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第10話 開拓者の末裔

 食料は現地調達。
 そんなある意味衝撃的な教授の言葉とともに、川の近くに竜車を停めての探索が始まった。

「それじャ、行ってまいりやス」
「うむ。そちらは任せたぞ」
 御者のシャカルは、竜たちを車から放し、一頭の背にまたがると、共に餌を探しに行った。

「馬と違い、あの地走竜(ジオドロメウス)は肉食寄りの雑食性じゃ。それゆえに、餌の確保が面倒なんじゃが……まあ、あのシャカルに任せておけば大丈夫じゃろう」

「……さて、僕たちは魚でも捕るとしましょうか」
「待て待て、リチャード。お主はどうやって捕るつもりじゃ?」
 槍を持ち川へと向かうリチャードを、教授は慌てた口調で呼び止める。

「……槍で突きます」
「風情というものがないのう」
「……父にもよく言われました。しかし、釣りよりもこちらの方が効率的と考えられますが……」
 やれやれ、と教授はつぶやき、何かを探すかのように周囲を見回す。

「その辺りの草むらに新しいウサギの糞が転がっておる。この辺りもウサギは多そうじゃな。魚はわしらに任せて、ウサギと木の実でも取ってきてくれ」
「……御意」
 心なしか落ち込んだような表情を見せ、リチャードはとぼとぼと竜車から離れてゆく。

「で、おれたちは何をとればいいんだ?」
「レオ、お主にはこれを貸してやろう」
 教授は馬車に戻ると、三本の釣竿とバケツを抱えて戻ってきた。そのうちの一本の竿をレオに差し出す。
大赤柳(おおあかやなぎ)の枝と、鎖蜘蛛(カテナラネア)の糸で作った特製の釣り具じゃ。餌はその辺の川岸から、ミミズか川虫でも探すがいい」
「わかった」

 レオにとっては、釣りも初めての経験だったが、あとは隣のジュリアの真似をして、軽い重りのついた仕掛けを流れへと放り込む。

 すぐに竿を持つ手に、何かが暴れ回る感触が伝わってきた。竿を上げ、糸を手繰り寄せれば、ちょうど指を伸ばした掌に載るぐらいの、大きな(ひれ)を持つ青黒い魚が上がってくる。

「待てい!!」
「な、何だ!?」
 糸の先でもがく魚に手を伸ばしてそれに触れる直前、教授の大声に止められた。

「魚に触れる前に、よく観察してみろ。」
「お、おう」
「こ奴の胸鰭(むなびれ)は大きいだけでなく、硬くて鋭いぞ。武器にというわけにはいかんが、即席のナイフ程度なら、実際に使われることがあるくらいじゃ」
「危ねー奴がいたもんだな」
「この鋭刃魚(プロトシカ)はまだ手がざっくり切れるだけで済むのじゃが……」
「いや、だけじゃねえだろ」
「毒を持った魚もいるから、気をつけねばならんぞ」

「ま、毒持ちなんて、そうそう釣れるもんでもねえだろ……お、またなんか釣れた」
「で、今お主の釣ったのが、その毒針を持つ魚の一種じゃ。名を刺痛鯰(ポノシルルス)という。ほれ、この胸鰭に隠れて大きなトゲがあるじゃろう。うっかり掴んだりすると、これに手を貫かれるわけじゃ。そして腕が倍近くまで膨れ上がり、数日痛みが続くぞ」

「はー、(こえ)えな」
「よしわかった。これからは触る前にわしを呼べ。って言ったそばからまた妙なものを釣りおった。こ奴は冥河魚(ドデコドン)。触っても問題はないが、食えば猛毒じゃぞ」

「おお、ウナギが釣れたぞ」
「ウナギではない。これは紫鱗蛇(ヴィオラコフィス)、毒蛇じゃ! 噛まれたらただじゃあ済まんぞ。とはいえ、普通は釣りで掛かるようなもんじゃないんだがのう」

「なんでこんなに、変なもんばっかり釣れんだよ……」
「類は友?」
「何ぃ!?」
 唐突に返ってきたジュリアの答えに、レオは気色ばむ。

「やむを得んな。魚はジュリアに任せたほうがよさそうだのう」
 教授のほうは、レオの面倒を見るので手一杯だ。

「そっちはちゃんと釣れてるのか?」
 お返しとばかりに声を上げるが、ジュリアにはバケツに数匹入った魚を見せられた。

「これは香玲魚(アロマボティス)。独特の香りがあるけど、塩焼きが美味」
「ぬぅ……、ちゃんとした魚もいるのかよ」
「そりゃあおるじゃろうよ」
「ええい、このままで終われるか。おれも食える魚を釣ってやる!」
 きっぱりと宣言し、レオは場所を変えて釣ることにした。

