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冬も訪れ



 十二月も半ばになった。
 雪はまだ降っていない。
 だが、やはり気温は下がっているし防寒は必要だな。

「はあ……すっかり息が白くなったわねぇ」
「そうだな」

 手袋をしていたラナが、箒を持って近づいてくる。
 畜舎の掃除は終わっているので、次は散らばった干し草集め。
 干し草は汚れていれば畑の肥やしになってもらう。
 ……普通に土を休ませる意味でなんにも植えてないところや、凍らせたらまずい畑の上に置くんだよ。
 なんかこの辺りはそれで土や作物を守るんだって。
 他にもラナが春に植えた、プルーンやコーヒーの木に干し草を撒いて寒さから守る、って事もする。
 やり方はクーロウさんに教わったけど。

「……ラナ、寒くない?」
「へ? え、あ、ああ、うん、寒くないわよ。……フランこそ……」
「俺はめちゃくちゃ動いてたので熱いくらい……」
「まあ、子どもたちのお手伝いがなくなったものね〜」

 そうなのだ。
 今月の上旬、子どもらは全員、うちから徒歩五分の場所に建てられた、新児童養護施設へと引っ越して行った。
 毎朝元気にうちに通勤して、家畜の世話から畑の世話、お勉強から遊びまで、まあこれまで同様の生活をして温泉に入って帰っていく。
 そんな日々だったのだが、さすがに寒くなってきたので朝は自分たちの施設の中でご飯を食べ、昼間だけうちに来てご飯を食べて帰る、という生活に切り替えさせた。
 温泉も歩く事になるし、体冷めちゃう。
 そんな事になったら風邪ひいちゃう。

「あの温泉のお湯を、児童施設に流れるように土管? 整備出来たらいいのだけれど」
「水路の話? ……やろうと思えば出来そうだけど、土の中に水路を埋めるっていうのがよく分からないんだよな、それ」
「うーん、そうよねぇ……」

 ラナは温泉からお湯を引いて、子どもたちがこちらに来なくても温泉に入れるようにしたい、と言っているしついでにうちにもお湯を引いて毎日温泉に入りたい、と言う。
 水路の発達している『青竜アルセジオス』ならいざ知らず、『緑竜セルジジオス』では少々それは難しい。
 理由は水路の工事の技術が、クーロウさんたちもちょっと怪しいからである。
 もっと言うと温泉のお湯、というのは普通の水とは成分が違う。
 ガチの『水のプロ』である『青竜アルセジオス』の業者ならば不可能でもないだろうが……『緑竜セルジジオス』の人たちにはちょっと……と微妙な顔をされたのだ。
 温泉は木が腐りやすいんだって。
 普通の水ならともかく……とクーロウさんでさえ目を背けたので、ちょっとね。
 では鉄ならどうか。
 ラナが提案したのは、これもまた資金的、技術的に嫌な顔をされた。
 鉄といえば隣国『黒竜ブラクジリオス』。
 トワ様が遊びに来た時に頼むのもありだし、レグルスにも相談してみたが『個人』でやるにはお高めが過ぎる。
 そして、やっぱり「鉄も温泉水で錆びやすいらしい」との情報が。
 では、石?
 石加工では?
『黒竜ブラクジリオス』なら石の加工も上手いはず。
 と、いう提案はグライスさんの「どうやって石を運ぶんだ」という一言で頓挫。
 ……そうだね、どうしようもないよね。
 そんな超重量、普通の馬車で運べるはずもない……。
 この辺りで石と言えば崖の下の荒野のような場所に転がる鉄石だが、それをここまでどうやって持ち上げるか、って話。
 それ用の装置を設置する?
 切れない鎖が何本必要?
 職人に来てもらって、じゃあ寝泊りする場所や食費滞在費全部出して総額いくら?
 現実的ではない……とても……。
 貴族ならともかく——いや、俺たちも貴族だけど——……『個人』のためにそこまでするのはちょっとね。

