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新居……そして初、初夜?



 と、考えていたらあっという間に翌朝だ。
 馬車に乗り込み、その馬車を引く馬の集団にルーシィを混ぜてもらい、少ない荷物を持っていざ、国境に逆戻り!
 個人的には『エクシの町』に一泊でもいいんだけど……お金もったいないんだよな。
 ほぼ一日近く馬車に揺られ、たどり着く頃にはケツが痛いのなんのって。

「いっつぅ……」
「やっぱり強行だったかな? ま、まあ! とにかく見てくれ!」
「……わあ!」

 木の門をくぐると、そこは……なんにもねー。
 左手のはるか奥にかなり大きめな川が見える。
 それ以外は広大な土地。
 超、草原。
 向こうの方に山はあるけど、そこまではひたすら草原。
 いや、デカすぎない?
 広すぎないかな?
 あと草、でかくね?
 伸び放題じゃね?
 整備とは?
 いや、二週間ばかりで贅沢な事は言ってらんないけどさー。

「バ、バカ、ユーフランそっちじゃねーよ、こっちだこっち! こっちを見ろ、そっちは現実しかねーぞ!」
「…………なるほど」

 仰る通りだ。
 というわけで、カールレート兄さんの促す方に目を向ける。
 そこにはクッソボロな建物があった。
 一階建てだが幅はあり、元貴族が二人住むには十分だろう。
 まあ、俺あんまり家に帰った記憶がないから寝られればどこでもいいんだけど。

「奥にあるのが厩舎だ。ルーシィは今日からあっちが寝床だぞ」
「干し草は?」
「心配するな、ちゃんとエシクの町から買い取ってある。ここならルーシィに乗って町まで大体三十分ぐらいだろう。足りないものがあれば買いに行けばいい」
「ふむ……」
「家の中に入ってみてもいいですか?」

 ラナ、なんかワクワクしてるな?
 見た目からして中身もボロそうなのに。
 期待しすぎない方がいいと思うんだけどな?
 まあ、どのみちここに住むんだから、中の確認はしなきゃいけないんだけど。
 もう空も薄暗くなってきたし〜。
 まあ、まずは餌と水を入れて、ルーシィを厩舎に入れる。
 腹をぽんぽん軽く撫でて、おやすみ、と声を掛けて外へと戻った。

「兄さんは今日どうするんだ?」
「エクシの町に泊まっていくよ。また明日食糧を持って来る。説明も色々しないといけないだろうし。それじゃあな」
「ん、ああ、色々ありがとう」
「明日、楽しみにしてるぜ!」
「…………」

 なにを。
 とは、聞かずにおくぜ。

「あら? カールレートさんはどうしたの?」
「町に泊まるからってさ」
「ああそうか……そうよね。……さすがにベッドが一つしかないところには泊まれないものね……」
「…………マジにベッドは一つかよ……」

 玄関の扉をくぐると……まあ、思っていた以上に物はない。
 部屋の端にベッドが一つ。
 それも大きさはシングルだな。
 あれに二人寝ろとは鬼か?
 他はテーブルが一つ、椅子が二つ。
 歩くとギシギシ鳴る床。
 シミの多い天井や壁。
 掃除は行き届いているが……まあシンプルに『掃除しただけ』だろうな、これは。
 中も思ったより広くなく、扉が正面に二つある。
 あれは、個室かな?

「あ、ランプ……ごめんなさい」
「いや、いいけど」

 エンジュの町で買っておいた小さな竜石をランプに入れる。
 そうして灯ったランプをテーブルの上に置いて、もう一つのランプを手に扉を開けてみた。

「その部屋なに?」
「んー、風呂。もう一つはトイレだな」
「う、うわあ、暗……狭っ!」
「風呂は今日無理そうだけど……」
「うんうん!」

 ラナも嫌がる風呂の有様。
 まあ、灯は竜石を嵌めれば点くだろう。
 その竜石が足りないだけで。
 トイレも、人一人がせいぜいだな。
 貴族の無駄に広い屋敷やトイレを知っている身としては……うん、これはちょっときつい。
 唯一の救いは竃や本棚がある事か?
 まあ、竃は見るからに旧式。
 本棚の中身は空っぽ。
 うーん……ランプの灯りじゃあ隅の方はよく分からないな。
 明日の朝、改めて確認した方がいいか。

