いていたわ」
「ホントか? ホントは、モーモーランドの軍隊が出張っているって知ってたんじゃねーのか?」
 見惚れてしまいそうになる魅力的な笑顔とともに、風姫はとんでもない台詞を吐く。
「まさかー。そうだったら面白いわ、と思ってただけねぇ」
 面白いで軍隊と事を構えるな! とオレが言うより先に、ジンが口を開く。
「風姫はトラブルと非常に仲が良いからな。だが安心するが良い。既にモーモーランド軍は全滅と言って良いだろう。殲滅できなかったのが心残りだが・・・。それではアキトよ、ユキヒョウでヒメシロに帰るぞ。ああ、もしモーモーランドのオモチャに遭遇したら、サムライ対コスモナイト、コスモアタッカーとの宇宙戦闘を愉しもうではないか? 我の指導でアキトは立派な戦力としてカウントできるようになったしな」
 さすがに、この発言にアキトは待ったをかける。
「オレを戦闘員の頭数にするな!」
「あら、逃げなかったかしら? とさっき尋ねたわよ」
 風姫がイタズラっぽい表情を浮かべたが、オレはそんな挑発に乗せられるほど単純じゃない。
「理由次第と言ったぜ」
「そんな構える程のことじゃない。我と一緒なら楽勝なのだ」
「どっから、そんな自信が出てくるんだ? いいか、軍隊だぞ、軍隊」
「アキトのサムライ操縦能力は、ベテランパイロットと比較しても遜色ないから、平気だわ」
「すごいよ~、アキトくん」
 千沙が尊敬の眼でアキトをみる。
「千沙、現実をみろ、現実を! オレは一介のトレジャーハンターだぜ」
「アキト。そういえば、宝船って知り合いの船かしら?」
「あたし達の船です」
 千沙がアキトの腕をつかみ口を挟んだ。
 冷たい視線をアキトと千沙に浴びせながら、風姫は教えた。
「向こうの渓谷に不時着してるわ」
 無事なのか? いや無事に決まってる。
「本当なの? アキトくん、早く行こう」
「アキトは仕事中だわ」
「あたし達結婚するんです。だから一緒にいきます」
 千沙の台詞にアキトが一番驚愕していた。
「はっ? いつ、そんな話になったんだ?」
「えっ、なんでそんなこと言うの? さっきトライアングルの上で、あたしにプロポーズしてくれたのに・・・」
 アキトは通常比の3倍で思考を加速し、問題となったシーンを思い浮かべた。
 言ってない。絶対にそんな事は言ってないと確信できる。
「船の破損は酷いが、乗員は無事だ」
 それにしても、ゴウと翔太が無事だったのは驚きでしかなった。
 ジンの言葉に安心したアキトは、問題を先送りすることを選択する。
「千沙、ゴウと翔太を頼むぜ。オレにはまだ、やらなきゃならない仕事があるんだ。プライベートは後回しだ。分かるよな!」
 ゴウと翔太が心配だったのだろう。10分にも及ぶ説得の末、不承不承にだが千沙は納得してくれた。
 アキトのカミカゼをジンが操縦して、千沙は宝船の元に向かった。
「それで、あの娘とはどういうことなのかしら?」
 その場に残ったアキトは、風姫からの詰問を受けた。
「どういうって言われてもなー」
「アナタは仕事を放棄してたわ。だから、私には理由を訊く権利があるのよ。教えて!」
「その理屈はおかしーぜ」
 とてもじゃないが、その話に付き合いきれない。
「しかし、よくも、まあ・・・宇宙戦艦3隻相手にして無事にすんだな」
 それ以上に、ユキヒョウが惑星コムラサキに大気圏突入できたのは、驚愕を通り越して半信半疑だ。モーモーランドの宇宙戦艦3隻と戦闘したはずなのに・・・。
「ジンが3隻とも沈めたわ」
「はっ?」
 アキトはサムライの訓練をジンから受けた。
 ジンは戦闘のプロだと推測できる。風姫は人外の存在だし、彩香も普通であるとは思えない。
