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うさぎ

 うさぎは跳ねる。
 うさぎは跳ねる。
 僕はうさぎを追いかけてゆく。
 僕はうさぎが好きだ。
 白うさぎが大好きだ。
 でも、まだ一度も捕まえられたことがない。
 僕はうさぎを追いかけて森の奥へ入っていく。
 うさぎはどんどん僕を森の奥へと誘い込んでいく。
 でも、僕は迷子になったことはない。
 この森で僕は生まれたからだ。
 森には僕のような子供が何人かいる。
 みんなうさぎの狩りをもう始めている。
 
 マーサはうさぎの尻尾をおはじきのように集めている。
 ジェンはうさぎの頭をくり抜いて暖かい帽子にしている。
 タックは毛皮をなめして、マントのように背中に垂らしていた。
 みんな、うさぎの気に入った部分を勲章のように集めて身につけている。
 僕は何と言ってもうさぎのヒクヒクと動くピンク色の鼻が気に入っている。
 だから僕はうさぎを殺さずに、生け捕りにすると決めている。
 うさぎは僕をからかうようにぴょんぴょん跳んで逃げていく。
 僕は勲章のない裸ん坊だ。
 みんなは僕のことを意気地なしと言う。
 みんなは僕のことをギーと呼ぶ。
 ギーは森の言葉で、未熟者とかおまけとかそんな意味だ。
  
 子供たちはうさぎ狩りを習得するとキツネ狩りの勉強をする。
 その次は鹿。
 その次はイノシシ。
 そして最後は熊だ。
 僕はまだ一羽もうさぎを捕まえていない。
 ギーと呼ばれるのは恥ずかしいことなのだ。
 
 ある日、僕はとうとううさぎを捕まえた。
 雪の中にいた耳の先だけが黒い色をした子うさぎだ。
 白いうさぎは僕の手の中でじっとしていた。
 心臓がドキドキと動いている。
 ヒクヒク動く鼻は燃えるような赤い色をしていた。
 怯えているのだ。
 僕はうさぎを手放した。
 うさぎは雪の中を跳ねていった。
 僕はうさぎを見送った。

 数日後、僕は再びうさぎを捕まえた。
 あの耳の先が黒い子うさぎだ。
 うさぎは僕の手の中で静かにしていた。
 僕は顔を近づけて、うさぎの柔らかさを頬で感じた。
 それからヒクヒク動く鼻に、自分の鼻を押し付けてみた。
 ひんやりと冷たかった。
 でも、赤く燃えるような色をしていた。
 僕はうさぎを手放した。
 
 こうして僕と子うさぎは少しずつ仲良くなっていった。
 うさぎは僕の友だちになると、二本足で立ち上がった。
 耳の先の黒い色が子うさぎのシンボルだ。
 僕とうさぎはよく森の中を散歩した。
 うさぎと一緒にいると鳥やリスなどの小動物がたくさん寄ってきた。
 「あなたにはそういう素質があるのだ」と、うさぎは言った。
 僕はそれを誇らしく思った。
 けれど、森の仲間たちは子うさぎと仲良くすることを良くは思わなかった。
 「うさぎはうさぎ」
 森の大人は言った。
 それは「お前は、お前」と、いう意味だった。
 つまり「お前のやるべきことをやりなさい」という意味だった。
 
 同じ年の子供たちのほとんどはすでにキツネ狩りの勉強を始めていた。
 みんなはうさぎの時と同様、キツネの気に入った部分を身につけた。
 マーサはしっぽ。
 ジェンは帽子。
 タックはマント。
 こうやって手柄を重ねていき、立派な大人になっていくのだ。
 僕はまだうさぎの狩りをするための弓の作り方さえ知らなかった。
 狩りは森の中で生きていくために大事なことだ。
 狩りができないものは意気地なしと見なされる。
 そして、狩りができない者は、大人ではなく、子供なのだった。

