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帝国貴族クナイツァー

ここは、リズルダール大陸。  
三大大陸の一つであり大小様々な国や地域が存在し…多くの旧世界の遺跡が眠る地だ。

今は亡き…旧世界。
人が星屑の大海を行き来していたのは遠い昔。
失われて等しい…世界。

リズルダール大陸で最大版図を誇り、その帝都の地下には古代遺跡があると噂される国、神聖ジアール魔導帝国。
旧世界から伝わる女神『鋼鉄の戦乙女』を唯一の神として崇める『帝国聖騎士教会』があり、旧世界の遺物である魔煌技術で魔獣が跋扈する世界から、人の支配する世界に変え繁栄してきた。

旧世界から続く遺産を持つ帝国。
帝国が支配する力の源は、国力もさることながら女神への信仰と旧魔導帝国の遺産である。
旧世界の人類が、神と戦う為に作ったと言われる人型兵器『幻想騎』。
そして、その量産騎である、帝騎。
魔煌炉で魔素を燃やし魔力を増幅し戦う、希少金属であるミスリル合金で造られた蒼炎に輝く魔煌を纏う白銀の巨人と黒鉄の巨人。

『悪魔』と戦う白銀の巨人と黒鉄の巨人。

帝騎は15m級の人型兵器。
対巨人、対魔獣用決戦兵器である。
そして、巨人兵や魔獣達を率いる古き領域の主人である、『悪魔』。

『悪魔』には、人の武器も魔法も通じない。

抗う手段は、限られている。

召喚士が聖獣を召喚し、聖騎士が帝騎に騎乗して、人類に突き付けられた絶望に抗うのだ。
召喚士が、聖騎士が、たった一つしかない己の命を燃やして、初めて戦えるのだ。

20mを超える巨人の『悪魔』を駆逐出来る人類の切り札、幻想騎。
聖騎士が己が命を対価に退魔刀『煌剣』を輝かせ、人の敵である『悪魔』を退けるのだ。



人が失って久しい世界。

それは、ジアール帝国最北部迷宮都市イグルー城門から、さらに先にある…見渡す限り広がる人が踏み入ることを拒絶する世界、その名を『古き領域』。

『古き領域』にある都『聖都』…その先にあると言われる『世界樹』と遥か上空の銀世界の中に浮かぶ『天空城』。

ここは、北部『古き領域』…刻さえも凍える氷結の世界。
聞こえるのは獣の叫びと突き刺さる氷結の悲鳴。
荒れ狂う吹雪が、この世界の色を奪う…
生きとし生けるものの生命の輝きさえも…その白き世界に奪われる。


憎い、憎い、憎い、彷徨う者は言う。
何が憎いというのか。

苦しい、苦しい、苦しいと彷徨う者は言う。

寒い、寒い、寒いと彷徨う者は言う…

彷徨う者達は聳え立つ氷壁に恨み辛みは叩きつける。
ガツン、ガツン、ガツンと、その音は聴く者の魂をも凍えさせ刺し貫ら抜く。
その温かい身体を寄越せと我にその暖かき魂を喰らわせろ。
氷も如く凍えた身体を暖めてくれ。

何をしたというのだ。

彷徨う者の慟哭が途絶える事はない。
大地の呪いに縛られて朽ちることも許されず永遠に続く悪夢。
いつか誰かが終わらせてくれる、

その日まで…


帝国は、先の遠征失敗により多くのものを失った。
数多くの聖騎士を失い…10万の将兵と帝国の力の象徴である黒鉄の巨人である帝騎の大半を失い、幻想騎も失った…帝国の権威は失墜した。

そして、切り札の召喚士さえ失った。 

召喚士の尊き犠牲で、今につなげた。



人類の生存可能領域は、年々後退し苦しい時代が続いていた。
宝石より貴重な聖騎士を使い潰し、血と涙を流し、歯を食いしばり…多くの犠牲の元、辛うじて小康状態を保っていた。
数少ない光明があるとしたら、帝騎の穴を埋め、シュバリエの負担を軽減するため魔導騎兵の量産が遂に軌道に乗り後退一方の戦線を遂に押し返すことが出来たことだ。

