バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

Bancarrota

キャメロンがシャツや手袋を汚して帰って来た。帰り道では雨はすっかり止んでおり、数時間前よりも気温が高くなった。陽炎も少し見える。

「ちょっと!!何ですの!?その汚れ!!」

「得体の知れぬ化け物と戦ってきたが。」

「どんな………怪物だったの………?」

「骨の竜だったな。幽霊が憑依していたぞ。」

「ひぃい!!」

心霊現象関連の話については水蓮が苦手なので、つい大袈裟な悲鳴を上げてしまう。

「そんなことより水蓮、どうだ。何か気になる資料を見つけたか。」

「あっ!そうですのよ!!これですわ!!」

水蓮はキャメロンの腕を引っ張って、机の上に開いて置いた資料に指差した。
その資料というのは、【原子力発電所が稼働してから三年の年】と【その年の人口増減】のページ。
キャメロンはその資料を別のページと並行して読んだ。以下の通りに書かれている。



****年

この年は約100人の子供、約30人の大人が男女問わずして村から消えた。多くの保護者や配偶者らが村長の家に流れ込んで来て抗議。
村長の薙 霧志摩(ナギ キリシマ)は「皆さんの不満を取り除けるように、精進して問題を対応します」との事。
住民達がボランティアで村長と協力して、山奥を探すも一人も見つからず。
この年から村イベントを一部中止する。


△△△△年

この年はかなりの人口が減少した。子供が約500人、大人は100人が消えた。これについては流石に村人達の鬱憤が増える。
第二回目の捜索ボランティア活動を行なったが、またもや誰も見つけられず、断念せざるを得なくなった。
この年以降、捜索活動は中止した。



捜索活動の写真が数枚載せられており、涙を流しながら何かを叫ぶ母親らしき女性の写真や辛そうに膝を崩す男性が写っている。
また、この村の守り神が眠っているとされる祠も写真に収められている。
キャメロンは頬杖を付きながら、「うーん」と唸っていた。

「確かに水蓮の言う通り、人口が著しく減っているのはおかしいな。」

「ですわよね?それとキャメロン、発電所に骨でできた竜と戦ったって言いましたけど、その骨ってまさかと思いますが………」

「そのまさかだ。人間の骨だった。」

「うわぁ……………気持ち悪いね………」

「でも、何でもそんなところに置いてあったんやろな?」

「水蓮、もう分かっただろう。何と何が繋がったのか。」

「"神隠しによる村の人口減少"と"原子力発電所に見つかった人間の骨"、ですわね。」

「そうだ。だが、問題が一つある。"神隠しは山奥で行なわれたのに何故、原子力発電所に人骨があったのか"だ。」

「………"人為的な"神隠し、ですわね。」

「正解だ。とはいえ、発電所に置かれていた人骨はこの資料の一部の人間だろう。とすれば………」

「残るのは……山奥、だけ………」

「そうなるな。だから残りの時間は山奥に行くことにする。」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいな!?もうそろそろで夕方ですわよ!!調査は明日にしt」

「いや、行くに決まってる。時間が勿体ない。」

「だ・か・ら!!」

「必ず戻って来るから心配するな。」

「………分かりましたわよ!!ただ、最後だけ言いたいことがあるんですの!!」

「何だ。」

水蓮は資料を持ち上げて、ページをめくり、見せたい部分に指差した。

「これを見て欲しいですの。」

書かれていたのは以下の通りである。



有限会社 蛇のイチジク(傀儡政府運営)



