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リグドと、そいつの名は その1

「……ん」
 まぶしさを覚えて、リグドは目を覚ました。

 窓から朝日が差し込んでいる。
 
 ダブルベッドの上。
 リグドの横にはクレアの姿があった。

 2人とも衣服は身につけていない。

 ……あぁ、そうか……店が終わったあと、そのまま……

 リグドは、昨夜の事を思い出しながら、クレアの頭を優しく撫でていく。
 
◇◇

 リグドの酒場の開店当日。
 街中で暴れていた魔獣を鎮圧したことで、リグド達は一躍街の英雄として称えられた。

 そんなリグド達に一言お礼を言おうと多くの人々が酒場に集まった。
 そんな街の人々に酒や料理を振る舞ったリグド。
 急遽はじまった宴は大いに盛り上がり、夜遅くまで続いていった。

◇◇

 カララが疲れ切ってしまったため早くに休ませたため、途中から酒場はリグドとクレアの2人だけで切り盛りしていった。

 体力には自信のあるリグドも、その体に若干のけだるさを感じていた。
 
……やれやれ……ちょっと一角犬とじゃれあって、ちょっと酒場を頑張って、ちょっとかみさんを可愛がったぐらいでこの有様かよ……まったく、年はとりたくねぇな

 思わず苦笑するリグド。

 そんなリグドの左腕を枕にして、クレアは寝息を立てていた。
 リグドの胸に頬をよせ、体をぴったりと密着させている。
 その左足がリグドの足に絡んでおり、左手がその胸板の上にのっている。

 まるで甘えるように、自分に絡みついているクレア。
 リグドはその寝顔を見つめ続けていた。

 ……ん?

 その時、リグドはあることに気付いた。
 クレアの耳がせわしなく動き始め、その頬が赤く染まっていく……

「……クレア、起きてるのか?」
 リグドの言葉に、クレアの体がピクッと反応した。

 まぶたが、少しずつ開いていく。

「……お、おはようございます」
 少しうつむき加減になりながら、小声で挨拶するクレア。
「あぁ、おはよう。昨日はお疲れだったな」
「い、いぇ、あれぐらいなんともないっす」
「はは、さすが俺のかみさんだな、頼もしい限りだ」
 リグドは、上半身を起こそうとした。

「あ……」
 困惑の声を漏らすクレア。

 それは『もう少しこのままで……』そう懇願しているように聞こえた。

 リグドは、
「なんだ? 随分甘えん坊だったんだな、お前ぇ」
 そう言いながら、クレアの体に覆い被さっていく。
「……まぁ、そんなお前ぇも、嫌いじゃないがな」
 クレアに口づけるリグド。
 クレアは目を閉じ、リグドの体を抱きしめていく。

 差し込んでくる朝日の中……2人は唇を重ねながら抱き合っていった。 

◇◇

 その後……

 クレアは、日課になっているエンキ達の特訓に出かけていった。

 街中を5周走りながら、街道に落ちているゴミなどを拾っていく。
 弓を構えたクレアが、エンキ達がサボらないように目を光らせているため、全員必死になって走り続けていた。

 ちなみに……
 閉店直後に
「あ、エンキ達に晩飯もってってねぇ!?」
 リグドがその事を思い出したおかげで、エンキ達はどうにか夕飯にありつけていたのだった。

「……そういやぁ、あいつをどうにかしねぇといけねぇな……」
 そう言うと、リグドは酒場の厨房へ移動した。

 ざっと片付けてあるそこには、リグドが昨夜散々作りまくった流血狼のスープカレーの寸胴が置かれていた。
 その寸胴に水をはり、魔石コンロにかけていく。
 包丁を手にとり、昨夜使用しなかった残り物の流血狼の肉をぶつ切りにしていく。
「一角犬(ホーンドッグ)が何を食うかなんてわからねぇが……ま、なんとかなるだろ」
 野菜を粗切りにし、軽く炒めた流血狼のぶつ切りとともに寸胴に突っ込んでいった。

 丁寧にかき混ぜながらアクを取り除いていくリグド。

 ほどよく煮えてきたところで、調味料を加えて味を調えていく。

 ……傭兵団のヤツが言ってたからな、犬は薄味でねぇといけねぇって

 その事を思い出し、あえて薄味に仕上げてあった。

◇◇

 出来上がったスープを、リグドはタライにうつしていった。

 それを両手で抱え、店の裏へと向かっていく。

 そこに、大きな白い塊があった。
 
 昨夜リグドがここに置いた一角犬である。

 一角犬は、今は眠っているらしくその身を丸くしていた。

「おう、ワン公、起きてっか?」
 リグドはそう声をかけると、一角犬が顔をあげ、リグドへ視線を向けた。
「よう、おはよう」
 ニカッと笑いかけていくリグド。

 だが

「キュウウウウウウウウウウウウウウウウウン」
 その顔を見るなり、一角犬は悲鳴のような鳴き声をあげ、その場に寝転んでしまった。
 腹を上にし、絶対服従のポーズをとっていく。

