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第11話 さよならドラゴン


 エミリーの知らせを受け、皆はスーが居る部屋へと駆けつけた。

 俺達の目の前には藁のベッドの上に伏して小刻みに痙攣しているスーがいた。
 口からは涎を垂らし目は虚ろで焦点が定まっていない様子だ。

「何でこんな事になったんだ!?」

「それが…先程まではお静かに眠っておられたのですが、急に苦しみ出されまして…申し訳ございません…」

 済まなそうに目線を伏せながらエミリーが答える。

「いや、その、済まん…責めるつもりはなかったんだ…」

 しまったな…スーの容態の悪化についてエミリーに責任がある訳ではないのに少しきつい物言いになってしまったか…俺も心の余裕がなくなっているな。
 スーはドラゴによって噛まれたり踏まれたりでほぼ全身にダメージを負っていた。
 特に左肩から右脇腹まで走る爪による裂傷が深く広い…恐らくこの傷が今のこの危篤状態を引き起こしたのだろう。

「おいスー!!しっかりしろ!!スー!!」

 身体に触れ、大き目に声を掛ける。

「あ…リュウジ…お兄ちゃん…」

 弱々しく震える声で返事をするスー。

「…私の命はもう…長くないわ…」

「何を言っているんだ!!気をしっかり持て!!」

「ううん…自分の身体の事だから…自分が一番よくわかるわ…」

「くっ…!!」

 不幸な事にここリューノスには医者にあたる存在が居ない。
 世界の遥か上空に位置し、外敵もいなければ病気も存在しない場所なだけに当然と言えば当然なのだが。
 そもそもドラゴンは強靭な肉体を持ち、そう簡単に傷つかない。
 だから傷の治療などという発想自体が無いともいえる。
 しかし今の状況に至ってはそれが裏目に出てしまった格好だ。
 だがこの世界には魔法がある…きっとどんな重症も立ちどころに治してしまう治癒魔法が存在するはずだ。
 俺はつい先日、自分が水属性魔法を使えると言うのが分かったばかりで魔法もドラゴを怯ませた攻撃魔法『水流斬《ハイドロカッター》』が使えるのみ。
 リュウジは炎属性、ドラミは雷属性で回復のカテゴリー自体が無い属性だ。
 ならば最後はティアマト母さんに頼る以外にない。

「母さん!!母さんは治癒魔法は使えないの!?」

 だけど母さんの魔法って何属性なんだ?そい言えば今迄聞いた事が無かったな。

『ご免なさい…私には回復魔法はつかえないのよ…ドラゴンの雌《おんな》はマザードラゴンになってしまうと属性が消滅してしまうの』

 マザードラゴン…そうか、要するに子供を産んでしまうと魔法が使えなくなってしまう訳か…何という気の利かない設定…いや、これはゲームでは無いんだ、この世界の理にケチをつけても仕方ない。

「くそっ…どうする事も出来ないのかよ!!」

 左の握り拳を地面に叩き付ける…実は俺自身もドラゴと戦った時の右腕の骨折が治っていないのだった。
 おまけに頭に受けた大岩で出来たバツ印の傷も残ってしまった。
 それこそゲームやアニメならば回復や治癒の魔法は水属性か風属性の魔法使いなどが得意としている事が多いよな…若しくは職業が僧侶とか。
 俺がもっと早く自分の属性を掴んでいて、治癒魔法を修得していればもしかしたらスーを救えていたかも知れないのに…俺は自分の不甲斐なさを呪った。

「自分を責めないで…誰も悪くないのよ…ううん…これは私が招いてしまった事なの…」

「そんな訳ないだろう…これはドラゴの奴が…」

「違うの…私がドラゴちゃんにみんなと一緒に勉強しようって話し掛けたからいけなかったの…」

「なっ…そんな事であいつはお前をこんな目に合わせたってのか!?」

 許せない…スーは普段からドラゴを苦手としていた…そんな彼女が勇気を出して声を掛けたと言うのにこの仕打ち…これは明らかに理不尽な暴力行為だ…俺の大嫌いないじめや虐待行為と同じじゃないか。