魔導騎兵の製造は急ピッチで進められていた。
騎兵は、『煌剣』を使うことが出来ないが、高純度の『聖水』を使い”人造煌剣”を振るい『悪魔』の撃退に成功していた。

だが、いずれ起こる魔導暴走には耐え切れまい…甦る古き軍団の進撃を止められない…多く者が口にしようとしたが、誰もがその口を閉ざした。

龍は人の願いに耳を貸さなくなった…召喚士がいないのだ。
精霊と会話が出来る者が生まれてこないのだ。

召喚術は衰退していった。

召喚士も聖騎士もいない…誰が『悪魔』と戦うのだ…

その未来は暗いものなのだから…せめて、今だけの夢を見よう。







人類世界の最北端にて、人類生存競争の最前線基地であった迷宮都市イグルーを喪失して30年が過ぎた。
イグルーの結界が十分に機能せず、氷結世界の侵食が少しずつであるが拡大し人類の生存圏はジリジリと後退し氷結世界に落ちていった。



『古き領域』の監視者として、クナイツァー家が軍団を構え200年。
帝国屈指の広大な領土を持つ名門帝国貴族家、クナイツァー家。

先の帝国騒乱の責任を取り北部辺境伯の爵位を返上し、今は子爵位を持つ。
官位は『大都督』のままであり、有事は皇帝代理として軍を率いる最上位にある。
帝家、大公家以外で、唯一大規模武力集団である騎士団、『顎門騎士団』を持つことが許され、帝国の数多くのギルドを支配している大貴族家である。


クナイツァー領は、5つの都市から形成されている。

・本拠地城塞都市顎門(北)
  領主 シロウドレイ フォン クナイツァーの居城
・領都ファティニール(南)
  顎門の首都機能が移設され行政を担う帝国屈指の大都市
・領街エレスタジア(東)
  帝国鉄道東部線の現在の終点駅
・領街ルブール(西)
  公都モンドバールの玄関口
・迷宮都市イグルー(北西)
  現在氷結封印中


クナイツァー子爵領最大の要塞にして、帝国領内屈指の城塞都市である顎門。

幾重にも重なる巨大な城壁が、この都市象徴であり星形をした城壁の中にある城こそが
魔獣との生存競争の最前線であった砦の名残りである。
度重なる改修により巨大化した砦は、城となり、城の周りに家が建ち、その家を守るために新たな壁を作り、その壁の中で街が形成されて行った。
そして、城塞都市顎門として今に至る。

今、顎門で新しい命が産まれようとしていた。

産婆達が慌しく部屋の前を行き来し、矢継ぎばわに指示を出す。
侍女達はお湯を沸かしたり清潔な布を用意したりと目の回る忙しさだ。
この場にいることが許されている人数が少ないせいだ。
そして、屋敷は余りにも広い。
屋敷の中を行き来するだけで、かなりの重労働だ

侍女達はお話が大好きだ。

若様だろうか、姫様だろうか…その話で持ち切りだ。

生まれてくるのは、帝国屈指の貴族家クナイツァーの跡取りである。
『氷結の雷神』の異名を持つ、アブローラの長子だ。
アブローラは、生みの苦しみにある。
陣痛に苛まされ踠く。
銀髪の美女は、汗をかき息が上がる。

