バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

小型冷蔵庫も出来た



「まあ、実際問題……俺しかその設計図を小型竜石に刻めないのであればやはり契約上としてグライスさんに覚えてもらうしかないな」
「うっ!?」
「そ、そんな事出来るものなノ?」
「コツは教えるよ。練習用の小型竜石をいくつか貸してくれる?」
「ええ、いいワ。お兄もそれでイイ? 納得してくれなイ? お願いヨォ」
「…………。わ、分かった。オレも竜石職人だ。意地でも覚えてやる」

 はい決定。
 エフェクトは練習用の竜筆で描けば消したりやり直したりはいくらでも出来る。
 まあ、下書きだよな。
 とりあえず今日は彼にそれで練習してもらおう。
 そして、冷蔵庫は一ヶ月間様子見。
 ドライヤーの設計図をレグルスに販売するかどうかも、グライスさんが設計図を描けるかどうかに掛かっている。
 まあ、この様子では冷蔵庫の設計図も販売はしばし見送りとなるだろう。
 ドライヤーの設計図が小型竜石に描けないようでは、冷蔵庫の設計図を中型竜石に描く事など不可能だからな。
 はぁ〜、なんかこれはこれで面倒くさい事になったなぁ〜。

「あ、そーだ、クーロウさん。石窯作ってくれない?」
「は? はあ? 石窯だぁ!? そんなもんテメェで作れや!? レンガ代は一個銅貨十枚だ!」

 値段は普通に教えてくれるのかよ。
 ……つーか、それ大きさにもよるけど石窯作るのに結構掛かるって事じゃん。
 くそぅ、足元見やがって。

「まあ、石窯でなにを作るノ? 興味あるワ〜」

 こっちのオカマはこっちのオカマで金の匂いを嗅ぎつけるし。
 いや、多分金にはならねーよ。

「パンを焼くのよ!」

 おっと、ラナさん普通にバラすんかい。
 そしてなんでドヤ顔。
 パンって基本、パン屋で焼いて販売されてるのに。

「はあ、パン? なぁんダ。まあ、パンノキは確かにそこにあるしネェ〜」
「違うわ! 小麦で焼くパンよ!」
「「「ハア? 小麦でパン?」」」

 職人含め、ここにいる全員が同じような顔と声で聞き返した。
 俺も最初聞いた時はなに言ってんの、と思ったけど……ラナがやりたいならやらせてやりたい。
 まあ、本当どう作る気なのかは知らないけど。

「まあ、わたくしも本当のところ初めて作るので上手くいくかは分からないのですが! これまで読んできた……漫……本の知識を活かしてみようと思いますの!」

 今小さく『まんが』って聞こえたけどなんの事だろう?
 ラナって本当時々知らない言葉を使うな。
 公爵家には特別な教育があるんだろうか?

「はあ……それで石窯が欲しいってのか? しかも小麦でパン? わけが分からねーなぁ?」
「いや、逆に小麦でみんななに作ってるの? わたくしの常識が通じなくて困惑してるんですけれど」
「ン〜、そうネェ。小麦は基本、パスタやお菓子を作る時に使うわヨ」
「……作者の知識の偏りがヤベェ……」
「エ? なんテ?」
「あ、なんでもありません」
「?」

 頭を抱えたラナ。
 ……作者?

「と、とにかく試してみたいの!」
「それなら、ドライヤーの設計図のお金で作れる石窯を作って貰えば?」
「え! い、いいの? 私、そのお金はフランに……」
「俺も食べてみたいからいいよ」

 俺に……支払うつもりだったのか。
 そんな事別にしなくていいのに。

「それに、一応俺たちのお金だろう? 構わないよ」
「! あ、ありがとう!」

 俺はその笑顔だけで十分です。

「ンー、まあ、そういう事なら……おい! えーと、いくら分だ?」
「銀貨五十枚の約束ヨ。アタシから出すけど、もったいないから銀貨五枚分の石窯にしてもらいなさいナ! 足りなかったらその分出せばいいノ! お金はちゃんと管理しないとダメヨォ」
「あ、そうね。ありがとうレグルスさん」