「傀儡、政府?」

「そうですの。発電所を造った会社の組織、いや、政党ですの。」

「政党が会社を運営して、ものを供給している?そんな馬鹿な。政党は政治活動や演説、選挙を行うのが主要なはずだが。」

「確かにそれが普通ですわね。しかも、この政党は社会主義なのですのよ。」

「社会主義政党が会社運営…………恐ろしいもんだな。」

「この情報は役に立ちますの?」

「ああ、"十分"役に立ったぞ。」

そう、彼は理解したのだ。研究者が言わなかった内容の一部、そして"赤い宝石"について。

「それじゃあ、夜にまでは戻って来る。」

彼は再び黒のブーツを履き、引き戸を開けて出て行った。
心配そうな顔を水蓮は誰にも見せたくなかった。





原子力発電所よりもかなり南に、祠への入り口がある。階段は石でできている。深い森林であるため、上った瞬間から懐中電灯が必要である。
足を踏み入れると、神聖な領域だからか、不思議な空間が感じられる。
上って行くと、肌寒い風が横から吹いてくる。
周りにライトを当てると、ゴミが全く見当たらない。雨で泥となった土の匂いがはっきりと分かる。葉から水滴の落ちる音も少し聞こえる。
カラスの鳴き声も風が木を揺らす音も聞こえてくる。
何か小さな動物が目を光らせて、枝からキャメロンを見ている。
草むらを走る何かの足音も聞こえる。
もしここに水蓮が来ていたら、気絶するのは間違いない。
数百段ある階段を上りきって、木造の大きな祠が目の前に現れた。

「この中にあるのか?」

祠の扉を勝手に開けるのは罰当たりなのかもしれないが、今は緊急自体なのだから仕方ない。
扉を開けて、ライトを当てようとしたが─────



急にライトが点かなくなってしまった。



「は?どうしてだ?」

スイッチをひたすらカチカチ押すが、全く反応しない。壊れたのだろうか。
その瞬間───誰かに背中を押された。

「うわっ!!」

部屋の床に転がり、電灯も部屋の端に投げてしまった。扉が瞬時にぴしゃりと閉まる。
力を入れて扉を開けようとするが、開く気配も無い。完全に閉じ込められてしまった。

「くそ!!これじゃあ帰れないぞ!!」

悔しそうに扉を叩く。このままだと事件が解決できない。
銃を使って建物を壊すことも考えたが、そんなことすれば村人が激怒する。どうすることもできないのである。
電灯を拾おうと端に行こうとすると、部屋の奥に扉サイズの穴が見える。いつの間に開いていたのだろうか。
電灯を拾って、その穴のそばに行って確かめる。
触れてみると、薄い壁を手が通り抜けた。

「この穴は何処まで続くんだ?」

身体全てが薄い壁の中に入って行く。ゆっくりと吸い込まれていった。
電灯は点けられないので、鞄にしまい、壁を頼りに出口を目指す。
しかし、いくら歩いても拓いた場所には辿り着かない。

「どういうことだ。まさか俺は無限ループしているのか?」

そう考えた時、光が遠くから見えてきた。ボヤっと白く淡い光。出口ではないようだ。

「俺は何処に行ってるんだ。」

光へと足を踏み入れた瞬間、目の前が真っ白になった。





その数時間、刃家の別館では水蓮と花菜が心配しながらソファーに座っている。
幸葉はお茶とお菓子を持ってきて、同じくテーブル席に座った。

「あの、良かったらどうぞ。」

「ありがとう……………」

「ありがとうございますわ。」

三人でお茶を飲み、オハナはお菓子をつまみ食いしていた。
すると、幸葉が急に話を持ち出した。

「もしかしてキャメロンさん、神隠しに遭ったんじゃないでしょうか。」

「ぶぶぶふふふふふふっ!!」

水蓮が飲みかけのお茶を噴き出してしまった。幸葉が慌ててハンカチでテーブルを拭く。

「す、すみません!!」

「いいえ!!ただ、キャメロンが神隠しに遭うなんて馬鹿げた話だなって………」

「そそそそうですよね!!」

「もしかしたら……本当かも………」

「「えっ…………」」

花菜が物騒なことを言うので、二人は目をぱちくりさせながら、彼の方に向いた。

「だって………この村の神様……神隠し…………するんでしょ………なら……キャメロンも………きっと………」

「は、花菜!?何言っているんですの!?」

「ウチも花菜と同じ意見やで。絶対に遭(お)うたんや!!」

「オハナさんまで………」

「私はキャメロンが神隠しに遭っていないことを信じますわよ!!」

「どうせアンタが勝負に負けるってwww」

「何ですって!?」

「ちょっと待ってください!!」

水蓮がオハナの挑発にのってしまい、彼女(?)の腕に掴み掛かろうとするが、幸葉が止めにかかる。

「やっぱりオハナさんの言う通りかもしれません!!」

「幸葉さんもオハナに賛同するんですの!?」

「だって……………」



「私も神隠しに遭ったことがあるんですから。」



「えっ、えっ、えっ?」

「信じられないと思います。6歳の時に祠に勝手に入ってしまって、閉じ込められたんですが、そこから先が覚えてなくて……………目が覚めた時には、両親に心配されながら部屋で寝転がっていました。」

