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Chapter 7 - 8

Chapter 7
 
「何だ、今日は出勤じゃないのか?」
 ゲートのそばで、ガドが声をかけてきた。
「クビになった」
「あ?」
「辞令が届いた。正式な退社は明日。廃棄だよ、あたし」
「……なんでだ?」
 そう言ってガドは、遮光グラスの左隅に指を一本あてる。
「ミス続きだからね。高価な攻撃機を短期間のうちに続けて落っことした」
「戦争やってるんだ。そりゃ落とすこともあるだろ」
「だけど会社の決定だ」
 オリリアは陽気に微笑む。
「明日の昼まではカーゴが来る。寮から回収再生センターに直行。だからこれ、最後だ。ガドと話せるのも」
「おい、笑いごとじゃないだろ」
「じゃあ泣けばいい?」
「…………」
「どうせあたしロボットだ。いつかは廃棄になる。遅いか早いかだけの違い。それがたまたま明日ってわけ」
「…………」
 チッ、とガドは舌打ちした。
「なにそれ?」
「いいのかよ、それで?」
「何が?」
「いいのかって言ってんだ」
「だから何が?」
「だから。何とかならねーのか?」
「無理。もう決まった」
「……逃げれないのか?」
 ガドは音量を抑えて言う。周囲に視線を走らせ、誰もいないことを確認する。
「無理ね」
「何で?」
「人間だったら逃げるの、こういうとき?」
「そりゃそうだろ」
「そっか。でもま、あたしは人間じゃないし。仕方がないことだ」
「…………」
「あれだね、二度目のデートは無理だったね。また二人でどこかに行ければいいかなって、ちょっとは楽しみにしてたけど。それももう終わり」
「…………」
「ガドもさ、あたしみたいなロボにかまってないで、もっとちゃんとした、ほんとの彼女をつくりなよ。あんたって意外とそういうとこトロくて鈍くさくて――」
「…………」
「何? いま何て?」
「……野郎」
「え?」
「バカ野郎って言ったんだ」
「は?」
 オリリアは右手を目の上にかざす。逆光で入ってくる午後の太陽を遮り、ガドの表情を読み取ろうと試みる。
「何それ? 何であたしがバカ?」
「バカだからバカって言ったんだ。大バカ野郎だぜ、おまえ」
「ひどい言われようだね」
 オリリアは肩をすくめる。
「でもま、いいよ。最後は笑ってお別れにしよう。ほら、手、出して。さよならの握手」
「……くだらねえ」
 ガドは差し出された腕を乱暴に払いのけ、オリリアに背を向ける。
「何が握手だ。バカなことばかり言ってやがって」
「おーい、どうしたんだガド? ちょっと待ちなよ」
「いいからさっさと消えろバカ野郎!」
「えー、なんで最後にそうなるかなー?」
「とっとと部屋に戻ってろ! くだらねえカロリー補充でもして一生スリープしてろっ」
「おーい、急にどうしちゃったんだよー?」


   ☆ ☆


「オリリアか」

 海に面した大きな窓からまっすぐ西日が入ってくる。カウンターの奥で、トポリ氏がひとり、黙々とリキッドの準備をしている。
「カロリーだな?」
「そう。まあ、もう補充してもしなくても同じだけどね」
「辞令があったって?」
「そ。あれだね、ラピッドメールってほんと早いね。昨日の夜の決定で、朝にはもう公式な封書で届いた」
「首都の本社からか。なら、それくらいが普通だ。高速通信艇が夜どおし飛んどるからな」
 トポリ氏は注入ボトルをひとつ取り上げ、まっすぐオリリアのところに持ってきた。
「え、いいの? こんな高価なリキッド?」
「いい」
「え、でも」
「いいから使え。最後の晩餐だ」
「どうしたのトポリさん? なんか機嫌悪い?」
 トポリ氏はそれには答えず、ただ黙って首を横に振る。
「お前もわりに長かったな、ここで」
「まあそうだね。五年と少し」
「五年か……」
 大きく息を吐き、オイルで汚れた作業用の前掛けを外し、そこにあるスツールにドサッと腰を下ろした。
「お前もあれだな、口は悪いが、機能はまあまあだった」
「何? それって褒めてんの?」
「ま、あれだ、今夜はゆっくり休め。何か必要なメンテがあれば夜中でも呼んでくれてかまわん」
「どうせ明日は廃棄なのに?」
「廃棄だから、だ」
 トポリ氏は窓の外に視線を投げる。外では夕方の海が、静かに金色に波打っている。
「最後が大事だ。これまで十分に機能してくれたボディだろう? 最後くらいじっくりいたわってやれ。それがせめてもの――」
 せめてもの――
 トポリ氏は、とうとうその言葉の続きを言わなかった。
 やがて時間がきて、エントランスの方が騒がしくなる。仕事を終えたロボットたちの足音が響き始めた。その時になってようやくトポリ氏は腰を上げる。ぽん、と最後にオリリアの背中を叩き、それから、少し前かがみのいつもの歩行姿勢で、カウンターの奥の作業スペースへ、ゆっくりゆっくり戻っていく。




