新居改装完了!
それから——……。
クーロウさんに自宅を全面改修してもらえる事になった。
俺個人としては個室を作って欲しい。
いくら広くても同じ部屋でラナと寝るのは……心臓に悪いからな。
ラナだって出会って……まあ、出会い自体は四年前なんだが認識されて、という意味で三ヶ月程度の男と同じ部屋で寝るのは嫌だと思うし。
そういう意味で、個室の話をしたら金貨一枚上乗せで「二階作ったるわ」と言われた。
……譲らない気だなぁ?
まあ、立派な牛舎と鶏小屋も作ってもらったから、腕は信頼してるけどな。
牛はいないけど、シュシュと交換したひよこは小屋の中に一羽、ぴよぴよしてる。
あれはあれで可愛い。
ああ、グライスさんはドライヤーの設計図を竜石核に刻めるようになった。
次は冷蔵庫。
小型冷蔵庫も、練習中。
コンロも作った。
レグルスにはえらくびっくりされたし、その設計図もグライスさんに教える事になったな。
もちろん有料で。
ドライヤーに関しては俺も量産の手伝い。
あと、石鹸のレシピもラナがレグルスに売り捌いた。
そのお金で中型竜石を二つ買って、ラナが言ってたオーブンと洗濯機を作ってみる。
そしてレグルスとラナに「仮宿はユーフランの作業場にしよう!」と提案され、補強と本棚、金庫などが持ち込まれ、俺が作業しやすい環境が整えられてしまった。怖。
で、その作業小屋でグライスさんと本日も竜石核を刻み刻み……飽きたな。
「おーい!」
「はーい」
外で呼ばれた。
ので、グライスさんとアイコンタクトして外へと出る。
……おお。
「どうだ、畑の整備が終わったぜ」
「ありがとうございます」
「それと自宅の方も掃除が終わった。確認しろ。家具も運び入れ終わってる」
「ありがとうございます……で、ラナは?」
家の中を指差される。
ふむ、と頷くと、突然家の中から「出来たーーー!」という叫び声が聞こえてきた。
うん、ラナだ。
ラナはここ一ヶ月、「美味しいパンを焼いてみせる!」と謎の宣言をしてオーブンや表に作ってもらった石窯で『パンノキじゃないパン』を焼いている。
しかし、本の知識だけでは難しいらしく、なんか分量がどうとか寝かせる時間がどうとかを色々試行錯誤していた。
最近はそれに夢中すぎて……こっちが心配になる程。
そんなに頑張らなくていいよ、と言うと「ダメよ! フランに美味しい本物のパンを食べさせるって約束したでしょ!」といつしたかよく分からない『本物のパン』を食べる約束を果たそうとしてくれている。
可愛すぎて『アルセジオス』の地にいるラナの両親に彼女をこの世に産んでくれた事を心から感謝したよ。
「出来た! 出来たわよ!」
「なんか出来たワ! すごいものが多分出来たわヨ!」
なんだ、すごいものが多分出来たって。
外にいた俺たちは怪訝な顔で家から出てきたラナとレグルスを見る。
なんか分からんけど大興奮だな。
「って畑も完成してる!」
「おう! あとは種を蒔くだけだぜ! 管理はしねーとならねーだろうがな!」
「ありがとう! クーロウさん!」
「へっ」
鼻を擦るクーロウさん。
すごい得意げ。
……ラナに褒められると嬉しいのは分かるけど……なんだろう、地味にむかつく。
「あの草ボーボーがすごく綺麗に……! えー、なんの野菜を育てようかな〜! やっぱりジャガイモ、ニンジン、タマネギは鉄板よね!」
「鉄板なの?」
「鉄板よ!」
鉄板だそうだ。
まあ、『アルセジオス』と違って『セルジジオス』は季節関係なく、数日で作物が育つという。
それはこの国の守護竜が『緑竜』と言われる所以。
他の国よりも緑が育ちやすく、作物の鮮度が落ちにくい、らしい。
「料理はラナの方が上手いから、作りたい野菜があるなら種選びはラナに任せるけど」
「ありがと! あ! それよりもパンが焼けたのよ! ついに理想のパンになったの! 約束を果たす時がついにきたわ!」
「あ、ああ、言ってたやつ」
ここ一ヶ月それに苦心してたもんねぇ。
満面の笑みで差し出されたのは四角くて薄いパン。
ラナ曰く「食パンよ!」…………しょくぱんとはなんぞや。
「頂きます」
「どうよ!」
「まだ食べてない」
気持ち焦りすぎ。
よっぽど嬉しいんだろうけど……。
はむ。
……なにこれ、今まで食べていた『パン』とは本当に別物だ。
これまで試食してきたラナ曰く失敗作も不味くはなかったけど……しっとりとしていて、それでいてふかっふか……!