「毎日温泉に入るためには……やっぱりレグルスの言う通り、うちから温泉の側まで長い渡り廊下を作り、それに添うように温泉施設を作るしかないのね……!」
「それもかなりの距離だし、かなりの資金と時間と労働力が必要だけどなぁ。まあ、確かに水路を作るよりはまだ現実的かも」
「金貨百枚で収まると思う?」
「はみ出そう」
「そうよねぇ……レグルスは商売にしたいみたいだけど……維持費とか運営費とか諸々を考えると、手を広げ過ぎになるものねぇ。そもそも、『青竜アルセジオス』と『緑竜セルジジオス』ってそこまで仲良くないみたいだし、お客なんか来なさそう。『緑竜セルジジオス』付近にあった『ダガンの村』は、再興中でしょう?」
「そうなんだよね……」

 ふう、と溜息が出る。
 ラナには少し心配そうに「フラン?」と見上げられたが、こればかりはラナに言えないものがあるのだ。
 実はロザリー姫が生まれたばかりの頃、当時六歳のアレファルドとの婚約話が持ち上がっていた。
 あまりにもロザリー姫が幼過ぎるので、アルセジオスの陛下は首を縦に振らなかったらしい。
 その二年後には陛下の後押しでアレファルドとラナ……エラーナ嬢は婚約。
 なぜうちの娘ではダメだったのか、とゲルマン陛下が不満を漏らしていた、という話は、実は有名だったりする。
 ゲルマン陛下としては『青竜アルセジオス』が近年あまりにも『千の洞窟』から氷を持っていくので、『緑竜セルジジオス』王家の分も残しておくべき、と暗黙の主張があった。
 陛下ご自身は口にしないが、家臣からは漏れ伝えられていた話である。
 しかし、『青竜アルセジオス』側はそれを無視。
 なかなかに『緑竜セルジジオス』側の不満は溜まっていたわけだ。
 まあ、それはラナが冷凍庫を用いた氷を『緑竜セルジジオス』王家に献上して一瞬で氷解。
 ゲルマン陛下的には、俺たちを無条件で国に迎えてもいいと思えるほどの功績となっていたらしい。
 今となっては「氷如きでなんとも矮小なものの考え方をしておったものよ、わははははは!」とファーラを連れて行った時の晩餐会で笑い話に出来るくらいになっていたようだが……結構ギリギリだったように感じた。
 しかし、『青竜アルセジオス』の国王陛下の性格を思うと、なぜ『青竜アルセジオス』側があれほど毎年氷をごっそり採って行ったのか謎が残る。
 権威?
 でも他国との仲を微妙にしてまでこだわるものでも、そんな人格の王でもない。
 謎だ。

「……ここが『緑竜セルジジオス』側との国境の町みたいになったら…………」
「ラナ?」
「ううん、なんでもないわ。最近お父様から手紙がないから心配してるだけ。……竜石玉具も、どうやって届けたらいいか悩ましい問題よね」
「それな」

 物が貴重品認定されてしまったので、むやみやたらに送るのがちょっと憚られる。
 まあ、使い方が分からなければただの『なんか綺麗な玉』なんだけど。
 配達屋に預けてなくされたり、盗まれたりしてはとても困る。
 そんな事滅多にない優秀な配達屋はもちろん多いけれど。
 それでもアレはモノがモノだけに、ちょっとねぇ……。

「まあ、レグルスが新年の大市で『青竜アルセジオス』に行くって言ってたから、玉具はその時に任せるとして!」
「そうだな」
「問題は!」
「うん」
「………………カフェのメニューなのよねぇ……」
「そこに戻るのなー」
「うーっ」