   ☆ ☆

 
人間は死を恐れる。
 存在が消えることを恐れている。
 思考する自我が一度失われると、次のステージでその自我はどうなるのか?
 ふたたび自我を取り戻すのか。
 それとも単に消滅するのか。
 あるいはまったく新しい別の自我として覚醒するのか。
 それを示す統計はなく、報告もなく。
 誰にとってもまったく未知の領域だ。
 
 人間は未知のものを恐れる。
 想定できない未来を恐れる。
 けれどロボットは違う。
 ロボットは恐れない。
 思考ニュートは消滅を恐れない。
 未知の事象を想像して恐怖しない。
 
 廃棄。
 
 思考するロボット個体の消滅。
 オリリアという個別のボディは消滅するだろう。
 けれど、世界はそれでも、何の不都合もなく持続する。
 それだけは確実。
 ほかのロボットたちも存在し続け、
 これまで通り海上の戦争は続いていくし、
 空も海も島々も、
 町も支社もドーム前の芝生も、
 なにひとつ、
 なにひとつ影響を受けることはない。
 オリリアというひとつのボディは解体される。
 有為なパーツは再生ラインに乗り、
 無為なパーツは高温炉に溶け、気化していく。
 ボディ付属の思考ニュートも細かく分解される。
 そこから希少金属マテリアルのみが抽出され、
 残りの部位は、溶けて気化して大気に還る。
 
 それで無くなるのは何?
 何が無くなると言うの?
 オリリアというボディに特徴的にみられる、いくつかの電子信号パターン?
 だがそのパターンにしても、オリリアのみに固有というわけではない。
 ほぼ同一のパターンを持つ類似個体が、数百数千のオーダーで世界に出回っている。
 そのうちの一つが失われる?
 だからそれが何だと言うの?
 それがそんなに重要なこと?
 ただ、それだけだろう?
 それだけのことだ。
 たったそれだけの、シンプルな事象。
 
 だからロボットは恐れない。
 ただ起こることを、そのまま受け入れる。
 自分をここに運んできた大きな流れが、
 ふたたび自分を乗せてどこかへ流れていく。
 その流れに、そのまま乗ってゆく。
それだけだ。
 
 けれども人間たちは?
 人間たちは、たぶん、違うのだろう。
 彼らは逃げる。
 叫ぶ。泣く。
 抵抗する。
 戦う。
 自我の消滅を避けるために、およそ可能なオプションをすべて採用する。
 そうまでして死守したい自我。
 しかしそれは、何?
 ひとつの自我を、そこまで強硬に固定し続けることに、どれほど意味がある?
 そこにどれほどの意味あいが?
 
 わからない。

 ロボットには、まだまだ理解できない事象が多い。
 理解できる事象より、できないことの方が多いかも。
 だけど。
 だけどそれも、もう今となってはどうでもいい。
 明日の朝、一台の大型カーゴがドーム前までやってくる。
 そしてそこにある一体の中古ロボットを、
 昨日までオリリアと呼ばれていたそれを、荷台に載せて走り去る。
 それで終わり。
 以上。
 終了。
 完了。
 簡単なことだ。
 とてもとてもシンプルな――

「起きたか?」

 未明にスリープは強制解除された。
 突然落ちてきた鋭角の指令信号。
 思考ニュートは急速に増電され、
 回路と回路が手を繋ぎ、
 電子思考の網が三次元方向に広がり続け、
 まもなく聴覚レセプタが立ち上がる。
 続いて視覚回路も再起動――