「リュウジお兄ちゃん…ドラゴちゃんを責めないであげて…許してあげて…」

「そうは言うけどこれは…」

 スーが俺の手を握ってきた…瞳には見る見る涙が溜まっていく…のちに俺がドラゴを探し出し仕返しをするだろうと、そんな事まで考えたのだろう…本当にスーは優しい子だ。

「うっ…ぐあっ…」

「スー!!」

 悲痛な声を上げて身をよじるスーに皆が駆け寄る。

「最後の…スーのお願い…聞いてくれる?」

「…最後なんて言うなよ…」

 スーの息が次第に速く浅くなっていく…本当にもう助からないのか…。

「私が死んだら亡骸を炎で焼いて下さい…そしてその灰を…お兄ちゃん…お姉ちゃんに持っていて欲しいの…」

「何だって?」

 ドラゴンの死についてはまだ一度も考えた事は無かったが、思いつく限りでは死期を悟り大地に横たわり、息を引き取ったのちそのまま地に帰る…若しくは巨大な樹木へと姿を変えるものも創作にはあった気がする。
 きっと火葬はこの世界においてドラゴンの死に様としては一般的ではない筈だ。
 スーはそれを自分に対して施してくれと言う。

『…いいでしょう…スー、あなたの意志を尊重しましょう…』

「母さん…!?」

 俺とリュウイチとドラミはティアマト母さんの顔を見上げた。
 しかし母さんの顔からは何を思っているのかを読み解く事は出来なかった。

「ありがとう…私は母さんの娘に生まれて…みんなの兄妹として生まれて来れてよかった………」

 その直後、俺の手を握っていたスーの手から力が抜けてる。
 たった今、スーはその短い生涯の幕を下ろしたのだ。

「スーーーーーーーー!!!!」

 俺はこの世界に転生して以来初めての絶叫を上げた。



 スーの亡骸を囲う様に俺達兄弟は木材でやぐらを組んでいた。
 ティアマト母さんとエミリーもその様子を見守っていた。
 藁の上に丸まる様に置かれた彼女を見ると、生前にお昼寝をしていた時の事が思い出されて、今にも欠伸をしながら眠い目を擦って起き上がってくるのではと思えてくる。
 しかしもうスーは起きない…もう二度と目を覚まさないのだ…。
 やぐらが組み上がると俺達は少し離れた所まで移動した。

「リュウイチ…やってくれ…」

「…本当にやらなければいけないのかい…?」

 リュウイチの表情は暗い…それはそうだろう、これから自らが吐き出す炎によって妹の亡骸を焼こうと言うのだから。

「済まん…これは兄貴にしか出来ない事なんだ…辛い役目を押し付ける様で悪いけど頼む…」

「…分かった」

 意を決したリュウイチが身体を大きく後方へ仰け反らせる…ファイアーブレスの予備動作だ。
 そしてスーの眠るやぐらに顔を向け大きく口を開いた。
 リュウイチの口から激しい炎が放射された…それは今までにない位強烈な業火であった。
 これもスーの亡骸が完全に灰になるようにとの彼なりの誠意なのだろう。
 やぐらはそう時間を掛けずに完全に焼け落ちていった。

 黄昏色の空を黒煙が立ち昇っていく…それはまるでスーが天国へと旅立っていく様に思えた…いや、そうじゃない…幾条もの煙は一つに纏まって何かの形になっていく…まさかあれは…。

「おい!!みんなあれを見ろ!!」

「あれは…スー!?」

 煙は大空を羽ばたくスーの姿をしていた…こんな…こんな事って…これは奇跡か?
 その煙で出来たスーは上空を何度も旋回していた…身体からは何やら虹色をした粒子が地表に向けて降り注いでいる…あれはスーの亡骸が焼けた事によってできた灰か?
 その灰は俺達にも降り注ぐ…すると不思議な事が起った…俺達の身体が虹色に発光したのだ。
 それはただ光り輝いているのではない…俺の骨折している右腕が治っていくのを感じる…欠けた爪も元通りだ。
 エミリーも同様に傷が回復している様だ。
 しかし俺の額の大きな傷だけは治らなかった様だがそれでよい…この傷を見る度、感じる度にスーの事、ドラゴの事を思い出すからだ。
 やがて煙のスーは更に上空へと舞い上がり徐々に姿が薄れ、やがて消えていった。

(スー…ありがとう…)

おれは心の中でスーに礼を言った。



 数か月後…。

 俺達がリューノスを旅立つ日がやって来た。
 リューノスの外壁が音を立てて左右に開くとそこからは目に染みる様な鮮やかな青空が見えた。
 普段リューノスを取り巻いている雲の壁も今だけはどこかに消えてしまっている。
 