小麦ってこんなに甘かったっけ?
「おお、なんじゃこりゃ!」
「お、美味しい! こんな美味しいもの、初めて食べた……! これが、パン? なのか?」
俺よりも先に試食したクーロウさんとグライスさんが口々にラナの作ったパンを褒める。
くっ、出遅れた。
ラナは少し、心配そうに俺を見上げてくるから……俺も頷いてみせる。
「砂糖入ってる?」
「ふふふ、入ってないわ」
「本当は?」
「……ちょ、ちょっと入ってる」
なんの見栄なんだ。
「……すごい、甘くてふかふかで美味しい……」
「でしょう! ……でも、これはフランが作ってくれたオーブンの力でもあるのよ!」
「……!」
「だからこのパンの半分はフランのおかげなんだから! 美味しいパンを焼けるようになったの! ありがとう、フラン!」
「…………」
……俺、今死にそうなんだけど。
怖いわ、この人、本当怖いわ……。
とんでもないわ〜……殺しに掛かってるよ、絶対。
俺死ぬんじゃないの。
「アラヤダ、毎回毎回見せつけてくれるわネェ」
「え! そ、そんな事ないわよ! 私はただ、フランに自分の発明品のすごさを理解して欲しいだけなんだってば!」
「まあネェ、未だにその辺の自覚が希薄みたいだかラ、エラーナちゃんの言いたい事も分かるけどォ〜」
「でしょう!?」
「ケ・ド! このパン! これはすごいわヨ! これだけでも売れるワ! エラーナちゃん、レシピ売ってくれないかしラ!? 金貨十枚でド〜ウ!?」
「売ったわ! 町の方でも美味しいパンを死ぬほど焼きまくればいいのよ!」
「「「…………」」」
うーん、ここ一ヶ月で完全にラナのレグルスに対する態度はお嬢様モードのアレではなく、素の方になっている。
ゴリゴリマッチョと令嬢の二人は、見た目こそでこぼこだがめちゃくちゃ仲良くなっているんだよな。
いや、ラナに友達が出来るのはいい事だと思う。
例えそれがゴリゴリマッチョの商人であっても。
なんか最近は二人で料理してるし。
俺もラナの意見には賛成。
こんなに美味しいものならもっと広まればいいと思う。
「でもそうなると、オーブンがもっと必要になるんじゃないのか?」
「「あ……」」
グライスさんのツッコミに、我に返る二人。
ああ、そうか……オーブンは鉄素材。
鉄素材は『緑竜』の国であるこの国では貴重で高価。
ラナに頼まれて作った道具……器は、レグルスに頼んで特別に取り寄せてもらったものをラナの提案で横開きになるように加工したもの。
使っているのは中型竜石だし、庶民に手が届くものにはならないだろう。
「くっ、それなら町で店を出すしかないかしら……?」
「別に石窯で焼けばよくない? ラナが家の中に手軽に使える石窯が欲しい、からオーブンを作ったわけだし」
「それヨ!」
「それだわ! フラン天才!」
解決したようでなにより……。
「そうと決まれば早速お店を……ああ、でも、他にもメニューが欲しいワ! エラーナちゃん、なにかないかしラ!?」
「うーん……クロワッサンとか、バターロールとかかな? あ、でもそうなるとコーヒーも欲しくなるわよね〜」
なにやらまた知らない単語が乱立している。
レグルスも頭にはてなマークが乱立している。
「それもいいけど、家の中ってどうなった? 俺、ちょっと見てきてもいい?」
「あ! そういえばそうだった! 私も二階はまだ見てないの! クーロウさん、見てきていい!?」
「おう! もちろんだ! 自信作だぜ!」
ラナと顔を見合わせて笑う。
なにそれ、期待値あげてくれるじゃん?