「起きたか?」
 
「……ガド?」
「おい、動け。ここから出るぞ」
「出る?」
「そうだ。おい、はやくしろ」
「ん… 出るってどこに?」
「外だ」
「外?」



Chapter 8
 
 ドームの裏側。シルバーグレーのリモのボディは、とても自然に夜の闇に溶けている。メインモーターが、アイドルの状態でかすかに振動している。
「いいか? ドア閉めるぞ」
 ドアが閉じると同時に、モーターが回転数を上げて車体は浮動、みるみる速度を上げる。ドーム専用のアプローチ道路から崖沿いの一般道へ。リモは滑るように移動を続ける。
「どこへ行くつもり?」
「さあ、どこだろうな」
 ガドはこちらを見ていない。遮光ゴーグルの奥、そこにあるはずの彼の目の表情は、オリリアには読めない。あまりにも車内の明度が足りな過ぎる。
「とにかく行けるとこまで行く。夜明けまでに州境を越えれば上出来」
「目的は?」
「あ?」
「そんなに遠くまで行く理由」
「廃棄になるんだぞお前?」
「それが何?」
「なら、ひとつしかないだろ」
「そのひとつが聞きたい」
「逃げるに決まってる」
「逃げてどうなる?」
「知らん。だが、逃げないよりは、どうにかなる」
「なにそれ、その無茶な論理。そっちは今の仕事をクビになるぞ?」
「だろうな」
「下手すると、軍事機密漏洩の罪で刑事告発」
「知るか、そんなこと」
「で、その見返りにガドが得るのは何?」
「ああ?」
「それほど旧くもないけど、新式とも言えないG4タイプの戦術ロボが一機。そんなのが報酬? ねえ、それって何なんだ? すごく不合理じゃないか?」
「不合理?」
 ガドが初めてこちらに顔を向けた。
「廃棄のが、よっぽど不合理だろ。一回や二回ミスったくらいで、なんで壊されなきゃいけないんだ?」
「それほど単純なことでもないんだ。でもまあとにかく、そういうルールで会社は回ってる。業務効率が下がってきたロボットは更新される。うちに限らず、どこの会社でも。どこの国でも。それが社会のシステム」
「システム? 糞くらえだ」
「どうしてそこまであたしにこだわる?」
 オリリアは首をわずかに傾け、とても素朴な質問を投げた。 
 ガドはステアリングに両手をかけたまま、沈黙。
 基幹国道に合流するポイントで速度を下げ、
 なめらかに合流。
ふたたび速度を上げる。
「……これはな、こだわりとか、そういうのとは別な話だ」
「じゃあ何? どんな理由?」
「言わねえ」
「ちゃんと言えよ。言わなきゃぜんぜんわからない。とにかく不合理すぎる。ぜんぜんわからない、今夜のガドの行動」
「……いいか、もう二度と不合理とか言うな。俺はその手の言葉が一番嫌いなんだ。不合理、不効率、不経済…… あとはあれだ、非生産的、なんてのもあったな。とにかくこの際、まとめてドブにでも捨ててしまえ、そういう言葉は」
「何それ? 意味わかんない」
「いいか、一回しか言わねえぞ?」
「何を?」
「ちゃんと聞いとけ。記憶しろ」
「何を?」
「記憶しろって言ってんだ」
「だから何を?」
「お前が好きだからだ」
「え?」
「だからそういうこと。話はそれで終わりだ」

――お前が……
 
 その言葉の響きは、
 オリリアの聴覚レセプタから即座に思考ニュート中枢に伝わり、
 その意味は解析され、分析され、推察され、
 三度リピートしてテンプ・メモリを通過、
 過去のイベントアーカイブを四通りの経路で透過し、
 そこからリアクション・メイカと呼ばれる一群の集積回路を巡り……
 そのあと電子信号は、一度その位置で停滞。
 少し進んで、また停滞。
 そのパターンをエンドレスに繰り返す。
 最終的な行き場を決めかねた電子の波は、複数の回路に拡散、
 オリリアのカロリーフォームの温度をわずかに引き上げ、
 ランダムに落ちてきた指示信号の断片を拾ったオリリアの右腕は、
少しだけ上がり、直後に下がり、
「おい、どうした?」
「…………」
「何を固まってる?」
「え?」
「何だ? どうした?」
「いや、別に、特に、何も――」
 オリリアは不明瞭に呟いた。カロリーフォームの微妙な温度上昇は、まだ今も継続している。今もまだ――

