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やってきちゃった引きこもり

 昨日、ズアーズ市場でもらってきた野菜の数々を前に、僕、田倉良一(たくらりょういち)は、コンビニ店内・レジ奥にあるキッチンスペースの中で腕組みしていた。

 当然といえば当然であるが、僕が慣れ親しんだ野菜的なものは一切なく、異常なまでに極採食豊かだったり、またあるものは、星形やこんぺいとう型と、見たこともないようないびつな形だったりと、まぁ、とにもかくにも多種多様すぎるのである……斜め上方向に向けて……

 とはいえ、どれも野菜市場で扱っている品物ので、一応すべて食用なのは間違いないわけなので、とりあえず、そのすべてを人体実験よろしく自分で実食しててみることにした。

 その結果、味や触感がトマト・きゅうり・キャベツに似た野菜があることが判明したのはありがたかった。
 これらの物は、弁当やサンドイッチを作成する際に重宝しそうである。
 市場に所属している農家と直接の交渉はNGらしいけど、自分で作成した野菜を店で使用したり売ったりするのは問題ないらしいので、そのうち自家栽培にも手を出してみようかとも思っている。
 あとの野菜に関しては、近隣の酒場や食堂でどんな感じに使われれいるのか参考にしながら検討していくことにしよう。

 野菜の仕分けが一段落したら、昨日、我が店の用心棒兼狩人の鬼人(オーガピープル)・イエロが捕獲してきた、タテガミライオンの肉をメインにした弁当を試作してみる。
 この世界に、米と小麦粉があったのは本当にありがたいわけで、
 今日は、ごはんと肉がメインの弁当と、肉をはさんだサンドイッチの2種類を試作し、広場で試験販売を行うことにした。

 すると、昨日の試験販売の評判もあってか、屋台が到着するなりお客が殺到。
 数分もしない間に完売となってしまった。

 弁当類は、このまま店でも販売をしていけそうではあるのだが、それには弁当を入れるための容器をどうするか考えなければならない。
 今のところ、ストックしてあったプラスティック製の使い捨ての入れ物を消費しながらまかなっているのだが、当然無限というわけではない。
 ……こうして考えると、伝票一枚でなんでも買えて補充できていた元の世界って、ほんとに恵まれてたんだなぁ……と、今更ではあるがしみじみと思う。

 -数日後

 昼は広場で弁当類の試験販売をし、
 それ以外の時間が、コンビニ店内を異世界仕様に模様替えしていたのだが、どうにか店内の準備も整ってきた感じになってきたので、ここらで商店街の皆さん相手に、試験的に店内販売をしてみることにした。

 何しろ、まったくノウハウがない異世界での営業なのである。

 とりあえず、この世界の人々が、この店の販売物を見てどういった反応を示すか・どういったものが売れるのか、そういった情報がないことには、こちらも販売戦略のたてようがない。

 そんなことを考えているうちにも、店の中には徐々にお客さんが入ってきてるわけわけでして……

「な……なんだこりゃあ……」
 店内に入ってきた、向かいの武器屋のルアは店の中を見回しながら目を丸くしていた。
「お……おい、タクラ……、この店の中……なんでこんなに明るいんだ?」
 来客者のほぼ全員が、まず呆気にとられて、びっくりしていたのが、天井の照明であった。
 この世界で夜のあかりといえば、松明かろうそく、ライトストーンと言われる光る鉱石、光の魔石を仕込んだ魔法具あたりと相場が決まっているらしい。
 だが、どれも明るさはたかが知れており
 そんな光しかしらない人々が、初めて見る蛍光灯の明かりに唖然とするのも、さもありなんなわけで。
 