 しかし、その場所が悪かったのか、急に何も釣れなくなった。

 十分ほどして、レオが釣りに飽きてきた頃、竿に衝撃が走った。
 まるで盗賊に竿をひったくられたような、そう思わせるほどの力強さで、川の中に竿が引きずり込まれかける。負けじと竿を立て、川岸から後退するように、獲物を引き寄せてゆく。
 教授の言う『特製』の釣り具は壊れることなく、レオと魚の力に耐えてくれた。

 激しい動きは最初のうちだけだったが、川の中を深みへと這い進んでいくような、そんな感触が続く。

「でええぇい!」
 気合を込めて、ひときわ強く竿をあおると、川底で魚がこちらを向いたような感じが、糸から伝わってきた。その後、あきらめたかのように抵抗は消える。ただ重たいだけの何かが、糸に引かれて濁った川底から浮かび上がって来た。

「な……なんだこりゃあ?」
 1メートル足らずの結構な大物であった。黒に近い灰色の、妙にのっぺりとした少し平たい体形の魚。その鰭は他の魚と違って肉厚で、何かを掴むような奇妙な動きをしていた。
 レオにとっては、大物釣りの喜びよりも、獲物に対する違和感のほうが大きかった。
 魚であって魚でない。むしろ、魚というよりも、カエルになりかけたオタマジャクシのような、そんな不思議な印象がある。

「ほう。こりゃ珍しいのう。歩脚魚(ペゾドロモス)ではないか!」
「ぺぞ……何?」
 また妙な呪文のような言葉を話し出した教授に、レオは怪訝な顔で聞き返す。

「さきほど、我らの祖先は、爬虫類と共通といったな。だがそれをさらに遡れば、両生類を経て約四億年前、魚へと行き着く。そしてこのペゾドロモスは、海から川へ、そして陸へと住処を変えてゆく、その途中の姿を今に伝える、いわば生きている化石といえる存在なんじゃ」
「なんかまた授業始まったぞ」
「これは私も初めて見る。色々聞いておくべき」
 授業モードに入ってしまったか、またしばらくの間、浅瀬に泳がせた魚を眺めながら、教授は熱弁する。

「こんなものが捕れるとは予想外じゃな。じゃが、標本にするには準備が足りんのう」
 そう言いつつ教授は、魚を川へと戻す。

「ああっ!?」
「そう怒るでない。珍しいものじゃから、今回はじっくりと観察させてもらうとしよう」
「おれの飯は!?」
「現地調達といったが、自分の分は自分でとまでは言っておらんぞ。ジュリアとリチャードに分けてもらえ」
 その後、教授は魚を追いつつ川を下ってゆき、草むらの向こうに見えなくなった。

「ううう……もう少し釣ってみる」
「がんばれ」
 いつもの抑揚のない声で、ジュリアが励ましてくれた。

   ◇

 魚が暴れたせいか、その後はまた何も針に掛からなくなった。

 とはいえ、たまにはこういうのも悪くない。
 長く味わった覚えのない穏やかな気持ちで、レオは川を眺めながら、魚がかかるのを待っていた。

 川面に巻き起こる細波(さざなみ)が日の光を照り返し、その輝きは刻一刻と形を変える。時おり流れてくる花びらが、それに彩りを加える。

 だがやはり、こんなのんびりした時間は、長くは続かないのである。

「なあ、なんか……悲鳴が聞こえなかったか?」
 唐突なレオの言葉に、戻ってきていた教授はジュリアと顔を見合わせた。

「ほら、今、女の人の悲鳴みたいなのが!」
 耳を澄ませていたレオは、川のそばに広がる湿原を指さして叫ぶ。

「あ」
 一方、ジュリアは何かに気付いたかのように、小さく声を上げた。

「助けに行かねえと!」
 釣竿を放り出し、レオは声がしたとおぼしき方向へ駈け出してゆく。
「待って」
 呼び止めかけたジュリアを教授が手で制し、首を横に振った。
「言葉で説明するより、実物を見せたほうがよかろう。それも経験じゃ」
 一瞬動きを止めたのち、ジュリアは静かにうなずく。

「それに、ジュリアにも経験があるじゃろう」
「私は、もう子供じゃない」
 昔のことを思い出したのか、わずかに不機嫌さの混じった声と共に、ジュリアは頬を膨らませた。

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