「ジンが”ラセン”でね」
 理解が追いつかないアキトに、風姫が微笑みながら愉快そうに話を続ける。
「ミルキーウェイギャラクシーの極秘任務用の特殊な宇宙戦艦だから、戦闘力はそれ程でもないけど・・・。ただ流石のジンでも、3隻も相手しながらだったから、5時間もかかってしまったわ」
「そっ、そうか」
 いくらユキヒョウが、ルリタテハ王国軍の大型宇宙戦艦に匹敵する戦闘力を持っていると聞いていても、この眼で見るまでは信じきれない。そもそも300メートル級の宇宙船の戦闘力が、大型宇宙戦艦に匹敵するというのは彩香の冗談だと受け流していた。
「ユキヒョウは宝船の隣に降下したわ。宝船が最低限ヒメシロに戻れるくらいにするために、彩香が支援してるわよ。それでね、ミルキーウェイギャラクシーの戦艦の主砲がユキヒョウ直撃コースだったんだけど、し・・・」
「いや、ちょっと待て」
「まあ、聞くがいいわ」
 話したかったのか・・・。そりゃ、話が噛み合わない訳だぜ。

 ライコウが墜落コースで大気圏に突入した後、ジンがユキヒョウから、まず”ライデン”で出撃した。
「宇宙戦艦のお相手はジン様が引き受けて頂けますので、コスモアタッカーの歓迎準備をしますね」
「歓迎は私がするわ。彩香は防御に専念して!」
「そうですね。お嬢様は少々抜けていますので、わたくしが担当すべきでしょう。良い判断ですよ」
「貶すのは要らないから、褒めるだけにして欲しいわ」
「ジン様の指示ですから、諦めてください」
「貶すのが、かしら?」
「いいえ、褒める方です。少しでも良いところを見つけて、褒めて伸ばすようにせよと」
 風姫が抗議の声を上げようとした時、ユキヒョウに衝撃が襲う。風姫は悲鳴をあげる中、彩香は冷静に操船し防御する。
 宇宙戦艦のレーザービームがユキヒョウへと直撃コースを奔ったのに命中していない。ユキヒョウの目前でコースを変えている。
 ユキヒョウの防御システム”舞姫”を彩香が操作しているのだ。
 そう、ユキヒョウの周囲には直径20メートルの薄い円盤”手打鉦(ちょうちがね)”が、100以上も舞うように機動している。薄く見えるのはレーザー対策の為の装甲のみが見えるからだ。見えない部分にこそ舞姫システムの能力と真価が隠されている。
 無数の”手打鉦”はダークマター”ミスリル”や”オリハルコン”、通常物質による複数の合金を積層した複合装甲となっている。その上で、斥力に特化したダークエナジーを蓄えているのだ。
 だが、ダークエナジーについては研究解析が進んでいない。それゆえ、ユキヒョウは最新設備を搭載して、実戦テストをしているのだ。
 テストの結果としては、想定以上の性能を発揮していた。
 直撃コースの宇宙戦艦の複数のレーザービームをユキヒョウから逸らすことに成功した。
 しかし、宇宙戦艦のレーザービームの威力は凄まじく、舞姫システムが手打鉦をレーザービーム1発につき複数枚を展開して防いでいる。その為、最初にレーザービームを防いだ手打鉦がユキヒョウの斥力装甲の斥力場にまで及び、ユキヒョウに衝撃を与えていた。
 だが、斥力装甲にまで届いたレーザービームと手打鉦はない。
 レーザービームの圧力によって、手打鉦がユキヒョウの斥力場にまで勢い良く後退したために、船が衝撃を受けたのだ。
「コスモアタッカーがきます。早めに立ち直ってください、お嬢様」
 風姫が席から立ち上がり、毅然と言い放つ。
「分かっているわ! 戦闘モード」
 コンバットオペレーションルームが0Gとなり、風姫の体を見えない物体”オリハルコン”が固定する。瞬時に、全表索敵システムの情報と風姫が完全にリンクする。
