ヤベェ落としもの【前編】
……さて、ゴルドーと名乗った御者は食事をあの坊やと摂りたい、と希望してきた。
馬車の中にいたのはあの子一人。
正直、それも気になっていた。
あのくらいの年頃の子どもが、一人で馬車に乗っていたとは考えづらい。
親か兄弟、従者の一人、護衛の一人は連れているのが普通。
それでも少なすぎるけど。
お忍び?
でもあんな小さな子が?
うーん、深く突っ込むと「なんで平民がそんな事を?」って逆に突っ込まれそうだし……出来ればレグルスからそこんとこ突っ込んで聞いてくれないかなー。
と、レグルスを見つめてみる。
笑顔でウインクされた。
それはどういう意味だ。
「ところで、身形のいい坊やだったけど、親御さんへのご連絡をするなら協力するわヨ。アタシ、これでもいろんな国と取引があるかラ。なんなら、うちの馬を一頭譲るワ。もちろんお金は払ってもらうゲド」
うんうん、あまり警戒させるのもね。
見るからにワケありだし。
その切り口が妥当だろうなぁ。
チラリとゴルドーさんとやらの反応を見る。
ぶわりと汗が出ていた。
分かりやすすぎかな。
「……、そ、そ、そ、そう、ですね、は、はい。はい……」
顔に『どうしよう』ってありありと出ちゃってるよこの人。
……ああ、この人マジにただの御者なんだな。
雇われただけの。
下手したらあのお坊ちゃんがどこの誰かすら知らないかも。
「…………。ラナ」
「ええ、分かってるわ」
さすが、前世の記憶を取り戻しても公爵令嬢。
ともかく、このおっさんを落ち着かせて、あの坊やの身元の特定と親御さんへの連絡。
面倒事になりそうなら、ドゥルトーニル家にも連絡して、あとの事は『貴族』に丸投げするのが一番だろう。
あとは……。
「小麦パンもスープも温め済み! こっそり作っておいたジャムやバター、生クリーム! 貴族のお坊ちゃんも満足させてみせるわ!」
「…………」
違う、そうじゃない。
……うーん……まあ、ラナが可愛いからいいや〜。
と、いうわけでレグルスにも同行してもらって坊やを休ませていた子ども部屋へ。
子ども部屋は子ども部屋だけど、最初の使用者が見ず知らずの坊やになるとは。
「失礼します」
自分の家なのに部屋に入る時にきちんと声かけとノックを忘れないラナ。
よかった、最近あまりにも庶民感出すぎてて貴族味が薄れてたけど……ちゃんと今でも『ご令嬢モード』は仕事するんだな。
所作、言葉遣い、オーラ……どれを取っても一流の令嬢……令嬢すぎて庶民感がなくなってて逆に心配になる。
もう少し、もう少し庶民感出してもいいよ……!
「……あ……」
子ども部屋にはベッドが一つ。
今のところ、クーロウさんが余計な……んん、俺たちのためを思って、気を利かせて作ってくれた子ども用のベッドが一つあるだけだ。
ちなみに御者のおっさんは俺が最初に買ったマットレスで、もう一つの子ども部屋で休んでもらってた。
ラナが声をかけて扉を開いた先のそのベッドに寝ていたお坊ちゃんは、ぞろぞろ見知らぬ大人が入って来て驚いたのか目を見開いている。
浅黒い肌と、黒い髪、金の瞳。
明るいところで見るとかなりの美少年なんじゃないかな、将来は。
ん? 待て、金の瞳って……。
「っ!」
「…………」
俺だけでなく、やはりレグルスも目を見開いて息を飲む。
はは、レグルスのこんな顔初めて見たな。
「金の瞳……」
……さすがのラナもちゃんと覚えてたみたいだ。
ああ、リファナ嬢と同じ。
『聖なる輝き』を持つ者は……その輝きが真価を発揮したあと『金の瞳』になる。
この幼さでこの瞳の色。
そして、男の子で、貴族らしい身形で、『ブラクジリオス人』の特徴である浅黒い肌で……って、まさか……。
「え? いや、え? まさか? そんなバカな?」
「……そ、そうよね? そんなはずはない、わよね?」
その条件が、当てはまってしまう人を、昨日……たまたま話題にしていた俺たち。
顔を見合わせる。
ゴルドーは、苦い顔で目を逸らす。
あ、てめー……知ってたな?
ちゃんと知っててこのザマだな?
……マジかよ……。
「はぁ」
溜息を吐く。
そして、まずは家長……という事になっているのでベッドに座る少年の目の前まで歩み出て膝をつく。
胸に手を当て、頭を下げた。
あーあ、めんどくせー。
「初めまして、ユーフラン・ディタリエールと申します。……失礼ながら、トワイライト・ブラクジリオス様でお間違いないでしょうか?」
「う、うん、そうだよ。……あの、ここどこ? トワは竜さまのところにいくんだよ」
ぶわ、っといやーな汗が背中から噴き出る感覚。
うおおぉい、竜様って、竜様って!
笑顔が崩れていないか心配だ。
大丈夫、自分を信じろ。
伊達に王太子のお世話四年もやってないだろ?