「行ってみよう!」
とラナに手を引かれて家の中に。
一階は床も天井も綺麗に作り直され、入って右側にオーブンや冷蔵庫やコンロが並ぶ。
大きくなった風呂とトイレの部屋。
中央には椅子とテーブル。
お客さん用に六つほど椅子を追加してもらった。
左手には階段。
階段の脇にはレグルスが貰ってきてくれた中古だけどまだまだ使える本棚。
本は竜石に関するものや、畑に関するもの、ワズがオススメしてくれた動物の飼育に関する本が数冊。
きっとこれから自給自足していく上で、強い助けになりそうな本が増えていく事だろう。
そして階段の前には大きめのチェスト。
今のところ二人の共有雑貨が入っている。
そして、いよいよ階段の上へ。
「お、おお……」
「どーよ!」
後ろからクーロウさんの声がして振り返る。
ああ、こりゃすげーや。
広めの廊下。
登ってすぐに窓があり、花の飾られたキャビネットがその下にあった。
キャビネットの隣には扉。
開けてみると、そこはラナの部屋。
ラナの私物やベッドが配置してあった。
「私の部屋だ!」
「家具の配置はこっちでやったが、模様替えする時は言ってくれ」
「ううん! 完璧! 私の好みそのもの! ありがとうクーロウさん!」
「へ、へへへ」
ちっ、うっれしそうにしくさりやがっておっさんめ。
「じゃあ」
階段に沿うようにT字の廊下。
こちらにも窓。
そして、こちらにもキャビネットがある。
こっちが俺の部屋らしい。
やはり階段側にあった扉を開けると、おお……ベッドと小さなテーブルと椅子。
本棚、チェストとタンス……欲しいものは大体揃ってる。
「模様替えはテメェでやれ」
「はいはい」
相変わらずの差別!
いいけどね。
それに、俺もラナと同意見。
今のところ不便そうなところはない。
「奥にも部屋がある!」
「おう、奥の部屋はあれだ……子ども部屋だな」
「「っ……!」」
「一応子ども部屋も二部屋用意した。今はまだバタバタしてんだろうけどよ……まあ、いつかは使う事になんだろう? 仲良くやれよ」
「「……ア……ド、ドウモ……」」
め、目を合わせられない事態になってんですけどおっさんんん……!
「でも、家が広くなったから掃除機が欲しいわね」
「……ソウジキ」
また知らない単語が……。
「そう! ルンバみたいな!」
「るんば……」
どんどん増えるな、ラナ語。
「あ、今なんか失礼な事考えてるでしょ」
「え、いや、失礼かどうかは分からないけどラナ語が増えたなとは思った」
「ラ、ラナ語じゃないわよ! ……あ、ああそうだ! パン作りに夢中になってて忘れてた! あ、あの、私、フランに話さなきゃいけない事があったの……」
「……?」
話さなきゃいけない事?
んー……あ、ああ、そういえば一ヶ月前にもそんなような話が出ていたような?
「おーい、嬢ちゃん! 赤毛野郎! レグルスが呼んでるぜ!」
「は、はーい、今行きます! ……今夜、話すね。き、聞いてくれる?」
「うん?」
話を聞くくらいなら、という意味で頷くと、ラナはホッとした顔をする。
ラナが俺に話したかった事。
なんだろう。
……やっぱり『アルセジオス』に帰りたい?
アレファルドのところに……戻りたいとか?
でも、その話を一ヶ月も保留にするかな?
保留と言えば、俺の方も保留にしてる件があったな……。
ちょうどいい、今夜決着をつけよう。
「…………」
クーロウのおっさんには悪い事したかもな。
『子ども部屋』なんて、気を遣わせちゃって……さ。