 まあ、確かにそんな高い石窯は要らないよな。
 というわけで、石窯は仮宿の横に作ってもらう事になった。
 仮宿自体は厩舎の側。
 ルーシィが嬉しそうだが匂いが気になるところだな。

「ネエネエ、お二人さン。設計図の話なんだけどォ」
「冷蔵庫はまだ売れませんよ。一ヶ月は様子見……」
「分かってるわヨォ。そうじゃなくてェ、ドライヤーの設計図はやっぱり売ってくれないかしらァ? 知り合いの竜石職人にも作ってもらいたいのヨォ。お兄はドライヤーをマスターしたら冷蔵庫の設計図を覚えてもらうとしてェ〜」
「うんんん!?」

 グライスさんが無茶振りされているのは察した。

「ドライヤーは金貨三十枚と売上一割ですわ!」
「つ、つーか、そんな事して売れなかったらどうするんですか?」
「売れるわヨ。というか、売るのヨ。だってアタシも欲しいんだもノ」

 なんだとぉ……。
 そんな理由、だとぉ!?

「実際ドゥルトーニルの奥様に使わせてもらった時の衝撃といったらァ……」

 ああ、試作品。
 ……あれ?
 でも発注してるのはドゥルトーニルの奥様……おば様って言ってなかったか?
 まさか?

「あら気づいたァ? そうよ、奥様もドライヤーで商売を考えてたみたイ。アタシと奥様でまずは近隣の貴族に売り込む予定なノ♪」

 ええええぇ〜……。
 マジかよこいつぁヤベェくらい面倒な事になりそう。
 おば様とこのオカマが手を組んだら売れないものとかなさそうじゃん。
 あ、あと、ラナも。
 …………え、女ってすごいな?

「! ……ふふふ、それならドライヤーの使い方についても、いい考えがあるの。どうかしら、銀貨一枚。お安いでしょう?」
「あら、なぁにィ? 情報料って事? つまんない内容なら返金してもらうわヨ?」
「もちろん損はさせないわ。実はドライヤーには……ゴニョリ……」
「ナ! なんですっテ!? そんな使い方が、本当? ほ、本当なノ? 信じられないワ……」
「ふふふ、それなら実際試してからでいいわ。でも、試して本当だったあとで払わない、はなしよ?」
「ムムム……い、いいワ。それが本当ならドライヤーの売り方が変わるもノ!」

 ……なにやら盛り上がってるし。

「う、ううん! ……ユーフラン、だったな。その、設計図の、ううん、は、どこでやる?」
「ああ、仮宿が出来るまでは家の中でやりましょうか」
「う、ぅん、あ、ああ、分かった」

 気難しそうな話し方をする人だな。
 表情も険しい。
 いや、俺が……自分では知らないうちに割と出来る子だったらしいから、職人レベルの人からすると腹の立つ存在……ってのは察したけどな。
 そんなん俺に言われましてもって。

「…………」
「クーロウさん?」
「お、おうぅ……お、お前ら! 仮宿を作っちまうぞ!」
「へ、へい!」

 なんだろう?
 なにか冷蔵庫を見ながら考え込んでたけど……。
 俺が眺めていると、クーロウさんは「い、石窯は作っといてやらぁ!」と叫んで作業に戻っていった。
 んん?



 夕方。
 微妙に眠気も限界近いのだが、グライスさんの頑張りがすごくて仮眠もとれぬままベッドは仮宿に運ばれた。
 問題はアレだよな……ここよりも狭い! という事!