「そう、だったんですのね。人間がやったのでしょうか?」

「いや、あれは………人間というのでしょうか……?」

「えっ、どういうことですの?」

「あの時見たのは……………鹿のような狐のような"何か"だったんです。人間ではないのは確かです。」

「じゃあ………キャメロンは…………その"何か"と……会ったことに…………なるね……………」

「大丈夫なんでしょうか………?もっと心配になってきましたわ!!」

「大丈夫ですよ、きっと。きっと………」

幸葉は水蓮をなだめようと、そのように励ましたが、彼女も心の底ではキャメロンの消息を気にしていた。





キャメロンは目を開けると、驚きの光景が目の前に広がっていた。
彼の立っていた場所というのは、先程の暗い林よりももっと明るい拓けた森であった。
木々の形が歪に折れ曲がっていて、色は白、薄浅葱、藤などの淡い寒色系であった。葉っぱは見られない。しかも見上げると、太陽が見えず、灰色の空が広がっていた。

「出口では無いようだな。また探すしかないのか。」

右と左の両方に道はあるが、まずは右側から確認する。歩いてみたが、奥には大きな岩が置いてあるだけで、他には何も見当たらない。

「ちっ、ハズレか。もう左の道しかないな。」

左の道を歩いて行くと、徐々に坂が急になっていく。そしてまた深い森の中に入って行く。目先に鳥居が何基も等間隔に置かれている。
鳥居の外に縄で締められた岩が無作為に多く置かれている。
ここは人が手入れしている場所なのだろうか。動物も人も見当たらない。風も無いが、何故かちょうどいい気温である。
更にかなり森の奥まで来たというのに、懐中電灯要らずの明るさである。
だいぶ歩いたかと思った瞬間、突然場所が切り替わった。
周りを見渡してみると、彼は木造の廊下に立っていた。廊下の外には玉砂利の庭が広がっており、苔の生えた岩も飾られていた。

「大人の男が来るのは珍しい。」

前を向くと、部屋の入口に誰かが居る。陰のせいではっきりと見えない。

「誰だ。」

「そう身構える必要は無い。我は人間に危害を加える趣味はない。」

すると、その誰かがキャメロンの前に姿を現した。鹿の角、顔に黒のベールを包む。更に深紫色の着物を見に纏い、二股の狐の尻尾を振っている。

(人間、じゃない?)

「青年、貴様は"ただ者"じゃないな。心が全く読み取れない。驚いた。」

「……………」

「しかし自らここに来たという事は、"この村の状況を知りたい"のだな?」

「そうだ。お前はこの村の神なのか?」

「おほほ、神に対して敬語も使わぬとは………ますます気に入ったぞ、青年。言わずとも我がこの村の守り神だ。」

(変な奴に好かれてしまったな。)