 幽谷レーザービームをコスモアタッカー3編隊に向けて照準する。
 宇宙空間を闇光する幽谷レーザービームが無数に放たれる。
 1機を撃墜。
 ユキヒョウからレーザービームが発射されるなど、想像の埒外だったのだろう。
 コスモアタッカー編隊が、的を絞らせないように機動する。編隊単位で、順次ユキヒョウにミサイルとレーザービームで攻撃する。
 その合間に、コスモアタッカーとは桁違いの威力を誇る敵宇宙戦艦主砲のレーザービームがユキヒョウへと放たれる。距離がある所為か、精度が悪く命中コースにはこない。しかしコスモアタッカーが、一撃離脱するための援護射撃になっている。
 中々に連携の取れた敵の攻撃であった。
 そして、ユキヒョウの幽谷レーザービームはコスモアタッカーに命中しない。
「お嬢様、あと300秒でコスモナイトが戦場に加わります」
 常に冷静沈着である彩香が、いつも通り報告する。風姫が同性ですら見惚れる魅力的な笑顔で、優雅に返事する。
「仕掛けは完了しているわ。任せて!」
 ユキヒョウがジリ貧に陥っているようにしか見えない中、風姫は自信満々であった。
 攻撃してから離脱する編隊と、突撃する編隊のコスモアタッカーが突如爆発したのだった。
 コスモアタッカーの2編隊が壊滅し、慌てた残りの1編隊が幽谷レーザービームの的となり消滅した。
 コスモアタッカーの軌道上にダークマターとダークエナジーだけで構成された手打鉦を配置していた。
 コスモアタッカーを1機撃墜した後、幽谷レーザービームがかすりもしなかったのは、一気に殲滅するための布石だったのだ。
 手打鉦に衝突したコスモアタッカーの数機は爆発しないで済んだようだが、戦闘継続能力は奪われた。

 ジンはライデンで宙を疾駆し、敵宇宙戦艦3隻の真っ只中に飛び込んだ。格納式の武装を全て展開して、ユキヒョウとライデンを攻撃していたが、同士討ちを警戒した宇宙戦艦によって、弾幕に一時的な空白が生まれる。
 極秘任務用の宇宙戦艦で武装は少ないとはいえ、それは通常の宇宙戦艦と比較しての話だ。人型兵器サムライ1機を屠るのに、宇宙戦艦3隻は過剰ともいえる戦闘力である。
「まずは1隻目だ」
 その戦闘力を発揮させない位置取りをし、ジンは即座に1隻の宇宙戦艦に取り付く。その宇宙戦艦はコスモナイト全機を発進させた後も、格納庫のハッチを開け放っていた。
 ライデンのオプション兵器であるレッグアーマーの装備ミサイルを格納庫に叩き込む。如何に宇宙戦艦とはいえ、内部は外部装甲より遥かに脆弱である。
「戦争で相手を侮るは、愚か者の所業だな」
 宇宙戦艦3隻が300メートル級の恒星間宇宙船を相手にして、侮るなというのは無理だろう。しかも敵は、コスモアタッカーとコスモナイトを全機発進させている。これだけでも、敵司令官は油断せず、全力で叩き潰しにかかっているのが分かる。
 ジンの台詞は、完全に言いかがりなのだが、指摘する者はいない。ユキヒョウにいる風姫と彩香には聴こえているが、ツッコミを入れられる程の余裕はない
 ジンは格納庫内の爆発が落ち着くのを待ちつつ、ライデンの戦術コンピューターから敵宇宙戦艦のデータを読み出す。
 うむ、コンバットオペレーションルームとエンジンルームの位置はわかった。
 宇宙戦艦に侵入したジンの操るライデンは、無造作に両腕を広げ、幽谷レーザービームライフルを構える。
 銃口の先は、当然コンバットオペレーションルームとエンジンルームであり、無造作に見えるが、精確に狙いを定めている。
 2挺の幽谷レーザービームライフル”轟雷”から、闇光りする輝線が放たれる。
 さて、成果はどうだ?