「とりあえず飯でも作るか」
「え! フランって料理作れるの?」
「簡単なやつならな」

 こう見えて授業を……王子たちや陛下の無茶振りにより教師公認で……サボって下町やら遠いところだと国外にも出て色々やって来たんだ。
 簡単な料理くらいは作れるさ。
 出来ないと飢えて死ぬからな。

「ざ、材料さえあれば私だって……」
「え?」
「あ、いや……。……そ、そういえば竃って私、初めて見るのよね。どうやって使うの?」
「? ああ……じゃあ簡単に使い方説明するよ」

 ……また違和感。
 ああ、口調か……お嬢様、って感じじゃなくなった。
 砕けて、使用人に対するような感じ、なのかね?
 そのぐらい俺に対して打ち解けてくれたって事?
 んんん? いや、舐められてる感じ?
 まあ、警戒されるよりはマシかな?

「まず薪を下の穴から入れる」
「待って」
「ん?」

 竃はドーム状になっていて、下に薪を入れる穴がある。
 その中にある鉢に、薪を入れて火をつけるのだ。
 そうすれば上に開いた穴から、火の熱が昇ってくる。
 その熱で肉や野菜を焼く。
 ……なのだが、ラナはそれが『信じられない』とばかりの顔。

「なに?」
「りゅ、竜石でその、コンロみたいな、えーとじ、自動で火がつく、みたいな事、で、出来ないの……?」
「…………。……竜石で火? それは……」

 変な事言い出したな?
 と、一瞬否定しそうになったけど……いや、だが……。

「……出来なくもないかな?」
「本当!?」
「ああ。道具のエフェクトに熱を発するよう組み込む事が出来るから……」
「え! じゃあもしかして冷蔵庫も作れたり……!?」
「レイゾウコ?」
「あ、え、えーと……その、も、物が腐らないように冷たくして保存しておく箱……みたいなものがあればいいんじゃないかな〜〜……みたい、な?」
「…………。冷たくして保存しておく箱……なるほど? 確かに冬場のような冷たさの保存箱があれば……夏場にも食べ物が腐らないな?」

 その発想はなかった。
 確かに、そんなものがあればこの国に限らず、需要がありそうだよな?
 火を使わない竃に、冬のような保存箱か……。

「ラナはすごい事を考えるなぁ」
「え! そ、そうかな〜?」
「ああ、今度試しに作ってみよう。けど、中型の竜石ぐらいないと難しそうだ」
「……えっと、それは、高い、の? お金にするといくら?」
「一個銀貨三十枚」
「うっ……高い」
「ギリで一個買えるかな。けど、この町では多分取り扱ってないだろう。明日カールレート兄さんが帰る時に頼んでみよう」
「う、うん。でも、いいの? お金……」
「石鹸のお金がそろそろ入る頃だから、大丈夫だよ。それに、その『火を使わない竃』と『冷たい保存箱』が完成すれば確実に貴族に売れる!」

 にっしっし。
 俄然やる気が出てきた。
 完成すれば金貨一枚は固い!

「! そうか! そうよね! 貴族に売れればお金がたくさん入る!」
「そういう事。お金が貯まったらこの家も改築しよう。ちょっといつ天井が落ちてきたり床が抜けてもおかしくない」
「そ、そうね!」

 にこり、お二人で笑みを浮かべ合う。
 とりあえず食事だ。
 その『火を使わない竃』を作るまでは、薪で火を起こして料理をするしかない。
 ラナ曰く、自分も料理は出来る。
 こう見えて、結構料理好きで通っていた。
 ……らしいんだが……微塵もそんな噂聞いた事ないし普通のご令嬢はそんな事しない。
 とはいえ、ラナはここ半月の間、俺の予想通りの動きをした事はないんだよなぁ。
 話に聞いていた、高慢ちきでプライドが高く嫉妬深い高飛車な悪女……。
 そんなところは微塵もない。
 別にその通りであっても色々面白そうだったんだけど……いや、中身が割と普通ではないというか、令嬢らしからぬ彼女も、それはそれでいいと思う……んんん。

