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黄金羊は喜びも愁いも胸の奥に 2

帝都近郊
クーゼル演習場
ブリーフィングルーム


その部屋は、演習場内で一番強固な部屋だった。

魔導騎兵が倒れても倒壊する事がない半地下の防空壕といっても差し支えのない一室だった。

部屋の中は、コンクリート製で装飾が一切なく、用意された机と椅子、説明用の黒板があり、部屋の右端には潜望鏡がいくつか備えられていた。

司令室で、騎兵隊作戦将校の説明を聞き流す…青年。

その横には、帝国の将軍達が並ぶ…緊張しているのは、説明をする将校だけだろう。短髪の若い将校は、緊張のせいか汗をかきハンカチで拭きながら説明をしていた。
つまらないのを顔に出さない様することだけを気にしていた青年も騎兵乗りだが、所属する部隊が違う。
所属する組織が違うので彼らの顔を立てる為、必要だと思われる説明を受けていたのだ。

そんな気遣いが出来る男ではない、その手配をしたのは彼の後ろに控える金髪の若い将校だった。青年も彼も、胸に黄金羊の略章が掲げられている。将軍も将校も誰もつけてはいない。
彼らもまた帝国貴族ではあるのだが、所属する組織による差があった。

ドォーーん、ドォん。

 ドォーーん、ドォん。

騎兵同士が打ち合いをしているのだ…前時代的に名乗りを上げ名誉の為に戦う訓練をしているのだ。

振動がする度に、天井からホコリが落ちてくる。

淹れられたコーヒーには蓋がしてあり、気が利いているな…ぼんやり考えている男。

帝国騎士団の魔導騎兵部隊の将軍と将校達、相対するのは帝国近衛騎士団の騎兵乗りにして査問官の肩書を持つ男、殿下と呼ばれる男とその従者。

殿下と呼ばれる男の名は、
グラインド ジャン ジアール
今上帝三男にして、土の属性支配者、シュバリエランク トリプルA…極めつけは、天使持ちだ。
だが、彼は隠す…それが、彼の処世術。

彼の後ろに控えるは、彼の従者であり帝国近衛騎士団所属のシュバリエ。
シューベルト フォン サーバイン
子爵家の嫡男であり、いずれ家督を継ぐ予定だ。

ここでの差は、生まれの身分だ。
将軍達も貴族家の生まれだが、嫡男ではない…無論、戦功を挙げ爵位を貰うものいるが基本は官位持ちの役人に過ぎない。
役人は一代限りである。
帝国府の軍人であり、法衣貴族という訳ではない。
法衣貴族は、貴族家の家督を継げる限り貴族のままだ。

簡単にいってしまうと、帝国近衛騎士団は貴族の家督を継ぐ者の集団であり、帝国騎士団は次男三男の職業軍人集団というところか。






では、少しばかり講義の時間を頂こうか。



帝国主力魔導騎兵バイツァー

30年前の大敗北によりシュバリエが激減、じりじりと国境線を後退させていたジアール帝国の権威失墜回復の切り札となった兵器である。

魔導騎兵バイツァー、対『悪魔』決戦兵器としてクナイツァー卿が莫大な私財を投じて完成させた人型兵器である。

遠い遠い昔、『神』との戦いで人の世を守る為に作られた人型兵器、幻想騎と…天使。

その幻想騎を模して作られた人型兵器、魔導騎兵。

幻想騎は1000騎を越えていたと言われている人型兵器…遠い過去の話。


『紅き星降る夜の物語』、神話の中の話。


『神』との戦いの中で、多くの機体が失われ…多くの騎士と多くの天使を失った。

現存する機体は、数十騎があると言われているが、殆どが遺跡の中や、崩れた地層の中で偶然見つかったりしたもので機体の一部などが大半だ。

だが、

起動可能で、かつ戦闘可能な機体…極少数だが、存在する。

魔煌炉が起動し、高速に回転し始めけたたましく鳴り響く様は、まるで魔獣の咆哮の様に見る者聴く者の魂を揺さぶる。
溢れ出す魔煌エネルギーが、蒼く煌き…石造の様な甲冑が色を取り戻し乳白色になり、その中を虹色の様な輝きを見せる。
見る角度、当てられる光の角度に見える機影が異なってるのだ。
次元魔法が組み込まれた装甲だと人が理解するのに、どれほどの時間がかかったことか。

数千年前の神話の世界の話…見つかる痕跡がそれを事実だと物語る。

幻想騎の機体が劣化しないのは特別な条件下のみであり、その秘法が伝わる国や地域が秘密を独占していた。

星の大海を人が行き来していた時代の技術…今の世界は、当時の人類が見れば暗黒世界そのものに見えたであろう。
だが、今の人類は過去について判ることが少なく…知恵を失い中世暗黒時代の真っ只中にあった。