その銀髪の美女は、帝国騎士の憧れである聖騎士の一人。
”ムーア戦役”の英雄である。
シュバリエ ランクダブルA、帝国最強の魔導騎士と謳われる。

軍務卿であるライネル フォン アルスロップ侯爵と、その第2夫人であるアムセトとの間に生まれたアブローラ。
アブローラの母であるアムセトは、シロウドレイの正妻の末子である。
シロウドレイの息子2人は先の戦いで命を落とし、末の娘であるアムセトに婿を取り生まれてくる、その子に家督を継がせる予定だった。
土着の貴族家に入り婿の命令を聞く者などいるはずもなく、ライネルの熱望にシロウドが折れアムセトを嫁に出した。
ただし、生まれた子はクナイツァー家の子とすること。
生まれてきたのは女子だった。
ライネルは娘であるアブローラをクナイツァー家に差し出すことを是とせず、色々理由をつけて先送りにした。

アブローラは、親馬鹿ライネルにこれでもか!これでもか!と言わんばかりに、甘やかされて育った。
侯爵家の後ろ盾もあり自由奔放であるが、言葉数少なくその容姿は麗しく、”雪原に舞い降りた妖精”と持て囃された。
気性は少し激しいとこがあるが、同年代の男子からは”美貌のアブローラ”であり、女子からは軍服姿に銀髪深蒼の瞳、”深淵の麗人”と人気が高かった。

シュバリエとして出鱈目に強く『ムーア戦役』で天使ディルボラーンを顕現させ、敵軍を食い尽くし極大禁忌呪文の連発という、英雄ブームレイの再来と言わせしめる前代未聞の鏖殺を行い、帝国敗退の危機を救った。

白馬に跨り、帝国騎士団を引き連れて魔獣狩りをし楽しむ姿は、帝国貴族の淑女という概念とは別ベクトルの存在であったが、物語に出てくる英雄のような姿は貴族子弟の憧れであり、魔獣跋扈する終末世界の希望に映った。
”帝都に、アブローラあり”
彼女は、私生活でも何かと派手だった。

ある日、体調不良を訴えるアブローラが治癒ギルドで検査を受け、妊娠が発覚した。

それを知ったライネルは義理の父親からの招喚要求を悉く無視し、一戦交える覚悟で娘を帝都の屋敷に匿ったのだが、ある日忽然と娘がいなくなった。

娘の部屋には護衛騎士達の血で書かれた警告文が刻まれていた。

”次はない”

顎門騎士団にかかれば、身重とは言え帝国最強の騎士と言われる『氷結の雷神』とその護衛を排除するなど造作もない事だと分からされた。

帝国大本営には大都督シロウドレイの名で、アブローラの陸軍少将の官職を退官させると通達が来た。
突然の事に慌てた軍幹部は、軍務卿であり父親であるライネルに確認を取るが無回答であり、事の次第に困る始末となった。
“本人の意思の確認を”
と、返信するのだが、
”顎門騎士団と共に話をつけに行ってもいいが?”
と、シロウドレイからの脅迫めいた文書に大幹部達は絶句し、30年前の帝都大虐殺を恐れ承諾した。

アムセトが謝罪の為に顎門に赴き、父親であるシロウドレイに経緯とライネルの謝罪文を渡したことで娘との面会が許された。

これ以上逆らえば出産後、再教育と言う名の洗脳か、肥立ち悪く命を落としたことにされる可能性高かったからだ。

シロウドレイにとって孫であるアブローラには既に興味などなく、その生まれてくる子にしか興味がないのは分かり切っていた。
クナイツァー家の跡取りにしか興味がないのだ。



アブローラは、軟禁されていた。
両手両足に鎖をつけられ幾重にもシロウドが直接施したと思われる魔導印が痛々しかった。
国宝級の魔導具を惜しみなく使われ拘束されていた。

「私の娘は、魔獣じゃないんですけど…」
と、アムセトが呻いた。

アムセトは出産まで顎門に滞在することを許された。
今、父親不明の子を宿し…2年近くの妊娠期間を経て出産を迎えようとしていた。

2年…そう生まれてくる子は、クナイツァー家の秘術がかけられていた。


果たして生まれてくるのは、人の子なのか、どうか…知っているのは、シロウドレイだけだ。

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