 そして新たにラナの頭を悩ませる問題。
 それはカフェのメニュー。
 多すぎず、少なめな方がいい。
 しかし、ラナ曰く「あまり少なすぎると私の知識が活かせないのよ!」らしい。
 ラナの前世のメニューをたくさん出したいらしいが、中には前衛的すぎて庶民にウケないんじゃないかっていうやつもあるのだ。
 作ってもらったものの中で『パフェ』は……あれは、ない。
 俺には甘すぎて食べられなかった……いや、ラナは「無理して食べなくていいわ、フランには絶対甘すぎるから!」と言ってもらっていたにも関わらず、チャレンジしてしまった俺が悪いのだけど……!
 あと、材料が色々大変。
 下にクッキーを砕いたものを敷き詰め、その上にクリーム、チョコレートソース、クリーム、クッキー……と段差にして、最後にアイス、クッキー、チョコソース……。
 それを銅貨五枚とは採算度外視もいいところ。
 クラナもさすがに「それは……!」と、引き留めていた。
 残念だが、あれは貴族が食べるものだ……とても銅貨五枚で売ってはいけない。
 手間も材料もかかる。
 庶民の生活水準では、銅貨五枚は一食分の外食の値段として相場ではあるだろう。
 それと比較してもパフェに銅貨五枚は安いくらいだけど。
 とはいえ、ラナいわく「カフェにパフェがないなんてっ!」と叫んでいたのでラナの前世の世界はアレが普通に販売されていたらしい。
 頭がおかしいと思う。

「まあ、コーヒーと紅茶、ミルクは飲み物として定番だからこの三つは間違いなく入れるとして」
「あとクッキーとスコーンとシフォンケーキだっけ?」
「そうね。クッキーは割と日持ちするし、スコーンならクッキーみたいに持ち帰り用に販売してもいいしね。シフォンケーキはバリエーションが楽しめるようにすれば、売り切れる……と、思う」
「うーん、客層が謎すぎるからな〜」
「そ、そうなのよねー」

 とりあえず客として来そうなのは竜石学校の職人見習いたち。
 講師組も、まあ……来るだろう。
 あとは学校で働いてる女性陣。
 町から通うには少し遠いが、新しいもの好きの奥様や若い女の子たちは遊びには来るだろうな。
 それが定着するかは、微妙なところ。
 簡単に言うと、交通の便が悪い。
 平民は一家に一台馬車がある、とかはない。
 馬車で三十分、女性の足で徒歩だと一時間近くになるかも……。
 ラナは「隠れ家っぽい、常連だけが知っているような知り合いが集まってお茶するだけのお店」っぽいのを目指しているらしいので、要望通りと言えば要望通りになりそう、なのかな?

「……客の量にあまりこだわりがないなら、その日のおすすめ、みたいなので乗り切れば?」
「うーん、まあ……ぶっちゃけこの国だと食べるものには困らないし、フランのおかげでお金にも困っていないから……それもアリかもしれないわよね」
「アイデアはラナたけど」
「作るのはフランじゃない」
「俺はラナが考えたものしか作れないよ」
「わ、私は前世の記憶で欲しいものを言っているだけよ」

 お互いに睨み合うような形で見つめ合ってしまう。
 なんとなく気恥ずかしくなり、顔を背ける。
 ラナが可愛い。
 あと、この話題は平行線になるからやめよう。

「キュッキュッ」
「ん?」

 掃除を終えたところで、独特の鳴き声が聞こえた。
 見上げるとブラジリス鳥のリーンが俺の肩へととまる。
 ブラジリス鳥は『黒竜ブラクジリオス』にのみ生息する黒鳥。
 小さな鳥で、しかし三歳児ぐらいの知能があるという。
 そのため伝書鳥として重宝されており——主にトワ様……隣国『黒竜ブラクジリオス』の王太子、トワイライト・ブラクジリオス様が我が家に遊びにくる際の事前連絡係として、このように時折現れるのだ。

「あら、リーンじゃない。二ヶ月ぶりかしら? 久しぶりよね。……という事は……」
「えーと」

 リーンの足元についていた小筒から、手紙を取る。
 細長いそれに書かれていたのは、明後日の日付。
 だいたい一日の猶予をもらえるので、その猶予中に『エクシの町』のワズに連絡をする。

「明後日だって」
「……」
「ラナ?」
「そういえば、トワ様ってクラナたちの事知ってたっけ?」
「…………。どうしようね?」

しおり