「さあ、入れ。立ったまま話すのは辛かろう。」

神と名乗る者に大きな部屋を通された。家具は見当たらず、置かれているのは村人がお供えであろう食物。椅子も座布団も無いので、床に座らされた。

「貴様が気になる本題に入ろう。事実を見せてやる。」

神は指を鳴らした。すると、キャメロンの脳内に映像のような光景が流れる。



『ちょっと!!私の息子が一週間も戻ってこないのはどういうこと!!』

『僕の妻がもう帰って来てないんですよ!?ちゃんと対応しているんですか!!』

『人が一人も見つからないのは、捜索活動を疎かにしているからじゃないんでしょうか!!』

村人が一斉に村長の家へと駆け込んで、玄関の扉を強く叩く。そして村長が外に出てきて、皆をなだめるようにこう言った。

『捜索ボランティアは必死に探しているのだが、どうしても見つからない。』

『それがおかしいじゃないか!!絶対に何か裏がある!!そうに違いない!!』

『何を失礼な!!儂らの努力を踏みにじるつもりか!!こっちは金を掛けてまで捜索しているんだぞ!!胡散臭いも嘘も無い!!』



これは………神隠しについて論争している場面か。酷い有様だな。しかも、やはり村長が疑われている。予想通りだった。

「今見せている事実は"この村にあの剥き出しの塔が建てられた後の年"である。貴様が知りたいのは"最近の神隠しの犯人"だと思われよう。だから見せたのだ。」

「神はこの塔が建設された後は神隠ししていないのか?」

「そもそも我を信じる人間が少なくなってきたからな。悪戯にこちらへ導くことは無くなった。お供え物も未だに信仰する者だけが持ってくる。」

「じゃあ、最近の神隠しを行なっているのは………」



「青年の考える通り、人間の仕業であるよ。」



神の表情は読み取れないが、何となくニヤリと笑ったような気がする。
心が読めないと言ったはずだが、もしかしたら映像を通してなら分かるといった感じか。

「だが、一番の問題は山奥の何処に村人の遺体があるのか。」

「青年よ、気付かぬのか?」

「はあ?まさか………」

「そのまさかで"この森林の土の中一体"に隠された。いや、人間の言葉でいえば証拠隠蔽されたと言うか。」

「そんな人に見られるような行動を、どのようにして目立たないように………」

「それを今から見せてやろう。胸糞悪くなるのは確実だが。」





早朝、水蓮は家の玄関の前に立っていた。田舎の朝は寒いので、ソファーのブランケットを肩に掛けていた。
夕方も夜もキャメロンが帰って来ず、もう居ても立ってもいられなかったので、我慢しながらも彼をずっと待っているのである。
まだ花菜やオハナ、幸葉は寝ている。自分より年下の子はどうしても気を使って、無理やり起こしたくないのである。

「うん?」

田んぼ道からこちらに向かって来る人影が見える。じっと目を凝らしてみると───

「あ"あっ!!キャメロン!!」

そう、彼が無事に帰って来たのだ。顔には傷が一つも無く、服装は行く前と同じだった。

「キャメロン!!無事でしたのね!!」

彼に向かって手を振る。彼は顔を見上げて、水蓮の嬉しそうな顔に少し戸惑った。なぜなら、自分は山奥の知らない空間に一日中過ごしてしまい、彼女を心配させてしまったと後悔したからだ。