 この日は商店街の店主さんや、市場の関係者を中心に招待したのだが、客層の傾向みたいなものはうっすらとだがわかってきた気がした。

 まず、やはりというか、一番の人気だったのは食料品関係。

 広場での販売実績がある、店内手作り弁当とサンドイッチは予想通り即時完売した。
 また、飲み物系、特に酒類も概ね好評だった。
 もっとも、飲み物類は、陳列棚の中が常時冷えていることの方により多くの注目が集まっていたわけだが……これも太陽光発電を導入しておいたおかげです、はい。
 同様に、アイスクリーム関係も飛ぶように売れた。
 この世界には、あまり甘いものを食べる習慣がない、というか、都の富裕層でもないと口にできない高級品になるらしい。
 ただ、アイスクリームに関しては在庫がそんなにないのが残念。
 果物類は市場で入手出来そうだし、シャーベット的な氷菓をどうにかして作成してみる方向で考えてみるのもいいかもしれない。 
 スナック菓子などもよく売れたのだが、インスタント麺などは市場の犬人・テイルスがマジマジと見ながら
「……これ、なんなんです? え? 食べ物? え? え? ……どうやって食べるのですか? これ?」
 と、ひたすらに困惑していたのだが……そりゃそうだ、インスタント麺なんて、この世界の住人達は初めて見るのだから、当然といえば当然の反応である。
 とりあえず、1つにお湯を入れて3分。出来上がったものを食べてもらったところ
「……!?」
 麺をズズッとすすったテイルスは、一瞬の後、すごい勢いで食べ始めた。
 その様子を見た他の客達がこぞってインスタント麺に手を伸ばしたのはいうまでもない。

 そんなこんなで、テスト販売も一段落して、店の片づけをしていたところ
「なぁ、タクラ……この先に鉄がついてるこれ……なんだ?」
 片づけを手伝ってくれていたルアが、店の片隅に置いていた農作業用の鍬をまじまじと眺めていた。
「農地を耕す鍬だよ……みんな使ってないのかい?」
 僕の言葉に、ルアはきょとんとして
「鍬?……ってのが何なのかよくわかんねぇけど……畑を耕す道具ってのは木製って相場が決まってるだろ?」
 その言葉に、今度は僕がきょとんとする。
 
 ルアの話だと、畑を耕す道具は何種類かあるのだが、それらは昔から木で作っているのだという。
 鉄が貴重だからなのかと思ったのだが、
「そりゃ、純度の高い鉄は優先的に武器になるけど、純度の低い鉄はいくらでもころがってるぞ……使い道がないからなぁ」
 どうやら、この世界では、鉄は存在しているものの、その用途がかなり限られているらしい。
「ちなみに、ルア。この鍬と同じ物って、作れる?」
「そりゃ、これくらいわけないけどさ……」
 その場で、ルアに、鍬100個の作成を依頼した。
 それが出来たら、農家へ売り込みに行ってみようと思う。

 -翌朝

 イエロと一緒に朝ご飯を食べた後、
 イエロは山へ狩りに
 僕は店の片付けに精を出すことになった。

 店の前を掃除していると、何やら誰かに見られているような感覚に襲われて仕方がなかった。
 周囲を見回してみても、特に人影はないのだが、どうにも誰かに見つめられている感じが半端ない。

 そんな気配にさいなまれている僕の目の前で、人の姿が無いにも関わらず、突然店の自動ドアが開いていった。

 「はわ!?」

 その瞬間、自動ドアの前に、硬直した1人の女の子の姿が、文字通り唐突に浮かび上がった。

 その姿からして……魔法使いって装いのその女の子は、思うに、透明になる魔法を自分にかけて、こっそり店内に入ろうとしたところ、いきなり扉が開いたことにびっくりして、硬直しているのだろう。