まるで、呪いだ。
『神』に逆らった呪い…一部の神学者たちの言葉だ。

なぜ…彼らはいなくなったのか。



世界を支配していた旧魔導帝国をその源流にもつジアール帝国。

失った兵力、買ってきた恨み…
帝国崩壊の危機は今も続いてはいるが、周辺国の武力侵攻に押され気味だった…無論他国にしてみれば奪われた領地奪還なのだが。

魔導騎兵を実戦投入し、敵侵攻勢力を撃破するに至り帝国の面目躍如、面子を救ったのが魔導騎兵である。

帝国が装備する魔導騎兵は『バイツァー』であり、『タ-ランコ-レネーワ』の二系統のモデルが存在する。

ハイローミックスである。

ターランがローであることは、デルーワシン工房に出資をしている貴族達が認めることは決してない。
帝国内の力関係の上に、兵器導入利権が絡んでいる。

高性能で高価格、低性能で高価格…軍事産業として利権が絡み合う為、出資者の意向が常に無視出来ないのはいつの時代も同じである。

魔導騎兵バイツァーは、クナイツァー家の魔導騎兵ダーラント工房製である。

補完機として、デルーワシン工房製タ-ランコレ-ネワの二機種となっている。

魔導騎兵が実戦配備され始めた頃は、ダーラント工房が独占製造していたが…クナイツァー家に莫大な金額を払い、帝国府の意向にそった製造をする為に、大貴族達が出資しデルーワシン工房が設立され生産を開始した。

この時に、バイツァーの改造権利も買取、自由に仕様変更出来る様になった。

クナイツァー家は、北部での『古き領域』での戦闘を重視している為、雪中軍装備に力を入れている。
凍土上の運用…滑らない、凍結しない…不稼働にならないことを重視している。

対『悪魔』用の人造『煌剣』、雪上装備であるスパイクやキャタピラー、凍結防止がされた重火器、大型の魔煌炉や蓄電器、稼働部の過剰なまでの保護油脂類の使用を、南部軍である帝国府では過剰で高コストに見えるのだ。

運用場所の違い、運用思想の違いが拍車をかけたのだ。

帝国にとって、魔導騎兵は帝国領土内の平定の兵器であり、クナイツァー家にとって人類の敵である『悪魔』と戦う兵器である…この差は埋めようがなかった。


仕様変更の自由は、メリットして低コスト運用を可能とし訓練項目も大幅に減らすことに貢献する。
騎兵乗りだけではない、製造、整備、運搬、補給作業員全てに影響が出るのだ。

大陸全土に出兵する帝国騎士団魔導騎兵と、北部や帝国中央領内の限定運用の顎門騎士団の差だ。

顎門騎士団による大型飛空艇を使っての史上初の魔導騎兵の降下作戦が行われるが、それでさえ帝国中央内のことだった。
*イグルー救援作戦時の飛空艇による雪上強行着陸は別の話。

デメリットして、改造を行なった部分に関してはクナイツァー家の保証を受けれなくなり…稼働不能になってしまう機体も出てしまった。
大金を払って元に戻して貰った機体も多数あった。

双方に良い意味でのデータ収集になってもいた。
直せなくなる箇所は…魔導騎兵の弱点でもあるからだ。

直せない箇所は、アッセンブリー交換出来る様にし稼働率低下を防ぐ。

予備パーツの必要優先度のツリーが構築されていく。

これらの中には、下取りとしてダーラント工房に出した機体もある。
それらの機体が、予備機、予備パーツになったり、改修後輸出された機体も出ることになる。

『丸いブリキのおもちゃ』と言われて嘲笑われていたバイツァー10式が、人類の危機を救い早30年…当時の機体は操縦席の耐圧室を大型にする事が出来ず、体の小さい若い騎士見習の…少年少女が『古き領域』に投入された。

彼らの勇姿は、クナイツァー家本家の貴人達と同じ場所に絵画として残されている。石碑に彼らの名と献身が刻まれている。

そのバイツァーも年次改良が施され、10式、20式、30式とほぼ別機体になってしまうほど技術革新が進んでいた。


10、20式のオーバーホールはすでに受け付けていない。
クナイツァー家でも使用されていない…が、それらの機体は第二の姿となって現役として活躍している。
既に、人型ではなくなっている物が大半だが、重機として改造を施され北部の開発に使用されているのだ。
開墾、整地、土木事業など未開地の多く北部ならではの仕事だ。

10式は、博物館に飾られ、20式の改造機は貴族家に現役の機体が存在している。

肝心のクナイツァー家の主力機体は、30式のはずだが…新型機を開発中であることがもっぱらの噂だった。

「40式は机上だけのプランだったらしい」

「今、雪上試験を繰り返しているらしいのだが、いよいよ50式か」

「現行機とは別の新造機らしい、新しいフレームナンバーが与えられるらしい」

「60式というらしいぞ…」



グラインドは、ふと思うのだ。

その騎兵は、何と戦うのだろうか…『悪魔』か?それとも…人か?

”クナイツァー卿は帝国を憎んでいる。あの人は…陛下は恨みを買い過ぎた。”

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