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20-4「ああ、それね。多分大丈夫だと思う」

 宇宙歴3502年1月29日。前日にヴィンツが復帰しており、航空隊員は12名となっていた。

 そんな朝の出来事である。クロウが居室を出ると、ヴィンツとユキが待ち構えていた。何故か二人とも腕を胸で組んで仁王立ちしている。顔が笑っているのでふざけて居るのだろう。

 ここ最近このパターン多いなあ、と思いながらクロウは二人に挨拶する。

「おはようございます」

「おはようクロウ君」

「おはようございますクロウ先輩!」

 因みにであるが、当番制護衛少女はまだ続いている。今日はユキであるらしい。

 最近気が付いたのだが、彼女たちはどうも日替わりで来ている訳では無く、各々が相談してシフトのようなものを組んでいるようだ。

 アザレアが二回連続という事もあったので、何かしらのルールを設定しているのだろう。

「今日、僕は休暇なんですが多分護衛役のユキさんもきっと休みなんですよね? でも、ヴィンツはどうしたの?」

 聞かれたユキは頷きを返す。ヴィンツの方はきちんと理由を説明してくれた。

「今ここでユキ隊長とも話していたんですが、ちょっとクロウ先輩に意見が聞きたくて、朝食をご一緒しながら相談に乗っていただいていいですか?」

 これは珍しいとクロウは素直に思った。本来であればヴィンツの同室のバディはケルッコであるので、恐らく彼に相談しにくい事なのだと思うのだが。

「いいとも。ともかく食堂に行こうか? 最近気が付いたんだが。あそこはよほど近くに居なければ、他のクルーに聞かれたくない話でも普通に話しちゃっている感じだからね」

 こうして三人で食堂へと向かう。この手の人数での移動にもだいぶ慣れたなぁとクロウは感じていた。

 食堂に到着すると三人で各々食事を受け取った後、都合よく空いていた食堂の端の席に陣取る。

「食べながらでも構わない話題だろうか?」

「ええ、大丈夫だと思うっす。何というか、まだ違和感みたいな雰囲気なので」

 席について対面に座ったヴィンツに対してクロウは問いかける。彼の答えは意外にも急を要するものではないらしい。

 ユキはクロウの隣である。もう慣れたがユキは最近クロウに必要以上にボディーランゲージを行ってはこない。ただ、静かにクロウの隣にいるだけである。

 だが、ユキが修行によって獲得したその雰囲気である。まるで彼女の周り半径数メートルを浄化しながら歩いているようだ。それでいて、口を開けば彼女はその明るさを失ってはいない。

 クロウに取って、彼女は最早迷惑な女上司などではない。頼りになるお姉さんだった。例えそれが幼馴染の陰謀により、将来的に自身の妻の座を狙っているとしてもだ。

「で、話って言うのは、ケルッコの事じゃないかな?」

 上品に食事を取りながら、ユキはヴィンツに問いていた。

「ええ、そうっす。流石ユキ隊長」

 いつぞや彼がこの食堂で彼女を残念な人と形容していた事は、クロウは墓場まで持っていこうと思った。恐らく今のユキであれば、それに腹を立てる事は無いだろうが、それでもそんな事でいちいち波風を立てる事もあるまい。

「どうしたの? またケルッコが他の科の女子にちょっかいを掛けていたのかい?」

 この数日で、古参航空隊員達から聞き、ケルッコの蛮行をクロウは知る事となった。

 曰く、週を跨げば違う女に跨っている。彼にまだ妊娠騒動が無いのは単純に運がいいだけだとクロウには思えた程の淫行三昧だった。

「逆っす、クロウ先輩。今になってケルッコ先輩が女性関係を清算しだしたんです。自分にはそれが怖くて怖くて」

「うぇ、何だって!? 一大事じゃないか。まさかケルッコは自分の死期でも悟ったわけじゃないよね?」

 そんな事前情報を知るクロウは、ヴィンツの言葉に思わず変な声を上げてしまった。

「それが、全然わからないんすよ。ケルッコ先輩は最近壁に向かって頭突きを繰り返していたりとか、ベッドの上で座禅を組んで瞑想し始めてみたりとか、ともかくそんな調子で気味が悪くて」

 ヴィンツの言う通りであれば相当な重症である。クロウには少なくともケルッコのそのような姿は想像がつかない。

 だが、それを聞いていたユキは唐突に言葉を発した。

「ああ、それね。多分大丈夫だと思う。直ぐにはどうにかならないと思うけど、次期に落ち着くよ。でも、女性関係を清算し始めたという事はそうとう本気なんだね。少しケルッコの事見直したな」

 そう言って、ユキは一人で納得してしまう。最近ユキはクロウ達が想像もつかないような事を見ているようなのである。今日は休日であることだし、どうせユキはクロウに付いてくるであろうからそこで聞くのが良いのかもしれない。