「昨日の夜に帰って来なくてすまない。」

「もう本当に心配しましたわよ!!山奥の何処まで行きましたの!?」

「祠の中に入ったんだが?」

「貴方も入ってしまったんですの!?」

「その言い方だと、他の誰が祠に入ったんだ?」

「幸葉が言ってましたの。祠の中で神隠しに遭ったって。」

「俺と同じだな。俺も守り神と会った。」

「え"っ!?本当ですの!?」

「大声を出すな。落ち着け。それと、中に入れ。」

水蓮を無理やり玄関の内側に引き入れて、扉の鍵を閉める。

「射命も花菜も幸葉も全員起こせ。」

「今すぐにできないですわよ!!」

「犠牲者が増えていいのか?」

今回のキャメロンはやけに声音が怖かった。低い声が水蓮を少し驚かせた。彼はとても真剣で必死なのだろう。

「もう!仕方ないですわね!!呼びますわよ!!」

水蓮は家の中の人達を起こし、自分の居る玄関に集めさせた。

「やっぱり神隠しに逢いましたか。」

「キャメロン………ちゃんと……帰って来て……くれたんだ………」

「帰って来たのか、君!!何処までさまよっていたんだ!!」

「それは後で話す。村人を村長の家へ集めてくれ。」

「どうしてそんなことをするんですか?」

「言っている暇が無い!早く!!」

恐ろしい剣幕で彼らを急き立てるので、射命は村人を叩き起こしに行き、先に彼以外の人達は村長の家の石階段前で待った。

「なあ、キャメロン。何がアンタをそうさせてるんや?」

「守り神が言ったのだ。『これ以上の犠牲が出ると、村が潰れてしまう』と。過度な人口減少で廃村が近くなったのだ。」

「そんな!!あの神が本当にそう言ったのですか!?」

「ああ、だからこうして急いでいるではないか。」

「キャメロン、犯人は分かったんですの?」

「既に分かっている。目的も犯行も全てだ。痕跡も必ず見つかる。」

「やけに自信持っているんですのね………」

「おーい!!連れて来たぞ!!」

射命が数百人の村人を連れて来た。だが、ほとんどが大人である。子供は数人しかいない。

「村の三割程度しか起きてくれなかった。」

「すまない、これで十分だ。」

村人達は「眠い」だの「早く帰らせろ」だの文句を言い散らかしているが、射命がどうにかして彼らの興奮を収めようとしている。

「さてと、無理やり呼んでみるか。」

キャメロンが村長の家のインターホンを何度も何度も押す。村長が玄関を開けるまで、何度も何度もうるさくベルを響かせる。
すると、扉の奥から誰かが廊下を走る音が聞こえ、玄関が開く。
白い顎髭を少し生やした、濃いほうれい線で年増しが目立つ、薄ら禿げの男性がパジャマ姿で出て来た。

「一体何時だと思っt」

その瞬間、キャメロンは彼を背負い投げた。できるだけ頭が地面に当たらないように。

「うぉあ!?」

一瞬にして、床でぎっくり腰になってしまった。

「お前!老人に何、無礼なことを!!」

キャメロンは村長に対して何も答えず、ただただ彼を鋭い目で見つめる。

「あいつ、何だ?村長に技を掛けて?」

「頭イカれているのかな?」

「これだからよそ者は………」

村人がキャメロンのことを色眼鏡のように見ているが、彼はそんなこと気にもせず、ついに大声を出した。



「お前が神隠しを起こしたんだな!!霧志摩!!」



「はっ………?何を言ってるんだ?」

「何故、神隠しを起こしたのか。今から全て村人に大声で話す。オハナ!!こいつを縛れ!!」

「ヨシ任したぁ!!」

オハナがジッパーを開けて、黒い歪な手が村長の四肢を締めていく。

「なっ、何をする!!離せっ!!」

キャメロンは石階段を下りて、村人達の前に立った。

「いいか、お前ら!!お前らはこいつに"騙された"!!村長が神隠しを起こした理由は!!」



「原子力発電所の建設費及び運営費のために出していた資金が無くなったからだ!!!!」



「そんなまさか!?」

「あの優しい村長がそんなことするなんて!!」

「違う!!絶対に違うぞ!!儂はそんな!!」

彼は必死に無実を伝えるが、キャメロンは口走りを全く止める気がしない。一呼吸置いて冷静になり、普通の声調で話し始めた。

「自分の資金が無くなったことで、村の資金までに手を出した。だが村の資金でも足りず、ついに手を出したのは………"臓器売買"。」

「!?」

村人達は一斉にうるさく狼狽した。嗚咽を吐きながら泣く人や怒り地団駄踏む人もいる。
そう、知っている"常識"。子供の臓器はマフィアに高く売れる。もちろん大人の臓器も。下手すれば数千万も取引がなされる。

「もちろん、これに気づいた村人は殺した。男性には拷問、女性には強姦。その後に遺体をバラバラにして、山奥や使われなくなった発電所に捨てた。しかし、それだとバラされると思ったのか、硫酸などの肉を溶かす液体でも使ったのだろう。要は口止めだ。」

「なんて残虐なことを!!」

「だから捜索活動が疎かだったんだ!!」

「ボランティアの一部が行方不明なのも納得がいったぞ!!」

村人達が声を荒らげて村長を批判する中、幸葉の顔がかなり強ばって、目の奥も闇一帯であった。

『貴方が村人の臓器を売買しているのを知っていますよ!!』

思い出したのは母の電話口での言葉。村長の、自分の母に対しての愚行に怒りを覚えた。
歯ぎしりが止まらず、手が痙攣するかのように震え始めた。
その刹那、幸葉は服から小ぶりの鋭いナイフを取り出し、キャメロンを素早く通り抜けて、村長の首にナイフを突きつけた。

「んん!?」

「お金が欲しいがために人を殺すとか正気か、お前ェ!!しかも女に手え出して!!子供の臓器を弄びやがって!!お前みたいなクソ老害には生きる価値はねえんだよ!!都合のいい時は自分が年寄りだからって弱いフリ!!結局は猿みてえな強欲な悪魔じゃあねえか!!死ねや殺す!!」