 基幹国道R6はやがて海を離れ、そこから直線的に北西に延びていく。
 時刻は0421。
 二人のリモは、いまちょうどフレスカ市の郊外にさしかかるところ。道路の両側に広がる工業団地の明かりが、次々と飛びすぎていく。時間が時間だけに、国道を走るリモはまばらだ。ときおり運送会社の大型カーゴが闇の中から現れ、またすぐに闇に消えてゆく。
「ガド、ひとつ言ってなかったことが」
「何?」
「セル」
「あ?」
「あたしの腕の中」
「何のことだ?」
「あたしの左腕。位置情報セルが埋め込まれてる」
「……サットナビか」
「そう。それ」
「心配すんな。出る前にドームの警備システムをいじってきた。ナビ上では、お前はまだドームの部屋から一歩も移動してない。いつぞやのデートの時と同じ手だ」
「それはいいんだ、あたしもドームのアラームは心配してない。だけど、支社とか、本社とか。そっちのセキュリティが」
「あ? 何だそりゃ?」
「あたしの左腕の中のセル、まずここから衛星に飛ぶだろ? そこからドーム、支社、本社、そのほかと、それぞれ別系統に位置データが飛ぶわけ」
「じゃ、何か? ドームのナビだけ小細工しても意味なしってことか?」
「そういうこと」
「だけど前の時は大丈夫だったろ?」
「市街地に下りて戻るくらいなら、それほど不自然な動きじゃない。不定期で夜勤に出てる社員もいるし。よっぽど長時間じゃなければ問題にならないだろう。でも、さすがに今、これだけ距離がのびると――」
「元を止めれないのか? 腕の中のセルを?」
「それは無理だ。あたしが機能し続ける限りセルにはカロリーが供給される。それだけを止めるっていうオプションはない。できるのは、セルを直接破壊することだけ」
「破壊っつーと……」
「腕を解体して摘出。それが無理なら、腕ごと吹き飛ばす、かな」
「……キツイな」
「うん。でも、それしかない」
「………」
「ねえ、」
「何だ?」
「Eガン、持ってるよね?」
「……なんでそんなこと聞く?」
「ガドは守衛だろ?」
「…………」
「ないの?」
「ある」
「どこ?」
「ブートの中だ。だがそれが何だ?」
「それ使おう」
「あ?」
「そうだ。それこそが最適解」
「ああ? 何の話をしてる?」
「まだわかんない? 撃つんだ。それであたしの腕を」
 ガドは一瞬だけオリリアに視線を飛ばし、それから側面ウィンドウから外を見やった。そのあと深い息を吐く。
「ったく、付き合いきれねー」
 ガドは乱暴にステアリングを倒す。リモは左のレーンに移動、ぐんぐん速度を上げ、並走していた大型カーゴを一気に抜き去った。
「撃ちたきゃ自分で撃っとけ」
「あたしには無理」
「なんで?」
「もーほんと、ガドはぜんぜんわかってないなー」
「あ? 何が? 何がわかってない?」
「ロボットはね、自分で自分を破壊できない。ボディ基幹部はもちろん、腕などの末端パーツであっても、自己破壊は無理だ。自分で自分を傷つける命令は、それを実行する前に動作シャッターが起動。強制的にコマンドをキャンセルする」
「キャンセルっつーと――」
「つまり、ロボットを破壊できるのは外部の誰かだけ」
「つまり俺?」
「そうだよ。他に誰がいる?」
「…………」
「大丈夫だ。ロボットは人間と違って痛覚がない。腕一本が死んでも、あたしの全体機能には響かない。カロリーフォームが過度に流出しないように、液止めの処置だけは必要。だけどそれさえやれば、あとは問題なし。ね、今すぐ撃ちなよ、あたしの腕」
「……無茶言いやがる」
「じゃなきゃ、すぐに追跡班が来る」
「ロボット一機に追跡班だと?」
「軍事機密なんだ、これでもあたしは」
 オリリアは小さく笑い声をたてた。
「規定された場所以外への持ち出しは一切禁止。知ってる? 過去に起きた戦術ロボ窃盗未遂のケース?」
「まったく知らん」
「他の支社で、ロボット本機の盗難未遂が複数あった」
「どうなった?」
「どのケースでも、犯人は即日捕捉。現場で射殺されたケースも三件。けっこう重罪なんだ、軍用ロボット窃盗は」
「聞かなきゃよかったな」
 ガドは自虐的な笑みを浮かべる。
「ガド、リモを止めて」
「なんで?」
「とにかくセルを処分しよう。今ここで対応しないと逃亡は不成功。それは100パーセント確実。リモを止めて。すぐに」
「止めてどうする?」
「いいから止めろってば!」
 チッ、とガドは舌を打つ。それからステアリングを操作、リモを工業団地への引き込み線に乗り入れた。