 昨夜、リグドに思いっきりぶん殴られて気を失ったことを覚えているらしい。
 しかも、人熊(ワーベア)族であるリグドは、その容姿が熊に酷似している。
 
「おいおい安心しなって。俺は見た目は熊だが、とって食ったりしねぇからよ」
 苦笑しながら声をかけるリグド。

 一角犬は、言葉を理解することが出来るらしく、リグドの言葉を聞くとゆっくりと起き上がっていく。
 まだ警戒しているのか、耳も尻尾も垂れ下がったままだった。

「昨夜はぶん殴って悪かったな。ま、仲直りの印ってことで、これでも食ってくれ。食い終わったら森に帰してやっからよ」
 リグドは、一角犬の近くにタライをおいた。

 くん……くんくんくん……

 タライから漂ってくる匂いに鼻をヒクヒクさせる一角犬。
 その顔をタライに寄せ、その中身をさらに匂っていく。

 おずおずと舌を伸ばし、スープを一口なめた。

「ワホン!」
 途端に耳がピンと立ち、尻尾も起き上がっていく。

 顔をタライに突っ込むと、一角犬はすごい勢いでその中身を口にしていった。

 肉を頬張り
 スープをすすり
 野菜をかみ砕いていく

 よほど空腹だったらしく、一心不乱にスープを平らげていく。

「ははは、そんなに美味いか?」
 その光景を、リグドは腕組みしたまま嬉しそうに眺めていた。

 ……人種族だろうが魔獣だろうが、作った飯を美味そうに食ってもらえると嬉しいもんだな

 一角犬に近づくと、その頭を撫でていくリグド。
 一角犬は、時折そんなリグドへ視線を向けながら、スープを食べ続けていた。

◇◇

 その後、3杯目のスープを平らげてようやく満足したらしい一角犬は、リグドの後ろについて歩いていた。
「さ、もう2度と流血狼に襲われて、街ん中に逃げ込んで来るんじゃねぇぞ」
 ニカッと笑うリグド。
「ワホン!」
 一角犬は、一鳴きして答えた。

 そのまま城門へ移動していくリグド。

 夜が明けたため、すでに開門されており、衛兵達が警護にあたっていた。

「うわ!?」
「あ、ありゃあ、昨日暴れた一角犬……」

 その姿に衛兵達が身構えていく。

「あぁ、大丈夫大丈夫、こいつはもう落ち着いてるから」
 そんな衛兵達に、笑顔で声をかけるリグド。

 衛兵達も、リグドが昨夜の騒動を治めたことを知っていたらしく、その一言で安堵の表情を浮かべた。

 城門をくぐり、森の前まで移動したリグド。
 その背後には、一角犬がついてきている。

「さ、森へ戻りな。達者で暮らすんだぞ」
 一角犬の顔をポンと叩くリグド。
「ワホン!」
 一鳴きして答える一角犬。

 そんな一角犬に軽く手を振ると、リグドは街へと戻っていった。

……なんつうか……ちと寂しいもんだな、飯の世話をしてやった後だし

 その顔に苦笑いを浮かべながら、酒場へ向かって歩いていくリグド。
 寂しさがこみ上げてこないようにか、後ろを振り向くことなく街道を進んでいく。

 酒場の前には、クレアとエンキ達の姿があった。

 ちょうどジョギングから戻って来たところらしく、エンキ達は全員汗まみれになって地面に倒れ込んでいる。
 その横で、汗一つかいていないクレアが、道中広い集めたゴミの袋をまとめていた。

 リグドに気付いたクレアが、そちらに顔を向けた。
「あ、リグドさ……ん……」

 その言葉が途切れ、その顔にびっくりした表情が浮かんでいく。

「ん? どうしたクレア?」
 よく見ると、クレアの視線はリグドの頭上に向けられていた。
 
 振り向くリグド。

 そこに、一角犬の姿があった。
「……お前ぇ……ついて来ちまったのかよ」
 苦笑するリグド。
 
 そんなリグドに、一角犬は
「ワホン!」
 嬉しそうに一鳴きした。

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