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決別の時【後編】



「ふう! ……わあ、すごい!」
「おお、本当だすごい」

 そう言われたので、兄さんに指定されたテラスに出てみるとそこは空中庭園の一つ。
 かなりの広さがある、緑あふれる公園だ。
 ラナが階段を降りて庭園に足を踏み入れる。
 石畳みの道以外は芝生になっていて、ガゼボとベンチ、テーブルを経てレンガ積みの背の低い壁が見えた。
 いや、もう蔦が張り巡ってて壁と言っていいのやら。
 しかし、城の中にガチで木が植わっている、花壇がある光景というのも……さすが緑竜の国だな、すげー。

「フラン、空を見て! 牧場から見た空もすごかったけど、ここは木々が邪魔しないからすごいわよ!」
「おお〜、本当だな」

 牧場の周りは木々に囲まれてる。
 だから、見える空は限られていた。
 それでも星空はすごくよく見えるんだけど。
 でも、ここは遮るものもないので果てまで見える。
 城下町の民家の明かり。
 緑の香りを含んだ夏の夜風。
 石畳みの道をはしゃぎながら進むラナ。
 星と月明かりの中、風をまといながら一回転する。
 かすかな光を浴びながらそんな風にくるりと回る姿は……息が漏れる。
 綺麗だ。

「そういえば帰る前に着替えていかないとじゃない?」
「ああ、そうだよな。カールレート兄さん忘れてんじゃないの」
「御者を待たせる事になるわよね? 着替えた部屋覚えてる?」
「んー、なんとなく? どっちにしても勝手に動くとカールレート兄さんが戻ってきた時に困るから、待ってるしかないでしょ。伝言頼もうにも、てんてこ舞いだし」
「そ、そーねー」

 眼下に広がる城の中央広場。
 そこを駆け回る使用人たち。
 あーだこーだと聞こえる声は、慌てふためいたものだ。
 御者には悪いけど、服を取りに行く時間は待っててもらおう。
 宿に帰ってから着替えて、ドレスと礼服は明日返しに来るしかない。
 まあ、それに……。

「久しぶりに君のドレス姿を見たんだもん。もう少し堪能させてくれてもバチは当たらないと思うよ?」
「は!? きゅ、急になに言ってるの!?」

 開放感からちょっとテンション高いのかな、俺も。
 それに礼服を着るとどうにも『貴族』のスイッチのようなものが入る。
 これは自分でも今初めて自覚した。
 なるほど、ラナが言ってた『意識して言葉遣いを変える』ってこういう感じか。

「いやぁ、俺も少し……いや、かなりすっきりしたんだよ」
「……けど、本当によかったの?」
「まぁたその話?」
「だって……フランは……」
「なんと言われようと、俺ももうこの国の国民権取得しちゃったし」
「どうしてそこまでしてくれるの」
「……」

 ん?
 と、顔を上げる。
 どうしてって……この話、ラナの前世の話の時にもしなかった?
 首を傾げる。
 本当に分からない。
 なんで蒸し返すんだ?

「フ、フランには、だって、出会いとか……いい結婚相手をこっちで探すとか、そういう事、出来るじゃない。でも、しない……。どうして、そこまで……わざわざ、私と一緒にいてくれるの……?」
「? なんの話? 俺は君と結婚してるんだよ?」
「そ、そうだけど……! そうだけど、でも、それは『青竜アルセジオス』から出た時に仕方なく……私を、保護する的な意味で……だったんでしょう? お父様に頼まれて、仕方なく……。今は、私……生活も慣れてきたし、お店がオープンすれば自分一人でも生きていけるから……えっと、だから……だからフランは……フランの好きなように生きていいのよ! 好きな人が出来たら、私はちゃんと別れるし! 貴方に作って欲しい竜石道具があれば仕事として依頼して正当な対価を支払うわ!」
「…………」

 ……んーーー……んん?
 なんだろうな?
 なんか、こう、会話が成立しないというかすれ違うというか?
 どうしてそんな話になっているのか……。
 あ、そういえば……ラナは……。

「それは……」

 やっぱり俺とは……。

「俺と別れたいという事?」
「え!」

 ……なぜ驚かれるんだ?
 そういう意味じゃないって言いたかったのか?
 え?
 でもそれ以外の理由が思いつかないんだけど。

「な、なんでそんな話に……そ、そうじゃなくて……えーとえーと……」
「?」
「……わ、私と夫婦で、フランは、貴方は嫌じゃないのかって……」

 ツン、ツン、と左右の指先をくっつけつつ、目を思い切り逸らしながらそんな事を言う。
 嫌じゃないのかって?

「嫌じゃないけど?」
「っ〜〜〜!?」

 で、いきなり真っ赤になる。
 え、ええ?
 な、なんなの?
 かわいい……!

「ここにいたのか」
「「!」」

 もう一度改めて質問しようかと思ったら、石畳みに鳴る靴音。
 純白の礼服に身を包んだアレファルド……。
 目を見開く。
 そして、周囲の気配を探る。
 ……一人?

「護衛もなしってのはどうなのかな?」
「どういうつもりだ?」
「ん? なにが?」
「俺を裏切るつもりか!」
「…………」

 激昂、とはこういう事を言うのだろうか?
 首を傾げてみせたのが癇に障ったのかもしれない。
 裏切るもなにもって話なのだが……。

「なにをっ——」
「ラナ」
「っ!」
「任せて」

 カッ、となったラナを抑えて、アレファルドに向き直る。
 数メートル先に佇むアレファルドへ向かって歩み寄った。
 とりあえず……。

「アレファルド」

 睨みつけるアレファルドに……その肩に腕を回してラナへ向かって背中を見せるよう回転させ、耳元で「女の子の口説き方教えてくれない?」と囁いた。
 それに驚いた顔を返される。
 いや、ぽかーん、かな?