「野菜を切るの手伝うわ」
「え? おいおい、一介のご令嬢がそんな事……」
「出来るの!」

 と言い張るので仕方なく人参を手渡す。
 実はルーシィの餌用に買ったやつだけど、人間が食えなくもないからな。
 しかし、予想外に彼女はすらすらとナイフで皮を剥いて、一口大に切っていく。
 おわーぉ。

「マジかよ」
「だから出来るって言ったでしょ!」
「はいはい。そりゃ失礼しました」
「ねえ、これはスープに入れるの?」
「そう。味つけは塩くらいしかないから、よく煮込んで甘味を出そうと思って」
「そっか。調味料も揃えなきゃいけないのね。それに、この辺に調味料棚が欲しい!」
「あー、いいね。あとは食器棚」
「それも!」

 意外だったが、ラナは本当に料理が出来るらしい。
 いや、マジで意外。
 公爵家のご令嬢が、まさか料理出来るなんて誰が想像つくよ?
 けどまあ、こういうのもいいね。
 調味料棚ぐらいなら、俺でもつけられるだろうし……。

「フランって改めて変な人よね」
「よく言われる」
「男の人……それも貴族の嫡男が料理なんて……」
「そっくりそのまま返す。あと、俺は家の跡継ぎじゃない」
「え? なんで? だって普通長男が……。上にお兄さんがいるの?」
「いや? うちは弟たちの方が優秀でね。俺は……まあ、向いてないんだ。適性なしってやつ」
「へ、へえ? なんか意外……。……けど、だからって私みたいなのに巻き込まれて……」
「言ったろう? 面白いから別にいいって。いつまで引きずってんのそれ」
「だ、だって!」

 調理台に置いたランプ。
 それに照らされる手元。
 細い指先。
 きっとこの柔らかそうな手は、今だけなんだろうな。
 これからこの手は平民の女のように汚れたり、皮膚が硬くなっていったりするんだろう。
 帰りたくないとラナは言ったけど、貴族として生まれ、貴族として生きてきた彼女が本当に平民として生きていけるのだろうか。
 俺のような生活をしてきたわけでもない彼女に……それが可能なのだろうか。

「私のせいで、本当は関係ない貴方まで……」
「清々したよ」
「……え?」
「もう、あいつらに色々命令されなくて済むからな」
「…………」

 それは本音だ。
 そりゃあもう、心の底からそう思っている。
 あれが欲しい、これが欲しい、探してこい、なければ作れ、これを調べろあれを調べろ……。
 俺の事なんて便利な小間使いとしか思ってない連中だ。
 表向きは『ご学友』の括りにされてたって、その実、身分差っつーもんがあるからな。
 自分たちの使用人が学園の中に連れ込めないからって、身分の低い俺をそりゃあもう散々こき使ってくれやがって。

「……リファナにアレファルド殿下たちが贈っていたもの、全部貴方が作ったのよね?」
「そう」
「殿下たちは、それを自分が開発したと言っていた。それって、貴方の手柄を横取りしてたって事になるわよね」
「そんなのいつもの事だよ。『考えついたのは俺だ』って言ってね。まあ、確かにそういう発想力は俺にはない。考えついた人間が最初の開発者だと言うのならその通りなんだろう」
「っ! そんなわけないでしょ! 明らかな手柄の横取りよ!」

 うお、びっくりした。
 ナ、ナイフ持ったまま怒鳴るとか怖。

「信じらんないわ……あの顔だけイケメンども……どいつもこいつもそんな姑息な事をさも当然のようにしていたなんて……」
「…………」
「フランはなんでもっと怒らないの!? 貴方はもっと怒るべきでしょ!」
「……え、いや。……あんまり興味ないしね〜」
「ええぇ!?」

 実際発想力……アイデアを思いつく力? は、俺にはない。
 対処法なら経験則から色々浮かぶけどそれだけだ。
 これが不便だから、こういうものが欲しい。
 そういう発想が欠如している。
 さっきもラナが「ここに調味料棚が欲しい」と言った時、ああなるほど、と思った。
 なければあるもので応用すればいい。
 なんかこう、貧乏人の感性みたいなものしかないんだよな、俺。

「そんなんじゃダメよ! 貴方の開発するものは素晴らしい物ばかりなんだから! この世界には『これまで存在しなかった物』なのよ!? そうだ! さっき言ってたコンロや冷蔵庫もきちんと特許を取得すべきだわ!」
「コンロ? レイゾウコ……? あ、ああ、商品名? もう名前つけたの?」
「え、あ、う、うんまぁね! は、早い方がいいかと思って!」
「う、うん?」

 早すぎやしないだろうか?
 いや、別にいいけど。
 それに、特許ってなんだ?