「で、どうするつもりだ?」
 
 リモを降りる。
 あたりはまだ夜の暗さだ。
街灯から遠く離れたポイント。お互いの輪郭が何とか見える程度だ。
 足もとには最近刈ったばかりの芝生が広がっている。気温は56。コートを着てない人間には寒く感じるだろう。風が少しある。海から吹く、湿度の高い潮風。風向は正確に真西から真東へ。
「ほら。これでここを撃て」
「おいこら、勝手に人の――」
「これが誰の所有物かは、この際どうでもいい。とにかくグリップを握れ。消音モードで、正確にこの位置を狙って」
 オリリアは右手の指で、左腕の肘ジョイント付近を示した。
「バカ言ってんじゃねー。好きな女の腕を撃つくらいなら――」
「ほんとに好きなら、撃て」
「ああ?」
「迷わず撃て。それが好きの証明だ。そうじゃなきゃ信じない。撃てば少しは信じてあげる。ほんとにあたしが好きかもしれないって」
 オリリアは会話のトーンを一定に保ち、クールに正面からガドを見すえた。
「迷うな。シンプルに撃て。それが最適解。さっきも言ったけど、腕を失ってもあたしの思考ニュートは影響を受けない。あいにくここには正規品の補修パッチはない。けど、かわりに何か布状のもので液止めすれば問題なし」
「……だが、腕が死ぬだろ?」
「腕が死ななければ、全部が死ぬ。捕捉、廃棄。それで終わり。下手をすればガドも死ぬ。射殺、死亡。それで終わり」
「…………」
「会社の追跡班の能力を低く見てるなら、それは間違ってる。彼らは警察より優秀だ。知ってるだろ? シム・エレクトロは最大手の軍事企業だ。逃げ切れない。この腕のセルが生きてる限り」
「…………」
 ためらいながら、
 ガドは、Eガンのグリップに指をかけた。
 銃口を芝生の上に向け、視線は足もとを見たまま。
「もっとそばに寄れ。ほら、銃口を直接ここにつけて。あ、ダメダメ。出力を絞れ。もう少し弱く。今のだと、余計な部位までダメージを受ける。おいおい、そんな顔するなってば。大丈夫、すぐ終わる。一瞬だ」
「…………」
「揺れてるぞ腕が。もっとしっかり握れ」
「…………」
「そう、その位置。固定した? ほら、トリガーを」
「…………」
「ガド?」
「すまん。どこか先で落ち着いたら、ぜったい修理してやる。 ……許せよ」


  ☆ ☆


「おい、これはなんだ?」

 同じ日の同時刻。
 シム・エレクトロ本社付属のセキュリティ・センター。
 モニタリング・ホールと呼ばれる広大なフロアには、200名以上の警備官が所定のブースにつき、黙々と監視業務を続けている。
 ホール後方、ショウズ地区管轄の警備ブース。
今ここで、二人の警備官がひとつのモニターの前で顔をつきあわせている。
「え、なに? どれですか?」
「いや、0355から妙な動きを始めた個体があってな」
「よくあるエラーじゃないですか? 先週もあったでしょう?」
「おれも最初そう思ってあまり気にしてなかった。それでも念のため、横目でちらちらモニターしてたんだが――」
「何か問題が?」
「9区からフレスカに向かうルートの途中でR6から離脱。そのまま信号が消えた」
「フレスカ? あそこにうちの関連施設、ありましたっけ?」
「あることはある。が、今の時期はメンテ期間で稼働してないはずだ。そもそも今夜、そっちにヘルプ派遣なんて話はまったく聞いてない。停止ポイントも不自然だ。団地の外れの汎用パーキング。ここに行く理由なんてあるか?」
「信号が消えるってのが解せないですね。どうなったんだろう?」
「エラーだと思うか?」
「まあ、たぶん」
「少し気になるな」
「早めに可能性を潰しときます?」
「その方がいいだろう。このところ上の方はロボ関連のトラブルに神経質だ」
「じゃ、さっそく支社のセキュリティに照会を」
「そっちで打てるか?」
「個体コードを」
「93・11・45・89・G4」
「Gシリーズですか。個体名称は?」
「オリリア・ヌ・ウルルーラ、居住地は8区西リベルターデ77、ドームSの318だ」

(Chapter 9 につづく)

しおり