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22話 変化

 練習試合があった日から1週間が経った。五月丘高校剣道部男子の初勝利の噂は五月丘高校全体へと流れていった。

 それ以降、刀祢の周りで微妙な変化が起こっている。

 直哉は剣道も面白いと言って、頻繁に剣道部に顔を出すようになった。剣術道場も面白いが、剣道の激しいぶつかり合いも楽しいと言っている。

 直哉が頻繁に剣道部に行くようになったことで、剣道部女子へ入部希望の女子が多くなったらしい。完全に直哉狙いだ。

 刀祢は練習試合で剣道の難しさを知った。刀祢は自分が倉木に勝てたのはたまたまだと思っている。今まで剣術のほうが難しいと思っていたが、大きく認識を変えた。

 ただの人斬りだった剣術がスポーツとなって、色々なルールが決められて複雑化している。スポーツとしての剣道は、剣術に慣れている刀祢とすれば、非常に難しい競技だった。


「そこが面白いんだよ。剣術ではできないことも剣道だとできるしな」


 直哉はそう言って、爽やかに笑っていた。刀祢は直哉ほど前向きになれなかった。やはり刀祢は剣術を愛している。

 最近では3年生達も刀祢の悪口や悪い噂を言わなくなったと杏里がいう。3年生の中では刀祢のことを褒めている3年生もいるそうだ。

 剣道部勝利の情報はクラス内に流れた。クラス内にも微妙な変化が出ている。刀祢を遠巻きにして様子を見ているのは変わりはないが、以前ほど嫌な感じではない。


「やっと、クラスの皆が刀祢のことを認めてくれたのよ。本当はクラスの皆も刀祢に謝りたいと思っているの。でも恥ずかしくてできないみたい」


 莉奈が嬉しそうに微笑んで、刀祢に教えてくれた。刀祢は以前の状態に慣れていたので、今の刀祢に優しいクラスの雰囲気に慣れなかった。

 そして一番の変化が刀祢の目の前で、微笑んで座っている心寧だ。

 心寧は練習試合が終わった翌日から、毎日、弁当を作ってくるようになった以前なら早弁をしていると、嫌そうに莉奈の近くの席に座っていたのに、今は嬉しそうに刀祢の前に座って、刀祢の早弁を食べている姿を見ている。

 そんなにじっと見られると食べにくくて仕方がない。


「今日は美味しい?」

「ああ、いつもと変らないな」

「そ、それなら良かった!」


 刀祢が口喧嘩を誘っているのに、心寧は乗ってこない。なぜか嬉しそうに微笑んでいる。この変化は何だ?

 そして心寧が一番変わったことは、クラスの皆の輪に、刀祢を引き入れようとしなくなったことだ。一切、そのことは言わなくなった。


「刀祢は刀祢だからね。刀祢の好きにすればいいよ」


 こんな言葉が心寧の口から出てくる日がくるとは思ってもみなかった。実に居心地が悪く、やりにくい。

 クラス内では、刀祢と心寧が急接近しているという噂が流れている。普通なら必死で違うと言うはずの心寧が何も言わずに噂を無視している。

 確かに刀祢にとって心寧は大事な友達である。しかし、今まで心寧を女子として、あまり意識したことがない。

 刀祢としては男友達の延長、口喧嘩友達といった感じだ。

 噂を否定したいが、朝から刀祢が早弁している姿を、前に座って微笑んでいる心寧。2人の姿を見れば誤解する者達もでてくるだろう。


「心寧もやっと素直になったのね。良かったわ。これで刀祢君が素直になってくれれば良いのだけど」


 莉奈はそんなことを言っていたが、刀祢としては今まで素直に生きてきたつもりだ。莉奈の言っている意味が全くわからない。

 そんなことを考えながら刀祢が早弁を食べていると、少し心配そうな顔をして心寧が口を開いた。


「刀祢、毎日、授業中は寝てばかりしているけど、テスト対策はできてるの?」


 刀祢は毎日、授業中は眠っている。調子の良い時は昼休憩も寝ている。こんな状態なので、授業中に授業のノートを取っているはずがない。

 そういえばもうすぐ中間考査だ。心寧が心配するのも無理はない。

 莉奈は学年5位、心寧は学年で38位の成績を誇っている。直哉は平均ぐらいの成績だ。刀祢と杏里は赤点よりギリギリ上といった感じで、刀祢の成績は決して良くない。はっきり言って悪い。

「今日は刀祢にこれを貸してあげようと思って持ってきたの。要点はまとめておいたから。刀祢にあげるわ。役に立てて」


 心寧が2冊のノートを刀祢にくれる。中を見ると、きれいな字で、2年生になってからの授業内容が整理されて書かれている。そして要点は端的にまとめられている。


「お前、こんなの作って、勉強家だな」

「ううん。刀祢のために作ったんだよ」

「はあ――――?」


 なんだろう?このサービスは?心寧の気遣いだと思いたいが、何が裏があるのではないかと、刀祢の警戒心が跳ね上がる。


「今度、道場の稽古が終わった後、一緒に勉強しよ。私が教えてあげるから。剣道の次は勉強を頑張ろうね」


 刀祢の体が自然に震える。こんなに穏やかで優しい心寧を見たことがない。こんなのは心寧ではない。頼むから、いつものように絡んでほしいと、いつもの心寧に戻ってほしいと刀祢は心の中で願った。


「稽古が終わったら、ファミレスで勉強ね。約束だからね」


(なんだ?この変わりようは?変化についていけない)


 心寧は嬉しそうに微笑みを深めて、刀祢が早弁をしている姿を見てる。

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