『遂にこの日がやって来ましたね…兄弟五人が揃っていないのはとても残念な事ですが…』
 
 感慨深げに語るティアマト母さん。
 俺を始めリュウイチもドラミもティアマト母さんに引けを取らない程成長し、立派な成体のドラゴンに成長していた。

『あなた達はこれからドラゴニアへと降り立つ訳ですが、ここでいくつか注意事項があります…
あなた達は今ここを飛び立ったら二度とリューノスに戻る事は許されません』

「えっ!?そんな…もう母さんには会えないって事!?」

『そうですよドラミ…巣立ちとはそう言うものなのです…これからは自分の力だけでドラゴニアで生き抜くのですよ…』

「母さん…」

 いつもは元気いっぱいのドラミが悲しみに顔を歪めている。
 お前ならどこでもその持ち前の元気で乗り切っていけるさ。

『この巣立ちの最大の目的は、あなた達がドラゴニアの地脈や霊脈や水脈を制御して世界の安定を維持する事です…
自分自身で制御する地を探し出し居を構える事を最優先に行動してください…
それまで兄弟で行動する事も会う事も禁じます』

「そんな!!皆とも会ってはいけないのですか!?」

『そう悲観しないでリュウイチ…世界が安定すれば会う事も出来るでしょう…ただそれが一年後か十年後かはあなた達の働きに掛かっているのですよ…』

「分かりましたよ母さん…頑張って来ます」

 幾分か頼りなさは薄れてもまだどこか自分自身に自信を持てていないのだなリュウイチは…でも大丈夫だ、俺はお前の強い部分もちゃんと知っている。

『ドラゴニアには既に先代の統治者であるドラゴンたちが生き残っています…彼らとの住み分けを考えて別の地を探すのもよし、戦って相手から支配地域を奪い取ってもよし…そこはあなた達の裁量に任せます…』

「他の種族とはどう接すればいいのかな?」

『それに関しては考えなくて構いません…望むなら人間の村や町を奪い取っても問題ありません』

 そうなんだ…やはりこの辺の倫理観はドラゴンならではと言った所か。
 ドラゴンにとってはこれが常識…これに関しては今更突っ込んでも野暮なだけ。
 それでも俺は他種族を虐げるつもりはないし、ドラゴンとの戦いも極力避けたい所だ。

『それでは旅立ちの前にお互い言い残した事はありませんか?もう少しだけ時間をあげます』

「あっ…それなら…」

 ドラミが何やら自分の顎の鰓の部分を触っている…そして山吹色の鱗を二枚取り出した。

「これ…みんなで交換しない?私達兄弟の証としてさ…」
 
 ドラミは俺とリュウイチに一枚ずつさっきの鱗を手渡して来た。

「へえ、面白いね…じゃあ僕も…っと」

 リュウイチも赤い鱗を二枚抜き取った。

「そういう事なら俺も…」

 俺のは真っ青な鱗だ…それを二人と交換する。

「あとはスーの灰だ…みんな忘れずに持ったか?」

「ああ…この通り」

「うん、忘れてないよ」

 三人で獣の皮で出来た巾着袋を取り出して見せる。
 この中にはスーを火葬した際に出来た灰が入れられている…スー自身の遺言だ、これは肌身離さず持っていなければならない。

「エミリー…今までありがとう…君の事は絶対に忘れない…」

 見送りに来ていたエミリーに声を掛ける。

「リュウジ様…どうかご無事で…」

 世話係、侍女と言うより姉の様に接してくれた彼女と別れるのはとても辛い。
 結局足枷と鉄球は外してあげられなかった…それだけが後悔として俺の心に残る。
 俺は泣き崩れるエミリーに別れを告げ出口へと向かった。

『準備は整いましたか?それでは旅立ちなさい!!我が子供たちよ!!』

 ティアマト母さんに見送られ俺達はリューノスから飛び立った。
 翼を広げ、スカイダイビングの様に落下していく。
 ここから先は全くの未知の世界…一体どんな事が待ち受けているのだろうか。
 取り敢えずドラゴだけは絶対見つけ出し見つけ出し、スーに詫びを入れさせてやる。
 俺の当面の目標であり、これだけは確定していた。

「みんな!!絶対生き残ってまた会おう!!」

「ああ、約束だ!!」

「またね!!兄さんたち!!」

 俺達は各々に進路を取り、ドラゴニアへと降下していった。

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