 ジンは格納庫で生き残っている端末を探し、ライデンの指と接続しネットワークに侵入を果たす。
 どうも、ミルキーウェイギャラクシーの軍事ネットワークへの侵入は容易すぎて疑心暗鬼になるな。ダミーシステムに侵入させられ、ウィルスでも待ち受けていた方が、ヤハリなと納得できるぐらいだ。
 ミルキーウェイギャラクシー軍の宇宙戦艦は、相変わらず内部の防御が脆弱すぎる。
 情報取得の結果から、コンバットオペレーションルームとエンジンルームは、想定通り破壊できたようだ。
 ハッキングして武装を乗っ取る・・・までは流石に出来なかったが・・・。
 ふむ。優先すべきは、ルリタテハ王国でテラフォーミングしている惑星コムラサキに干渉してきているミルキーウェイギャラクシー軍の殲滅・・・ではない。
 風姫の安全が一番重要なのだ。
 破壊欲を満たすのは、後にすべき・・・そう、我は大人であるから優先度を間違えることなどない。
 とりあえず、得た情報から一番弾薬のある場所にライフルを連射するという、八つ当たりしてから格納庫を脱出した。
 ユキヒョウとのデータリンクで戦局を判断する。
 そして次の獲物を決定した。
 標的は、精度高くユキヒョウに命中コースでレーザービームを放っている宇宙戦艦だ。もう1艦とは練度に差がありすぎる。
 ユキヒョウを沈めようと加速する敵艦を足止めすべく、ジェットエンジンの排気口を狙う。宇宙戦艦のジェット推進にすら耐えられる頑丈で熱に強い排気口でも、ダークエナジーの斥力を1ヶ所に集中して受けては破壊は免れ得ない。
 獲物は、まっすぐ進むことが難しくなり船速が落ちる。
 ライデンの全推進力を使って最大加速する。轟雷を、ほぼ壊滅した敵宇宙戦艦の向けて発射し、その反作用も利用して加速を加える。無論、ジンは八つ当たり成分も加えている。
 追いつき、追い越し、回避機動をとり、戦艦の可動部分に攻撃をバラマキ、展開した武装を潰すべく狙い撃つ。
 宇宙戦艦の攻撃力を削いだあとは、ミサイルの発射口に狙いを集中する。硬い装甲に護られたエンジンブロックよりは容易に破壊できると推測してのことだ。目論見通り轟雷のダークエナジーが発する斥力により、ミサイルの誘爆を引き起こした。
 戦艦を足止めに成功し、ジンは一旦ユキヒョウに帰艦することにする。
 そのついでに、ユキヒョウを取り囲んでいるコスモナイト1機を轟雷の闇光が直撃さえ、撃破する。次に進路上にいたコスモナイトを、ダークエナジーと高周波を併用した刀”コクトウ”を抜刀して一刀両断する。
 ユキヒョウの格納庫で、ジンは専用機であるサムライ”ラセン”に乗り換える。そして武装を、幽谷レーザービームライフル”轟雷”の大型スナイパーライフル版”遠轟雷(エンゴウライ)”1挺を携えて出撃する。
 サムライと同じ大きさ・・・約20メートルに達する長さがあり、対戦艦兵器として使用される。しかし、その分取り回しが難しい。
 その理由の為、ジンは操作に慣れていて、かつ機動性に優れるラセンで出撃するのだ。
 最初にライデンで出撃したのは、先に敵の戦闘力を削ぎユキヒョウへの攻撃圧力を減少させる為だ。次は戦艦を完全に破壊する為に出撃するのだ。

「全速転進せよ! 戦線を離脱する」
 後方に位置していた旗艦の艦隊司令官が艦長に指示した。
「しかし、友軍が戦闘中であります。それに本艦は被弾はありません」
 ミルキーウェイギャラクシーの旗艦は、少し引いた位置に布陣していた。被弾はなく、完全に無傷であった。