「は……?」
「いや、なんかよく分かんない事になってるんだけど、とりあえず全部は俺が女の子の口説き方を知らないせいだと思うんだよ。だからさ、アレファルド、女の子の口説き方教えてくんない?」
「…………。お前なに言ってるんだ!」

 すごい一瞬どん引きした顔されたけど、すぐに振りほどかれた。
 いやー、だってねー?
 元あと言えば、俺に女の子の口説き方を習得させる間もなく働き詰めにさせたアレファルドたちにも、今回の事件の要因はあると思うんだよ。
 その責任を取ってもらうのって当たり前の事じゃないか?

「ど、どうしてそんな話になる! 俺はお前が俺の指示を無視して……それどころか本当にこの国の国民になるなど! 俺を裏切るのかと、そう聞いたんだぞ!」
「あ、うん。俺がお前に出来る事ってもう『裏切る事』だけだしなー。俺で最後にしろよー?」
「なっ!? ……っ、ど、どういう……! エラーナに、あ、あの女に弱みを握られて……そこまで……」
「?」

 なんの話、と思ったが……ああ、なるほど、ダージスの話がどういうわけかアレファルドの耳に入ったんだな?
 それがなんともおかしくて、顔は勝手に笑っていた。

「ああ、握られてるよ。惚れた弱み、ってやつをね」
「は!?」

 今日は実にポーカーフェイスが保てていないなぁ、アレファルド。
 王になるやつがそんなんではダメだぞ☆
 とふざけて言うと思い切り睨まれる。
 でも面白いだけで全然怖くない。

「なっ……ほ、本気で、本当に惚れてるとでも言うのかっ」
「だからそう言ってるじゃーん。つーかさ、お前が言ったんだろう?」
「?」

 あ、これは忘れてる?
 それがなんとも、笑えた。

「『婚約者を変える。あんな女はお前にやる』って、お前が言ったんだろう?」

 彼女の事をなんとも思っていない言葉。
 彼女の存在を否定する言葉。
 彼女の想いも無視し、まるでない事のように扱った言葉。
 冗談めかした口調に包み、しかし目は本気だった。
 忘れた?
 はあ、そんな事は言わせない。
 忘れたなら思い出せ。

「お前が彼女の事を……俺の好きな人の事を、あんな風に捨てたから、俺はお前をもう尊敬出来なくなった」

 元々尊敬要素ゼロになってたのに、マイナスにしちゃったのはお前自身。

「昔はそんなじゃなかった。雨の森の中で迷子になった時、探しに来て手を差し伸べてくれたお前の方がよほど『王』としての王気を感じたのに……今は見る影もない」

 目を逸らす事はなく、その事にアレファルドもまた唇を震わせながら真っ直ぐ俺を見据えている。
 その気概は褒める。
 ちゃんと受け止めるつもりがあるのは偉い偉い。

「だからアレファルド、俺で最後にしろよ。お前は王になるんだろう? 『青竜アルセジオス』の王に。……これ以上誰も失望させるな。俺を裏切り者と罵るならそれもいいだろう。……でも、そうさせたのはお前だよ。『王』として歩む以上、それはどう足掻こうと『お前』の失態だ。人の心を……惹きつけられなくなってるお前のな」
「…………」
「だから、これは『友』としての忠告だ。……俺で最後にしろ。俺はお前の下では働けない。お前に人生も、命も預けられない。家臣の心が分からない、推し量る事もしない、無能な王に仕え続けるのは無理だもん。俺の心を分からなかった、読めなかった時点でお前はその程度。むしろまんまと国の外に出しちゃってさー、いやぁ、笑えるよなー」

 そう思わせてしまった『王』に、その国に……お前の描く未来に……。
 どうか気づいてほしい。
 そんな意味も込めて見つめていると、目を逸らされる。
 先に、お前が逸らすのは……それは……。

「い、つからだ……もっと早く、そう言っていれば……」
「いやいや、言えないでしょ。お前の婚約者だし、相手は公爵家のご令嬢だよ? ああ、だからある意味ではすげー感謝してるよ。おかげで彼女とずっと一緒にいられるから。……けどなー、働き詰めだったせいで女の子の口説き方が分からないんだよ。だからさ、教えて? 女の子の口説き方。リファナ嬢とあーんなに仲睦まじくしてるんだから、ちょっとくらいコツを……」
「知らん! 自分の心を言語化すればいいんじゃないのか!」

 ……教えてくれるんかい。

「自分の心を言語化……って、それどうやんの?」
「自分で考えろ! 不快だ! 俺は帰る!」
「あ、そう。じゃあ、また機会があれば」
「っ!」

 すんごい早歩きで去っていった。
 頭を掻く。
 んー、結局よく分からない。
 振り返ると、頭にハテナマークを乱舞させているラナが首を傾げていた。
 この距離じゃ話の内容は聞こえていないだろう。
 でも、アレファルドの叫びは多少耳に入っていたはずだ。
 それでなんの話、になったのかな?

「お待たせ」
「な、なんの話?」

 やっぱりそこ気になる?
 だよねー。

「んー……心の中を言語化するのは、難しいよねって話?」
「…………。そ、それは……確かにとても難しいわよね……? え? でもなんでそんな話に?」
「さあ?」

 ワカンナーイ。

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