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其の四

 一方、そんな重臣たちの態度に気づいたのだろう。フランソワーズは笑うのをやめ、

「そうでした、まだ皆さんには話をしていませんでしたわね」
 
 ……かくして「バカ、よせ、やめろ、黙れスイカップ!」と、表情と視線で制止するランマルに気づくことなく、フランソワーズは例の武力によってこのジパング島に存在する国々を征服し、かつてのジパング帝国に匹敵する大帝国を築くという自身の野望をとくとくと語りだしたのである。
 
 当初、カルマン大公ら列席者たちは、フランソワーズの話を場の空気を和ませるための冗談話とでも思っていたのか、とくに表情を変えることなく黙って聞いていたのだが、話が徐々に具体性をともなって進むと、それが冗談でない「ガチ計画」であることに気づいたらしい。
 
 フランソワーズが「……というのが私の意図するところです」と話を締めたのと同時に、吠えるような声が室内に噴きあがった。

「と、途方もない話だ! そのようなことができるはずもありませんぞ、陛下!」
 
 というダイトン将軍の当然かつ率直すぎる反応に、だがフランソワーズはなにも答えることなく、将軍の「常識論」をあしらうように微笑を浮かべただけである。
 
 そんなフランソワーズを正視しながら、カルマン大公が将軍に同調した。

「将軍の申されるとおりです、陛下。かつてジパング帝国がこの島を統一できたのは、覇を競う相手が十国にみたぬ時代だったからです。ひるがえって現在のジパング島には八十を超える国々がございます。それをすべて征服するといのは机上の空論かと……」

「さよう。そのような絵空事の暴挙におよべば、わが国はぺんぺん草も生えぬ荒土と化すでしょう。お戯れもほどほどに願いますぞ、陛下」

(そうだ、そうだ。限度を知らないこの女王様にもっと言ってやってください!)
 
 自分のような一介の侍従官が諫めたところで、この誇大妄想症を病んでいる女王は歯牙にもかけないだろうが、宰相と大将軍という文武の長に非難調で諫められればさすがに自省するはず――とランマルは思っていたのだが、フランソワーズの口から出たのは自省の弁ではなく、巧妙な話題そらしであった。

「ま、この件に関してはいずれ話し合いの場をもつとして、今は黒狼団の対策について話し合いましょう。民衆にこれ以上の犠牲が出ないうちに。それでよろしいですわね?」
 
 カルマン大公とダイトン将軍はともに沈黙した。
 
 この場合、沈黙とは「不承伏」の表現であって、実際、二人の表情はとても納得したようには見えなかったが、それ以上口に出してなにも言わなかったのは、とにかく今は女王による「将来の暴挙」よりも、盗賊集団による「現在の暴挙」の解決策を話し合うのが先決と判断したからだろう。
 
 二人はともに首肯し、話はすぐに実務的なことに入った。
 
 ところが、この件でもフランソワーズはまたまたとんでもないことを言いだして、またまた列席者たちを絶句させたのである。

「さて、急ぎ国軍を派遣するということで話はまとまりました。あとは編成ですが……」
 
 言いさしてフランソワーズはひと口ワインを呑み、さらに後をつないだ。

「この私が直接四騎士団を率いて出陣し、盗賊団掃討の指揮をとります」
 
 それはなにげない一語であったが、列席者たちの度肝を抜くには十分すぎた。
 
 ごつい見た目ほど胆力のないダイトン将軍はもちろん、四人の女騎士団長、さらには冷静沈着なカルマン大公ですら、まさかの「親征宣言」に二の句がつげずにいる。

「陛下御自ら出陣されるというのですか!?」
 
 愛嬌のある丸い目をさらに丸くさせてそう訊ねたガブリエラに、フランソワーズはうなずいてみせた。

「そうよ、ガブリエラ。奴らの正体を暴くにはこれがもっとも効果的でしょうからね」
 
 女王の真意をはかりそこねて困惑の顔を交わす列席者たちに、フランソワーズは微笑まじりに自らの意図するところを語ってみせた。

「黒狼団がたんなる賊の一党であれば、女王が自ら軍を率いてきたことにこちらの本気度というものを察し、たちどころに退散することでしょう。しかし、逃げるどころか逆に目の色を変えて襲撃してくれば、おのずとその正体がわかるというものです。ちがいますか?」
 
 次の瞬間、列席者たちの面上に同種の閃きが走った。
 
 皆、女王の真意というものを悟ったのである。
 
 すなわち、自ら【囮】となって賊たちをおびき寄せるという真意を。

「すると陛下自ら囮となって、賊の正体を暴かれるとおっしゃるのですか?」
 
 驚きを隠せない口調のカルマン大公に、フランソワーズはうなずいてみせた。

「そのとおりですわ。いつまであのような賊どもを放置しておくわけにはいきません、今回の出征でその正体を暴き、ことのついでに完全に殲滅いたします。この私の手で……」
 
 含みのある言い回しで応えると、フランソワーズは表情を変えて反対側の席に視線を転じた。

「先陣はガブリエラ、そなたに命じます。麾下のタイガー騎士団を率いてノースランド領にひと足先に赴き、賊たちの注意を引きつけなさい。その間、賊どもが攻撃をしかけてきたら一戦交えるもよし、私の到着を待つのもよし。判断は任せます」

「かしこまりました、陛下」
 
 フランソワーズの勅命に、ガブリエラは愛嬌のある丸顔を破顔させた。
 
 なんといっても先陣は武人の名誉である。その上、女王から信頼を示す自由な裁量を与えられたらなおさらであろう。
 
 さらにフランソワーズが続ける。

「それからパトリシアとペトランセルは、第二陣として現地に向かってもらいます。その際、パトリシアは領の西域から、ペトランセルは東域からそれぞれ迂回するように進軍してもらいます。いいですね?」

「承知いたしました!」とペトランセル将軍。

「御意にいたします!」とパトリシア将軍。
 
 かくして黒狼団討伐のための陣容と作戦はおおかた固まったのだが、ランマルの心にひっかかっていたのはヒルデガルドの存在である。
 
 なにしろ他の三人が任務と役割を与えられたのに対し、彼女だけここまで言及されていないのだから。

(まさか先の農民鎮圧の一件を理由に、ヒルデガルド将軍を干すつもりなのか?)
 
 そんな懸念が脳裏をよぎり、ランマルはちらりと彼女に視線を転じた。
 
 その視線の先でヒルデガルドも心なしか所在なげに沈黙を守っていたのだが、やがておずおずとした声でフランソワーズに質した。

「それで陛下。私は何を……?」

「ヒルダには討伐軍の主将として本隊を率いてもらいます」

「わ、私が主将を?」
 
 おもわず目をみはったヒルデガルドに、フランソワーズは微笑んでみせた。

「そうです。賊たちの正体がもし噂されるようにミノー軍兵士であれば、女王がいる本隊を直接襲撃してくる可能性もあります。その際、護衛の指揮官がそなたであれば私も安心して出征できるというもの。部隊の編成などは一任しますから、準備が整いしだい報告してください。そなたの指示に従います」

「は、はい。承知いたしました、陛下!」
 
 嬉々とした態で応えるヒルデガルドの姿に、ランマルは内心で安堵した。

 先の一件で彼女を干すのではないかという不安が杞憂であったからだ。
 
 たしかに一時は不和が生じたかもしれないが、やはり陛下はヒルデガルド将軍を心底信頼しているんだなと思うと、ランマルとしてはなんだか自分まで嬉しくなってくる。

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