「全機、直ちに転進せよ。衛星基地に撤退せよ」
 自分でも蒼白な顔をしていると判るし、声に震えが混じる。30年以上も戦場を職場としているにもかかわらずにだ。
「このままでは・・・全滅する」
 サムライの戦い方を見て、嫌な予感がしていた。純白の機体”ラセン”が顕われた瞬間、それは確信にかわった。
 既に鬼籍に入ったものと想像していた。いや、そう信じたかっただけだ。根拠は何もないのだから・・・。
「早くせよ! 奴は・・・デスホワイトだ」
 コンバットオペレーションルームに緊張が走る。
 ミルキーウェイギャラクシー軍では有名な不吉の象徴、それが”デスホワイト”である。
 宇宙空間で純白という極めて目立つ機体で一度も撃墜した記録がない。
 曰く、戦場に最初から最後まで参戦する。
 曰く、戦場で最後まで純白の機体を保つ。
 曰く、単機でコスモナイト大隊を殲滅する。
 曰く、宇宙戦艦1個艦隊を相手でも、退けられない。
 曰く、デスホワイトのいる戦場で生き残るには撤退しかありえない。
 15年前のルリタテハ王国との戦争を最後に、ミルキーウェイギャラクシー軍では観測されていない。
「そっ、それは、ただの伝説なのでは?」
 戦争当時も、戦争後も、諜報活動により正体を暴き、そして非合法手段をとってでも無力化しようとしたのだ。しかし、一つとして明らかになった事実はなかった。
「自分は戦ったことがある。奴は絶対にデスホワイトだ!」
 当時の恐怖と絶望の記憶が甦り、体が震え始める。もう、なりふり構っていられなかった。
 司令官が悲鳴のような声で叫ぶ。
「撤退せよ!」
 慌てて、艦長が野太い声で艦に命令を出す。
「直ちに、コムラサキ衛星基地に転進するの・・・」
 艦長の台詞が終わる前に、コンバットオペレーションルームが消滅した。
 遠轟雷の精密射撃により宇宙戦艦の上から下へと黒い輝線が貫かれたのだった。
 旗艦は爆発四散は免れた。しかし幽谷レーザービームの斥力により、船体が中央から2つに分割されたのだった。

 コスモナイトは、慎重にユキヒョウとの距離を測って攻撃を仕掛けている。明らかに見えない手打鉦を警戒しているのだ。
「彩香!」
「お嬢様、わたくしは何時でも良いです」
 ユキヒョウ搭載の幽谷レーザービームを一斉に放つ。
 通常合金も使用している手打鉦は、レーザーを反射できる。
 反射したレーザーがコスモナイトに突き刺さる。
 ビームとダークエナジーは反射できない為、撃破までは至らないが、足止めにはなった。
 そして今度は、直接幽谷レーザービームを叩き込んだ。その結果、どの機体も大破判定を受ける損傷を負い、コスモナイト部隊は壊滅したのだった。
「もう大丈夫だわ。早くアキトを迎えに行きましょ。急ぐわよ」
 勢い込んで風姫が口を開いた。言葉通り、気持ちが急いでいる。
『後顧の憂いなきよう徹底的に、1機残らず見つけ出して掃討したいところだが・・・』
 ジンが珍しく言い淀んだ。命の優先度を勘案して考えているのだろう。
「ジン様、既にアキト君が愉し気に大気圏へと突入してから5時間が過ぎています。若者に暇を与えると碌なことはしません。それに宇宙戦艦は、3隻とも修理不可能でしょう」
 厳しいモノ言いだが、アキトを心配しているのが、ジンだけでなく風姫にも判る。
 風姫は、碧眼に力を込めてで訴える。
『そうよな。コムラサキ星系から脱出できなければ、暫く放っておいても良かろう』