 子うさぎと過ごす時間は僕にとってかけがえのない時間だった。
 子うさぎと遊んでいる時間だけが何もかも忘れさせてくれる。
 僕は狩りをしないことに決めた。
 子うさぎと一緒に木の実を食べて生きていけばいいと思ったのだ。
 僕はぴょんぴょん跳ねて森の奥へと入っていった。
 うさぎになろうと思ったのだ。
 ところが、うさぎの家族たちは僕を歓迎しなかった。
 僕は子うさぎを連れて街に出た。
 「森に帰りましょうよ」
 子うさぎは街に着いて早々に言った。
 うさぎは街で生きていけないことを悟ったのだ。 
 「うさぎはうさぎ!」
 僕は子うさぎに言ってやった。
 「せっかく僕がお前を殺さない方法を考えてやったのに、お前は所詮、脳足りんのうさぎだな」と、言ってやったのだ。
 我々は森に戻った。
 子うさぎは四つん這いになると、森の奥へ消えていった。
 僕はただの落ちこぼれになった。

 みんなはいよいよ鹿を仕留めるために、大きな弓作りに取りかかっていた。
 「マーサ、僕にうさぎのしっぽのおはじきをお下がりにくださいな」僕は言った。
 「ズルはだめだよ。自分で狩りをして集めなくっちゃ」マーサは言った。
 ジェンもタックも同意見だった。
 僕は仕方なく川で魚を捕って、森の仲間に貢献した。
 森では何かみんなの役に立つことをしないと仲間はずれにされてしまうのだ。
 僕は魚の皮を干して、体に貼り付けた。

 「臭いな、あっちにいけよ」マーサが言った。
 「お前の匂いで鹿が逃げちゃうじゃないか」ジェンが言った。
 「お前なんてクマに喰われてしまえ」タックが言った。
 僕は魚の皮をまとったおかげで異様な匂いを放っていた。
 しかし、僕には他に身につけるべきものがないのだ。
 僕は子うさぎを探して歩き回った。
 けれど、子うさぎは見つからなかった。
 僕は悲しくなって草の上に寝転がった。
 雄大な木が黙って僕を見下ろしていた。

 僕は川へゆき、魚を捕る生活を続けていた。
 森の皆は、僕が罠を仕掛けて魚を捕っていると思っていた。
 それほどいつも多くの魚を持ち帰るからだ。
 けれど、僕は道具は使わなかった。
 川の流れに身を任せて魚になりきれば、魚はいくらでも捕れるのだった。
 僕にはそうした素質があった。
 しかし、森の仲間たちは僕のことを認めてはくれなかった。
 森では罠をかけることは卑怯とされていた。
 僕はあいかわらずギーと呼ばれ続けた。
 僕の体は鱗のように魚の皮に覆われ、まるで魚のようだった。
 僕は魚の皮を剥ぎ、おでこに貼り付けた。
 隙間はもう顔ぐらいしか残っていなかった。
 みんなが嫌な顔をした。

 また冬がやってきた。
 僕は雪の中に罠を仕掛けた。
 餌を求めてうさぎがやってくると、縄で作った罠がうさぎの足を捉えて吊るし上げるという仕組みだ。
 木の枝には罠にかかったうさぎが何羽も逆さ釣りになっていた。
 うさぎは怯えきった様子で鼻をヒクつかせていた。
 鼻先を赤くさせ、雪の中に赤い花が咲いたような具合だった。
 僕はその様子をゆっくりと見て回った。
 その中には、あの耳の先端が黒い子うさぎもいた。
 子うさぎはもう子うさぎではなくなっていた。
 「やあ、お前だったか。まったく気づかなかったよ」
 僕は意地悪な気持ちで言った。
 うさぎは僕のことをまったく無視して怯えていた。
 うさぎの鼻はひくひくと動いていた。
 僕は思わず、うさぎの鼻先に自分の鼻を押し付けた。
 ひんやりとして冷たかった。
 懐かしさに僕の目から涙がこぼれた。
 僕はうさぎを抱き上げた。
 「ただ、こうしたいだけだったんだ」
 僕は縄を切って、うさぎを放してやった。
 うさぎたちはあっちこっちに散らばって、雪の中を飛び跳ねていった。
 弓矢が飛んできて、うさぎを仕留めた。
 それはうさぎ狩りを習い始めた子供たちの仕業だった。
 あっちにもこっちにも、それはまるで雪の中に赤い花が咲いたような具合なのだ。
 僕もまた子供と呼べない年齢になっていたのだった。

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