「っ」

 ベッドが並んでる。
 いや、一つはベッドではなくただのマットレスだけど!
 ……あとで間にテーブルと椅子を入れて壁左右に移動させよう。
 ラナもきっとその方が安心でしょ。

「お、おう、どうだ。仮宿は」
「見事ですが狭いですね」
「わ、わあ、本当に狭い……」
「仮宿だからな」

 その一言にまとめられるとこっちはぐうの音も出ないんですけど。

「お、おおおう、そ、それでよぅ、物は相談なんだけどよぉ〜」
「? なんですか?」
「あ、あの冷凍庫っつーやつ、う、うちにも作ってくれねぇか?」
「「………………」」

 もじ、もじと。
 おっさんが。
 強面マッチョのおっさんが。
 指をツンツンしながら。
 …………はあ?

「ラナ」
「冷蔵庫の販売はまだ……」
「わ、分かってんだが! 分かってんだよ! で、でも! 出来れば一秒でも早く欲しいんだよ!」
「あと中型竜石うちにもうないんだけど」
「買ってやらぁ! そんくれぇ!」
「つーか、なんでまた?」
「…………」

 なぜ頰を赤らめながら目を逸らす?
 いや、必要な理由に応じて、そんな一秒でも早く欲しいとか言われたら、なあ?
 ラナと顔を見合わせる。
 やたらともじもじ気持ち悪いクーロウのおっさん。
 そして、ついに意を決したように顔を上げた。

「プリンを! アレで冷やして食ったら美味そうだなって思ったんだよーーーーーーー!」


 よーーーー!

 よおぉーー!

 よおぉ……!

「………………」

 ……山の中なのでめっちゃ木霊した。

「……そう、ですね?」
「だろう!? お、俺はよぉ! 仕事上がりのプリンが人生の楽しみなんだよ!」

 意外!
 酒とかではなくプリン!
 あんなにゴリゴリのマッチョなのに、肉やお酒ではなくプリンなんだ!?
 いや、人の好みに文句はないけど。

「地下の倉庫で冷やしたプリンがよぉ、美味いんだ……けど、これで冷やしたらもっと……もっと美味そうだなって……お、思ったら……」
「…………今小さい箱って作れます?」
「は? 箱?」
「小型竜石で小さいサイズを作ってみます。だからクーロウさんは二十分でプリン入れる箱作って」
「は? は?」

 練習用の竜石に中型竜石に刻んだのを簡易にしたエフェクトを刻む。
 効果範囲が狭いから、回路部分を大幅に削る事が出来る。
 このくらいなら二十分で刻み終わるから……よし、出来た。

「嘘だろう……」

 グライスさんが呟く。
 が、別段特別な事はしていない。
 と、いうよりも、中型竜石とアイテムの大きさに合わせたエフェクトを刻んだだけなのでそれを省くだけ。

「まあ、こんな感じかな」
「も、もう!?」

 まあ、一度組み立てたものから引き算しただけなので、グライスさんがそこまで驚く程のものではないんだが。

「こっ、こんなもんでいいのか?」
「まあ、クーロウさんの好みで結構だけど〜?」

 大体40センチ、30センチ程の箱。
 うん、まあ、このぐらいならね。

「! ま、またナイフで切るの!?」
「え? ああ、土台は人の血液で作るものだから。クーロウさんは明日も床とか天井とか直す仕事があるし、こういうのは竜石核の作り手の血が一番馴染むんだってさ」
「っ」

 まあ、さすがに俺も利き手の指先は作業が出来ないから切るのは利き手じゃない方の指先。
 俺の利き手は右なので、切るのは左の薬指。
 小指はさっき切った。
 結構血が出るんだ。

「うあぁぁ……痛い〜……」
「ラナは切らないだろう。見たくないなら目を閉じてな」
「なんで血なのぉ〜……」
「守護竜様への供物なんだってさ」
「!」

 普通の人は多分知らない。
 俺も土台の金具が竜石核を作った人の血だとは、竜石核の作り方を調べて初めて知った。
 小型の竜石核をクーロウさんの作った箱の上に置く。
 指先にナイフを押し当てて、竜石核に血を垂らす。
 まあね。
 痛いっちゃー痛いけどな。
 すぐに血は滴り、竜石核に刻まれたエフェクトは箱に光の線となって染み込み、血は台座となる。

「とりあえずこれで一ヶ月間様子を見てください。効果が切れたり不具合があったらエフェクトを修正しないといけませんから」
「お、おう……あ、ありがとな。このサイズなら母ちゃんにもバレねーだろう」

 ……奥様に内緒なのか?
 俺たちにも本当なら相当バラしたくなかったんだろうなぁ。
 部下の職人の人たちはなぜか真顔で頷いているけど、なんなの、クーロウさんちの奥さんそんなに怖い人なの?