 ジンは風姫の気持ちを尊重したようだ。
「そうよ。モーモーランドの残党なんて放っておいていいわ」
「お嬢様は少し落ち着きましょう」
 少しは自覚があったのか、風姫は頬を朱に染めて、顔を逸らしたのだった。

「・・・宇宙でモーモーランド軍を蹴散らしてから、コムラサキの大気圏に突入したわ。するとね、宇宙戦艦が基地から飛び立つのを見つけたわけ。ユキヒョウを狙うのかなと思ったんだけど、あの宝船とかいう奇抜な宇宙船に向かっているのが分かったから挟み撃ちにしてやったわ」
 コネクトから空中に戦闘映像を映し出しながら、愉しそうに戦いの様子を風姫が話している。また一つ、アキトの中で彼女の残念な印象が増えた。
「その後は、惑星にあるモーモーランド軍の基地を粗方破壊して、不時着した宝船の様子を確認するためにユキヒョウを隣に着陸させたのよ」
 状況は理解できたが、ここ数時間のオレの絶望と悲壮感をどうしてくれるんだ。
「それより、これからどうすんだ? 一旦ヒメシロに戻るべ・・・」
「惑星コムラサキを堪能するわ!」
「いや、そんな悠長な場合じゃねーぜ。政府に知ら・・・」
 風切音にアキトは反応して振り向いた。
 グリーン色の大型オリビーがアキト目指して襲いかかる。
 敵の狙いはアキトをひき殺し、風姫を誘拐することだ。
 刹那、突風が吹き荒れ、大型軍用オリビーが高速回転しながら空を舞った。地面に叩きつけられる時には、既にオリビーは無残な形に潰れていた。
 しばらく、その光景を呆然と見つめていたが、風姫の悲鳴でアキトは我に返った。
「風姫、大丈夫か?!」
 アキトは風姫を抱きかかえた。
「まさか・・・、こんなに・・・痛い思い・・・するとは思わ・・・なかったわ」
 風姫のスペースアンダーのいたるところが破れ、そこから血が滴り落ちていた。優美な腕や脚が鮮血に彩られているが、肩口と両腿がもっとも酷く出血していた。
「わかった・・・。もう、もう・・・、大丈夫だ・・・。安心しろ・・・・・・・。」
 アキトは自分が何を言っているのか、何を言いたいのか理解できないでいた。理解できているのは、このまま何もしなければ風姫が死ぬことだけだった。
 何をすればいい? どうすれば彼女を救うことができる? なぜ風姫が血を流している?
 だが、一つだけ分かる。彼女がアキトを助けてくれたのだ。
「ひとつ・・・貸し・・・よ」
 風姫の秀麗で透き通るような肌をもつ相貌が、これ以上ないくらい白く、生気のないものになっていった。
「ああ、借りた・・・。必ず返す。命懸けで返す・・・。返すから。返すから・・・。だから死ぬな」
 涙を溢れだす。
 風姫の声が聞き取れないくらい小さくなっていった。
「ふぅ・・・、ふふふ・・・、嬉し・・・い。あなたは・・・私の・・・もう、私のものだわ・・・。・・・ルリタテハ・・・神に誓って・・・くれるかしら?」
「ああ、誓うよ。ルリタテハ神でも、何にでも誓う。だから死ぬな。死なないでくれ」
 いきなりアキトの右頬が斜め上から殴られて、仰向けに倒れた。
 視線を向けるとジンが険しい表情を浮かべ仁王立ちしている。まったく気配を感じなかった。
「今の言葉、忘れるでないぞ。どけ、風姫を医療ルームに運ぶ」
 ジンはそう言うと風姫を抱え、上空に停止しているユキヒョウへと向かって空を飛んだ。
 しばらくの間、茫然自失状態から抜け出せないでいたアキトを、彩香がユキヒョウ搭載のオリビーで船へと連れ帰ったのだ。

しおり