「じゃなくて! きちんと自作にはルールを設けた方がいいわ! 貴方の作るものは素晴らしい物! それを好き放題に利用する奴らは、ちゃんと罰を受けるべき!」
「大袈裟……」
「じゃ、ないの!」

 ……なんか、ラナが熱くなっている。

「………………」

 ああ、そうか。
 俺が君に惹かれた理由は……その……瞳に宿る強い熱量か。
 今ようやく分かった。
 初めて出会った時、アレファルドを熱く見つめる君のその瞳。
 その瞳に宿った、熱量。
 俺にはないもの。
 俺が一瞬で消費しきってしまった……未来に対する強い想いの塊。
 俺はきっと、そんな君の瞳の熱量に当てられたんだ。

「聞いてるの!?」
「うへぁ……」
「もう! いい!? 貴方が作るもの! 主に、石鹸の作り方やドライヤーの設計図みたいなもの! それは買い取りたいって言われたらめちゃくちゃ高値をふっかけてね!」
「え、ええ? なにそれ、いくらくらい?」
「石鹸は金貨五十枚! ドライヤーは三百枚よ!」
「え…………。エエェ!? そ、それはふっかけすぎじゃ……」
「じゃ、ないわよ! それらで模倣して売ればそんなのあっという間に回収出来るもの!」
「…………」

 そ、そういうものなのか?
 そもそもドライヤーってあの髪を乾かす竜石道具の事だよな?
 ええ……あれにそんな価値あるぅ?

「それと、月々の売上一割!」
「えええ……」
「そのぐらいもらってとーぜんでしょう! むしろ、それって誰も損をしないと思うのよね! 貴族なら余裕で払うと思うもの、ドライヤーの設計図を買った人だって瞬く間に儲かるわ! 大丈夫、私の言う事を信じなさいな! これでも経営戦略担当してた事が……ンゲフン、ンゲフン!」
「…………?」

 経営戦略、担当?
 領地の話?
 ……あれ? でもラナのお父さんは宰相だから、領地経営とかはしてないんじゃないのか?
 んん? どういう事?

「……と、とにかく」
「う、うん?」
「そうやって権利を主張するのは貴方の義務でもあるのよ。悪い奴が勝手に金儲けに使ったら、罰として罰金! を、取れるようにも出来るでしょう?」
「ええ……? そこまでするの?」
「他の発明家の権利を守る為でもあるの! そ、それに、売上一割が毎月入ればがっぽがっぽ儲かるでしょ! こっちはなーんにもしてなくったってお金が入るのよ! 最高じゃない?」
「…………まあ、それは確かに」

 いや、すごいなその発想。
 俺には到底思いつかない……。
 毎月お金が入ってくるかぁ。
 売り上げが多い月は、当然その一割も多くなる。
 ……確かに、俺もその作って売る人も旨味が多いな?

「ね! そうしましょう!」
「……分かったよ。君の案に賛成する。……けど、そもそもそんな大金叩いてまでドライヤー? の設計図を欲しがる奴らはいるのかねぇ?」
「ふふ、多分いるわ。それにコンロや冷蔵庫もね!」
「……そうだな、まあ……確かにレイゾウコは便利だろうな。多分城にも欲しいと言われるだろう」
「でしょう! 冷蔵庫の設計図は金貨八百枚でもいいかもね!」
「……あっという間に豪邸が作れそうだな〜」

 なんて、俺は全く彼女のいう事を信じていなかった。
 この時は。

「ん、スープが煮えたな。じゃあパンを用意してと」
「スープ皿、明日買いに行きましょう」
「あ、俺今夜は床で寝るから」
「…………。あ、ありがとうございます……」

 オレユカデネル。
 あっさり受け入れられてしまったぜ……。


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