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リグドと 大盤振る舞い その2

「お酒がまだの方~、お手をあげてくださいませ~」
「挙手してほしいっす」
 カララとクレアが酒場の内外を忙しく駆け回っていた。
 手に酒瓶を持ち、客についで回っている。

「おう、こっちがまだだ!」
「こっちにもお代わりを頼む!」

 そんな声があちこちからあがり、同時に手があがっていく。
 その度に、カララとクレアがそこへ駆けつけていく。

「……しかしこの酒、美味いなぁ」
「タクラ酒と言ったか、はじめて聞く名前だけどこんなに美味い酒、はじめてだ!」
 2人から酒をつがれた客は、それを口にするともれなく感嘆の声をあげていく。

「どうだ? 美味いだろう。昔馴染みの商会にわざわざ届けてもらった極上の酒だからな。みんな遠慮なく味わってくれ! でも、明日からは金を払ってくれよ」
 豪快に笑うリグド。
 その声に合わせて
「おぉ! リグド酒場かんぱーい!」
「気に入った、明日からも贔屓にしてやるぞ!」

 ジョッキを合わせる音

 飲み干していく音

 新たにお代わりを求める声

 走り回っているカララとクレアの足音

 リグドの酒場は、そんな音で満たされていた。
 先の騒ぎで街道に集まっていた人々が、その賑やかさに釣られるようにして、さらに酒場に集まってくる。

 そんな酒場の前で、リグドは調理を続けていた。
 何度目かの味見の後、
「……よし、こんなもんだろう」
 満足そうな笑みを浮かべるリグド。

「よしみんな、待たせたな! 流血狼(ブラッドウルフ)のスープカレーが出来上がりだ!」
 リグドが豪快に声をあげながら、寸胴鍋の中身を器によそっていく。

 大ぶりな流血狼の肉が浮かんでいるスープ。
 刻んだ野菜と一緒に煮こまれた肉が、スープと野菜に十二分な旨みを加えており、肉と一緒に加えられた焼き汁とガルリックが濃厚さをもたらしている。
 リグド特性の調味料の味付けが、その味を更に高めており、それをリグドがよそう度に芳醇な香りが周囲に漂っていく。

 リグドがスープカレーを配り始めると、それを求めて人々が殺到していく。
 1時間近くお預けをくっていただけに、その殺到の仕方は半端ではなかった。

「おい、こっちにくれ!」
「馬鹿野郎、こっちが先に並んでただろうが!」
「こっちにも頂戴!」

 人々の声が殺到する。
 リグドは、そんな皆を笑顔で見回していた。

「さぁ、みんな遠慮なく食べてくれ! こういう時に遠慮されたら、かえってこっちが恐縮しちまうからな」
 ガハハと笑いながら、リグドはスープカレーをよそった器を次々に配っていく。

 それを受け取った者は、すぐにそれを口にし

「うん、これは美味い!」
「あの流血狼の肉がこんなに美味しいなんて!」
「このスープがまた濃厚でたまらないわ!」

 口々に感嘆の声をあげていく。
 あっという間に、それを平らげてしまうと、

「お代わり! お代わりを頼む!」
「こっちもよ!」
 
 即座に、再びリグドの前に集まっていく。
 それに対し

「お代わりのヤツはちょっと待てって、こちとらまだ1杯目を待ってるんだぞ!」
「店内にはまだ全然回って来てないぞ!」

 そんな声があちこちから湧き上がっていく。

 リグドは、流血狼のスープカレーが皆に喜ばれていることに対し、満足そうに頷いていた。

 カララを呼び寄せ、スープカレーをよそう係を交代してもらうと、新たな流血狼を手にとっていく。
「さぁ、まだ作るからな、みんな遠慮なく食ってくれ! これを機会にリグドの酒場をよろしくな!」

「おぉ! まだまだ食い足りないぞ!」
「あぁ、明日からも来てやるぜ!」

 リグドの言葉に、観衆から歓喜の声が上がっていく。
 そんな観衆の中を、クレアがすさまじい速さで駆け回り、酒とスープカレーを配っている。

 ……さすがリグドさん、こんなに大勢の人を喜ばすことが出来る料理をつくれるなんて

 そのことを自分の事のように歓喜しながら駆け回っているクレア。
 その動きと比例して、尻尾が激しく左右に振れていたのは言うまでもない。

 こうして……
 この日、開店したばかりのリグドの酒場は、多くの客で賑わい続けていた。

 リグドがおごりと言ったにもかかわらず、
「こんな美味い酒と食べ物を振る舞ってもらったんだ」
 といって、無理矢理代金を置いて帰る者も少なくなかった。
 
「はわわぁ、あ、あ、ありがとうございますぅ」
 その金を受け取りながら、カララは何度も何度もお辞儀を繰り返していた。

 客の中には、
「カララちゃん、よかったな、店が再開出来て」
 そう、声をかける者も少なくなかった。

 街の皆も、この酒場がエンキ達に占拠されていたことを良く知っており、エンキ達の仕返しを恐れて見て見ぬ振りをしていた事も自覚していた。
 だからこそ、こうして酒場が再開出来たことを、自分の事のように喜んでいる者も少なくなかった。

 同時に、この問題を解決して酒場を再開させ、さらに今日、街の皆を魔獣から救ったリグドとクレアに拍手を送り、
「リグドの酒場にかんぱーい!」
「かんぱーい!」
 感謝の気持ちを込めながら、ジョッキを掲げていた。

 そんな皆の声を、カララも嬉しそうに聞きながらせっせとスープカレーを容器によそい続けていた。

 クレアは、お客の間を疾走し、酒とスープカレーを運んでいる。

 リグドは、豪快に笑いながら新たに料理を作りながら、客達と楽しそうに会話を続けていた。

 この日、リグドの酒場は夜遅くまで賑やかな声に満ちあふれていた。

 そんな中、
「……はて……何か忘れているような気が……まぁ、いっか」
 リグドは、少しだけ考えを巡らせた後、料理を再開していった。

◇◇

「……リグドのおっさん……俺たちの飯のことを忘れてるんじゃねぇか?」
 酒場の裏にある小屋の中で、エンキがぼやき声をあげた。

 すでに夜半を過ぎているというのに、夕飯が届いていないのである。

 酒場の方からは賑やかな声が聞こえ続けている。

「ちょっと俺、リグドさんに聞いてくるっす」
 モンショウがそう言いながらドアに手をかけた。

 しかし、モンショウがいくら力を込めても、扉はびくともしなかった。

 ……それもそのはず
 扉の前には、一角犬が置かれており、今も気絶したままなのだが、偶然にもその巨体が小屋の扉を塞いでいたのであった。

 リグドは、小屋から少し離れた位置に一角犬を置いていたのだが、一角犬が寝返りをうち、その位置へ移動していたのであ。

 玄関側に扉がないため、小屋の中のエンキ達には小屋の前に一角犬がいることが見えなかった。

 脱走防止のため、他の窓も風を入れる程度にしか開かない仕組みになっており、そこから外に出ることも出来ない。

 エンキ達は、必死になってドアを押していく。
 だが、相変わらずびくともしなかった。

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