バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

記憶

 何もかもが混乱している。
《ドール》
 そう呼ばれた事を覚えている。
 では、イファは誰?
 お父様と呼んだ人は?
 あれは―科学者達。
 闇の中の手の先の人。
 あの人達に感じた違和感は、こーいう事だったんだ。
「……こ………だ?」
 ふんわりと浮き上がる意識の上の声。
「問題……せんわ。…グ…が……協力して……」
 リィーグルが何?
「あんな奴など……」
「……万が一逃げ出しても、彼…捕まえられますわ。
 ドールは信用してるでしょうから」
 何の事を話してるの?
 瞼が重い。頭が痛い。体が動かない。
 こじ開けるように瞼を上げる。
「あら?起きたの?」
 イファの冷たい視線が私を捕らえた。
「どうするつもりかね?」
「また、やり直せばいいだけですわ。記憶を消すだけです」
 ぞくりと背筋が逆立つ。
「そうか。では頼んだぞ」
「任せてください」
 イファが礼をする。
 科学者が部屋を出て行った。

「騙して…たの……ですか?」
 声が震える。
 薬のせいか、体は思うように動かない。
「騙す?経過を見ていただけよ。
 それに、私達は言ったはずよね。部屋から出てはいけないって」
「大人しくしていれば良かったと言うのですか?」
 指先がじんじん痺れている。
「そうよ。余計な事を知らなければ、家族ごっこをしていたわ」
「家族ごっこ?だったら、最初から記憶を消してしまえば楽だったじゃない」
「……そうね。最初に消してしまえば楽だったわね」
 冷たい……ちがう、寂しい視線が、私を捕らえる。
「どうして……」
「さぁ、もう、お喋りはおしまい。目が醒めたら何もかも消えてるわ」
 ニッコリと微笑むその顔は悪魔の様。
 声さえ出せない。
「お休みなさい」
 針が私の腕へと届く。
 何もかも、嘘だと言うの?
 何処から?何処まで?
 リィーグル……。
 ゆっくりと落ちる意識の底で、イファの涙を見た気がした。

 誰か。
 誰か、誰かだれか。
 闇だ。
 誰もいない。
 叫んでも届かない声。
《ドール》
 冷たい、冷たい闇の向こうで声がする。
《ドール……》
 これは私の声?
 それとも……オリジナル?
 違う、科学者達の声。
《あれでは、役には立たぬ》
《優秀な遺伝子のみ残せば》
《要らないものは処分せねば》
 一部屋にたくさんの同じ人間。
 皆が机に向かってるその中で聞こえてくる声。
 異様。異質。それなのに、誰一人、疑問に思わない。

《ドール、貴方がどうして》
 ああ、記憶だ。なぜかそう思った。
(貴方がいたから―)
 憎しみに燃えたドールが、オリジナルを見つめている。
《ドール、その話は本当?》
 研究の話をドールから聞いたんだ。

(私、ドールじゃないわ。イファという名前を貰ったの)

 イファがドールだったの!?
 冷たい目。冷たい口調。全てが凍りついた心。

 リィーグルに出会って、イファは心を開く。
(リィーグル、助けて。私をここから連れ出して!)
『イファ!!』
〈イファ!!〉
 差し出した手、掴めなかった手。
 イファが掴もうとしたリィーグルの手は、微かに触れただけ。
 銃の音と共に崩れ落ちるイファの体。
 リィーグルだけが逃げ延びて、オリジナルはイファが死んだと思い込んだ。

 リィーグルが助けたかったのはイファ?

しおり