 僕は、あえて深く追求はせず、ごく普通な感じを装いながら
「お嬢ちゃん、今日はまだお店は開いてないんだ」
 笑顔でその女の子に話かけた。
 すると、その女の子は、びっくりしたような顔をすると、慌てて周囲をきょろきょろと見回していき、そして周囲に自分以外には誰もいないことを確認し、ようやく僕の言葉が自分に向けられていることを自覚したらしく
 「……見……見えて……るんですか?」
 か細い声でそう言うと、冷や汗をだらだらと流しながら真っ赤になってうつむき、がたがた震え始めた。
 その体制のまま、女の子は、必死の形相をこちらへ向けると
「ち……ちがうんです……あの……ちょっと、このお店の中にかわった魔法の照明があるって聞いて、興味がわいちゃって……ちょっと見てみたいなっておもっただけなんです……でもですね、スアは人とお話するのが苦手な……その、対面恐怖症なので……透明になる魔法を使ってちょっとこっそりのぞかせてもらおうとおもって……そしたら扉がなんにもしないのに開いちゃって……それで……びっくりしちゃって……その……あの……あ……あ……」
 その少女……スアっていったか……は、そこまで言うと、顔面を真っ赤にしたまま、ガクガク震えながらへたりこんでしまった。

 ……なんというか、すごい対面恐怖症だなぁ

 とりあえず、スアを店内の椅子に座らせて、お茶を出して落ち着いてもらう。
 たっぷり小一時間かかって、スアはようやく落ち着いたらしく
「……さ……さきほどは……その……どうも……」
 まだ頬を赤く染めながらも、スアは深々と頭を下げた。
 とりあえず、落ち着いたスアに、店内の照明を点灯して見せ、
「これは魔法じゃないんだ……ん~、科学って言えば伝わるかな?」
「……カガク?」
 スアは、天井で光っている蛍光灯をマジマジと見上げていた。
 スアは、そのまま立ち上がると、店内をマジマジと見回していき
「……ここには、そのカガクがもっといっぱいある……の?」
 そう言いながら、アイスが入っている筐体に手を伸ばすスア。
 そこで、氷のような冷気を感じたスアは、再び、びっくりした表情をする。
「魔法の気配がまったくないのに、すごく冷たい……これも……カガク……?」
 店内を何度もきょろきょろしながら、スアの表情は、最初の頃のびくびくしたものから、いつしかわくわくした笑顔に誓い表情へと変わっていった。

 ひとしきり店内を見て、触って我待ったスアは、僕の側に寄ってくると
「……スア……ここにいたい……ダメ?」
 そう、懇願の表情を浮かべた。

 この世界に存在しない物の数々に、すごく興味を持ったってとこなんだろう。

 とりあえず、素性がわからない人を店に置くのは問題があるが、バイトってことで、働いてもらいながら科学に接してもらうのもありかもしれないな……なんて一瞬思ったんだけど……よく考えたら、最初のあの人見知り具合からして、スアってそもそも接客、出来るのかな……と、疑問に思ってしまう。

 かなり不安を感じながらも、とりあえず、履歴書を書いてもらおうと、書類を準備する。

 僕の世界の物では無く、組合のエレエからもらった様式なので、スアも問題なく記入出来た。

 それによると、彼女の名前はステル・アム。
 皆からはスアと呼ばれているとのことで、エルフ族の魔法使いだそうだ。
 年齢欄が空白になっていたのだが
 「……二百才くらいからは……かぞえて……ない……」
 だそうだ……さすが異世界ってとこかな

 店にいてもらうには、接客とかをしてもらう必要があると伝えたところ
「……スアは……無理」
 そうきっぱりと言い切られてしまった。
 まぁそうだよなぁ……って、トホホとなった僕なんだけど
 
「スアは無理……でも……」
 スアが杖を振ると、そこに人型をした発光体が現れた。
 なんでも、スアの意思で動くアナザーボディだそうで、この体を操ることでなら人と接することが可能なのだという。
 
 あれこれ試したところ、このアナザーボディで、お金の計算や、レジの使用も無難にこなせた。これはかなりありがたい。
 スア本人も、レジの仕組みに興味津々で、アナザーボディ越しとはいえ、これを使用出来るのがうれしくて仕方ないようだ。

 ……ただ、1作業ごとに
 「……これ……どうなってる……の???」

 と、アナザーボディと一緒になって、マジマジと機械を見つめ、そして僕に説明を求めてくるのは、ちょっと困ったものではあるが

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