そんな言いたい放題の幸葉を、キャメロンは猫を持ち上げるかのように村長から引き剥がした。

「ちょっ、お前!!何s」

「落ち着け、幸葉。そんなことしても誰も報われない。いや、殺しても死ぬから苦しまぬのだ。」

「だったら!!だったら………どうすれば、いいんですかぁあああ……………!」

葛藤を抑えきれなかったのか、涙を流して嗚咽を漏らし始めた。膝を崩し、大粒の涙が地面を濡らす。

「オハナ、その男を連れて行くぞ。」

「どこに?」

「付いてこい。お前ら住民も来い!!こいつを祠に閉じ込めるぞ!!」

「「「「おおおおおおおおおおおお!!!!」」」」

村人達はキャメロンの言葉に応えて、山奥まで付いて来る。まるでお祭りで神に生贄を捧げる喜びを感じたかのように。
祠の前に着き、キャメロンは扉を開けて、オハナは指示に従って村長を部屋の奥に放り投げた。

「あ痛っ!!」

「ここに住め。神がお前を"看病"してやるそうだ。」

「神だと!?そんな馬鹿げたお伽噺などっ!!」

「お前がそう思うなら、そう思えばいい。だがな……………」



「ここから先は生き地獄で永遠の密室。一生帰してはくれない、一生な。」



キャメロン一行と村人達は村長を慈悲の無い目で見る。誰も彼を擁護しないし、助けもしない。ただ彼に対して無言を貫く。

「ま、待ってくれ!!閉めるな!!」

「心配するな、お前が居なくても村人達は暮らせる。」

キャメロンは扉をぴしゃりと閉めた。村長は必死に開けようとするが、引き戸に手をかけても、隙間に爪を入れても全く開けられない。いや、もはや壁になってしまっている。

「ああっ……あああ……………ああああああああぁぁぁ!!」

「これはこれは、この村の長。よくぞ来てくださいました。」

部屋の奥から中性的な声をした人物が彼に話しかける。彼が振り向くと、そこにはあの守り神が。

「くっ、来るなぁ!!」

神は彼に近寄り、彼の顎をくいっと持ち上げる。

「そう怖がるでない。さあ、いらっしゃい。貴様の言う"お伽噺"の世界へ……………」

「うわああああああああああああ!!!!」






祠に村長を閉じ込めた後、キャメロン達は村人達と一緒に協力して、彼の家を入念に調査した。
倉庫からは死後一週間くらいの男性の死体、四肢が斬られて達磨の死体、大量の骨が見つかった。
また、肉を溶かすのに使われた硫酸も棚に置かれていた。部屋の中は鼻を抑えたいほどかなり血生臭かった。
村の入口付近の廃れた商店街を壊し、原子力発電所の骨や山奥の骨を埋葬する墓や慰霊碑を建てた。
事件が解決し、あと二日間は刃家へ泊めさせてもらった。
帰る日の昼間。射命と幸葉はトンネルの出入り口まで見送りに来てくれた。

「事件を解決してくれて、本当にありがとう。これで心置き無く安心して暮らせる。」

「キャメロンに大変ご苦労させてしまってごめんなさい。」

「いや、気にするな。これが俺達の仕事だからな。」

「そうですわよ!!もし何かあったら呼んでくださいな!!」

「それじゃあ、私の電話番号を渡しておきますね。そちらも何か分からないことがあれば掛けてください。」

幸葉は電話番号の書かれた小さな紙をキャメロンに渡した。

「それと………この箱は花菜君にあげます。」

花菜に手渡されたのは細長い木箱。彼にとっては少し重い。

「これ………何……………?」

「ささやかなプレゼントです。いつか役に立つと思います。」

「ありがとう……………」

トンネルの外で馬車が迎えに来た。名残惜しいが、いつまでもここにいる訳にはいかない。

「皆さん、お元気で!!」

幸葉は泣きながらも、笑顔でキャメロンに手を振って見送った。
馬車の中ではキャメロンと花菜は一緒に座り、水蓮はオハナとお喋りしていた。
花菜は彼らに見られないように、そっと箱を開けてみた。

「あっ………」

小さな双剣が入っていた。柄には目のレリーフが刻まれていた。おそらく花菜専用の武器なのだろう。

「ふふふっ…………」

「どうした?」

「何でもないよ…………ただ……嬉しいだけ………」

人から初めてもらったプレゼントに笑みがこぼれるのであった。

しおり