なあ、俺!
「え、ええと……竜様とは、まさかブラクジリオス様のところへ向かわれておられたのですか?」
「そうだよ! あのねあのね!」
え?
ベッドから降りて、え?
俺に近づいて来て……は?
「竜さまがせなかにのせてくれたんだよ!」
「っ!」
あ、理解。
それで国境付近にいたのね。
そんで降ろしてもらって王都に帰る途中だったんだな?
近衛騎士やら護衛やらは大急ぎで迎えの馬車を用意して、追いかけた。
もちろん守護竜に追いつけるはずもなく。
調子こいてここまで来て、ようやく追いついた奴らだけで王子を護衛して戻ろうとしていたが途中で賊に出会し、分断。
王子の危機を感じた守護竜ブラクジリオスが駆けつける直前で、俺がこの子を保護した。
雨が止んだのは、この子を寝かしつけたあと。
あ、繋がったな?
マジ?
誰か嘘だと言って。
……あー、だとしたらやっぱドゥルトーニル家に連絡して、そっから『緑竜セルジジオス』の王家に連絡が一番俺たちには面倒が少ない……?
うーん……普通の貴族の子どもなら……それでいいんだが……。
「……左様でしたか。景色はいかがでしたか?」
「すっごかった! あのねあのね! そらがいつもよりうーーーっんと近くって! くもがさわれそうだったんだよ!」
「…………」
……でもな。
俺も……このくらいの歳の弟がいるから……。
「あとねあとね、竜さまのせなかはゴツゴツでかたくてね!」
わあ、貴重情報。
特に知りたいと思った事ないけど。
「ちょっとだけあったかいんだよ!」
「そうなんですかー」
目がキラッキラだな。
うん、でもそろそろ飯にしようぜ。
ラナの作ったスープが冷めちまうからな。
「ところでトワイライト様。いや、トワ様の方がいいですか?」
「うん、いいよ!」
「「いいのっ!?」」
「いいノォ!?」
「お腹が空いてませんか? ご飯を作って来たんです。いつも食べる物より量は少ないかもしれませんが……きっと美味しいと思いますよ。食べましょうか?」
「ごはん? ……あー、うん、おなか……おなか……」
「なんとあまーいジャムをつけた珍しいパンが食べられます。プラス、ほかほかでジュワーっとするスープ。どんなだか気にならないですか? 飲むと胸がジュワーってするんですよ」
「のむ! のみたい! あまいパンもたべたい! トワおなかすいた!」
よし。
驚いている三人を無視!
俺の部屋からレグルスと一緒に椅子とテーブルを持って来て、トワイライト様改めトワ様を席に座らせる。
すかさずラナがトレイを手前に置いて、パンにジャムと生クリームを塗った。
表情?
俺以外全員硬い笑顔が張りついてるよ。
「あ、守護竜さまにかんしゃを!」
……『黒竜ブラクジリオス』の食前の祈りか。
小さいのにちゃんとやるなんて偉いな〜。
胸に手を当て、祈りを捧げてからラナがジャムを塗ったパンをちぎって頬張る。
んー、なんつーか、ちゃんと自分でちぎるんだな?
てっきり「ちぎって!」とか頼まれるかと思った!
「すごいですね、トワ様は。ちゃんと自分で自分が食べたい分だけちぎれるんですね」
「うん! トワすごいでしょ」
「はい、すごいですよ」
「あのねあのね、パンおいしいよ! あまいよ!」
「これは生クリームとイチゴのジャムですよ」
「おいしい!」
……いかん、顔がにやけてきた。
ダメだなぁ、弟を相手にしてる気分になって。
しかもうちの弟たちより素直。
「…………」
いや、落ち着け俺。
いくら弟……クールガンと同い年くらいとはいえ、普通にこのまま『黒竜ブラクジリオス』の王都まで連れて行けばいい……というわけにはいかなくなったぞ。
それはこの子が『黒竜ブラクジリオス』の王子だから、という理由ともう一つ……『聖なる輝き』を持つ者……守護竜の愛し子だからだ。
守護竜の愛し子は覚醒後、守護竜の番として伴侶に迎えられ契約しない限りどの守護竜にも愛される。
そう、この国の……『緑竜セルジジオス』にも、言ってしまえば『青竜アルセジオス』に行っても、その守護竜の加護を受ける事が出来るし、守護竜は国への加護を強める事が出来るわけ。
なので……大昔は『聖なる輝き』を持つ者を奪い合って戦争した、と記録されてる。
なつまり、まあ……三十年、『聖なる輝き』を持つ者が現れていない『緑竜セルジジオス』にとっては……、……分かるでしょ?
はぁ〜〜〜〜……参ったね〜、こりゃどーも……。
「…………よし、このままなにも見なかった事にして『黒竜ブラクジリオス』に帰そう」
「賛成」
「すごぉ〜く賛成。……さすがに国の厄介ごとになりそうなのはチョットネェ……」
うん。
……と、頷き合う。
俺たちの手に余る。
というわけで結論。
見なかった、なかった事にしよう!