「で、い、幾らだ?」
「あー、全然考えてなかったわ。ラナ、どうしたらいい?」
「金貨十枚!」
「「た、高ぇ!?」」
「格安です! むしろ試作品割引でもその値段ですから!」

 そうなの!?

「い、いやしかし……」
「フランの技術力は見ましたよね? 職人であるクーロウさんが、技術料にケチつけるんですの?」
「うっ!」
「それに、これはまだ広まってない、開発されたばかりの技術。竜石道具なんです! 宣伝してくれるのならまだしも個人的にこっそり使いたい、っていうんなら、その分の付加価値を頂くのはトーゼンだと思いますわ!」
「う、ううっ」

 うわあ……ラナ、容赦ねぇ……!
 け、けど、やっぱり高すぎる気がするんだよ!
 それ、家より高い……家……あ。

「……金貨十枚……。……クーロウさん、確か家の改築をするなら金貨五枚は必要って言ってましたよね?」
「ん? お、おう」
「なら、それでこのまま家の改築って頼めます? あと……」

 草の伸びまくった元牧場の土地を指差す。
 ここの整備。
 それは銀貨三十枚程掛かる。
 そして牛舎と鶏小屋。
 金貨一枚。

「どうでしょう?」
「む、むう……それで金貨三枚と銀貨七十枚か……」
「あとは石窯? 少しいいヤツにしてくださいよ」
「……ああ、分かった。他にも直して欲しいもんがあれば言え……。俺の自腹だからな……くそっ!」
「自業自得じゃなイ、んモゥ……」
「で、でもちょっと高すぎだろう!」
「適正価格ヨ。……本当、安いくらいだワ」

 ……そんなものなのだろうか?
 俺も高すぎると思うんだけど……。

「納得してない顔ネェ、ユーフランチャンモ」
「え、あ、ああ、そりゃあ……だって家が建つぜ?」
「そのぐらいの価値があるのヨ。貴方が発明したものは、中型竜石の物にしても小型竜石の物にしても今の技術者じゃあ再現不可能なのヨ。つまり、この世でそれを作れるのは現時点で貴方ダ・ケ」
「…………」

 クッ、と後ろでグライスさんが呻くような声を出す。
 その表情は悔しそう。
 ……ドライヤーの設計図は、だいぶ上手く刻めるようになっていた。
 冷蔵庫だって、きっとすぐに——……。

「それとも、『アルセジオス』にはあんな物が溢れかえっているのかしラ?」
「い、いや。……俺もラナに『食べ物を冷やして保管出来る箱』と言われて作ってみようと思ったから……」
「アイデアはわたくしが提供しましたのよ。今後もそうなると思いますわ。……フランは天才ですから、わたくしの望む物をなんでも作ってくれると思います」

 うん。
 ラナが望むならなんでも作る。

「……そして、わたくしはそれを適正価格で売り! フランに還元するのです!」
「…………」

 うん。
 その思考回路がよく分からない……!
 俺はラナが欲しい物を作りたい。
 なぜそれを売る方向に積極的なのだろう!?

「フランがいかにすごいのかを! 『アルセジオス』に轟く程に証明して差し上げますわ! オーッホッホッホッホッホッ!」
「そ、そういうのいいって、絶対面倒くさい事になるから」
「……フ、フフ……ウフフフフ! 貴方たち、いい夫婦ネ!」
「「っ!」」

 わ、忘れてた。
 そういえばそういう事になってるんだった……!

しおり