 とにかく、ユキにそう言われて、ヴィンツは少し安心できたようだ。

「ああ、ユキ隊長がそう言うのであれば、多分大丈夫っすね。あー 良かったっすよ。退院してからケルッコ先輩が変になっているから、自分は本当に心配していたっす」

「ヴィンツは本当に先輩思いだなぁ。正直こんな後輩を持てているケルッコが羨ましい」

 クロウにそう言われてヴィンツははにかむ。

「いやあ、自分は素直にクロウ先輩も尊敬しているっすよ。それに技術科から来たリィン君にも懐かれているじゃないっすか。凄い事だと思いますよ?」

 言われて、クロウはここ最近、自分を見かける度に子犬のように駆けよってくるリィンを思い出す。

「いや、正直悪い気はしないのだけどね。今までそういう経験が無かったから彼の扱いについては困っている。エロワやライネの目もあるだろう? 僕としては彼らとも揉めたくないしね」

 それを聞いたクロウの隣のユキは、口元を拳で押さえて笑っていた。

「そう言う気遣いが出来るところがいいんだろうね。成程、クロウ君が人気者になる訳だね」

 結局、この日ヴィンツの相談はこれで終わってしまった。食器を片付けるといよいよクロウにはやる事が無くなる。ヴィンツもそのまま航空隊のブリーフィングルームへ向かってしまった。

 残るのは今日が休日であるクロウとユキのみである。

「ユキさん。今日の予定って何かありますか?」

「んー 無いよー クロウ君の護衛だけ」

 ユキはにこやかな表情でそう言う。つまり、エスコートは自分の役目なのだろう。

「タイラーカフェに行ってもいいですか? 最近久しく艦長の顔も見ていないので」

「ああ、いいねぇ」

 そう言って、二人で連れ立って艦長室へ向かう事にしたのだった。

 艦長室の前に付くと、見慣れない立て看板が置いてあった。

 黒板のような黒い背景に白いペンで『タイラーカフェ営業中。ドアロックなし、敬礼不要』と書かれている。十中八九タイラーの仕業だろう。クロウはこの艦長室と書かれているプレートが、ルウ中尉が、気が付かないうちにタイラーカフェに改められるのも時間の問題だろうと感じていた。

 立て看板に書かれた通り、艦長室にはロックがかかっておらず、クロウとユキが扉の前に立つだけでその扉は開け放たれた。

 中に入ったクロウは、そこでとんでもないものを目撃する事になる。

 まずはカウンターに立ついつも通りに仮面に軍服という姿のタイラーである。その隣には常備服姿のルウも控えている。それはいい。いつも通りと言えばいつも通りの光景である。

 だが、そのカウンター席に座る客がまずおかしい。後ろ姿ではあるものの、クロウには彼がどう見ても僧服を着込んだ僧侶に見える。

 頭は綺麗に剃髪に剃られており、足元は白足袋に草鞋である。ついでに言うなら袈裟まで付けている。要するにお寺のお坊さんがカウンター席に座っている。

 だが、それ以上に異常な客が居た。ソファーで、仰向けで横になり、赤を基調とした軍服を着たまま靴だけ脱いで高いびきをかいているヨエルその人だった。

 クロウは瞬間、その異常過ぎる光景に思わず叫びそうになって慌てて口元を押さえた

 。何故今このタイラーカフェがこんな異次元空間になっているのか、クロウには想像がつかない。だが、とりあえずここからは離れたい。そう思って回れ右をしたところで、タイラーに声を掛けられてしまった。

「待て、クロウ少尉何処へ行く」

 呼び止められてしまえば止まるほかない。クロウは渋々振り返って光景がまったく変わっていない事に怖気を感じながら口を開いた。

「いえ、幻覚が見えているようなので、居室に戻って休もうかと」

 タイラーはそれを聞くと、口元をニヤリと吊り上げた。

「幻覚では無いのだが、お前がそうしたいのならそうするといい。ただし、その場合はユキ大尉。クロウ少尉の居室の入室を許可する。彼を慰めてやってくれ」

 タイラーがそう言うと、ユキはタイラーへ敬礼する。

「はっ! 了解しました!」

「うっわ。艦長あんた本当に最低だな」

 タイラーもユキも本気である。恐らくユキは以前のように無理やりという事は無いだろうが、命令を遂行しようとするに違いない。

 何故だか知らないが、修行を終えて帰って来たユキはタイラーに対する態度が劇的に変化していた。流石にそれはクロウにも分かる。なんというか、絆とでも呼べるようなものがタイラーとユキの間には出来上がっていたのだ。

「わかりましたよ。もう! 艦長。ブレンドコーヒーを頂いていいですか? 熱めでお願いします。少し目を覚まさないと頭がおかしくなりそうだ!」

 クロウはそう言って、その僧侶が我関せずに静かに座るカウンター席へと足を向けた。振り返る瞬間にユキの表情を覗き見ると、彼女は悪戯っぽく笑っている。しばらくは敵いそうもない。

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